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【寄稿】SBI生命保険株式会社における、Amazon QuickSight で実現する帳票業務改革
本記事は SBI生命保険株式会社 狩野泰隆氏から寄稿いただきました。
SBI生命保険は昨今の委託先による大規模情報漏洩事件とデジタルトランスフォーメーション (DX) 時代の帳票システム再構築という課題に取り組んできました。
■サプライチェーンリスクと BCP を乗り越える内製化戦略
DX が必須となる今日、機密性の高い帳票作成業務には気付きにくいリスクが潜んでいました。このことは、外部委託先で起きた大規模な個人情報流出事故によって明らかになりました。
特に深刻だったのは、委託先から数百万件件以上の個人情報が流出し、インターネットのダークウェブで公開された事件です。流出した情報には、個人の氏名や住所だけでなく、確定拠出年金の内容、ローンの残高、納税額といった非常に重要な個人情報も含まれていました。
この事件は、幸いにも SBI生命保険の委託先での事故ではありませんでしたが、保険業務の一部について情報処理業務を外部ベンダーに「丸投げ」する従来の運用体制が、いかに根本的な脆弱性を抱えるかを示しました。委託先のセキュリティインシデントは、直接自社の顧客情報流出、ブランドイメージの失墜、事業継続の危機に直結します。特に大量の個人情報を扱う帳票業務を外部に委託する場合、そのサプライチェーンリスクは計り知れず、委託先が機能不全に陥れば、自社の基幹業務停止という BCP 上の大きな脅威となることを再認識しました。
■リスクを自社内に取り込む戦略
SBI生命保険では、この大規模情報漏洩インシデントを「DX 推進の奇貨」と捉え、従来の外部依存型を根本から覆す「帳票エンジン」の内製化を企画しました。
新しい帳票作成システムでは、Amazon QuickSight をレイアウト作成と情報抽出のエンジンとして採用しています。 QuickSight のダッシュボードでレイアウトを設計し、各種情報をオーバーレイさせることで契約書などの複雑なフォーマットにも対応可能です。ユーザーはパラメーター設定でデータベースから必要な情報を抽出し、適切な情報が埋め込まれた帳票を自社内で迅速に生成できます。これによってデータ処理から帳票生成・出力までを全て自社内で完結できるようになりました。
この新システムには、3 つの重要な特長があります。まず、帳票エンジンを内製化することで、外部ベンダーへの機密データ提供を最小限に抑え、情報漏洩リスクを低減できると考えています。次に、自社内でデータ処理を完結させることにより、情報管理の透明性と統制を強化し、QuickSight のアクセス権限管理機能を活用することで高いセキュリティと使いやすさを両立しています。第三に、帳票生成における外部依存を解消し、クラウドを活用した可用性の高いアーキテクチャを採用したことで、以前よりも高い事業継続性を確保しています。
新システムを活用することで、従来約 2 ヶ月かかっていた帳票作成期間を約 1 週間に短縮し、業務の迅速な対応力を向上させると同時に、情報システム部門にとっては保守性の向上と運用負荷の大幅な軽減を実現するという成果を得ることができました。
■未来を見据えた戦略的投資として
大規模情報漏洩事件では、データガバナンス、運用、外部ベンダー依存といった従来の帳票システム課題が、経営課題であることを浮き彫りになりました。
SBI生命保険の QuickSight を活用した「帳票エンジン」は、これらの課題を着実に解消し、セキュリティ強化、開発コスト・期間の最適化、業務の柔軟性とスピード向上を実現します。これは単なる IT システム導入ではなく、データガバナンスを経営戦略の中核に据え、サプライチェーンリスクを管理し、事業継続性を高めるための、未来を見据えた戦略的投資と考えています。
同様の課題を抱える企業にとって、本事例が少しでも参考となり、帳票業務の見直しや改善のきっかけとなれば幸いです。
■今後
社内外で運用されている帳票を体系的に整理し、順次、当該サービスに組み込んでいく予定です。これにより、社内全体での活用範囲の拡大が進み帳票管理の一元化とさらなる業務効率化を見込んでいます。
■システム構成の概要と構成図
今回開発した帳票作成システムは、QuickSight をデータ可視化ツールとしてではなく、帳票レイアウト作成・抽出エンジンとして活用することで、柔軟で効率的な帳票作成を実現しています。
QuickSight のダッシュボード機能を使用して帳票のレイアウトを設計し、帳票レイヤー機能を活用して契約書などの複雑なフォーマットにも対応しています。データソースとしては Amazon Aurora などのデータベースに接続しており、SQL で必要な情報を抽出しています。
図1: システム構成図
QuickSight ダッシュボードのパラメーターで設定した値を元に、「帳票作成」ボタンをクリックすると、あらかじめ指定された SQL 文がデータベースに対して実行されます。この際実行される SQL 文はあらかじめ AWS Systems Manager Parameter Store に保存してあります。ユーザーは QuickSight からパラメーターを設定するだけで、帳票作成に必要な情報を取得し、適切な情報が埋め込まれた帳票を取得することができます。
QuickSight ユーザーのアクセス権限管理を利用し、ユーザーごとにアクセスできる帳票テンプレートを制限することで、セキュリティを確保しながらユーザビリティを向上させています。帳票の生成は、「帳票作成」ボタンに URL を埋め込み、Amazon API Gateway 経由で API を実行する仕組みを構築しています。
図2: システム画面のスクリーン(イメージ)
執筆者
狩野 泰隆(かのう やすたか)
SBI生命保険株式会社 情報システム部 部長
25 年以上にわたり、システム開発領域を牽引。大手 SIer での豊富な経験を経て、2018年に SBI生命保険株式会社へ転身。金融・流通・産業分野を中心に、業務システムの設計・構築に幅広く携わる。近年は、AWS を活用したクラウドネイティブなアーキテクチャ設計や、内製化による DX 推進に注力。最新技術への深い理解と現場視点を融合させた実践的なアプローチに定評があり、書籍執筆にも取り組むなど、知見を広く共有している。