新卒 2 年目がサービス開発し AWS Summit Japan でブース展示するまで
2024-10-03 | Author : 大久保 裕太、山下 一樹、嶋田 朱里
はじめに
builders.flash の読者のみなさん、こんにちは ! 今回は、AWS Summit Japan 2024 で行われた新しい取り組みについて紹介します。
6 月 20 日と 21 日に幕張メッセで開催された第 13 回 AWS Summit Japan は、会場とオンラインを合わせて過去最高の 5 万人以上が参加する大盛況のイベントとなりました。その中で今回、初の試みとなる "新入社員プロジェクト" が実施されました。
このプロジェクトは、入社 2 年目の新入社員たちが自ら手を挙げて 2 つのチームを結成し、生成 AI を使った新しいアイデアをブース展示として形にするという、チャレンジングな内容でした。
本ブログでは、このユニークなプロジェクトの舞台裏について、プロジェクトメンバー、そしてプロジェクトを企画したマネージャーにインタビューしていきます。インタビューに参加していだいたのは以下の 4 人です。
新卒 2 年目 SA (バーチャルアバターチーム) : 嶋田 朱里
新卒 2 年目 SA (マルチモーダル RAG チーム) : 山下 一樹
マネージャー : 藤倉 和明
マネージャー : 兼松 大貴
彼らに、アイデアの誕生から展示までの道のりを語っていただきました。きっと、読者のみなさんにも新しい発見があるはずです。特に若手社員を育成する立場の方に人材育成の観点で参考になれば幸いです。
司会:大久保 裕太 (アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 ソリューションアーキテクト)
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インタビュー
司会 大久保 :
新卒 2 年目の皆さん、今回の「新入社員プロジェクト」に自発的に参加されたということですが、どのような思いからこの取り組みに手を挙げたのでしょうか。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
はい、最初のきっかけは、マネージャーの藤倉さん、兼松さんから「今年の AWS Summit では新入社員が作るブースを用意したいと思っている」というお話をいただいたことです。AWS Summit でブースの企画、展示物の作成、当日の運営までを新入社員が主導して行った前例がなかったこと、そして何より AWS Summit という大きなイベントに自分たちが主体となって関われるのはとても楽しそうだと感じました。
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
新卒 2 年目として、AWS Summit という大規模イベントで自分たちのコンテンツを発表できる機会は非常にチャレンジングで魅力的でした。特に私は、プロジェクトマネージャー的な役割を担当することで、プロジェクトマネジメントのスキルを向上させたいという強い思いがありました。このようなスキルは普段の業務では中々経験できないと考え、参加を決意しました。
司会 大久保 :
彼らのマネージャーである藤倉さん、兼松さん、入社 2 年目 '(企画発足時は入社 1 年目) の社員が中心となって AWS Summit の展示ブースを作り上げるという試みは、今年が初めてでしたが、なぜこのような取り組みを始めようと思われたのでしょうか ?
マネージャー 藤倉 :
AWS Japan では、新卒社員の 1 年目研修において、約 3 ヶ月間のプロダクト開発プログラムを実施しています。この取り組みは毎年、社内メンバーを驚かせるような優れた成果物を生み出してきました。この実績を踏まえ、AWS Summit でも同様の取り組みを通じて、来場者の方向けの展示を行うことで、大きなインパクトを与えられるのではないかと考えました。さらに、顧客企業の経営層との人材育成に関する議論を通じて、多くの企業がビルダー (技術者) の育成に課題を抱えていることが明らかになっています。AWS Summit における新卒社員の展示を通じて、「入社後 1 年でこのレベルの成果物を作り上げられる」という具体的な事例を示すことで、顧客企業の人材育成に対する前向きな取り組みを促すきっかけになるのではないかと考えました。
マネージャー 兼松 :
今年の Summit は生成 AI が主要なテーマの 1 つでした。生成 AI はテクノロジーとしての進化は加速していますが、一方それを使う利用者側のアイデアやユースケースはまだ限定的だと感じます。そのため、生成 AI を使ってどんな課題解決ができるのか、これを考えるうえで幅広い層から意見を募ることが重要だと思っていました。他の SA とは違う視点を持っているであろう新卒 2 年目の皆さんが主体的に取り組むことで、新しいテーマでのブースが出来るのではという期待があり、今回の新卒展示に繋がりました。
司会 大久保 :
ありがとうございます。新卒2年目の皆さん、それでは、開発した具体的なサービス内容と、それがどのような発想から生まれたのか教えていただけますでしょうか。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
私たちのチームは Summit 会場の案内を行うバーチャルアバターを展示していました。生成 AI サービスである Amazon Bedrock を利用して、「セキュリティに関するセッションを教えて」「近くの休憩場所はどこ ?」といった質問に対して「セキュリティのセッションには 〜〜があります。xx 時 yy 分から zz ステージで行われます」など、Summit に関する案内をしてくれます。サービスの詳細やこの開発に至った経緯については 別ブログ に記載していますので、そちらをご確認いただけると幸いです。

