北海道文化放送、Amazon Bedrock を活用しニュース原稿/動画の作成フローを低コストで効率化。ニュース配信数の大幅増を実現

1972 年開局の北海道文化放送株式会社は、北海道全域を対象とする放送事業者です。フジテレビ系列に属し、地域密着型のコンテンツとして北海道の魅力を発信するとともに、技術革新にも取り組んでいます。同局で放送や情報処理に関わる開発をリードしているのが、編成局 編成部の杉本歩基氏です。「現在はデータ放送と番組を担当するかたわら、システム開発にも取り組んでいます。特に担当部門があるわけではなく、報道に関わる有志で自発的に進めています」

以前は、視聴率や番組内容、SNS の情報などをそれぞれ別々の形式で管理しており集計や分析が困難だったため、杉本氏は AWS 上にデータを集約して安価に分析できるよう、Amazon QuickSight を使った視聴率データと番組内容・ SNS データの可視化を行う BI（ビジネスインテリジェンス）ツールを作成しました。「もともと AWS やクラウドに関する知識はありませんでしたが、AWS 担当者からのサポートを受けてわずか 2～3 週間で BI ツールを作成できました。AWS のサポートは非常に手厚く、特に初心者の時にはハンズオンの教材が充実していて、始めやすかったです」

この“視聴率データと番組内容・ SNS データの可視化・ DX ツール”は高く評価され、「2023 年日本民間放送連盟賞技術部門」の優秀賞を受賞しました。

さらに 2023 年春頃、杉本氏は報道部門が手がけるニュース動画の制作について、新しいプロジェクトを開始しました。「報道部門ではニュースのネット配信を増やしたいと考えていたものの、そのために人員を割いて制作するにはコストがかかりすぎるという点がネックでした。そこでニュース記事や動画の作成について、作業の自動化ができないかと検討しました」

報道部門は、自治体や地元企業から毎日 FAX で届くリリース情報をもとに取材を行い、Web で配信する記事を作成しています。しかし、担当できる記者の数が限られているだけでなく、記者のスキルによって原稿の質や作業時間も異なります。また、記事をもとに音声や動画を起こす場合はアナウンサーの手配も必要で、迅速に配信するにはさまざまな課題がありました。

杉本氏は AWS を活用して、ニュース記事制作の効率化に取り組みました。以前から FAX で届くリリース情報は複合機で PDF 化され、報道スタッフに E メールで送信される仕組みがあったため、この PDF を文字認識処理後に Amazon DynamoDB に保存し、管理画面から閲覧できる仕組みを構築。報道スタッフがその情報をもとに取材を行い、管理画面から追加の情報を入力すると、生成 AI サービスの Amazon Bedrock が、リリースと追加取材の情報からニュース原稿を生成します。「1 回の原稿生成に対して、3 パターン出力されるように設定しました。

その中から良いものを選び、スタッフが編集して記事を完成させます。基盤モデルには Anthropic の Claude2.1 を使っていますが、精度もコストパフォーマンスも高いと感じています」（杉本氏）

また、リリース情報は毎月 1,000 件以上届くため、報道スタッフが簡単に検索できる仕組みも用意しました。Amazon DynamoDB に蓄積されたテキスト情報から、キーワードをもとに負荷をかけずに検索できるよう工夫して実装しています。

ネットのニュース記事に動画を付記できると、付加価値が高まるとともに、YouTube など他のチャネルへの配信も可能となります。そこでニュース動画のナレーションには、音声読み上げサービスの Amazon Polly を利用しました。「音声合成の際は、誤読やイントネーションの調整が必要です。運用チームにとって細かな SSML（合成音声の生成用にテキストに指示を加えるマークアップ言語）のタグ操作は難しいので、管理画面では改行するだけでブレイクタイム（文章と文章の間）を調整できるなど、簡単に制御できるようにしました」（杉本氏）

さらに、YouTube ショートなどの縦型動画の作成を改善するツールも開発。従来は動画編集ソフトで行っていましたが、メンバーの習熟度によって作業時間がまちまちでした。そこでフォーマットを決めて、Web ブラウザからテキストと動画を挿入して容易に生成/共有する仕組みを構築。この仕組みは AWS のサーバーレス環境で設計し、セキュリティについても局内の規定をクリアできるように実装されています。

杉本氏は、AWS を活用した記事制作の効果について、次のように語ります。「Amazon Bedrock なら 1 回あたり 2 分程度で記事の自動生成が可能で、1 記事あたり数円程度の追加コストで済みます。記事の品質も、報道記者 2～3 年目ぐらいの実力はあるという評価で、報道部門では記事作成までの時間がかなり短縮できます。ショート動画も 1 記事につき 30 分～1 時間かかっていた制作時間を 5～10 分と従来の 20％ 以下に圧縮できました。そして音声合成を使った動画配信により、ニュースを掲載できるメディアが増えました。多大なコストをかけずに毎月 100～120 本のコンテンツを増やせるようになり、高い価値につながっています」

2023 年 10 月、北海道文化放送はフジ系列の第 31 回 FNS テクニカルフェア「あんたが大賞」において、「ニュース配信素材の簡易作成」と「受信 FAX の自動電子化整理」で金賞を受賞しました。この受賞のあと、他局からも問い合わせや視察の希望が相次いでいるといいます。取締役 コンテンツ本部長の中川尚氏は、「役員会でも生成AI を活用した業務改善のためのプロジェクトチームの立ち上げが決定しました。杉本が仲間を集めてコツコツと取り組んできたことが、外部にも認められることで社内にも認知されてきたのだと思います。キー局では難しいことも、地方局ならテストしやすいといった事例もありますので、これからもこのような取り組みを推進していきたいです」と展望を語ります。

今後も北海道文化放送では、杉本氏を中心にさまざまな業務改善に向けてシステム開発を続ける方針です。中川氏は AWS のメリットについて、「トライアルのハードルがとても低く、特に地方の中小企業にとって、初期コストが低く設定されている点は非常に助かります」と語ります。同氏が特に注目しているのは、JAWS-UG 札幌や Media-JAWS といった AWS ユーザーグループの活発な情報交換です。「AWS では勉強会が積極的に行われており、さまざまな人が集まる環境が形成されています。外部のユーザー同士がつながり、助け合うような場はあまりなかったので、このような環境がさらに発展することを願っています」