米国進出間近。トレッタキャッツが顧客の心をつかんだワケ

2020-10-01
インタビュー

堀 宏治 氏
株式会社トレッタキャッツ 代表取締役

「猫の幸せのためならどんなことにも挑戦する」。猫を泌尿器疾患から守る IoT トイレ「toletta (トレッタ)」を提供するトレッタキャッツの堀宏治代表は、そう言い切ります。堀氏は大手 SIer や外資系製薬会社で培った経験を生かし、複数のヘルスケアベンチャーの創業に関わった人物。そんな堀氏はなぜ未経験のペット業界でハードウェアスタートアップを立ち上げる選択をしたのでしょうか。ご本人に話をうかがいました。 


大震災をきっかけに、医療業界からペット業界へ転身

大手 SIer での病院向け情報システムの開発を皮切りに、病院経営コンサルティングや病院経営を支援するデータベースサービスの提供と、ヘルスケア分野でキャリアを重ねてきた堀氏。そんな堀氏のキャリアがペットビジネスに関心を持ったのは、2011 年 3 月 11 日に起こった東日本大震災がきっかけでした。

「震災発生からしばらくすると、徐々に被災地で起こっているさまざまな状況が耳に入るようになりました。津波や地震で主を失ったペットや、避難所や復興住宅に連れていけず放置されたペットたちが殺処分されているという話をニュースで知り、心を痛めたことをよく覚えています。なぜこんな不幸なことが起こっているのか。そんな憤りがペット問題に関心を持つようになったきっかけでした。」

愛犬家でもある堀氏は早速行動を起こします。ペット行政にまつわる情報を集めるだけでなく、ペット問題にまつわる市民講座などにも足を運ぶようになり、最終的には日本ではじめて殺処分ゼロを達成した熊本県の動物愛護センターまで話を聞きにいくほどの熱の入れようだったといいます。

「以前から犬と家族同然の暮らしをしていましたから、どうしても他人事とは思えなかったんです。とはいえ現状を嘆いたり、悲しんだりするだけではなにも変わりません。そこでこの間に吸収した知識と以前携わっていたシステム開発経験を生かし、保護犬や保護猫の情報をシェアするウェブサイトを構築しようと思い立ちました。」

堀氏が発起人になって立ち上げた「犬・猫の殺処分ゼロをソーシャルで実現するプロジェクト」は、クラウドファンディングサイトを通じて 50 人の支援者と 20 万円を超える資金を集め、サイトも無事構築されましたが思うような成果は出せませんでした。

「本来であれば広告収入で収益を上げながらプロジェクトを継続させたかったのですが、なかなかうまくいきませんでした。でも今にして思えば、あの失敗があったからこそペット業界で頑張ろうと決心できたわけです。ですから決して無駄な経験ではなかったと思います。」


2 度のピボットを経て見つけた猫のための「IoT トイレ」の可能性

その後、ペットサロンの運営にも取り組んだ堀氏。はじめての店舗経営は苦労の連続だったといいますが、結果的には得るもののほうが多かったと振り返ります。

「私自身、トリマー資格を持っているわけでもないですし、店舗経営の経験もありませんから当初はかなり苦労しました。でも日々飼い主さんたちの生の声に触れることができる環境だったのは確か。ペットビジネスを志す上で非常に貴重な経験ができました。」

ひと月 2000 円の定額で、何度でも犬の歯磨きが受けられるサービスも、堀氏自身の実体験とペットサロンのお客さまの悩みから生み出したサービスでした。こうした斬新なサービスに惹かれて集まった飼い主の心配事や悩みに耳を傾けることが、その後のペットビジネスの原点になったと堀氏は話します。

「そのうち飼い主さんからペットの食事相談や健康相談も受けるようになり、結婚や出産などを機に動物病院を退職した獣医師と、飼い主さんをテレビ電話でつなぐ相談サービスに取り組んだり、自動給餌器を使ってペットの食事データを集め健康サービスを試みたりしたこともあります。どちらも残念な結果に終わりましたが、自動給餌器での失敗は toletta 誕生の大きな契機になりました。」