マルチモーダル RAG チーム 山下 :
私たちが開発したサービスは、画像データも活用できる「マルチモーダル RAG」のアプリケーションです。ビジネスでの生成 AI 活用が進む中、自社の画像データも含めた幅広い情報を活用したいというニーズをお客様からよくいただきました。そこで従来の RAG では扱えなかった画像情報をナレッジとして利用したいという思いから開発に至りました。詳細は こちらの資料 をご覧ください。

司会 大久保 :
なるほど、大変興味深いサービスですね。それでは、チームメンバーの構成や役割分担はどのように行われたのでしょうか。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
私たちのチームは 6 人で、以下のような役割分担をして開発を行いました。誰がどこをやるかについては、各自興味がある分野に手を挙げて決めましたが、どこかの開発が詰まった時にはみんなで助け合いながら進めていました。
アバター担当
フロントエンド開発担当
地図情報担当
音声出力担当
RAG (Retrieval-Augmented Generation) 実装担当
生成 AI 精度検証担当
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
私たちのチームは 4 人の開発メンバーでした。効率的に開発を進めるため、それぞれのメンバーの得意分野や経験を活かした役割分担を行いました。具体的には、以下のような分担です:
IaC (Infrastructure as Code) 担当
フロントエンド開発担当
バックエンド開発担当
RAG (Retrieval-Augmented Generation) と生成 AI 精度検証担当
司会 大久保 :
ではこの取り組みの中で新入社員のみなさんが開発の過程で特に苦労した点はどのようなことでしたか。また、それをどのように対応しましたか。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
「Summit 会場の案内を行うバーチャルアバター」というテーマが決まったあと、それをどう実現するのかが課題となりました。生成 AI の情報は普段からキャッチアップしていたので、どうすれば Summit に関する情報を回答させることができるかについてはなんとなく見えていました。ただ、バーチャルアバターに関する知見は全くなく、「そもそもバーチャルアバターアプリをどうやって作るのか」「どんなアーキテクチャにすればいいのか」など疑問だらけでした。そこでバーチャルアバターアプリの作成方法を調べていく中で Generative AI Avatar Chat というサンプルアプリケーションを見つけました。これは AWS が GitHub 上で公開しているオープンソースのアプリケーションで、3D アバターをインターフェースとして持つ、生成 AI チャットアプリを簡単に構築できます。このアプリケーションは私たちが実現したかったことに非常に近かったので、これをベースにカスタマイゼーションを加えていくという方法で開発していくことに決めました。サンプルアプリケーションのアーキテクチャを参考に、回答を音声出力するために Amazon Polly を追加したり、回答に案内地図を表示させるために地図情報 DB を追加したりというように、アーキテクチャを作っていきました。また、実際の開発も GitHub で公開されている AWS CDK のソースコードを修正していくという形で進めました。このようにすることで、フルスクラッチで開発する必要がなくなり、短期間でも開発を終えることができました。
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
Summit まで十分に開発時間を捻出できない中で、アプリケーションを作り切れるか不安がありました。そこで私たちは、アプリケーション開発に役立つオープンソースソフトウェアを活用することで、一番作り込みたいマルチモーダル RAG の構築に集中することができました。利用した代表的なフレームワークは Streamlit と LangChain です。Streamlit は Python ベースで簡単に Web アプリケーションを作成できるフレームワークで、フロントエンドの UI を自分たちで作り込むことなく用意できました。LangChain は生成 AI アプリケーションを構築するためのフレームワークです。RAG に必要なベクトルデータベース、エンベディングモデル、テキスト生成モデルのオーケストレーションを素早く構築できました。
司会 大久保 :
チーム内でのコミュニケーションやコラボレーションはどうやって管理していましたか ?
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
コミュニケーションは主に週 1 回のチームミーティングとチャットでのやり取りでした。チームミーティングでは、各自がその週にやったこと、困っていること、来週やることなどを書き出して情報共有していました。この場でチーム全体としての進捗を見て「この開発に遅れが出ているから、今週はここに取り組む人数を増やそう」というような役割分担の調整も行なっていました。チャットでは日々の開発の中でちょっとした困りごとやヘルプ依頼などをしていました。
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
私たちのチームでは主に 2 つの方法を採用していました。まず、週に 1 回の定期ミーティングです。このミーティングでは、各メンバーの進捗状況の共有や、直面している課題についての議論、今後の方針の決定などを行っていました。次に、プロジェクト管理ツールとして GitLab Issue Boards を活用していました。このツールを使用することで、各々のタスクを「Issue」として管理し、各メンバーの役割分担を明確化していました。

