「もう明太子は切らさない!」明太子メーカーが立ち上げた IoT ビジネスの舞台裏
瀨﨑 拓也氏
株式会社ふくや 営業第二部 ダイレクトマーケティング課 課長
開発のきっかけは社長の一言から
亀田 治伸 (以下、亀田) :
私が「ふくや IoT 」のお話を耳にしたのは、1 年近く前のことだったと思います。私どもの AWS をサービス基盤としてお使いいただいている SORACOM で、エバンジェリストを務めていらっしゃる松下享平さんから、「すごく面白い取り組みがある」と、うかがったのが最初でした。今日はお会いできて光栄です。
瀨﨑拓也氏 (以下、瀨﨑氏) :
こちらこそ、わざわざ福岡まで来てくださって、ありがとうございます。
亀田 :
早速ですが、瀨﨑さんのご経歴と今の業務内容をお聞かせいただけますか ?
瀨﨑氏 :
はい。2003 年にふくやに入社してから、10 年間ほどいくつかの直営店に勤務していました。その後、2013 年にネット通販部門に異動になり、ふくや IoT の企画が立ち上がった当時は、自社サイトやショッピングモールでの商品販売、ふくや公式アプリのリリースなどにも携わっていました。現在はネット通販課を離れ、コールセンターの運営に携わっています。
亀田 :
以前から、IoT やシステム開発にかかわるようなご経験はあったのでしょうか ?
瀨﨑氏 :
専門学校でプログラミングやシステム開発を学んだことはあります。ただ、当時はモニター画面を見ることすらイヤでイヤで (笑)、早々にエンジニアになる道は諦めました。それでふくやに就職したのですが、こんなことならちゃんと勉強しておけばよかったなって思います。
亀田 :
そもそも IT が苦手だったとは意外です。私はエバンジェリストという立場上、全国のユーザー会や勉強会によく出向くのですが、エンジニアでない方が IoT ビジネスを立ち上げたという話をこれまで、ほとんど聞いたことがありません。このお話もてっきりエンジニアが中心の取り組みだと思っていました。
瀨﨑氏 :
社内のシステム部門も通さずネット通販課だけで取り組みました。
亀田 :
販売部門から IoT ビジネスが立ち上がるなんて、DX (デジタル・トランスフォーメーション) のお手本みたいな話ですね。実際、どういう経緯でこのサービスをやることになったのですか ?
瀨﨑氏 :
会議の合間に、社長が漏らした一言がきっかけでした。社長の自宅にご友人が遊びにいらしたとき、たまたま明太子を切らしていたことがあったそうです。明太子屋さんの社長の家に明太子ないという状況はあまり褒められた状況ではありませんよね (笑)。
そんなエピソードを会議に参加していた部長から話を聞いて、「買い忘れを防ぐ方法を考えてみましょう」というのが、そもそもの始まりでした。
亀田 :
社長さんの「苦い」ご経験が開発のきっかけだったのですね。
瀨﨑氏 :
そうなんです (笑)。もう 1 つ開発の後押しになったことがあります。もともと当社の通販サイトに、定期コースを設けているのですが、そのご利用者から月 1 回、もしくは 2 カ月に 1 回の配送だと消費サイクルに合わないので、配送日をズラしてほしいという依頼をたびたび受けていたんです。
亀田 :
なるほど。開発の背景には一般のニーズもあったのですね。
そうなんです。そこで、「お客様がなにもしなくても自然に届く仕組みをつくろう」ということになりました。
そうです (笑)。とはいえ、部長からこの話が降りてきたときは、IoT に関する知見がありません。まったくの手探りからのスタートでした。
ある日、部長から「 Raspberry Pi (ラズベリーパイ)というものを使うとできそうらしいけど、わかる ?」と聞かれました。当時は (ラズベリーパイ ? お菓子がどうしたんですか ?) くらいの感じだったんですが、分からないなりに調べはじめたところ、福岡市早良区に Raspberry Pi を使った開発を得意とされている会社を見つけました。メカトラックスさんというハードウェア開発会社です。
先方に話を持ち込まれたときの反応はいかがでしたか?
早速アポを取って「自宅の明太子がなくなったら、自動的に届く仕組みをつくりたい」と申し上げたら「面白そうですね」と、とても前向きな反応をしてくださったので「これで社長にいい報告ができる」と、ほっとしたのを覚えています。
ゼロからたった 1 年でリリースを実現
亀田 :
とはいえ、ゼロからの取り組みです。どんなプロセスで開発を進められたのですか?
