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【セッション紹介】カルチャー無きスタートアップに成長なし!? ~ LayerX 代表取締役 CTO と企業カルチャーの核心に迫る~ / AWS Summit Online 2021
5万人の技術者およびビジネス関係者が参加する日本最大の AWS イベント「AWS Summit Online 2021」が、2021年5月11日・12日に開催されました。本記事では基調講演やセッションのなかから、スタートアップに関連するものをご紹介します。
今回ピックアップするのは
「カルチャー無きスタートアップに成長なし!? LayerX代表取締役CTOと企業カルチャーの核心に迫る」
です。
スタートアップ企業においては、カルチャー構築が重要であることはよく語られますが、なぜスタートアップにカルチャーが必要なのでしょうか?また、カルチャー創出の勘所や定着化の Tips について興味のあるスタートアップも多いかと思われます。
本セッションでは、アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑 浩史が、株式会社LayerX 代表取締役 CTO 松本 勇気氏にお話を伺いました。
LayerX が定めるミッションと行動指針とは?
畑:まずは松本さんの自己紹介をお願いします。
松本:松本 勇気です。株式会社 LayerX の代表取締役 CTO を務めており、日本 CTO 協会の理事も担当しております。キャリアについてお話しすると、もともと大学在学中に創業直後の株式会社 Gunosy に参画し、マザーズ上場後は CTO に就任して技術組織全体を統括しました。その後は合同会社 DMM.com の CTO を務め、2021年3月からは LayerX の代表取締役 CTO に就任しております。
このセッションは企業のカルチャーがテーマですから、LayerX のミッションや行動指針についてもお話させてください。
LayerX のミッションは「すべての経済活動を、デジタル化する。」です。LayerX はもともとブロックチェーン技術を主軸としてスタートした企業ですが、現在はより多種多様な技術を活用し、各種クライアント企業様の DX 推進を担っています。
また、私たちは「Be Animal」「Bet Technology」「Fact Base」「Trustful Team」「徳」という5つの行動指針を定めています。
畑:非常にインパクトのある行動指針ですね。順に説明していただけますか?
松本:「Be Animal」は、不確実な状況においても積極的に動き、貪欲に生きた情報を集めること。論理性を高めて十分な準備を行ったうえで、“動物的に”大胆に物事を進めていくことを示しています。
私たちはテクノロジーを活用してデジタル化を推進する企業ですから、意思決定を行う際に、技術に賭ける選択をするのが「Bet Technology」です。また、「Fact Base」は数字や事象などファクト(事実)に従ってアクションすることを示しています。
「Trustful Team」は、仲間同士でお互いを信頼して、透明性のあるコミュニケーションを徹底しようということ。最後が「徳」で、なぜこれだけ日本語なんだと(笑)。
畑:インパクトがありますね(笑)。
松本:これは要するに、LayerX が⻑期的な視点で社会の発展に寄与する存在であり続けたいことを示しています。短期的な売上至上主義に走らず、すべての人々から信頼を得られる行動をしようという考え方ですね。
私たちは他社のことを、市場を奪い合う競争相手ではなく、共にデジタル化を推進していく仲間だと捉えています。だからこそ、LayerX 社員の会話のなかでは「(自分たちのやり方は)ダサくないか?」「正々堂々とした戦い方ができているか?」という趣旨の発言がよく出てきます。あらゆる人々に対して、誠意あるビジネスを提供できているかどうか。その概念を「徳」という言葉で表現しています。
スタートアップにカルチャーは必要か?
