AWS Startup ブログ
AWSの持つ3つの要素が、クラウド選定の決め手に – アダコテック社による AWS 活用事例
モノづくりの現場では、検査・検品や生産設備のモニタリングなど、品質保証に関わる多くの工程が人間の手作業によって行われています。これまで、こうした業務は熟練の職人による技に支えられてきましたが、近年では技能伝承の難しさや人手不足が大きな課題になっているのです。
このような課題を解決すべく、産業技術総合研究所の特許技術を用いて独自の AI を開発しているのが株式会社アダコテック。 同社は2020年7月31日に開催された国内最大級のスタートアップカンファレンス「Infinity Ventures Summit 2020」のピッチイベント「IVS LaunchPad」で優勝し、いま注目を集めるスタートアップ企業のひとつです。
アダコテックはかつてオンプレミスでサーバーを運用していましたが、昨年に AWS へと移行。より可用性や信頼性、拡張性の高いシステムを構築するために、AWS の各種サービスを有効活用しています。
今回は、アダコテックへのクラウド導入を支援したスタートアップ事業開発部 本部長 畑 浩史とソリューションアーキテクトの松田 和樹が、同社の代表取締役 CEO の河邑 亮太 氏とテックリードの柿崎 貴也 氏にお話を伺いました。
写真は左から順に畑 浩史、河邑 亮太 氏、柿崎 貴也 氏、松田 和樹、AWS の小野里 聡美です。小野里はアカウントマネージャーとしてアダコテック様を担当しており、当日のインタビューに同席しました。
検査・検品のプロセスを AI で代替する
畑:まずはアダコテックの企業・サービス概要についてお伺いできますか。
河邑:アダコテックは産業技術総合研究所の特許技術である HLAC を活用した、異常検知の AI を開発している企業です。テクノロジーの主な適用先は製造業の検査・検品作業。人間が目視で行ってきた業務をカメラと AI で代替するサービスを提供しています。
製造業においては工場勤務の5人に1人が検査・検品に携わっていると言われており、業務の自動化ニーズは高い。かつ、検品の精度は製品の品質に直結しますから、高レベルな画像解析が求められます。
畑:現時点で、製造業のなかでも特に強みを持っている業種や業態はありますか?
河邑:現在は自動車部品の製造工程において、当社のサービスを導入いただくケースが多いです。しかし私たちは「モノづくりの進化と革新を支える」というミッションを掲げており、今後はさらに幅広い業種・業態のお客さまにもご導入・ご活用いただきたいと考えています。
畑:アダコテックのメンバー構成についても教えてください。
河邑:(インタビューを実施した2020年10月時点で)正社員は7名で、内訳としてはエンジニア4名と営業3名です。正社員以外のエンジニアが約20名所属しており、割合としては業務委託のメンバーが半分と理系のインターン生が半分。ほぼエンジニア集団の企業です。
畑:テクノロジーへの投資の大きさが伺えますね。河邑さんはどのようなキャリアを経てアダコテックの代表取締役になられたのですか?
河邑:私は創業メンバーではなく中途で参画したメンバーでした。アダコテックは産業技術総合研究所ベンチャーのエンジニアが立ち上げた会社でしたが、さらなる成長を目指すべく私が経営のバトンを受け取りました。
私の経歴についてお話しすると、7年間三井物産で南米における自動車関連のビジネスに携わっていました。その後、メガベンチャーである DMM.com の経営企画に1年半ほど携わり、その後アダコテックというキャリアです。アダコテックに興味を持ったのは、三井物産での経験が大きく影響しています。
南米では日本の優れたモノづくり文化が非常に浸透しており、例えばチリ人は kaizen(改善)や seiri-seiton(整理整頓)という単語を日常的に使っていました。ですが、現地で売れていたのは日本車よりも韓国車や米国車でした。
電化製品もApple社のものや、韓国製・中国製のものばかりが売れていました。このような状況を見て時代の転換を肌で感じたのです。製造業に求められているものは大きく変化しており、テクノロジーを活用して、日本の洗練されたモノづくりの強みを持続可能なものにしなければならないという思いを抱きました。
この原体験をした後、起業を検討していたタイミングでアダコテックと出会ったのです。私の持っていた課題意識とアダコテックの事業内容が非常にマッチしており、アダコテックで働くことで日本のモノづくりを支えたいと思いました。
クラウド選定の決め手になった3つの要素
畑:河邑さんから、サーバーをクラウドに移行したいとご相談いただいたのは、去年の夏ごろでしたかね。
河邑:そうですね。当時のアダコテックは、いかにして自社のテクノロジーを多くの人々に届けるかが最大の経営課題となっていました。その課題を解決するため、いままでオンプレミスで運用していたサービスをクラウド化して拡張性を向上させたい、クラウド上のツールと組み合わせることでサービス自体を進化させたいという思いがあったのです。
ですが、クラウドプラットフォームとしてさまざまな選択肢があるなかで、どれを選ぶべきか判断しかねている状況でした。そこで私たちがお世話になっているベンチャーキャピタルの DNX Ventures を経由して、畑さんをご紹介いただきました。
畑:懐かしいですね。ご相談いただいた後、ソリューションアーキテクトの松田も交えながら、技術選定のディスカッションをさせていただきました。松田と話した内容で印象に残っているものはありますか?
