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【自動車業界】SDV時代の車載ソフトウエア開発を支えるAWSソリューション(Vector SDV Symposium Japan 2025で発表)

はじめに

みなさんこんにちは、ソリューションアーキテクトの眞壽田(ますた)です。2025年9月18日に開催された「Vector SDV Symposium Japan 2025」にて、AWSのソリューションアーキテクトとして「SDV時代の車載ソフトウエア開発を支えるAWSソリューション」というテーマでセッションを担当させていただきました。Software-Defined Vehicle(SDV)の波が自動車産業を大きく変革している今、クラウドテクノロジーがどのように車載ソフトウェア開発の課題を解決し、イノベーションを加速させるのか。本セッションでは、仮想開発環境や仮想ECU技術を使ったテストの効率化まで、AWSが提供するソリューションについて紹介しました。

この記事では、セッションの内容を詳しく解説するとともに、SDV時代におけるクラウドの可能性について掘り下げていきたいと思います。

これまでのSDV事例のおさらい

SDV時代を見据え、AWSを活用して車載ソフトウエア開発の効率化を目指した自動車メーカー様の事例は次の通りです。詳細はリンクやブログを参照頂ければと思います。

1. ステランティス Virtual Engineering Workbench(VEW)2022年 youtube blog
2. BMW Operating System 9 2023年 link
3. 本田技研工業株式会社 Digital Proving Ground 2023年 youtube

これらの事例に共通するAWSのソリューションを、次の章でじっくり紹介していきたいと思います。

SDV開発を支援するAWSのソリューション

自動車産業がソフトウェア定義車両(SDV)へと急速に進化する中、AWSは自動車メーカーが直面する複雑な課題に対して、包括的な支援フレームワークを提供しています。この図が示すように、AWSの支援は三つの主要な柱を中心に構成されています。

これらの柱に加え、AWSはデジタル人材の育成支援やパートナーとの連携を通じて、自動車メーカーのSDV開発を包括的にサポートしています。この統合的なアプローチにより、お客様は従来の開発モデルからソフトウェア中心の開発へとスムーズに移行し、次世代モビリティの創造に専念することができます。

SDV開発を支援するAWSのソリューション

自動車業界におけるオンプレミスの開発環境に対する課題

以下の例は、AWSがお客様からよく聞く課題をAWSの生成AIのサービス(Amazon Bedrock)でストーリー調に仕立てたものです。

ある自動車メーカーの制御ECU開発部門では100名以上のエンジニアがモデルベース開発(MBD)環境を使って制御ソフトウェアの開発に取り組んでいます。「開発環境の構築と維持が私たちの最大の頭痛の種なんです」とAさんは語ります。
「昨年、新たなプロジェクトが始まった時、各エンジニアの開発PC調達だけで数ヶ月を要しました。そして機材が到着した後も、必要なツールのインストールに数週間を費やしました。開発に必要なツール群は多岐にわたり、互換性の問題も頻発します。詳細なインストールマニュアルを整備する専任スタッフまで配置したのですが、それでも約2割のエンジニアが環境構築に失敗し、Q&A対応に追われました」とAさんは振り返ります。
「さらに、一度環境を構築できても問題は続きます。シミュレーションやテスト実行中はPCリソースが占有されるため、他の作業が事実上不可能になります。また社外エンジニアとの協業においては、セキュリティ上の制約から開発PC利用に制限がかかることも少なくありません。また、すべての開発PCに対するセキュリティパッチの適用にも膨大な時間を要します。静的解析やテスト、シミュレーションの実行にも長時間を要し、開発サイクル全体が遅延する要因となっていました」とAさんは説明します。

このような開発環境では、ソフトウエアの開発量が増大するSDV時代に対応することは難しくなります。そこでAWSは、従来のオンプレミスでの開発環境の課題解決のために、主に次の2つのソリューションを提供しています。

開発環境課題を解決するためのAWSソリューション 2選

1. Research and Engineering Studio on AWS (RES)

Research and Engineering Studio on AWS (RES)

RESに関する情報 GitHub AWS Document AWS Blog YouTube

RESの特徴的な機能として、専用ウェブポータルからデスクトップ環境を簡単に作成できることが挙げられます。各プロジェクトでデスクトップイメージを保存し、チームメンバーがそれを必要に応じてデプロイできる柔軟性も備えています。さらに、共有データストアを活用した共同作業環境の構築や、既存のID管理インフラ(AWS Managed Microsoft AD)との統合も実現しています。
先ほどの車載ソフトウエア開発の例では、RESを導入することで彼らの課題を以下のように解決できます:

  1. 迅速な環境構築: 専用ウェブポータルからデスクトップ環境を短時間で作成でき、数ヶ月かかっていたPC調達・環境構築のプロセスを大幅に短縮
  2. 環境の標準化と再利用: プロジェクト毎にデスクトップイメージを保存し、チームメンバーが即座にデプロイできるため、環境構築の失敗によるQ&A対応の負担が限りなく軽減される
  3. 共同作業の効率化: 共有データストアを活用した共同作業が可能となり、OEM、サプライヤーが所属するチームのコラボレーションが促進される
  4. セキュリティの強化と簡素化: 既存のID管理インフラ(AWS Managed Microsoft AD)との統合により、社外エンジニアとの協業におけるセキュリティ課題が解決され、一元的なセキュリティ管理が可能
  5. メンテナンス作業の軽減: セキュリティパッチを当てた開発環境をイメージとして保存することで、開発者は最新の環境をデプロイすることが可能

2. Virtual Engineering Workbench (VEW)

Virtual Engineering Workbench (VEW)

