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コーエーテクモゲームス:AWSと歩むゲームサーバー開発研修の設計と実装
ゲーム業界は今、かつてない変革期を迎えています。モバイルゲームの普及、クロスプラットフォーム化、そしてメタバースの概念拡大など、従来のゲーム開発に求められる技術スタックでは対応しきれない課題や知識需要が次々と生まれています。特に、大規模なマルチプレイヤーオンラインゲームの開発においては、スケーラブルなサーバーサイド技術への需要が急速に高まっています。
しかし、こうした技術需要に対して、ゲーム開発に特化したサーバーサイド技術を持つプログラマーの育成には課題が山積しているのが現状です。多くのゲームプログラマーはクライアントサイドの開発に特化しており、サーバーサイド技術への理解が十分とは言えません。従来の Web アプリケーション開発とは異なる、リアルタイム性やスケーラビリティ、グローバル展開といったゲーム特有の要件、さらには可用性・レジリエンシーを確保した堅牢なシステム設計に対応できるプログラマーの育成が、業界の課題となっています。
ゲーム開発におけるクライアントサイド技術に加えて、サーバーサイド技術も身につけることで、ゲームプログラマーとしてのキャリアの可能性は大きく広がります。オンラインゲームの企画段階からアーキテクチャ設計に関わることができ、技術的制約を考慮した企画提案や、運用を見据えた実装が可能になります。
このような背景から、株式会社コーエーテクモゲームス (以下、コーエーテクモゲームス) と、Amazon Web Services Japan は共同で、2025 年度新卒ゲームプログラマー向けに、次世代のゲームプログラマーを育成する「ゲームサーバー開発研修プログラム」を実施しました。その取り組みをご紹介します。
ゲームサーバー開発研修プログラムの設計
オンラインゲーム開発・運営では、ゲーム開発スキルに加えて、以下のネットワーク関連スキルの習得が不可欠です:
- サーバーサイド基盤技術:Linux、TCP/IP、HTTP/HTTPS プロトコル
- データベース設計:RDB、NoSQL、分散データベース
- リアルタイム通信:UDP、TCP ソケットを活用したゲーム通信プロトコル
- 分散システム設計:負荷分散、可用性・レジリエンシー対応
- クラウドアーキテクチャ:AWS サービス群の適切な活用と組み合わせ
新卒ゲームプログラマーがこれらのスキルを効率よく身につけられるよう、コーエーテクモゲームスと協力して、ゲームサーバー開発の研修プログラムを作り上げました。
また、この研修では、「オンラインゲームがどのような仕組みで動いているのかを理解し、それを他の人とわかりやすく話し合えるようになること」を目標に掲げています。プログラミングスキルやネットワーク関連スキルを習得することはもちろん大切ですが、それだけではありません。習得した知識を使って、オンラインゲームの仕組み全体を理解し、チームメンバーや企画部門、運営チームなど、さまざまな立場のスタッフと技術的な意見交換ができるようになることに期待しています。その結果、企画段階から「この機能のトレードオフは性能面でどうか」といった技術的な観点での提案ができたり、「将来の運用負荷を考慮したシステム設計」ができる。そんな幅広い視点を持つゲームプログラマーを育成することでオンラインゲーム開発力を高めたいと考えています。
この目標を達成するための、新卒ゲームプログラマー向けの研修は以下の方針で行いました。
- 1. 段階的スキル構築:基礎から応用まで無理のない学習曲線を設定
- 2. ゲーム開発に即した学習:汎用的なWebアプリではなく、ゲーム開発の文脈で技術を習得
- 3. 実践重視:座学・ハンズオン・グループワーク・確認テストを効果的に組み合わせ
- 4. チーム開発体験:個人学習に加え、グループ内のディスカッションや他グループのプレゼンテーションを通じた学びを得る
ゲームサーバー開発研修プログラムの実装
研修プログラムは5日間の集中プログラムとして行われ、具体的には以下の技術要素を実践的に学習しました。本研修ではオンラインゲームの主要機能 (ギルド作成・ギルド参加・ギルド内でのプレイヤー間メッセージ送信)を題材に、データベース設計から Linux サーバーの操作、 Web API とリアルタイムサーバーのソフトウェアを一通り開発することができ、オンラインゲームにおけるサーバーサイド開発を体験することができるカリキュラムとして実装しています。
1日目: データベース
- リレーショナルデータベースを活用したゲームデータ設計の基本概念
- ゲームデータに対する SQL 操作
- テーブル設計グループワーク
2日目: Linuxサーバー・TCP/IP
- Amazon EC2 インスタンスでの Linux OS 基本操作
- パフォーマンス監視、プロセス管理、ログ分析
- TCP/IP プロトコルスタック、パケット解析
3日目: ネットワークプログラミング①
- HTTP プロトコルの理解
- PHP を用いた Web API の実装
- Web API の設計グループワーク
4日目: ネットワークプログラミング②
- ゲーム開発におけるネットワーク通信手段の理解
- Node.js を用いたリアルタイムサーバーの実装
- リアルタイムサーバーにおけるスケーラビリティの考慮
5日目: クラウドとアーキテクチャ設計
- クラウドコンピューティングの基礎
- 要件定義からアーキテクチャ設計に至るプロセス
- ゲームサーバーのアーキテクチャ設計グループワーク
グループワークの実施
