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2021

汎用原子レベルシミュレータ『Matlantis』のプラットフォームにAmazon EKS と Amazon EC2 GPU インスタンスを採用することでサービス化の検討開始からわずか 6 か月で製品化

株式会社 Preferred Computational Chemistry

概要

交通システム、製造業などの分野を中心にディープラーニングの研究・開発を行う株式会社 Preferred Networks(以下 PFN)と、石油元売り大手の ENEOS 株式会社の共同出資で設立された株式会社 Preferred Computational Chemistry(以下PFCC)。同社は 2021 年 7 月、原子レベルで材料の挙動を再現することで大規模な材料探索を行う汎用原子レベルシミュレータ『Matlantis ™(マトランティス)』をリリースしました。サービスのプラットフォームには、Amazon Elastic Kubernetes Service (Amazon EKS) と Amazon EC2 GPU インスタンスを採用。サービス化の検討開始から 6 か月でリリースしました。
A computer monitor displays a computational chemistry visualization and code editor, showcasing molecular modeling or simulation software running on AWS infrastructure.

汎用的かつ高速な原子シミュレータをクラウドサービスとしてリリース

「革新的な材料・素材の創出を可能にし、持続可能な世界を実現する」をミッションとする PFCC が提供する『Matlantis』は、PFN の深層学習などの AI 技術と計算リソース、ENEOS の化学領域の知識やノウハウの粋を集めたソリューションです。

最大の特徴は、物理シミュレータに深層学習モデルを組み込むことで、圧倒的に高速な計算速度を実現していることにあります。大量の実験などの経験的知識に頼らずに材料の特性を予測する方法として、物理シミュレーションの利用が挙げられます。

原子スケールのシミュレーション技術としては、DFT(Density Functional Theory:密度汎関数法)と呼ばれる量子力学に基づいた材料シミュレーションが知られています。

しかし、DFT は対象のスケールに対して必要なコストが加速度的に増加することが知られており、現実世界の現象を再現する際にスケールの壁があることが問題となってきました。汎用性という物理シミュレーションの利点を失わず、かつ高速な推論モデルの構築は長らく課題となってきました。
「そこで私たちは、さまざまな原子を組み合わせたシミュレーションの結果をニューラルネットワークで学習させ、シミュレーション結果を内挿することで、高速に予測ができると仮説を立てました。ENEOS と共同で膨大な量の原子構造データを学習させたところ、55 元素の任意の組み合わせの原子構造に対するシミュレーション結果を高い精度で再現することに成功。数秒レベルのシミュレーションを実現しました」と語るのは、代表取締役社長の岡野原大輔氏です。

ENEOS が実施した検証では、約 20 年かかるシミュレーションをわずか 1 週間で終え、触媒の開発期間を従来の 10 分の 1 以下まで短縮する成果を挙げています。

PFCC では、この『Matlantis』をクラウドサービス(SaaS)として提供しています。Preferred Networks のスーパーコンピューターでシミュレーションした学習済み深層学習モデル、物性計算ライブラリー、高性能な計算環境をパッケージ化した『Matlantis』により、ユーザーはハードウェアの準備や環境構築をすることなくシミュレーションによる材料探索を行うことが可能です。

マネージドサービスを活用し運用負荷を大幅に軽減

『Matlantis』を提供するにあたり、開発元の PFN ではアマゾン ウェブ サービス(AWS)を採用し、Amazon EKS、Application Load Balancer (ALB)、Amazon Aurora を中心としたマネージドサービスでプラットフォームを構築しました。深層学習における「推論」の領域では、複数の GPU インスタンスを活用し、高速なシミュレーションを実現しています。

AWS を採用した理由は、ユーザーの増加に応じて拡張できるスケーラビリティの高さ、運用負荷を軽減できる豊富なマネージドサービス、シミュレーションする原子数に応じて選べる複数の GPU インスタンス、重要なデータを安心して扱えるセキュリティと可用性の高さにありました。
「早期のサービス立ち上げが求められる中、AWS は SaaS としての利用実績が豊富で情報が手に入りやすいことと、エンジニアが過去の PoC の案件等で、AWS を使った開発に慣れていたことが採用の理由です。プラットフォーム上では、研究・開発のための機密性の高いデータを扱うため、セキュリティと可用性が重要になります。さまざまな機能を網羅している AWS であれば安全かつ安定して運用できると判断しました」と PFN のエンジニアリングマネージャーの川口順央氏は語ります。

プラットフォームの検討は 2020 年 12 月より開始し、ENEOS や信州大学等、テストユーザーに特化したサービスをベータ版として 2021 年 2 月にリリース。その後、本サービスの開発を進め、2021 年 7 月に正式リリースしました。

