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ウェブサービス・SaaS 企業の生成 AI

Amazon Novaを使った特許分析システムの処理コスト最適化 ~ パテント・リザルトの生成 AI 実装解説

2025-10-02 | Author: 鮎川 寛 (株式会社パテント・リザルト)、赤澤 智信 (アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社)

はじめに

株式会社パテント・リザルトは、特許分析プラットフォーム「BizCruncher」の特許読解・分析機能の開発において、Amazon Bedrock を積極的に活用し、ユーザーの業務効率を以下のように改善しています。

  • ユーザーの特許情報読解に掛かる時間を約 80% 短縮。
  • 多数の特許分析では、従来人手で行っていた何段階もの作業を AI によって自律的に並列実行。

このシステムでは Amazon Bedrock を通して利用できる Anthropic の Claude と Amazon Nova を効果的に使い分けることで、特にAIエージェントのコストを88% 削減しました。

本記事ではその使い分けのパターンや実例の一端をご紹介します。

 

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特許情報の課題

特許情報には複数の難しさが存在します。

  • 表現の複雑性 : 技術者にとって読み解くことが難しい特許特有の書き方。
  • 言語の壁 : 重要な技術的発見は世界中で特許出願されているため多言語の分析が必要。
  • 文書量の多さ :数十ページに及ぶ特許文書を毎週、毎月何十件も読まなければならない。さらに大規模に分析する場合は数百~数十万件を対象とする。

これらを解決するにあたって、Amazon Bedrock で提供されている多様な生成 AI モデルのラインナップが効果を発揮しました。

Claude + Cross-region inference で自動要約を商用化

特許を要約して読む機能は最もユーザーの期待度も高く、正確性も求められます。Amazon Bedrock には初期の頃から高精度な日本語も扱える Claude が商用化に対応できる規模でいち早く搭載されており、特許を要約する機能を迅速に提供することができました。

特許文章が増えることで、input の量が増え、それによって tokens per minutes の制限が懸念となりますが、その緩和のために Amazon Bedrock が提供する cross-region inference を活用しています。これにより、多くのユーザーのリクエストを最適なリージョンで処理しています。現在はこの処理に Amazon Nova を組み合わせたさらなる高速化を検討しています。

さらに、商用化では実際にどれぐらいモデルを呼び出しているかを簡単に把握する必要もあります。現在はまれに起こる警告の場合に、Amazon CloudWatch の自動ダッシュボードを活用し、自動的に可視化される API コールの状況、トークン数などを確認しています。ドキュメントによればこのダッシュボードを複数リージョンまとめることも可能なようなので、将来的にはさらにカスタマイズしたいと考えています。

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Amazon Nova と Claude の組み合わせで高度な AI エージェントアーキテクチャを実現

特許分析は例えばある技術分野の数千件~数十万件の特許文書に対して、その分野の状況をまとめるといった業務です。
この作業は特許分析ツールに熟練した作業者が、何段階もの統計処理を行い、それを読みやすいレポートにするという複雑で高度なスキルを要求されます。

BizCruncher ではユーザーが行いたい分析を自然文で入力すると、残りの作業は AI によって全て自律的かつ、並列で行えるシステムを構築しました。

こちらがその実際の分析結果です。

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実際の処理の流れ

実際の処理の流れは以下のように進みます:

  • ユーザーが自然文で分析要求を送信: 例「遺伝子関連分野で最近活躍している企業を特定したい」
  • AIが複数ステップにわたる分析計画を作成
  • ユーザーがその計画を承認したら、BizCruncher を使って分析ステップを並列実行
  • AI が分析結果を解釈し、レポートにまとめる

このような AI エージェントの設計パターンは、現在「AI エージェントアーキテクチャ」としてまとめられつつあり、そのパターンを組み合わることで簡単に設計できます。