失敗の原因はハードウェアにありました。ハードウェア開発の経験がなかった堀氏は、中国メーカーから自動給餌器を OEM 提供してもらうことで状況を打開するつもりでいました。

しかしテスト期間中にある問題に直面します。給餌器に内蔵したカメラが撮影したデータを送信できないトラブルに見舞われてしまったのです。調査の結果、通信プロトコルに問題があることが判明しましたが中国メーカーは改修を拒否。事業化を断念せざるを得ませんでした。しかしテストに参加していたユーザーのひとりが漏らした言葉が、堀氏の心を動かします。

「『自動給餌器が難しいのであれば、猫用のトイレを作ってみたら』といわれたんです。なぜトイレなのか、そのときはよくわからなかったのですが、よくよく調べてみると、猫は腎臓病などの泌尿器疾患の罹患率が高く、尿の量や回数、体重は猫にとって健康のバロメーターだと知りました。もしこれらの尿データを正確に計り、集め、活用したら、猫の健康寿命を伸ばすことができるのではないか。その直後、知人でハードウェアエンジニアの平畑 (平畑輝樹氏・現トレッタ取締役) に相談したところ『面白そうだからぜひやりましょう』と背中を押してくれたこともあって、今度こそ本腰を入れてモノ作りに挑戦しようと決めました。」


先行メーカーを圧倒し、国内販売数 5000 台超の大ヒット

ラッキーだったのは猫用 IoT トイレの開発を決断した直後、平畑氏の地元北九州市で「北九州で IoT」というハードウェアのビジネスプランコンテストが開かれていたことでした。なぜならこのコンテストに採択されると専門家の支援を受けながら試作品を作るサポートを受けられるからです。2017 年秋、堀氏と平畑氏が提出した猫用 IoT トイレのアイデアは見事同コンテストの審査を通過し、翌年までに現在の toletta の原型となるプロトタイプを作り上げることができました。

その後、量産に向けた準備は着々と進められ、2018 年 8 月 8 日の世界猫の日に toletta の先行販売予約を開始するとアナウンスした直後、思いもよらない伏兵が現れます。
「大手電機メーカーが toletta の予約開始日より前に猫用の IoT トイレを発売すると発表したんです。これは詰んだと思いましたね・・・。」

規模、知名度、ブランド力、信頼性、販売網——。どう見ても小さなハードウェアスタートアップが勝つのは非常に困難となりそうです。実際、当事者である堀氏もそう感じたといいます。

「しかも悪いことは重なるもので、発売を予定日の 1 ヶ月程前に尿の測定方法がライバルの大手企業が持つ特許に抵触する可能性があることがわかりました。もちろん 11 月に予定していた発売は延期です。2019 年 1 月になって、ようやく特許を侵害しない尿の測定方法を発明できましたが、3 月に改めた発売日には間に合わず、初号機は体重しか計れない簡易版となってしまいました。尿量や排尿の回数が計れる toletta の発売に漕ぎ着けたのは当初の発売予定の 1 年後。2019 年 11 月のことでした。」

しかし、散々な船出に落ち込む堀氏の落胆をよそに、toletta の販売台数は販売開始から 1 年足らずで大手メーカーの製品販売台数をはるかに凌ぐ 5000 台の大台に到達。特許問題が発覚した当初は想像すらできなかった大きな成果を叩き出しました。この逆転劇の舞台裏について堀氏はこう解説します。

「ひとつはスタートアップならではの圧倒的なスピードでソフトウェアの改善を続けたこと、もうひとつはビジネスモデルの違いが売上に大きな影響を与えた結果だと思います。」

