AWS を活用することで、インフラのランニングコストはオンプレミスの 5 割程度まで削減することができました。また、開発・運用の内製化を実現できたことでエンジニアが効率化を意識するようになり、そういった点も結果的なコスト削減につながっていると考えています。
AWS からはどんどん良いサービスが出ますが、新しいサービスもすぐに試してみることができる、これも AWS ならではのメリットです。

楢本 隆治 氏  神谷 計 氏  森 雄司 氏 株式会社 毎日新聞社 デジタルメディア局

「報道に近道はない」を合い言葉に、ねばり強い取材活動を展開して「毎日ジャーナリズム」を実現する毎日新聞社は、2017 年 2 月には創刊 145 年を迎えた国内で最も長い歴史を持つ新聞社です。毎日新聞社では、インターネットが急速に普及し多メディア化が進む中で、歴史ある紙の新聞の発行はもちろん、デジタル化への対応にも力を入れています。1995 年にはいち早くオンラインのニュースサイトを開設、電子新聞サービスの「デジタル毎日」の運営、スマートフォン向けニュースアプリケーションの開発、デジタルサイネージへのニュース配信など、業界の先頭に立ち積極的に取り組んでいます。

「紙もデジタルも」を掲げる毎日新聞社では、新たな Web 技術やソーシャルメディアとの連携など、幅広いチャレンジを続けています。

「デジタルファーストの流れが確実にきています。その中でより速く記事を出す仕組みが必要です。」と語るのは、デジタルメディア局 ディレクターの楢本 隆治氏です。デジタルの世界では、これまでより速く、正確で信頼性のあるニュースコンテンツ配信の仕組みが必要になっています。さらにデジタルメディア局の森 雄司氏は、「コミュニケーションの主流がソーシャルネットワークになっているため、情報の浸透スピードがものすごく速く、ブームが起こると一気に拡散します。ソーシャルを意識してコンテンツを提供しビジネスを行うには、俊敏かつ小回りがきく仕組みが必要です。この小回りと俊敏性はとても重要で、長期スパンで対応する紙の新聞のインフラに準拠していたのではデジタル時代のスピードには追随できません。」と言います。

もう 1 つ課題となっていたのが、デジタル化のビジネスにおけるインフラ投資の難しさでした。新たに提供するサービスが、ユーザーに受け入れられどれくらい成長するかを見極めるのはかなり難しく、「ビジネスの予測が外れた際のリスクが大きく、初期段階での大型投資を行うことはなかなかできません。」(森氏)

このように毎日新聞社 デジタルメディア局では、大きな初期投資のリスクが回避でき、スピードが速く信頼性、柔軟性のあるサービスインフラの整備が急務となっていました。

デジタル化に取り組み始めた当初、デジタルメディア局ではオンプレミスで構成されたシステムを利用していました。そのため、新たなサービスを展開する際には、まず新たなハードウェアを調達する稟議書を書き、承認を得て機器を導入し仕組みを構築していました。これには通常 3 ヶ月から半年ほどの時間を要します。「このやり方では初期投資も大きく、かつ調達までに時間がかかるため、二の足を踏むこともありました。」(楢本氏)

この課題を解決するため、小さな投資で始められビジネス拡大にも柔軟に拡張ができるクラウドの活用を検討していたところ、ちょうど同時期の 2012 年 11 月 16 日 に衆議院が解散され、同年 12 月 16 日には衆議院議員総選挙が行われることになりました。

デジタルメディア局では、この選挙に合わせて政治の争点に関する質問に答えることで自分と政党や候補者との考え方の一致度を測る仕組み「毎日ボートマッチ えらぼーと」のサービスをクラウド上で新たに構築することを決定しました。そして、このえらぼーとのインフラとしてデジタルメディア局が選択したのが AWS でした。柔軟性と可用性の高さ、さらに豊富なサービスと機能の数、そして国内外の導入実績に加え、社内に既に AWS を経験しているエンジニアがいたこと、これまでのシステムが移行しやすいことなどが採用の決め手となりました。

「AWS を採用したことで、えらぼーとの構築は 1 ヶ月という短期間で完了しました。開発期間の 1 ヶ月のうち、AWS 環境セットアップ自体はほんの数日、残りはサービスの構築とデータ入力やテストなどに充てることができました。また、サービス公開後の瞬発的なアクセス増化に伴う急激な負荷上昇にも、AWS のインフラは問題のないレスポンスを維持できるということを改めて確認できました。」(楢本氏) えらぼーとの成功を受け、デジタルメディア局では、システムのインフラに AWS を採用するという方針が打ち出され、以降はいくつかのサービスを開発する際にも AWS を採用し、活用技術やノウハウの蓄積がなされていきました。

また、2013 年には従来オンプレミスで運用してきたニュースコンテンツの CMS のリニューアルを期に AWS が採用されることになりました。デジタルメディア局にとってメインビジネスを担う CMS のリニューアルは、予算規模も大きく経営陣からの事前承認が必要でした。デジタルメディア局 マネジャーの神谷 計氏は「えらぼーとで実績があった AWS は、社内の経営陣からも早い理解が得られました。これをもしオンプレミスの仕組みで提案していれば、コストがかかりすぎると却下されたのではないでしょうか。」と振り返ります。

