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Agentic AIの運用化 Part 1: ステークホルダー向けのガイド
本記事は 2026 年 3 月 6 日 に公開された「Operationalizing Agentic AI Part 1: A Stakeholder’s Guide」を翻訳したものです。
Agentic AIは、単にオンにする機能ではありません。仕事の定義、担当者、意思決定の方法そのものを変革するものです。
多くの企業が、これを痛感しています。Agentic AIのパイロットプロジェクトを立ち上げても、実際の業務プロセスやシステム、ガバナンスに直面した途端に行き詰まってしまうのです。曖昧なユースケース、実際のデータに対応できないプロトタイプ、統制を超えた自律性、リリースを阻むコンプライアンス要件、自律的な意思決定には不十分なデータセットなど、同じパターンが幾度も繰り返されます。これらの根底には、共通の問題があります。それは、成功の定義についてステークホルダの合意が得られていないということです。
AWS Generative Innovation Center (以下「GenAIIC」) は、1,000社以上のお客様のAI本番環境への移行を支援し、生産性向上において数百万ドルの成果を実現してきました。サイエンティスト、ストラテジスト、機械学習のエキスパートから構成されるGenAIICの部門横断チームは、生成AI活用アイデアの創出から実用化まで、お客様と協働しています。そして近年、GenAIICが支援するプロジェクトではエージェントの活用が増えています。
本記事では、CTO、CISO、CDO、Chief Data Science/AI責任者といったC-suite全体のリーダー、さらにはビジネスオーナーやコンプライアンスリーダーに向けたAgentic AIの実運用に関するガイダンスをお届けします。我々が得ている核心的な知見とは、Agentic AIがうまく機能する場合、それは魔法のようなソフトウェアというよりも、適切に運営されているチームに似ているということです。うまく機能しているAgentic AIには、各エージェントに明確な役割、監督者、プレイブック、そして継続的な改善の仕組みが与えられています。
本記事は2部構成シリーズのPart Iです。この記事は、Agentic AIの実運用に関する基本的な理解の確立を目的とします。なぜビジネス価値の理想と現実とのギャップが主に実行の問題なのか、どのようにすれば実業務をエージェント向きにできるのかについて解説します。Part IIの記事では、各C-suiteのペルソナに対し、それぞれの責任に即した言葉で直接語りかけます。
企業が直面する共通の課題
ビジネス価値のギャップは主に働き方の問題です。
経営会議で「AIへの投資は十分ですか?」という質問への答えはほぼ必ず「はい」です。しかし、「AIエージェントによって実質的に改善された具体的なワークフローは何で、それをどう把握していますか?」と尋ねると、会議室は静まり返ります。
この2つの答えの間にあるのは、基盤モデルやベンダーの問題ではありません。欠けているのはオペレーティングモデルです。エージェントが目に見える価値を生み出している組織では、次の3つが共通して見られます。
- 仕事が詳細に定義されている。何が入力され、何が起こり、仕事の「完了」が何を意味するかを、ステップごとに説明できます。また、問題が発生したときに何が起こるかも説明できます。
- エージェントの自律性に境界がある。エージェントには、明確な権限の範囲、明示的なエスカレーションルール、そして人間が意思決定を確認し上書きできる仕組みが用意されています。
- 改善が習慣化されている。プロジェクトとしてではなく、定期的な習慣として、チームが前週のエージェントの振る舞い、役立った点、摩擦を生んだ点、次に変更すべき点を確認しています。
これらが欠けている組織では、AIプロジェクトの頓挫でよく見られる現象が発生します。すなわち、研究フェーズから抜けられない概念実証、数か月後に静かに終了するパイロット、そして「次に何ができるか?」と尋ねることをやめ、「なぜこれほどのコストをかけているのか?」と問い始めるリーダー、といった現象です。
エージェントに適した仕事とは
多くの組織は「どこでエージェントを使えるか?」という問いから始めます。しかし、より良い出発点は「どこに、すでにエージェントが担える仕事のように構造化された業務があるか?」です。実際には、それは次の4つの要素を意味します。
第一に、仕事に明確な開始、終了、目的があること。クレームが届く、請求書が届く、サポートチケットが起票される。エージェントは、作業を開始するのに十分な情報が揃っているか、どの目標に向かって作業すべきか、タスクが完了したとき、または引き継ぎが必要なときを認識できます。これは単なるトリガーとゴールではありません。エージェントは、個別の指示なしに妥当なバリエーションに対応できるよう、仕事の背後にある意図を十分に理解する必要があります。チームが、例外やエッジケースの処理方法を含めて、特定のタスクの適切な完了がどのようなものかを明確に説明できない場合、その仕事はまだエージェント化の準備ができていません。

第二に、仕事に複数のツールを横断した判断が必要であること。エージェントは固定されたスクリプトに従うものではありません。必要な情報について推論し、どのシステムに問い合わせるかを決定し、得られた情報を解釈し、コンテキストに基づいて適切なアクションを判断します。従来の自動化との違いは、業務プロセスがハードコーディングされていない点です。エージェントはアプローチを適応させ、バリエーションに対応し、状況が自身の能力の範囲外であることを認識します。また、エージェントはツールを通じて行動するため、それらのツールはエージェントより先に存在している必要があります。組織のシステムには、エージェントによるデータの読み取り、更新の書き込み、トランザクションの開始、コミュニケーションの送信のための呼び出しが行える、明確に定義された安全で信頼性の高いインタフェースが必要です。現状の業務プロセスが、メールやスプレッドシートに基づいて人間が推論を行う前提となっている場合、エージェントのユースケースを実行する前に、プロセス設計とツール整備の両方が必要です。