ステランティスの事例で紹介したVirtual Engineering Workbenchは、AWSのソリューションとしても展開しています。
このソリューションは、前述のRESで提供する開発環境やシミュレーション環境だけではなく、特定の仮想ECUのイメージも管理することで、今まで評価ボードを調達しなければECUのテストができなかった機能テストや結合テストが、仮想環境で実現することを可能とします。ステランティスの事例では、Github actionsやArtifactoryを用いたDevOpS環境の構築と、そのWorkflowで作成したアーティファクトの仮想ECUのバイナリファイルを、専用線で接続したオンプレミスのHILS環境へ連携するユースケースも実現しています。ご興味のある方は、こちらのブログもご覧ください。

Shift Leftを実現する仮想ECU技術

車載ソフトウエア開発のV字モデルの開発プロセスでは、ECU間の結合テストがV字の右側(後半)で実施されることがありました。右側の段階で不具合が発見されると、開発の手戻りが大きくなり、コストや時間の増大につながっており、多くのお客様が仮想ECUに興味を持っていただいています。

1. AWS Graviton と ARM on ARM技術

AWSはARMアーキテクチャを採用したデータセンター向けLSIであるGravitonを自ら設計し、2015年にLSI設計会社のAnnapuruna Labsを完全子会社化することでその技術基盤を強化しました。特に自動車開発において重要な点として、AWS Gravitonは、ARMとの協力により、実際のECUで使用されるARMのCortex-A、Cortex-M、Cortex-Rシリーズの命令コードをAWS Graviton上でそのまま実行できる「ARM on ARM技術」を搭載しています。これにより、仮想ECUの環境を正確かつ効率的に構築することが可能となっています。
このARM on ARMの技術を活用したソリューションがAWS Marketplaceで公開されました。Corellium社が提供するAtlas Private Cloudです。

詳細は、Marketplaceのページをご覧頂ければと思いますが、このAtlas Private Cloudは、AWS Graviton 4 c8g.metal24xl EC2インスタンス上で、32ビットと64ビットのArm Cortex A、R、MコアをベースにしたARM Virtual Hardware(AVH)を実行することができます。2025年10月現在、AWS Graviton 4 c8g.metal24xl 1つのEC2インスタンス上で動作可能なAVHは、トータル80 core分で、1つのEC2インスタンス上で複数の仮想ECUを起動することが可能です。今まで、制御系ECUを仮想化する場合、x86上のEC2インスタンスでエミュレーターを動かすのが通常でしたが、GravitonとARM on ARM技術を利用したソリューションで解決できるようになるケースが期待できます。
例えば、2025年のAWS Summit JapanのAutomotiveデモブースでは、下記の構成でコックピットとパワートレインのECUを仮想化し、Autosar APのSOME/IPで接続するデモンストレーションを紹介しました(下の図)。③の仮想ECUのスタックでは、AWS Graviton EC2 + Corellium上で、Cortex-R82AEのVirtual Hardwareを動作させ、パワートレインのアプリケーションを動作させています。

2025年のAWS Summit JapanのAutomotiveデモブース

2. QNX Hypervisor on AWS

Blackberry社のQNXが、QNX Hypervisor 2.2をAWS Marketplaceから提供しています。2025年10月現在、AWS上でQNX Hypervisor 2.2を利用するには、Blackberry社と別途ライセンス契約が必要になります。ご興味がある方は、Blackberry社にお問い合わせ頂ければと思います。

QNX Hypervisor on AWS

QNX Hypervisor on AWS

QNX Hypervisor 2.2 on AWSは、AWS Graviton EC2インスタンスである、c6g.metal, r6g.metal, m6g.metalインスタンスで稼働します。アプリケーションから周辺デバイスへのアクセスは、Hardware Abstraction Layer(HAL層)のVirtIO経由で行います。仮に、従来のアプリケーションを、QNX Hypervisor 2.2上で仮想化するには、そのアプリケーション内で、ハードウエアに依存した処理をVirtIOで分離させる必要があります。どのハードウエアへのアクセスを抽象化するかという点において、サポートするVirtIOのバージョンやQNXとのライセンス契約にも依存しますので、Blackberry社にお問い合わせ頂ければと思います。

QNX Hypervisor on AWSに関する情報は以下のブログでもまとめられています。
Elevating cluster software development with QNX Hypervisor on AWS

おわりに

このブログでは、SDV時代を支えるAWSソリューションとして、開発環境と検証環境の2点に絞って紹介しました。特に、開発環境の課題については多くのお客様が解決したい課題ではないかと思います。量産開始後も継続してソフトウエアのアップデートが本格化する将来、開発環境を必要に応じて伸縮自在に調整することが望まれ、クラウドベースのエコシステムを構築していくことは多くのお客様において急務となっています。このブログを読んでAWSの人と少しお話してみたいなと思われる読者様がいらっしゃいましたら、お近くのAWSのアカウントチームやAWS for Automotive(チャット)までご連絡下さいませ。

著者

眞壽田 英輝 (Masuta, Hideki)

アマゾン ウェブ サービス ジャパン 合同会社
自動車製造領域のお客様を支援するシニアソリューションアーキテクト。長年乗っていた車を最近買い替えたところ、車載ソフトウェアの目覚ましい進化に驚かされる日々を過ごしています。今後さらに高度な運転支援システムが普及することで、交通死亡事故ゼロの社会へと一歩ずつ近づいていくでしょう。そのような未来の実現に貢献すべく、自動車産業のお客様のイノベーションを技術面からバックアップしています。