畑:ここからディスカッションに入ります。最初のテーマは「スタートアップにカルチャーは必要か?」です。
松本:前提として、カルチャーは絶対に必要だと考えています。より正確に言えば、スタートアップがスケールするために必須になってくるものです。
スタートアップは数人ほどの規模でスタートして、数十人・数百人に、大きくなれば数千人規模になっていきます。仮に企業のカルチャーが全く存在しない場合、全員が同じ目標を目指すのは非常に難しくなります。
ダンバー数と呼ばれる指標があり、人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限値は約150人であると示しています。これは企業運営にも当てはまり、企業の人数が増えるに伴って、組織運営の難しさが生じてスケールが困難になっていきます。
より大きな組織へと成長させるには、企業が前提としているスタンスや考え方、コンテクストを全員に共有しなければなりません。だからこそ、確固たる組織のカルチャーを構築していくことが、メンバーひとりひとりの行動の指標をつくるためにも大切だと考えています。
畑:私も同意見ですね。私たちに関連した話をすると、Amazon は創業当初からカルチャーを大事にしてきました。Amazon では社員全員がリーダーだと捉えており、この概念を「Our Leadership Principles」という信条にまとめています。
もしも、Amazon にこのカルチャーが存在せず、指示待ちの社員ばかりだったならば、絶対に企業としてスケールできなかったはずです。スタートアップでは事業の変化が激しい。ですから、全員が自分自身で物事を判断して動くことが求められます。そのときに拠り所となるのが、企業のカルチャーなのです。
松本:同感です。「カルチャーとは何か?」をさらに深掘りしていくと、カルチャーとは、言語化されたものではないと考えています。例えば、LayerX には先ほどお話ししたミッションや行動指針がありますが、これ自体はカルチャーではありません。
ではカルチャーとは何かというと、社員同士がお互いにコミュニケーションをとりつつ働いていく過程で、徐々に表出してきた行動様式のエッセンスのようなものだと考えています。要するに、私たちが定義してきた制度やミッション、ビジョンを土台として、自然と現れてくるものがカルチャーですね。
例えば最近、LayerX には“爆速開発”というカルチャーが根付いています。これは決して、社員に「爆速開発をやろう」と声をかけて出来上がったものではありません。全員が「Be Animal」や「Fact Base」といった指針に基づいて行動を続けた結果、すごいスピードで開発をして顧客からファクトを拾い上げ、より良いサービスをより早く届ける行動様式が生まれた。結果としてそれが爆速開発というカルチャーになったということです。
畑:ひとつ質問があります。もしもスタートアップにカルチャーがない場合、どうなってしまうと思いますか?
松本:スタートアップの事業は不確実性が大きいことが特徴です。社員全員が模索を続けながら、少しずつ正解を探していく作業なのです。メンバー全員がバラバラな方向を向いていると、各人の行動に一貫性がなくなり、前に進むスピードが遅くなってしまいます。カルチャーという共通認識があるからこそ、全員が同じ方向を向き、素早く正しい道を進める。これがビジネスの改善スピードに直結し、事業上の優位性につながるのです。
カルチャー定義の勘所
畑:では、次のテーマについて。「カルチャー定義の勘所」を伺いたいです。これからスタートアップを創業するケース、または自社のカルチャーにしっくりきていないケースもあると思います。カルチャー創出において大切にすべきポイントを教えてください。
松本:私は他のスタートアップのカルチャーづくりの相談に乗ることがありますが、そのとき創業メンバーの方々に「あなたたちは、企業活動を通じて何をしたいのか」という質問をよくします。要するに、創業メンバーの心のなかから湧き上がる気持ちを、きちんと見てあげることが大切です。事業を通じてどんな世界をつくりたいのか、10年後・20年後に企業はどうなっていて欲しいのか。そういった要素をまず言語化していくといいでしょう。
出てきた要素を並べていって、どれが一番大切なのか順序を決める。そして、その要素を実現するにはどんな思考や行動が必要かを検討していく。これらの情報を起点として、企業のミッションやバリューなどが生まれます。そして、ミッションやバリューに事業のさまざまな施策や戦略を紐づけていくことで、社員の間で自然発生的にカルチャーが生まれてくるという流れですね。
畑:ミッションやバリューを言語化するうえで大切なことはありますか?