大手メーカー側の販売戦略は、IoT トイレを売りトイレ内に敷く砂やシートの販売によって継続的に収益を上げる「モノ売り」のビジネスモデルだったのに対し、トレッタキャッツが選んだのは、IoT トイレで計測したデータを獣医師と連携することによって、飼い主に猫の健康という安心感を与える「コト売り」を重視した販売戦略でした。それがユーザーから支持を得られた理由ではないかと堀氏は分析します。

リリース以降、サービスアップデートをほぼ毎週行い、改善を行っているという

「今年 2 月には自前の動物病院も開業し、7 月からは全国 70 の動物病院とデータ連係をはじめました。スタートアップが大手企業に勝る点があるとすれば、機動力とスピード感だけ。もちろんペットサロン経営を通じて見聞きした飼い主さんたちの声を大切にしたのも、成長の原動力になったのは間違いありません。」 


困難に直面しても諦めず、前に進むために必要なこと

ご覧の通りペット業界に転じてからの堀氏のキャリアは必ずしも順風満帆ではありませんでした。しかしいまでは先行する大手企業から市場シェアを上回るだけに留まらず、2020 年 8 月には米国最大手のマーズペットケア社のイノベーション部門と提携し、世界最大のペット大国として知られる米国市場に打って出る準備を着々と整えるなど、大きな成長を遂げました。堀氏はなぜ、異業界から参入し実績を挙げることができたのでしょうか。 

「私のキャリアの前半は、病院経営者のために医療の質や経営の効率性を高めることに費やしていました。ペット業界に転じてからは、獣医療の質の向上と飼い主さんの安心感、猫の健康に費やしています。両者は業界こそ異なりますが、ヘルスケアを対象としたビジネスであり、データビジネスである点では同じです。データは蓄積すればするほど、物事を動かす強力な力になります。toletta が集めたバイタルデータを獣医療とつなげられれば、人間と同じようにエビデンスのある標準治療が確立できるかも知れません。そんな未来を夢見ていま私たちは、サービスの改善と toletta の普及に取り組んでいるんです。」

最後に、社会に役立つ新サービスの立ち上げたいと願うデベロッパーのみなさんに、堀氏から開発や経営に役立つアドバイスをいただきました。

「途中で諦めたらそこですべてが終わってしまいます。成功の秘訣があるとしたら、成果が得られるまで諦めずに続ける。身も蓋もない話に聞こえるでしょうが、成果を出すにはこれしかないというのが正直な気持ちです。」

とはいえ心が折れてしまいそうな瞬間はだれにでも訪れるものです。堀氏が幾度となく困難に直面してもブレずに乗り越えられたのは、起業直後に作った企業理念があったからだと振り返ります。

「トレッタキャッツの企業理念は『ねこが幸せになれば、人はもっと幸せになれる』です。起業当初こそ、主語は『ねこ』ではなく『ペット』でしたが、その意味するところはいまも変わりありません。なにをするにしても、これから行おうとしている取り組みが、この企業理念に即しているかどうか、企業理念を常に拠り所としていたからこそ、困難にぶつかっても、くじけることがなかったんだと思います。企業理念はただのかけ声ではありません。企業の行く末を定める確かな道しるべなんです。」


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プロフィール

堀 宏治 氏
株式会社トレッタキャッツ 代表取締役

1993 年、大学を卒業後、NTT データに入社。病院向け情報システムに携わる。その後、2000 年、ジョンソン・エンド・ジョンソンのコンサルティング部門に転職し、病院経営コンサルタントとして活動。その後、2003 年、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンを起業。副社長に就任する。2006 年、病院経営を支援するデータベースサービスを提供するメディカルアーキテクツを創業し代表に。2011 年、同事業を売却し、2012 年、ペットサロンやペット用品の EC サイトを手掛けるぺっとぼーどを立ち上げ、その後事業売却。2015 年にペット用 IoT 機器の開発するペットボードヘルスケア (現トレッタキャッツ) を起業し現職。

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