瀨﨑氏 :
メカトラックスさんと相談するうち、電池の消費量の関係で Raspberry Pi の利用は難しいことがわかったので、代案を検討していただくことになりました。通信方式についても Wi-Fi なら電池消費も抑えられるといわれましたが、無線通信環境が整っているお客様ばかりではありません。結果的に携帯電話回線を使うしかないだろうということになって、 SORACOM さんのサービスを紹介していただきました。
亀田 :
驚いたんですが、冷蔵庫の中からでも携帯電話って繋がるものなんですね。
瀨﨑氏 :
そうなんです。私たちも疑問だったので、会社の食堂の冷蔵庫に携帯電話を入れて、本当に着信するか試したりしていくうちに発見したんです。
亀田 :
実際の開発期間はどのくらいだったんですか?
瀨﨑氏 :
社長の話を耳にしたのが 2018 年の頭くらいで、実際に動き出したのが同じ年の 4 月頃だと思いますので、開発期間はだいたい 1 年くらいですね。
亀田 :
まったくの未経験からと考えると、かなり短期間で形にされたんですね。装置の設計で工夫された点は?
瀨﨑氏 :
家庭の冷蔵庫に入れるものなので邪魔だと思われると使っていただけません。プロトタイプを皆で囲んで「計測に影響が出ない範囲で装置の上に物が置けるようにしよう」とか「出し入れしやすいように取り出し口にくぼみを付けたらいいんじゃないか」とか、意見を出し合いながら形を決めていきました。
実際の設置イメージ。装置は冷蔵庫のスペースにキッチリ収まるサイズに。300g の明太子の容器をそのまま収められる。全国展開を待ち望む声は少なくないという
亀田 :
そもそもどのような開発方針で取り組まれたのですか?
瀨﨑氏 :
なにしろ経験のないことでしたから、どれだけのビジネスになるか見当も付きません。ただ、消費動向が見えればマーケティングの参考にはなるとは思ったので、まずはリリースして、モニターの反応を見ることを前提に開発を進めました。
亀田 :
Amazon では、顧客に価値を提供できる最小限の製品をリリースして、すでにファンになってくださっているお客様からのフィードバックをもとに、プロダクトを磨き込む手法を MVP (Minimum Viable Product) といいます。瀨﨑さんたちは、まさにこの MVP を実践されたわけですね。
瀨﨑氏 :
結果的にいうとそういうことになるかもしれません。ただ、1 つ裏話を申し上げると、当初は冷蔵庫内からうまくデータが飛ばない不具合が解消しきれたわけではなかったので、予定していたモニター数を福岡県内 20 ユーザーから 10 ユーザーに縮小して運用を始めることになりました。
亀田 :
そこから少しずつ精度を上げていかれたわけですね。
瀨﨑氏 :
そうですね。通信の調整には苦労しました。装置を回収して、不具合を調査していきながら少しずつ調整していった感じです。通信の不具合が落ち着いてきたタイミングで、通信頻度を 1 日 1 回から、3 回に増やしました。
2019 年 4 月 1 日に公開された「ふくや IoT」プロモーションサイトのメインビジュアル。エイプリルフールのネタと思いきや、実証実験の募集告知だったという仕掛けが話題に
亀田 :
リリースのプロモーションもインパクトがありましたね。
瀨﨑氏 :
2019 年のエイプリルフールにリリースしたのですが、新元号の発表と重なるタイミングだったので、このタイミングで本当に出すべきか、社内でも議論があったのも確かです。でも「ネタっぽいけれど、ホントに使える製品だった」というのも面白いだろうということになり、思い切ってリリースしました。どなたにも気づいていただけなかったら、ちょっとさみしいですからね。
亀田 :
実際の反響はいかがでしたか?
瀨﨑氏 :
いろいろなメディアやブログなどに取り上げていただいたおかげで、大きな反響を呼ぶことができました。ただ心残りは、東京などの遠方からのたくさんのお問い合わせやご応募に、お応えできなかったことです。その点は本当に残念でした。
第 2 期実証実験で全国展開の可能性を探りたい
亀田 :
当初の想定とは異なるような、意外な使われ方もあったのでは?