第三に、成功の観察と測定が可能であること。チームに所属していない人がエージェントからの出力を見て、憶測なしで「正しい」または「修正が必要」と判断できる必要があります。これは、たとえばチケットが時間内に解決されたか、フォームが完全で一貫しているか、トランザクションがバランスしているか、顧客が必要な回答を得たかを確認することを意味します。しかし、この観察可能性(オブザーバビリティ)は出力の抜き取りチェック以上のものである必要があります。すなわち、エージェントがどのように答えに到達したか、その際に使用したデータ、呼び出したツール、検討したオプション、そしてなぜ特定の選択をしたのかを見なければいけません。エージェントによる推論を評価できなければ、エージェントを改善することはできません。また、エージェントの判断に問題が発生した際の対応も困難です。
第四に、問題発生時の安全モードがあること。初期のエージェント候補として最適なのは、ミスが迅速に発見可能であり、低コストで修正でき、不可逆的な損害を生まないタスクです。エージェントがサポートチケットを誤分類した場合、再ルーティングできます。不正確な回答のドラフトを生成した場合、送信前に人間が編集できます。しかし、エージェントが支払いを承認したり、取引を実行したり、法的拘束力のあるコミュニケーションを行ったりする場合の誤りに対するコストは根本的に異なります。アクションが可逆的な業務、またはエージェントの出力が人手のアクションの推奨事項となる業務から始めてください。エージェントに対する信頼、統制、評価がこなれてくれば、エージェントが自律的にループを完結させる、よりリスクの高い仕事への移行もしやすくなります。
これら4つの要素が揃っている業務は、エージェントの仕事になり得ます。他方、これらの要素が欠けている場合、エージェント活用に関する議論は「アシスタント」「コパイロット」「自動化」といった、各ステークホルダーにとって異なる意味を持つ曖昧な内容に陥ってしまいます。
次のアクション
実行ギャップを埋める準備はできていますか?
Part I(本記事)で説明したパターンは仮想的なものではありません。あらゆる規模の組織、あらゆる業界で実際に起きていることです。幸い、現在地と目指す場所の間のギャップは、テクノロジーのギャップではなく、実行のギャップです。そして、実行のギャップの多くは解決可能です。
今すぐにできる3つのこと:
- 仕事を明確に決める。 開始と終了の定義が明確に決まっており、「完了」状態が測定可能なワークフローを、組織内から1つ選んでください。それがエージェント活用の最初の候補です。
- 本質的な議論をする。 次のリーダーシップミーティングで、「AIへの投資は十分ですか?」と安直に尋ねるのではなく、「AIエージェントによって実質的に改善された具体的なワークフローは何ですか? なぜそうだと判断できるのですか?」と尋ねてください。その後に続く沈黙が、自社が進むべきロードマップを示している可能性があります。
- ジョブディスクリプションを作る。 技術的な意思決定を行う前に、エージェントが何をするか、どのようなツールが必要か、成功とは何か、失敗したときに何が起こるかを書き出してください。そのページを埋められない場合、エージェントを構築する準備はできていないと言えます。これは、組織にとって貴重な情報となりえます。
Part IIの予告:ペルソナ別のガイダンス
Agentic AIが実行の問題であることを知ることと、それを解決する上での自身の役割を知ることは別のことです。
Part IIでは、実務でAgentic AIを機能させる必要があるリーダーに直接語りかけます。KPIに紐づいたエージェントを必要とするビジネスオーナー、10個の単発エージェントもしくは100個のエージェントに対応可能なプラットフォームの要否を決定するCTO、エージェントをソフトウェアではなく同僚として扱う必要があるCISO、データを最良の方法で「退屈」にする必要があるCDO、エージェントに対する評価こそが製品であるChief AI Officer、そして監査が発生する前に監査のための設計をしなければならないコンプライアンスリーダーなどが該当します。
各ペルソナがそれぞれ負うべき責任、そして具体的なアクションを指し示します。
Generative AI Innovation Centerとの協働
上記のエージェントジャーニーを一人で進む必要はありません。最初のエージェントパイロットを計画している場合でも、企業全体の能力への拡張を図っている場合でも、AWS Generative AI Innovation Center にご連絡いただければ、お客様のワークフロー、データ、ビジネス成果に基づいた対話を始めることができます。
著者について
Nav Bhasin は、AWS Generative AI Innovation Centerのシニアデータサイエンスマネージャーです。エンタープライズのお客様がAgentic AIのコンセプトから本番展開へと進む過程を加速させています。産業、エネルギー、ヘルスケア分野でAI製品を構築してきた10年以上の経験を持ち、AWSでは6年間、GenAIアーキテクトと科学者のグローバルチームを率い、Amazon Bedrock、Amazon SageMaker、AgentCoreなどの製品を本番採用へと導く中心的な役割を果たしてきました。GenAIICへの着任前は、AWSの生成AIプロダクトポートフォリオのGTMアーキテクチャおよびデータサイエンスチームを率いていました。AWS入社前は、Utopus InsightsでHead of Data Science and Engineeringを務め、HoneywellではEngineering and Architectureを統括していました。NavはMBAと電子工学の修士号を保有しています。
Sri Elaprolu は、AWS Generative AI Innovation Centerのディレクターです。エンタープライズおよび政府組織向けの最先端AIソリューションを実装するグローバルチームを率いています。AWSでの13年間の在職中、グローバル企業や公共部門組織と協働するMLサイエンスチームを率いてきました。AWS入社前は、Northrop Grummanで製品開発およびソフトウェアエンジニアリングのリーダーシップ職を14年間務めました。Sriは工学修士とMBAを保有しています。