河邑:クラウドプラットフォームの選定において、松田さんは AWS に偏重した意見ではなく非常にフラットなアドバイスをしてくださいました。他のクラウドプラットフォームの利点や AWS の抱えている欠点も含めて、ざっくばらんにお話ししてくださったことが非常に印象的でしたね。それに加えて畑さんからはビジネス視点でのアドバイスをいただいて、選定における基準が明確になりました。
その結果、クラウドプラットフォームとして AWS を活用することを決めました。理由は大きく3つあります。1つ目の理由はエンジニア人口です。組織を拡大していくうえでは、よりシェアが大きく、扱える人が多いクラウドプラットフォームのほうが、エンジニアの採用がしやすい。普段お世話になっている転職エージェントにご相談した際にも「他のクラウドベンダーよりも AWS のほうが、エンジニア人口は圧倒的に多いです」とのお声をいただきました。
2つ目の理由は、日本語のドキュメントや日本語のサポートが充実していること。ドキュメントの充実性は開発効率に直結しますし、トラブルが発生したときすぐに日本語で相談できるのは心強いと感じました。また、システムアーキテクチャや AWS の各サービスの活用方法などについて、ソリューションアーキテクトの方々に適宜ご相談できるのも大きいです。
3つ目の理由として決め手になったのは、日本の大手製造企業における AWS の導入事例が多いこと。今後、当社のお客さまになっていただく企業のなかには、データをクラウド上で扱うことにセキュリティ面での不安を感じられるところもあるはずです。そんな場合に、他の大手企業での導入実績がある AWS ならば、クラウドベンダーとしての信用度が格段に大きくなります。これらの点から AWS を用いることにしました。
「IVS LaunchPad」の優勝で得られたもの
畑:「Infinity Ventures Summit 2020」のピッチイベントである「IVS LaunchPad」で優勝された件についても伺いたいです。どのような経緯で「IVS LaunchPad」に参加されたのでしょうか?
河邑:参加の目的は事業の認知拡大と採用への寄与でした。当社が扱っているサービスは、製造業における検知・検査という比較的ニッチな領域を扱っていますから、なかなか事業内容を多くの方に知っていただく機会がありません。ピッチコンテストに出場することでさまざまな方に認知していただき、仲間を集めたいという思いがありました。
畑:優勝されて、反響はいかがでしたか?