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高速・低コスト・正確な AI の実現

しかし、各パターン内で行う多くのAIの呼び出しは、高速・低コスト・正確に行わなければ、実際の商用サービスで提供することができません。

Amazon Bedrock には多様なモデルがありますが、その中でもコストと日本語の精度の面で絞って Amazon Nova と Claude を使い分けることでこの課題を克服しました。

BizCruncher の内部では上記のように plan-and-execute や human-in-the-loop といったパターンを用いていますが、

  • 処理の判断・分岐 : 何度も処理が通るため、高速かつ低コストであることを重視して Amazon Nova で行う
  • 分析計画の作成、最終出力 : 分析全体のクオリティと複雑な処理に対しての正確さを重視して Claude を採用

という基準でモデルを選定しています。

開発初期には全てを Claude で実装していましたが、Amazon Nova を組み合わせることで処理にかかるコストを 80% ~ 88% 削減することに成功しました。

処理の判断・分岐プロンプトの例

処理の判断・分岐の例として、以下に Amazon Nova で実際に使用しているプロンプトを紹介します。このようなシンプルだけれど高速に実行したいプロンプトでは、Amazon Nova が非常にバランスの良い選択肢となります。

json
# 「ユーザーの承認判定」処理
   # 分析計画をユーザーが承認したかどうかを判定するプロンプトの例
   # {messages} は AI エージェントとのやり取りの履歴
  
 {messages}
   
今の返事が、AIの計画をそのまま実行して良いという許可の場合はtrueを返してください。
追加の分析や修正の指示が返事に含まれている場合はfalseを選んでください。
結果は以下のJSONで返してください。
   
  ```json
  {{
      "completely_agreed_the_plan": true | false  //If the human completely agreed with the plan, this should be true. Otherwise, false.
  }}
  ```

ユーザーの機密情報の扱い

さらに、Amazon Bedrock ではユーザーの入力するプロンプトの扱いをコントロールしやすいという特徴があります。

特許分析システムでユーザーが入力する情報は、特許出願前の機密情報を取り扱うことからその情報が クラウドに保存されない事や AI の学習に使われないことが必須となります。

Amazon Bedrock はユーザーがログ保存の設定をしない限りはサービス側でログを保存しない (*1) ことと、入出力結果を学習に利用しないことが保証されており、この点でユーザーに安心して使ってもらえる理由となっています。


*1: Solutions Architect 注釈 : [Amazon Bedrock よくある質問 セキュリティ を参照ください

まとめ

BizCruncher は、Amazon Bedrock の Amazon Nova と Claude を戦略的に組み合わせることで、特許分析における多層的な課題にチャレンジしました。特に、Amazon Nova の活用により、高度な AI エージェントの処理でコストを 88% 削減することに成功しました。cross-region Inference を活用した大規模な処理能力と、高度なセキュリティ対策により、ユーザーが安心して使えるサービスの提供が可能となっています。

実際にご利用いただいたユーザーからは「AI による要約で発明内容がスムーズに理解でき、業務効率が大幅に改善されました。」という声や、「膨大な特許情報も一目で把握でき、作業時間が大幅に短縮されました。」という評価もいただいています。

筆者プロフィール

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赤澤 智信

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
デジタルサービス技術本部 ISV/SaaS ソリューション部
シニアソリューションアーキテクト

ISV/SaaS 領域で AI/ML のご支援を多く行っております。好きなサービスは Amazon SageMaker AI、好きな技術領域は、マルチテナントにおける推論サービング手法、です。

最近は Cline with Amazon Bedrock と Amazon Q Developer で沢山技術検証して楽しんでいます。

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鮎川 寛

株式会社パテント・リザルト
執行役員

20 年間にわたり特許分析システムの構築に携わり、現在は開発グループで大規模言語モデル (LLM) や AI エージェントを活用した製品開発にも取り組んでいます。技術に加え、言語そのものの構造や多様な文化にも関心があり、スペイン語やブラジルポルトガル語の学習を続けています。