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治せない未来を変えるために——日本の医療を支えるすべてのBuilderたちへ
「先生、この薬は本当に使えないのですか?」
40代の母親がそう尋ねたとき、主治医は言葉を失いました。
効果があると知っているのに—「日本ではまだ承認されていません」。
生きられたかもしれない命が、静かにこぼれ落ちていく。そんな現実が、この国の医療で起きています。
数字が物語る、日本の医療の危機
2024年、国立大学病院長会議の発表によれば、全国42の国立大学病院のうち32病院が赤字見込み1)。医療機関の倒産は事業者(施設運用主体者)数ベースで64件、休廃業・解散は722件。過去最多を更新しました。2)
これは単なる経営の問題ではなく、医療の質や安全性に直結します。
医療DXの遅れが、新薬開発の足かせに
電子カルテの普及率は、医療施設種別で差があり、一般病院では約65.6%・診療所では約55%(2023年医療施設調査)と報告されています。400床以上の病院では、90%が導入済みとされていますが、世界的には、医療機関が日々生成するデータのうち約97%が活用されていないとの指摘があり4) 日本も例外ではありません。医師の働き方はすでに逼迫しており、業務効率の観点でも問題ですが、加えて、臨床試験の効率低下、研究時間の不足、リアルワールドデータ(RWD)の質と量の不足といった深刻な問題を引き起こしています。
特に、新薬開発に欠かせない臨床試験において、複雑化する適格基準に対応するためには、単なるデジタル化や従来型の検索では限界があり、医師が夜遅くまでカルテや検査データを照らし合わせても、見落としや誤選定のリスクが付きまといます。結果として、試験の達成率は下がり、エントリー期間は延び、治験開始後においても、労働集約的で高コストな環境に、製薬企業は日本での開発投資を躊躇う。日本の患者は「治せるはずの未来」から遠ざかってしまうのです。
ドラッグ・ラグとドラッグ・ロス——命の選択肢が奪われる現実
厚生労働省の調査によれば、欧米では承認されているが日本で未承認の医薬品は143品目で、そのうち86品目が国内で開発未着手、57品目が開発中(=承認が遅延している)とされています(2023年時点の集計)。希少疾患やがんの患者にとって、これは「生きられたかもしれない命」が失われる現実です。
保険が使えず、1カ月数百万円の治療費。副作用の強い旧来治療しか選べない。承認を待つ間に病状が進行する——。技術の遅れが、命の選択肢を奪っています。
現場発の挑戦——DXで”治せる未来”を取り戻す
こうした厳しい現実を前に、医療現場からはテクノロジーを駆使した挑戦が始まっています。2025年7月に実施された第29回日本医療情報学会春季学術大会では、藤井進先生(東北大学災害科学国際研究所/東北大学病院 メディカルITセンター・医療データ利活用センター)を座長に迎え、2つの希望ある事例が発表されました。
東北大学病院:危機を超えて未来へ
中村直毅先生(東北大学病院メディカルITセンター)は、コロナ禍におけるDX推進を振り返りながら、こう語ります。
「医療従事者と医療技術者が協力して、宿泊施設が第二の病院として機能するように、情報連携の仕組みを整備しました。結果、宮城県の感染者数・死亡者数を全国でも最小に食い止め、DX大賞の受賞に繋がりました6)が、すべてお手製で、非常事態の中で限界を超えた挑戦でした。」
コロナ禍を乗り越えた2025年、同院が取り組むのは臨床試験業務のAI活用による効率化です。
「AIエージェントが、複雑な条件の下でも自律的に患者をスクリーニングし、エラー修正も含めてリスト作成まで完結してくれました。今回の実証で、AIエージェントが、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの原因の1つである被検者検索に係る課題解決に貢献しうるという手応えを得ました。今後も、技術を活用して、現場に山積する課題を解決し、治療が届く未来を実現したいと思います。」
浜松医科大学:看護変革の最前線
寺阪比呂子先生(浜松医科大学医学部附属病院)は、看護業務におけるAI活用の可能性を示しました。
「褥瘡マット選定という、患者の状態・在庫状況・使用実績など複雑な判断を要する業務でも、AIエージェントが的確に支援してくれました。看護師は日々膨大な記録業務に追われているので、記録システムの再構築を行い、対患者ケアの時間を増やしたいと考えています。」