司会 大久保 :
このサービスの開発にはどれくらいの時間がかかりましたか ?
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
テーマ決めなども含めて約 4 ヶ月間でした。3 月はテーマの深掘りと技術選定を行い、4 月から本格的な開発を開始しました。5 月以降は予期せぬ問題が次々と発生。冷や汗をかきながらも、チーム一丸となって乗り越えました。6 月にはフロントエンドとバックエンドの結合や、本番当日のオペレーション詳細を詰めていきました。正直、最後の方はかなりバタバタしましたが (笑)、なんとか当日を迎え、無事完遂できました。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
私たちもスケジュール感はマルチモーダル RAG チームと同様です。やはり Summit 当日に近づくにつれ、作業時間は増えていきました。Summit 前日と当日はみんなで深夜まで最終調整をしていました。大変でしたが、自分たちで試行錯誤しながらプロジェクトを進められたのはとても楽しかったです。
司会 大久保 :
マネージャーの皆さんは、今回の新入社員プロジェクトが大きなトラブルなく進むように、特に意識していた点などはありますか ?
マネージャー 藤倉 :
新卒メンバーにプロジェクトを任せつつ、いくつかのサポート体制を整えました。各チームには ML チームからメンターを配置し、技術面でのサポートを提供しました。また、プロジェクトリーダーとは毎月進捗確認を行い、スケジュールや課題を適切に把握しました。展示コンテンツの集客力を高めるために、プレゼンテーションのレビューや見せ方のアドバイスも行いました。プロジェクト成功の鍵はリーダーのモチベーションと管理であり、各チームは高いモチベーションで取り組んでいたため、安心して見守ることができました。基本的には、新卒メンバーが自主的に進められると考えており、私たちの役割は最初のきっかけを作る程度でした。
司会 大久保 :
新入社員の皆さん、今回のプロジェクトを通じて、どのような学びを得られましたか。
バーチャルアバターチーム 嶋田 :
「プロダクトを開発する際にはいきなり開発を始めるのではなく、まずは全員が共通の完成イメージを持てるように認識を合わせるべき」ということが大きな学びでした。今回の開発は通常業務の合間を縫って作業を行っていたため、メンバー全員が同じ時間に集まることが難しかったです。そのため、完成イメージについての議論はプロジェクト初期段階に口頭でのやり取りをしたのみでした。しかし、個々人が各機能の開発を進める中で、メンバーごとに完成イメージが異なっていることが発覚し、作業の手戻りが発生してしまうということがありました。プロダクト開発の初期段階では「早く開発に取り掛かりたい」という気持ちが強くなりがちですが、まずはホワイトボード等を使って全員が同じ完成イメージを持った状態にすべきだということを実感しました。
マルチモーダル RAG チーム 山下 :
私たちはプロジェクトを通して意思疎通の難しさと重要性を学びました。Summit という大きなイベントでのブース展示、登壇を行う過程では非常に多くの方にご協力いただきました。その中で人を跨いだコミュニケーションも多く発生していました。このような場面では単に口頭で伝えるだけでなく、文書化しておくことで認識齟齬を防ぐなど、多くの人を巻き込んだプロジェクトならではのコミュニケーションの取り方を学びました。
司会 大久保 :
最後に、マネージャーのお二方に質問です。今回のプロジェクトを通じて、新入社員の皆さんの成長やスキル向上にどのような変化が見られましたでしょうか。
マネージャー 藤倉 :
プロジェクト中、チームメンバーとは様々なステイクホルダーと連携して仕事を進めることの難しさ、他部署に対してのフィードバックを送ることの意義などについて良く議論してきました。これまでは自分たちでコントロールできる範囲の仕事をしてきた中で、今回のイベントを担当したメンバーは自分たちのコントロールが及ばない、かつ大規模なイベントでの注目コンテンツを作るという重要な役割を担い、自分たちが中心となっていろいろな人を巻き込んで進めていくという経験を得ることができたと感じています。
マネジャー 兼松 :
プロジェクトマネジメントの経験を得られたのが大きいのではないかと思います。様々な問題、例えばアカウント活動に時間を取られ開発に時間を割けない、モチベーションが続かない、技術的にうまくいかない、などがあったかと思いますが、その都度柔軟に優先順位やスケジュールを修正することで対応されていました。この経験を得ることでお客様社内で進められているプロジェクトに対してもより具体的にイメージできるようになったのではないかと思います。また、プロジェクト開始当初は私に質問をいただくことが多かったですが、中盤からは様々なステイクホルダーを直接巻き込んでいたので、巻き込み力、交渉力、調整力の面でも成長されたのではないかと思います。
司会 大久保 :
今回は貴重なお時間と率直なご意見を頂戴し、誠にありがとうございました。新入社員の方々が大きな成長を遂げられたことが良くわかりました。マネージャーのお二人も、新入社員皆さんの力を引き出すための様々な工夫を重ねられたのですね。このような取り組みを通じて、お互いに期待に応える関係が築けたと感じています。今後も、このようなチャレンジングな機会があるといいですね。新入社員の皆さんの更なる飛躍を心から期待しています。
筆者プロフィール

大久保 裕太 (Yuta Okubo)
アマゾンウェブサービスジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト
普段は不動産、建設業のお客様を中心に技術支援を行っています。
好きな AWS サービスは Amazon Kinesis Video Streams と Amazon Braket。

山下 一樹 (Kazuki Yamashita)
アマゾンウェブサービスジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト
普段は飲食、ホテル業のお客様を中心に技術支援を行っています。
好きな AWS サービスは Amazon OpenSearch と Amazon Neptune。

嶋田 朱里 (Akari Shimada)
アマゾンウェブサービスジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト
普段は金融業のお客様を中心に技術支援を行っています。
好きな AWS サービスは Amazon DynamoDB。
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