愛猫家注目の Nyantech スタートアップ「RABO」にみる、愛されるプロダクトの作り方

2020-03-02
インタビュー

伊豫愉芸子(いよ・ゆきこ)氏
株式会社RABO President & CEO

2018 年 10 月にクラウドファンディングサイトに登場以来、愛猫家の間で注目を集めているプロダクトがあります。猫の生活を見守る首輪型のウェアブルデバイス「Catlog ( キャトログ)」です。2019 年 9 月の正式発売直後、4 カ月分に相当する在庫をわずか1.5 週間で販売し、 IoT 系スタートアップ界隈でも大きな話題になりました。今回はそんな Catlog の開発を手掛ける RABO の CEO 伊豫 愉芸子 (いよ ゆきこ) 氏に、ユーザーに愛されるプロダクト作りの秘訣を伺います。

※「 Catlog (キャトログ)」とは ?
Catlog は猫専用の見守りサービス。3 軸加速度センサーが内蔵された首輪型のウェアラブルデバイス「Catlog Pendant 」とインターネット接続のためのベースステーション "Catlog Home"、モバイルアプリ "Catlog App" で構成される。加速度センサーが捉えたデータはサーバーに送信され、バイオロギング技術および機械学習によって猫の行動を推定。ユーザーはいつでも飼い猫の状況を専用アプリから確認できる

20 年におよぶ猫との暮らしがプロダクト開発の原点に

「すべては、猫様のために。」
猫の生活を見守る IoT デバイス『 Catlog (キャトログ)』の開発を手掛ける RABO の企業理念です。

スペイン語で「しっぽ」を意味する RABO の創業日は、2018 年 2 月 22 日の「猫の日」。さらに、クロネコヤマトとコラボした専用ボックスに入れられた Catlog の配送は「クロネコヤマト」に委託するなど、 RABO は愛猫家の期待を裏切らない徹底したサービスぶりでも知られる “Nyantech” スタートアップです。

同社の創業者であり、 CEO を務めていらっしゃる伊豫 愉芸子(いよ・ゆきこ)氏は、もちろん自他共に認める愛猫家。猫との暮らしは 20 年以上におよびます。

「中学 2 年生のときに、クニさんという名の猫様をお迎えしたのが、私の猫様人生のはじまりです。その後さらに 2 匹お迎えして、結婚して実家を出るまで 3 匹の猫様たちと暮らしていました」

現在は、夫と現在 3 歳のショートヘアソマリのブリ丸さん、そして 1 歳のおでんさんと暮らしているという伊豫氏。猫様たちとの暮らしがなければ、 Catlog も RABO も存在しなかったといい切るほど、猫たちと深い絆で結ばれています。

「とくにブリ丸は、創業当初から RABO の CCO (チーフ・キャット・オフィサー) として、機械学習のもとになるデータの収集から、試作品の試着検証、撮影モデルまで、重要な役割をたくさんこなしてもらっています。いま振り返っても、この子の存在なくして Catlog はなかったでしょうし、ましてや起業という選択を採ることもなかったでしょう。ブリ丸もおでんも我が家の飼い猫であると同時に、当社にはなくてはならない開発パートナーでもあるんです」

動物行動学の研究から、ビジネスの世界に転身した理由

現在はスタートアップ経営者として会社を率いる伊豫氏ですが、かつてはペンギンやオオミズナギドリに小型センサーを付け、集めたデータからその行動生態を明らかにする『バイオロギング』に取り組む研究者でした。

『バイオロギング』とは、動物のからだに小型のセンサーを装着しそのセンサーから集めたデータから集めた値から、人間の目が届かない動物の生態を紐解いていく研究です。私は海に住む水鳥を対象に、加速度センサー、深度センサー、水温センサーなどから得たデータを解析することによって、『魚を追いかけて水中にダイブした』、『羽を休めて体力を温存している』といった具体的な行動を推定し、彼らがどのような暮らしを営んでいるかを調べる研究を行っていました」

そんな生物学の研究に打ち込んでいた伊豫氏が修士課程修了後に選んだキャリアはビジネスの世界にありました。なぜ動物行動学の研究者がビジネスの世界に進んだのでしょうか?

「修士課程修了後、博士課程に進むか、社会人になるかで悩んだ時期もありましたが、結果的に、社会人を経験してから研究者に戻ることはできても、逆は難しいと考え、就職する道を選びました。リクルートに入ったのは、人の価値観に働きかけ、行動変容を促すビジネスに興味を惹かれたからです」

動物行動学の生態研究からインターネットを中心としたビジネスの世界へ。伊豫氏はその後、約 10 年にわたってリクルートで人材領域や住宅事業領域でプロダクト開発に携わることになります。畑違いの仕事に苦慮された経験があるかと思いきや、共通項を感じることが多かったと振り返ります。
 
「日々向き合う対象が野生動物から人間に変わり、最終成果物も論文から Web やアプリなどのインターネットサービスに変わりましたが、頭の使い方、仕事へのアプローチの仕方には重なる部分が多かった印象です。研究も事業開発も仮設を立ててデータに基づいて検証を重ね、結果を導き出すアプローチは同じですから、とくに違和感を抱くことはありませんでした」