プラットフォームは、ユーザーが Python でシミュレーションを実行するための Jupyter Notebook による開発環境と、Amazon EC2 の GPU インスタンスで稼働するバックエンドの API で構成しています。データは、日本国内に留めるように AWS の東京リージョンを利用し、レイテンシーの要件がクリティカルな通信は、単一 AZ に留まるよう設計しました。
「研究データなど機密性が高い情報を扱うため、お客様のテナントごとに環境を分離し、Jupyter Notebook を利用する領域はインスタンスを独立させています」(川口氏)

AWS のマネージドサービスを徹底して活用し、運用負荷の軽減を図っている点も大きな特徴です。「オンプレミスのクラスタ開発で Kubernetes を使っていたこともあり、Amazon EKS を活用するのは自然な流れでした。その他にもフルマネージドサービスが豊富に揃っていたため、運用負荷を軽減し、コア業務に集中することができました。セキュリティ面では、ストレージの暗号化やコンポーネント内の通信の暗号化に、鍵管理システムの AWS Key Management Service(KMS) や、SSL/TLS 証明書のプロビジョニング・管理サービスの AWS CertificateManager(ACM)を活用しました」と PFN のエンジニアの坂田雅雄氏は語ります。

開発着手から半年でリリースしクイックにビジネスをスタート

『Matlantis』は、提供開始直後から大きな反響があり、すでに化学系企業、大学、研究機関など数十の団体で正式利用や PoC が始まっています。
「AWS でなければ、開発着手からわずか半年で『Matlantis』をリリースすることはできませんでした。マネージドサービスによって開発リソースを大きく割くこともなく、少人数でクイックにビジネスを立ち上げることができました。コスト面でも、オンプレミスで構築する場合と比べて、数倍以上のメリットを得ることができています」(岡野原氏)

今後の展望として坂田氏は、「AWS では Kubernetes の監視・可視化ツールの Prometheus や Grafana がマネージドサービスとして提供されており、このような運用負荷の軽減につながるサービスは今後取り入れていきたいと考えています」と語ります。川口氏は「今後もユーザーの増加に合わせてスケーラブルにリソースが拡張できる AWS を利用し、サービスの成長とともに新機能を追加していく予定です。私どものサービスを活用して価値ある材料を見つけてほしいと思います」と話します。

製造業の幅広い分野での適用拡大と海外展開を視野にサービスを強化

『Matlantis』について PFCC は、今後化学分野だけにとどまらず、素材や材料開発にかかわる製造業など、より幅広い分野での活用に用途を拡大していく構想を描いています。

また、海外への展開も視野に入れ、企業や大学、学術機関等を中心に展開を図っていく考えで、現在は海外展開のための法務や税制基準、海外向けサポートの提供に向けた調査・準備を進めています。

材料探索分野において手法自体を変革し、革新的な素材の開発を加速した『Matlantis』は、今後もさまざまな開発分野においてイノベーションの創出・実現に貢献していきます。
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AWS でなければ、開発着手からわずか半年で『Matlantis』をリリースすることはできませんでした。マネージドサービスによって開発リソースを大きく割くこともなく、少人数でクイックにビジネスを立ち上げることができました

岡野原 大輔 氏

株式会社 Preferred Computational Chemistry 代表取締役社長

アーキテクチャ図

Architecture diagram of an AWS-based PFCC solution, showing components such as VPC, subnets, EKS cluster, EC2 CPU and GPU instances, ALB, NAT gateway, API server, ElastiCache for Redis, Amazon Aurora, and authentication via OpenID Connect.

株式会社 Preferred Computational Chemistry

  • 設立: 2021 年 6 月 1 日

  • 資本金: 3 億 1,000 万円(出資比率:株式会社 Preferred Networks 51%、ENEOS 株式会社 49%)

  • 事業内容:汎用原子レベルシミュレーションクラウドサービス『Matlantis』の販売およびコンサルティング

AWS 導入後の効果と今後の展開

  • サービス化の検討開始から 6 か月でサービスリリース

  • マネージドサービスによる運用負荷の軽減

  • オンプレミスで構築する場合と比べて、数倍以上のコストメリット

  • 製造業の幅広い分野での用途拡大を検討

  • 海外展開に向けた調査・準備に着手

本事例のご担当者

岡野原 大輔 氏

A man wearing glasses and a suit jacket, smiling while looking forward, set against a plain background.

川口 順央 氏

A man with short black hair wearing a light blue button-up shirt, facing forward and smiling slightly.

坂田 雅雄 氏

A man wearing glasses and a checkered plaid shirt, looking forward, with a neutral light background.