一方で、市販のAIツールは現場の多様なニーズに必ずしも合致しておらず、職種・業務ごとに別のツールを導入するのはコスト面での最適化が困難であることを指摘しました。職種・診療科に応じて現場の意見を基にコントロールできる柔軟なAIシステムの必要性を課題提起されました。
座長の東北大学藤井先生は、本セッションが、医療情報を作る側(東北大学病院)と使う側(浜松医科大学)からの発表だったことに触れ、医療現場に定着する仕組みを作るには、多職種・多様な観点からの実証が重要であることを示唆されました。ご興味を持たれた方は、ぜひ浜松医科大や東北大学病院に視察に来てくださいと、同じビジョンや課題意識を持つ聴講者の皆さんとの意見交換と連携を呼びかけ、セッションを締めくくられました。
地域医療における課題解決を生成AIで加速
浜松医科大学の生成AI活用プロジェクトは、取組は、AWSの包括連携協定締結(2024年11月)7)をうけて本格始動したもので、人口減少や少子高齢化に直面する県内の医療課題解決を目指し、医療従事者の働き方改革にも対応する取り組みが進められています。
こうした取り組みは、日本全体が直面する課題とも繋がっています。
病院から地域全体へ-社会インフラとして医療供給体制の変革を支えるクラウド-
人口1,000人当たり2.4人という少ない医師数で、世界最高水準の病床数13.0床8)を支えてきた日本の医療体制。2025年以降、団塊世代の後期高齢者入りにより医療需要はピークを迎える一方で、生産年齢人口の急激な減少により医療従事者不足は深刻化します9)。こうした未来に備えるには、医療供給体制の抜本的な再構築が避けられません。今後10年間で予想されるのは、病床の統廃合、病院の機能分化と統合、そして地域医療ネットワークの重要性の飛躍的な高まりです。
急性期は高度医療に特化し、回復期・慢性期は地域に分散。診療所・薬局・介護施設・在宅医療がひとつのネットワークとして連携する。こうした再編を、セキュリティを担保しながら推進する、その要となるのが、クラウド基盤です。
クラウドで推進する医療Dx
6月13日のAWS Healthcare Webinar10)で、東京慈恵医科大学の高尾洋之先生は強調しました。
「医療DX推進にはデータのデジタル化とAI活用が不可欠であり、その基盤としてクラウドは欠かせません。」
クラウドは、医療データの柔軟な拡張、災害時の安全なバックアップ、遠隔診療でのリアルタイム共有、多職種連携、AI利用促進、セキュリティ対応、コスト効率化、最新環境維持など多くの利点を持ちます。政府の医療DX方針や実装手順も整備され、クラウドは医療の安全性と効率化を支える基盤として位置付けられています。
世界初・日本初ブロックチェーンでドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスに挑むBuilderの取り組み
医療情報学会に先立って開催されたAWS Summit Tokyo 2025では、持続可能な医療の実現に向けて世界初・日本初の取り組みを推進するBuilderの事例として、SUSMED(サスメド)社の取り組みが紹介されました。(動画はこちらから)ブロックチェーン技術を世界で初めて治験に導入した同社は、東京科学大学との実証でモニタリング業務の効率を3割改善し、さらに、サンドボックス制度を活用して医薬品承認申請への応用も実証しています。11)データの信頼性を担保しながら、治験を推進できるため、ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの解決に寄与することが期待されます。また、同社が24年に東北大学と発表したブロックチェーンを活用した静脈の疾患レジストリ12)は、日本初の取組で、製造販売後データベース調査のデータの信頼性を担保し、そのまま条件再評価や適用拡大に使えるため、現場の負担を軽減しながら、最新の治療方法を患者さんに届けることに貢献します。
代表取締役 医師の上野太郎氏は次のように語っています:
「医療の現場で、デジタル技術が貢献できる場面は急速に増えています。命と向き合う現場に技術者の貢献が不可欠なものとなっています」
医療現場の危機は、新型コロナが過ぎても終わったわけではありません。むしろ、人口減少と超高齢社会の到来、医師不足の加速により、課題はより複雑さを増しています。ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスの解消、医療供給体制の再編、個別化医療の推進等一つ一つの課題が複雑で多層的であり、単一の技術やノウハウ、1医療機関、1企業だけの尽力では解決できません。だからこそ、私たちAWSは医療・ヘルスケア業界の皆様に、協業の加速を呼びかけます。AWSのクラウド技術、AI・機械学習、セキュリティ、そしてグローバルな知見と、パートナー企業の知見、医療従事者が持つ専門知識、現場での実践経験、病気と闘う患者さんや見守る家族への深い理解—これらを組み合わせることで、今まで解決できなかった課題に新たなアプローチを見出すことができるはずです。