研修の一部では、3〜4名のチームに分かれて、オンラインゲームを題材に以下の3つの設計課題に取り組みました:
- データベース設計:プレイヤーデータ、ギルド、メッセージ情報の設計
- Web API 設計:ゲームクライアント・サーバー間通信、ギルド参加、メッセージ送受信の実装
- クラウドアーキテクチャ設計:AWS サービスを活用したシステム設計
グループワークの成果物のプレゼンテーションが行われている様子
グループワークの実施により、個人学習では得られない以下の効果が確認されました:
技術的議論を通じた理解の深化:チームメンバー間での技術的議論により、個人学習では気づかない設計上の考慮点や最適化手法を発見する場面が見られました。特に、データベース設計においては「なぜこの設計にするのか」という根拠を説明し合い、他チームからのフィードバックを得ることで、理解が大幅に深まりました。
多角的な視点の獲得: 同一の技術課題に対して複数のアプローチを検討する機会が生まれました。これにより、単一の解決策に固執せず、トレードオフを考慮した柔軟な思考力が身につきました。
研修の成果と評価
参加者フィードバック
研修終了後のアンケートでは、「オンラインゲームのアーキテクチャを大まかに理解できたこと」「サーバーサイド技術への苦手意識の改善」など参加者から多くの前向きな評価をいただきました。実施後の参加者向けのアンケートでも想像以上の高い満足度が確認できており、新卒ゲームプログラマーの成長に合わせた学習カリキュラムの提供を今後もコーエーテクモゲームスと共同で計画しています。
以下に、フリーコメントの一部を抜粋して紹介します:
サーバーサイドの分野について漠然としていた理解が、より具体的でクリアなものになりました。特にデータベース設計やアーキテクチャ設計については、パズルのような面白さがあり、アイデアや深い思考が求められる点に強く関心を持つことができました。
以前はプログラミングでネットワーク関連に触れる機会がなく、今回の研修でサーバーの構築や運用の概要を知ることができ、大変勉強になりました。「ネットワークが難しそう」という印象から、「ネットワークをもっと知りたい」という意欲的な姿勢に変化することができました。
オンラインゲームに必要な技術や考え方、さらにインターネットを介することで重要性が増すセキュリティについて、実感を伴う形で理解を深めることができました。
技術理解度の測定
技術理解度の測定には、AWS Skill Builder Triviaを活用し、ゲーム感覚で学習効果を測定できる仕組みを導入しました。AWS Skill Builder Triviaは、リアルタイムでマルチプレイヤー競争が可能なクイズプラットフォームです。本研修では、5日間の学習内容の復習を目的として、研修で扱った技術要素に関するカスタムクイズを作成し活用しました。
特に効果的だった点:
- 即座のフィードバック:クイズ結果により、理解不足の領域を即座に特定できる
- 競争要素:リアルタイムリーダーボードによる学習意欲の向上
- インタラクティブな体験:QRコードでの簡単参加により、全員がスマートフォンから気軽に参加できる
AWS Skill Builder Triviaを活用した復習セッションの様子
今後の展望
今後の展望について、執行役員 エンタテインメント事業部 シブサワ・コウブランド長 澤田 圭輔 氏と、エンタテインメント事業部シブサワ・コウブランド シニアリーダー 冨士田 智仁 氏に、今後の展望について話を伺いました。
「5 日間の集中研修で基礎技術を習得した後、チームでミニゲームを作成し、ネットワーク機能を実装することにしました。クライアント・サーバー間の連携や、実際のコーディング経験の重要性を、実践的なゲーム開発を通じて体験してもらうことで、より実用的なスキルが身につくと考えています。新卒社員にとって、サーバーサイド技術との連携を実感できる貴重な機会になると期待しています。そして、今回の研修で得た技術・経験を活かして開発現場で活躍いただけることに期待しています!」
澤田 圭輔 氏
「研修の成功を受け、より高度な技術領域への展開を計画しています。AWS のクラスルームトレーニングを活用し、専門コースの受講を検討中です。また、研修参加者のスキルの可視化と継続的な学習モチベーションの維持のため、AWS 認定資格の取得を推奨しています。既に一部の社員が積極的に資格取得に取り組んでおり、社内の AWS 技術レベルの向上に大きく貢献しています。」
冨士田 智仁 氏
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おわりに
コーエーテクモゲームスと Amazon Web Services Japan の共同研修である「ゲームサーバー開発研修プログラム」は、ゲーム業界特有の技術要件に対応できる人材育成において、貴重な一歩を踏み出すことができました。
リアルタイム性、スケーラビリティ、グローバル対応、継続的サービス運用といったゲーム特有の要件を満たすために、クラウドの理解と実践的活用スキルを磨き続けることがゲーム開発者のキャリアの幅を大きく広げると期待しています。
また、今回の取り組みが、ゲーム業界全体での技術人材育成のモデルケースとなり、より多くの企業で同様のプログラムが展開されることを期待しています。AWS は今後も、ゲーム業界のイノベーションを支える人材育成に積極的に貢献していきます。
この記事は、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 シニアソリューションアーキテクト 大西 啓太郎が執筆しました。