良品計画、EC 比率 30% に向け『無印良品』ネットストアのインフラをサーバーレス化し、大型セールで 85 倍以上の負荷に耐え過去最高の売り上げを達成

ネットストアへのアクセス急増に耐えるアーキテクチャの見直し

製造小売業（SPA）として、『無印良品』の企画開発から商品調達、流通・販売までを手がける良品計画。2024 年を最終年度とする中期経営計画では「第二創業」として企業理念を再定義し、2030 年までに売上高 3 兆円、店舗数 2,500、EC 比率 30％ という目標を掲げています。これらの目標達成に向けて同社は「テックカンパニーになる」と宣言し、サプライチェーン、会計、ネットストアの 3 領域において、システム再構築プロジェクトを推進しています。一方、システム面や開発体制は、大きな課題を抱えていました。「外部ベンダーへの依存度が高く、横の連携が取れていませんでした。特に拡張性、可用性、保守性などを担保する非機能要件を社内で把握できておらず、システム間の分断とコスト効率の低下を助長していました。課題解決に向けて非機能要件を中心に内製化を進め、足場を固めることが急務でした」と語るのは、良品計画の執行役員で IT サービス部担当の久保田竜弥氏です。

ネットストアについては、2000 年から運用してきたシステム基盤を 2020 年に全面リニューアル。IT インフラに AWS を採用し、グローバル化や API 化などを進めました。IT サービス部 コマースサービス（兼）セキュリティ・リスクマネジメント 部長の山崎裕詞氏は「ネットストアのリニューアルは 2030 年の経営目標達成に向けて業務プロセスや基幹システムを刷新するプロジェクトの一環であり、MD システムから会計領域まで含めた大規模なものでした。AWS を採用したのはグローバル標準のサービスであることと、エンジニアの確保のしやすさにありました」と振り返ります。

リニューアルしたネットストアは、その後も機能追加を続けてきました。ところが、2022 年の会員向け大型セール『良品週間』で、システム起因による障害が発生し、収益にも大きな影響が表れました。『良品週間』は広く知られ、開始直後と終了間際は通常時の数倍以上にアクセスが急上昇するため、ピーク対応が大きな課題でした。

「障害の原因は、コロナで休止していた良品週間を久しぶりに再開したことによる想定以上のアクセスや、大量の API コールなどが考えられました。インスタンスを増強しつつ、再起動などでしのいできましたが、このままでは次の良品週間に対応できないため、アーキテクチャの大幅な見直しを決断しました」（山崎氏）

サーバーレスの AWS Fargate や Amazon EKS を採用

同社は API サーバーの環境を従来の Amazon Elastic Compute Cloud（Amazon EC2）から AWS Fargate に変更し、キャッシュレイヤーとして Amazon ElastiCache を追加。さらに API の本数を削減し、ライブラリのバージョンアップを行いました。IT サービス部 コマースサービス エンジニアリングサービス課長（兼）EC・デジタルサービス部 サービス開発推進課の髙林貴仁氏は「再構築においては半年以内に実現可能な施策を優先し、サービス停止期間を極力なくすことを重視しました」と語ります。

AWS Fargate のオートスケールにより、アクセス負荷にあわせたコンテナの自動調整が可能となり、2022 年 10 月の良品週間では平均レスポンスが約 50％ 改善。その後も 2023 年春の良品週間に向けてアーキテクチャの見直しを進め、AWS Fargate から Kubernetes ベースのAmazon Elastic Kubernetes Service（Amazon EKS）に切り替えました。さらにArgoCD を導入し、GitOps によるデプロイ管理を実現しました。

「AWS Fargate でスケールが確保できたので、次のステップとしてよりよいアーキテクチャにするため内部のコンテナを検討し、既存のアーキテクチャと併用しながら稼働するうえでの安全性を考慮して Amazon EKS を採用しました。開発時は非機能要件が考慮されていない既存の仕組みと、新しいクラウドネイティブな仕組みを共存させながら、システムを止めることなく切り替えるのが難点でした。そのため最初に開発メンバー間で、開発領域と最終目的をコミットすることから始めました。そして半年単位で 1 つひとつの課題をクリアしながら成功体験を重ね、システム品質を向上させていきました」（髙林氏）

これらの開発は非機能要件に限定し、開発手法もアジャイル型ではなく半年に 1 回のスパンでのウォーターフォール型で進めています。

「まずは非機能要件を自社でコントロールできる状態を作ることが目標で、コードやアーキテクチャが理解できる内製エンジニアを増やしています。良品計画の経営理念に共感したエンジニアたちが、お客様によりよい商品を届けたい、届きやすいシステムを開発したいという思いで開発に取り組んでいます」（髙林氏）

2023 年 3 月の良品週間でシステム停止ゼロを達成

アーキテクチャの見直し後、2023 年 3 月の良品週間は、開始時と終了間際のリクエスト急増でもレスポンスが低下することなく無事終了しました。2022 年と比較して 85 倍の負荷も問題なくさばけるシステムに成長し、レスポンス時間も 9 倍改善されました。

「従来はピーク時にシステムが落ちてお客様にご迷惑をおかけしてきましたが、次第に停止時間を短縮し、ついにはゼロにすることができました。ピーク時でも事業担当者が営業に専念できる環境が実現し、経営数値の目標達成に貢献できます。物流のオペレーションや物流インフラまで、将来を見据えた IT 施策に手が打てるフェーズまで移行できたことも経営に対する最大の貢献です」（山崎氏）

売上も好調で、2023 年以降の良品週間では過去最高の受注量を更新し続けています。

「エンジニアのモチベーションも高まり、良品週間に向けてポジティブに開発に向き合うことができるようになりました」（山崎氏）

IT インフラのモダナイゼーションが一段落ついた現在は、バックエンドやフロントエンドのモダナイズに向けて、統合 API の開発や Next.js によるフロントエンドフレームワークの更新などに取り組んでいます。

良品計画では 2030 年ビジョンの達成に向けて内製人材の育成を加速し、経験者の採用や、店舗スタッフからのジョブチェンジを含めて開発体制の強化を進めていく方針です。

「今後は、店舗とネットストアをつなぐスマートフォンアプリ『MUJI passport』のシステム強化や、店舗系システムのリニューアルなども控えています。そのためには、無印良品に共感し、自分の持つ知見を当社で活用できるエンジニアを増やしていきたいと考えています。AWS には、幅広い技術スタックから教育プログラムまでが揃っていますので、今後も当社エンジニアの育成に向けた幅広いサポートに期待しています」（久保田氏）