医療界の「アポロ計画」-協業で切り拓く医療の未来
1961年、ケネディ大統領は「この10年で人類を月に送る」と宣言しました。当時、多くの専門家が「不可能」と断じたこの目標に対し、NASA、民間航空宇宙企業、大学の研究者、材料科学者、コンピュータ技術者等40万人もの異なる専門分野の人々が集結、1969年7月20日、人類は月面に第一歩を記しました。「不可能を可能にする協業の力」を証明した瞬間です。
あなたの技術が未来を変える
協業の力が歴史を変えたように、未来の医療もまた、多くの人の力で変えられます。
その中で、あなたの技術や洞察が果たす役割は決して小さくありません。
患者と家族が嘆きます。「日本では、病気が治せない」
治験担当医師がカルテの前で頭を抱えます。「ここにいるはずの患者さんを、探し出せない」
夜勤明けの看護師はつぶやきます。「患者さんともっと話したい」
—この声に応えるのは、あなたかもしれません。
あなたの技術や洞察が、誰かの命を救う未来を切り拓く。
AWSはその挑戦を、全力で支援します。
出展
1) 国立大学病院の赤字(32病院) — m3報道(国立大学病院長会議の記者会見報道)。m3.com
2) 医療機関の倒産/休廃業件数(倒産64件・休廃業722件) — 帝国データバンクの調査レポート(2024年)。TDB
3) 電子カルテ導入率(病院65.6%、診療所55%:2023年医療施設調査) — 厚生労働省の医療施設調査/関連報道(JAHIS等まとめ)。nkgr.co.jp
4) 「医療データの97%が未活用」 — World Economic Forum(記事)。※グローバル数値。World Economic Forum
5) ドラッグラグ/ドラッグロスの現状(143品目・86未着手・57開発中) — 厚生労働省「ドラッグ・ロスの実態」調査(令和6年度科研事業資料)。厚生労働省
6) 東北大学のDX取り組みと受賞(TOHOKU DX大賞ほか) — 東北大学公式リリース/学会資料。tohoku.ac.jp
7) 浜松医科大学・アマゾンウェブサービスジャパン合同会社「包括連携協定の締結について」(2024年11月19日)
https://www.hama-med.ac.jp/topics/20241119.html
8) OECD Health Statistics 2023「Physicians (per 1,000 population)」
OECD Health Statistics 2023「Hospital beds (per 1,000 population)」
https://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=HEALTH_REAC
9) 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年推計)
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp2023_gaiyou.pdf
10) AWS Healthcare Webinar「生成AIと医療の未来」(登壇:高尾洋之氏, 2025年6月13日)
https://aws.amazon.com/jp/events/healthcare-webinar-2025/
11) フォームの始まりフォームの終わりSUSMEDの実証・効率化データ— SUSMED / AWS 発表資料(SUSMED SourceDataSync のスライド/PDF)
https://pages.awscloud.com/rs/112-TZM-766/images/20241121-HCLS-2_Susmed.pdf
12) 医療機器の使用成績調査の利活用を促進する 統合型静脈疾患レジストリシステムを構築 ~医療現場の省力化・効率化と情報の信頼性を確保~
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/12/press20241211-05-system.html
問い合わせ窓口:aws-healthcare-ps@amazon.com