リニューアルされた CMS では、専用 GUI を通してのコンテンツ入力と、新聞製作システムとの連携によるコンテンツ入力の2つの入力が可能となっています。形式の異なる入力データはデータを解析し共通のデータ形式として Amazon Aurora に登録されます。新聞製作システムからの入力は、データが Amazon S3 に転送されたことを契機に、Amazon SQS へ登録処理の指示キューをエントリーすることで、自動で登録処理が起動しデータを解析したのち、Amazon Aurora への登録が行われています。Amazon Aurora へのデータ登録を行った各処理は、Amazon SQS へ後続処理の指示キューをエントリーすることで、画像ファイルのリサイズ処理を行い、Amazon S3 へ配置、検索エンジンへのデータ登録処理が自動に行われる仕組みとなっています。こうして蓄積されたデータから動的にコンテンツが構成され、ユーザーへ配信されます。写真や動画などは Amazon CloudFront を通じて配信され、Amazon ElastiCache で記事の表示レスポンスを確保しています。この CMS の仕組みを Amazon VPC を使いプライベートネットワークで運用し、Amazon CloudWatch を用いた性能監視も行うことで、セキュアで安定した運用を実現しています。

また、デジタルメディア局では AWS の拡張性も高く評価しています。ソーシャルネットワークなどで影響力のある人がニュースを話題にすると、場合によってはサイトへのアクセスが通常の 10 倍程度まで急増することもありますが、そういった予測できない負荷上昇にも Auto Scaling を活用することで柔軟に対応できています。もちろんプログラムの最適化を常に継続して行っており、AWS の機能を適切に活用しながら性能向上を図っています。

今回の CMS のリニューアルでは、キューの活用が 1 つの鍵となっています。「最初の構想で、中心にキューを置こうと考えました。Amazon SQS を活用することで処理スピードを適切に調整でき、疎結合で機能の追加が容易な仕組みになっています。」(森氏)

2016 年 7 月には、短縮 URL の管理機能が CMS に追加されました。これには Amazon DynamoDB が用いられ、AWS Lambda と Amazon API Gateway を組み合わせたサーバーレス構成で構築されています。

デジタルメディア局では CMS のリニューアルを機に、これまで外部に委託してきたシステムの開発・運用の内製化を実現しました。「これまでも AWS を採用したシステムでは内製で開発してきましたが、CMS のような大規模なシステムは SI 企業に開発・運用を委託していました。しかし、このままでは自分たちの技術力が低下し、SI 企業の提案が正しいかどうかの判断もままならなくなるとの危機感がありました。」(楢本氏)

さらに SI 企業に依存することでコスト削減や業務の効率化、小回りがきいた迅速な対応が困難であることも課題となっていました。これらを解決するためにもシステムの内製化が必要でしたが、AWS を導入したことで内製化も実現することができました。AWS によりインフラの拡張性、柔軟性が容易に得られるため、社内ではメンバーはサービスを作ることに集中することができます。また、「インフラのランニングコストもオンプレミスの 5 割程度まで削減することができました。内製化を進めたことでエンジニアが効率化を意識するようになり、そういった点も結果的なコスト削減につながっていると考えています。」(森氏)

AWS の導入と内製化による効率化で、新機能の追加や修正のスピードは著しく向上しました。以前なら修正や機能追加などは簡単なものでも 2 週間ほどの時間が必要でしたが、今では開発からテスト、検証、関係者による確認といった一連の作業を、早ければ数時間で完了することが可能となっています。「迅速な対応ができるので、現場からはポジティブな要望がたくさん上がるようになりました。」(神谷氏)

「これからは、ニュースを閲覧するユーザー 1 人 1 人に対してより最適化されたサービスを提供したいと考えています。そのためにはユーザーに関するビッグデータを高速に扱う必要があります。大量のストリームデータを扱える Amazon Kinesis Streams など、AWS の拡張性を最大限に活用できるサービスを積極的に取り入れていきたいと考えています。」(森氏)

既に毎日新聞社では、Amazon Kinesis Streams を Amazon SQS の拡張機能と位置づけ、AWS Lambda、Amazon DynamoDB ストリームの機能と組み合わせて大量データを短時間で処理する仕組みの開発に着手しています。他にも Amazon SNS を使ったメッセージのプッシュサービスなども予定されており、今後はサーバーレスの仕組みで新たな機能の構築を予定しています。

「AWS からはどんどん良いサービスが出ますが、新しいサービスもすぐに試してみることができる、これも AWS ならではのメリットです。内製化は 3 年目でまだまだのところもありますが、今後も AWS を使ってさらに加速していきます。」(楢本氏)

左から
株式会社 毎日新聞社
- デジタルメディア局 マネジャー 神谷 計 氏
- デジタルメディア局 ディレクター 楢本 隆治 氏
- デジタルメディア局 森 雄司 氏

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