瀨﨑氏 :
届いた明太子は冷蔵で保管していただくイメージだったのですが、食べきれないと冷凍庫にしまわれる方が予想より多くいらっしゃいました。
亀田 :
データ上は減っているのに実際にはまだ在庫があると。
瀨﨑氏 :
そうなんです。今後の検討課題ですね。
今回撮影に協力してくださった「ふくや IoT 」モニターの内村氏。偶然 Facebook でリリースを知りダメもとで応募したところ見事当選。ただ家族で明太子を食べるのは内村氏だけ。そのぶん以前より明太子消費量は増えたという。モニター期間中は帰宅後に夜食として食べることが多かったそう。
モニター参加の経緯はこちらのスライド でご覧いただけます »
亀田:
実際のオペレーションについても聞かせてください。装置内に入っている明太子の量が減ると、御社にデータが飛んで追加発注がかかるわけですよね。実際にはどんな業務フローで運用されていたのでしょうか ?
瀨﨑氏:
センサーや通信の精度が 100 % ではなかったので、社内で減り具合をモニターしている担当者がグラフを見て、お客様に電話をかけて確認する形で運用していました。安全を期してあえてアナログな方法を選んだわけですが、電話だとお客様のお手間を取らせてしまいますし、ご不在のことも少なくありません。次の段階ではぜひ、SMS や LINE に自動で確認通知が飛ぶような仕組みを実現したいと思います。
亀田 :
これまでもマーケティング調査をされていたと思います。収集されたデータから御社が想定していた明太子の消費サイクルと異なる動きはありましたか ?
瀨﨑氏 :
個人的には、明太子は朝食に食べるイメージを持っていたんですが、必ずしもそうではありませんでしたね。
亀田 :
夜食に食べるという人も多そうです。
瀨﨑氏 :
そうですね。モニター数が少ないので傾向らしい傾向が見えたわけではありませんが、朝型、夜型など、いろいろなライフスタイルを持つ方々が、明太子を愛してくださっていることがよくわかりました。今後の検討課題ではありますが、朝食、夕飯、夜食など、消費動向に合わせたレシピをお届けするのも、消費促進に貢献できるのではないかと思っています。
亀田 :
先日、第 1 期実証実験が終わりました。今後の展開についてお聞かせください。
瀨﨑氏 :
すぐにでも全国展開していきたいところではあるんですが、次のフェーズも県内限定で実証実験になると思います。先ほど申し上げた、データ取得から追加発注までの業務フローも自動化したいですし、公式アプリとの連携、お米やお水など、重くて運びづらい食材の配送に応用できないか可能性も探ってみたいので、販売エリアの拡張はその後になると思います。
亀田 :
もしあったらで構わないのですが、ふくや IoT に関して個人的な夢があればお聞かせいただけください。
瀨﨑氏 :
夢ですか、そうですね。ふくや IoT の機能があらかじめ組み込まれた冷蔵庫があったら楽しそうですね。よく県外の方から「福岡の家庭の冷蔵庫には必ず明太子が入っているの ?」といわれますが、実際はそこまではありません (笑)。こんな形で実現できたら楽しいでしょうね。
亀田 :
福岡発の IoT 冷蔵庫ですか。確かにそれは夢がありますね! 発案者の社長さんはどう思われるでしょう ?
瀨﨑氏 :
そういえば先日、社長に「私の家にはいつ入れてくれるの ?」と聞かれたのを思い出しました……。モニター優先で、実はまだお渡しできていないんです (苦笑)
亀田 :
それはすぐにでも達成しないとマズイ目標ですね (笑)。今日はお忙しいなか、お時間をただきありがとうございました。1 日も早い全国展開の実現に期待しています !
瀨﨑氏 :
こちらこそありがとうございました !
プロフィール
瀨﨑 拓也氏
株式会社ふくや 営業第二部 ダイレクトマーケティング課 課長
1982 年生まれ。2003 年久留米コンピュータ・カレッジ卒業後、ふくや入社。約 10 年間の店舗勤務を経て、2013 年にネット通販部門に異動。自社サイトやショッピングモールでの販売に従事。2019 年からコールセンターを運営するダイレクトマーケティング課に在籍。
インタビュアープロフィール
亀田 治伸
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
エバンジェリスト
兵庫県伊丹市出身。米国州立南イリノイ大学卒業。
認証系独立 ASP 、動画・音楽配信システム構築、決済代行事業者を経て現職。ユーザー視点に立ったわかりやすい AWS のサービス解説を心掛ける。得意領域は、認証、暗号、映像配信、開発手法に見る組織論。
撮影協力
内村 和博氏
第一期「ふくや IoT 」実証実験参加者。
普段は、福岡市天神にあるインターネットコンサルティング会社でシステムアーキテクト兼インフラエンジニア。JAWS-UG 福岡、SORACOM User Group 九州のメンバーでもある。好きなふくやの明太子はマイルド(中辛)の無着色タイプ。
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