オフィスの窓辺から取材の様子を見守る
ブリ丸さん (♂) 4歳 

過去の経験と、猫への思いがつながり起業へ

リクルート退職後、いくつかのスタートアップを経て経験した伊豫氏は、2017 年末に猫の見守りサービスを事業化することを決意します。それまで起業する気はなかったという彼女の背中を押したのは、ひらめきにも似た特別な感覚でした。

「私たち夫婦は共働き。ブリ丸の体調に変化があったとしても、すぐには気づけないことが常に不安のタネでした。部屋に見守り用のカメラも付けてはみましたが、いつも姿が確認できるわけではありません。この問題をどうやって解消するすべきか夫と話し合っていたときふと思い出したんです。『あっ、そういえば私、動物の知られざる生態を可視化する研究をしていたな』って」

間もなく、ブリ丸さんへの深い愛情と、研究者時代に培ったバイオロギングのノウハウ、そしてリクルートで鍛えられたプロダクト開発の知見を掛け合わせれば、この不安を解決できるはずだと思い至ったといいます。点と点がつながった瞬間でした。

「この 3 つの要素を持っている人は、おそらく日本では私以外にいないという確信もあったので、すぐに知り合いを介して、ヒアリングや開発に協力してくれる仲間を集めはじめました。いまにして思えばハードウェア開発の経験もないのに、よくやったなって思います。市場調査やクラウドファンディングで出会った飼い主さんたちからのはげましの言葉が、何よりも心の支えになりました」

ブリ丸さんに装着した加速度センサーデータと実際の行動を収めた動画を照合し、機械学習のもとになる教師データを集める傍ら、首輪の試作、製造を請け負ってくれる工場探しにも奔走しました。はじめて尽くしの環境のなか、ようやく発売できるレベルに達したのは、ローンチの半年ほど前のことだったといいます。

「部品 1 つひとつの形状や質感、全体のデザインはもちろん、首輪に大きな力がかかったときにベルトを外れやすくする機構や、膨張や発火を避けるため国産の高品質なバッテリーを採用するなど、安全性にはこだわりました。でもそれ以上に重視したことがあります。それは、猫様の負担を最小限に抑えることでした」

とくに気を配ったのは、首輪の軽量化と小型化による負担の軽減でした。

「たとえば、バッテリーが大きいほうが便利な機能が増やせますし、充電回数も減らせます。でもそれは人間にとって便利なだけで、猫様にとっては負担が増すばかり。飼い主さんもそんなプロダクトは望んでいないはずです。ですから開発に際しては、コストや機能よりも、猫様の気持ちを第一に考えて開発にあたりました」

その理由はもちろん、冒頭に紹介した『すべては猫様のために』という揺るぎない企業理念があるからにほかなりません。

“好き” という気持ちがあるからこそ実現できることがある

Catlog のように、ユーザーに愛されるプロダクトを作りたいと思うデベロッパーは多いでしょう。伊豫氏は、作り手が作りたいモノを作るのではなく、当事者のひとりとしてユーザーの抱える思いを理解、共有し、多少の困難があっても、理想を追求する覚悟を持つべきと説きます。

「私の場合、これまで単なる “点” に過ぎなかった自分の気持ちや経験が、一本の “線” につながったとき、はじめて猫の生活をテクノロジーで見守れると確信できましたし、この事業に人生を賭けても構わないと思えたからこそ、リスクを負って取り組む覚悟ができました。 “好き” という気持ちがあるからこそ、実現できることがあると思います。」

猫を愛していない人物が Catlog に類似するプロダクトを作ったとして、飼い主のみなさんから支持を集めることはできるでしょうか。『好きこそものの上手なれ』という言葉は、起業にも通じるところがあるようです。

「猫様にとってよりよいサービスを提供するために必要だったから、私は起業を選びました。私にとってビジネスもハードウェア開発も目的ではなくあくまでも手段。やっぱり『すべては猫様のため』なんです」

今後 Catlog は、行動データから、嘔吐や活動量の低下といった変調を察知し病気の予防につなげる機能の実現や、グローバル展開を通じて Catlog の利用促進につなげていく考えです。

「世界では、6 億匹を超える猫が飼われているといわれています。これは数あるペットのなかでも No.1 の存在。私たちは猫様と飼い主が 1 秒でも長く一緒にいられるよう、これからも Catlog を通じて、世界中の猫様の健康と飼い主のみなさんの安心に貢献していきたいと思っています」


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プロフィール

伊豫愉芸子(いよ・ゆきこ)氏
株式会社RABO President & CEO

東京海洋大学大学院博士前期課程修了。東京大学大気海洋研究所でペンギンやオオミズナギドリに小型センサーをつけ行動生態を調査するバイオロギング研究に従事。大学院修了後、リクルートに新卒入社。インターネットサービスの企画やプロダクトの設計、新規事業開発を担当。
2018 年 2 月 22 日の猫の日に RABO を創業。猫様と 20 年以上共に生き、現在は 3 歳のショートヘアソマリのブリ丸さんと、1歳になるベンガルのおでんさんと暮らす。

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