河邑:相当に大きな反響がありましたね。かなりの方に弊社の事業内容を認知していただけましたし、求人への応募数も増えました。しかし、何より良かったのは社員がすごく喜んでくれたこと、社員のモチベーション向上につながったことでした。
畑:コンテストの優勝賞品として、AWS からは「本当に叶う Amazonウィッシュリスト*」を贈呈させていただきました。こちらについて率直なご感想をいただければ。
*…AWS は「Infinity Ventures Summit 2020」のスポンサーを務めており、「IVS LaunchPad」の優勝商品として、希望した Amazon の商品がなんでも手に入る「本当に叶う Amazonウィッシュリスト」を贈呈させていただいております。
河邑:社員一同とても盛り上がりました。これまで予算の都合で購入できなかったような、検査・検品の実験に使うための高性能なカメラや照明、それから大量の技術書を購入し、エンジニアたちが開発・学習しやすい環境の整備に活用させていただきました。また、当社はオフィス内のオーディオを自作しているのですが、新しいアンプやスピーカーなどの部品を買ったことで音質が良くなり、より快適なオフィス環境になったと思います。
アダコテック社が「本当に叶う Amazonウィッシュリスト」で手に入れた商品の一部。
思わず AWS SA が「美しい!」と述べた、システムアーキテクチャ
畑:ここからはアダコテックのシステムアーキテクチャについて教えてください。
柿崎:承知しました。こちらの図を用いてご説明します。
柿崎:大きく分けると、Web アプリケーション、機械学習基盤、工場内の PC などで動作する Windows アプリケーションという3つの要素からシステムは構成されています。
Web アプリケーションのフロントエンドは React を用いた SPA になっており、コンテンツを Amazon S3 に配置して Amazon CloudFront で配信する形式です。バックエンドの WebAPI は Amazon ECS on AWS Fargate で動いており、データベースは Amazon Aurora を用いています。
機械学習基盤はシステム要件上 CPU に負荷をかける処理が多いため、AWS Fargate ではなく Amazon EC2 ベースの Amazon ECS を用いています。Web アプリケーションと機械学習基盤との処理とのやりとりは、Amazon ElastiCache(Redis)でジョブキューを受け渡す形式です。ジョブキューをインプットとして AWS Fargate が起動し、機械学習用のサーバーを起動。学習に必要なファイルは Amazon S3 を用いて配置・参照します。
Web アプリケーションを構成するコンポーネントは東京リージョンに配置されていますが、機械学習側のコンポーネントは安価な US リージョンに配置。さらにスポットインスタンスも活用することでコスト削減につなげています。
また、Multi-AZ 対応を行っており耐障害性を高めています。セキュリティ面としては Amazon GuardDuty の導入を進めており、異常なアクセスを検出して早期に対応できる体制を構築中です。AWS CloudTrail は既に Organizations 適用済みで、操作ログを全て取得できるようになっています。
ホワイトボードを用いてアーキテクチャを解説するテックリードの柿崎 氏。
松田:残りのコンポーネントである Windows アプリケーションについてはいかがですか?
柿崎:エッジデバイスとして汎用的な PC を工場内などに設置し、そのなかで Windows アプリケーションを起動させます。機械学習基盤が学習モデルを Amazon S3 にアップロードし、それを Windows アプリケーションがダウンロードして使うような流れです。万が一、機械学習基盤が止まったとしても、Windows アプリケーションが単独で検査・検品の処理を実施できるようになっています。
松田:良いアーキテクチャですね。もしも Web アプリケーションや機械学習基盤が止まっても検査・検品の処理には影響を及ぼさないため、耐障害性やメンテナンス性も考慮されています。リージョンの使い分けも適切ですね。私が最初にアダコテックさんからご相談を受けたときは、スタンドアローンで動く Windows アプリケーションとして開発されていましたが、そのベースの仕組みはあまり変わっていないのですか?
柿崎:はい。既存のコードベースをなるべく活かしながら、かつ学習モデルの拡張性や更新性を向上させるために、このようなアーキテクチャに変更しました。
松田:なるほど、これは美しいですね! 既存のシステムを有効活用しながら、より拡張性に優れたアーキテクチャを構築されています。ビジネスで達成したい目的をふまえ、アーキテクチャを最適化できている点が素晴らしいと感じました。今後、アーキテクチャ構築において改善していきたい点はありますか?
柿崎:今回ご紹介したシステムアーキテクチャとは別に、私たちはクラウド上に研究開発用のサーバーを立てています。そのシステムでは Amazon EC2 を立ち上げて Windows のリモートデスクトップで操作するような、人間の手作業に頼った運用がなされている状況です。作業漏れなどに起因した問題が発生しうるため、今後は両システムをよりシームレスに結びつけられるような仕組みを構築していきたいですね。
畑:AWS の各サービスを有効活用していただいていることがわかりました。今回はどうもありがとうございました!