松本:極力シンプルにしたほうが定着しやすいと思います。長いミッションやバリューを掲げてしまうと、社員がなかなか覚えられません。例えば、新しく入社した人が1か月後に覚えているか、といった点を意識したほうがいい。それから、美辞麗句を並べようとせず、自分たちらしい言葉を使うほうがいいと思います。
畑:その通りで、スタートアップがミッションやバリューを定義する際、シンプルかつ記憶に残る言葉を選ぶことは大事ですよね。この点について追加で質問させてください。カルチャーを形成していくには、こうした指針を定義するだけではなくて、社員が実際に行動してくれることが重要になってきます。社員の行動を促すために有効な方法はあるでしょうか?
松本:正直なところ、定められたミッションやバリューがどんな行動に結びつくのか、最初はその指針をつくった人たちにしかわからないと思います。文章だけで正確に意図を理解できるほど、人間は賢くありませんから。だからこそ、指針を定義した人々が、まず行動で示すことを意識したほうがいいです。
畑:具体的な例は大事ですね。余談ですが、先ほど述べた「Our Leadership Principles」で挙げられている各項目は、具体的にどんな行動をとることが信条の達成につながるかが詳しく解説されています。そうした情報があることで、すべてのメンバーが自分たちの目指す方向性を理解できるのだと思います。
定着の Tips
畑:最後のテーマとして「定着の Tips」について伺いたいです。カルチャーを定義したものの、うまく浸透・定着していないケースはよくあります。
以前、私はスタートアップの社員を対象にアンケートをとったことがあります。「カルチャーはありますか?」という質問に 87% の人が「ある」と回答し、「明文化していますか?」という質問にも 77% の人が「している」と回答しました。しかし、「定着していますか?」という質問に対しては「している」が 31% と、かなり低い数字になりました。
そこで、カルチャーの定着を課題として抱えているスタートアップに向けて、効果的な Tips があればお伺いしたいです。
松本:まず、経営陣が透明性と誠実さを持つことが大切です。例を挙げると、LayerX では経営会議の資料などをすべて社内に公開しているのですが、あるとき社長の発言がバリューに沿っていないと感じた社員が、それを指摘しました。すると、社長が「確かにその通りだ。すまなかった」と謝ったのです。
要するに、経営陣自身が、自分たちの決めた行動様式に従って施策を推進できること。そして、発言や行動が誤っていた場合に素直に認められること。そうした経営陣の姿勢を目にすることで、社員もカルチャーの意義を理解し、納得感が生まれていくのだと思います。
畑:良いですね。他に Tips という意味では、Amazon では採用面接の際に「カルチャーフィットしそうか」を必ず見ています。
松本:採用段階での確認は大切です。会社の目指す方向性にマッチしない人を採用した場合、必ず問題が発生しますから。スキルが優秀だから採用するのではなく、カルチャーが合うから採用するという方針のほうがいいですね。
スタートアップはこの判断を誤りやすく、どうしても人手が足りないため、優秀な人を採用しがちです。そこを踏みとどまって、カルチャー面に少しでも違和感を覚える人材は、採用を見送る勇気がとても大事だと思います。
畑:採用面接でカルチャーフィットを見る良い方法はありますか?
松本:私は Amazon で導入されているという STAR 面接を参考にしています。これは過去の行動例から「どのような状況で、どんな思考をする人なのか」をチェックするメソッドです。過去のプロジェクトにおいて実施した意思決定や行動などをもとに、考え方の傾向を把握して、カルチャーマッチを見ています。
畑:確かに Amazon では STAR 面接が活用されていますね。余談ですが、Amazon では採用面談の際にカルチャーフィットを見る専門の面接官がいます。その人が NG を出せば、たとえ他のスキルが素晴らしかったとしても、不採用になるのです。カルチャー面を非常に重視するのは、Amazon らしいところですね。
おわりに
畑:では最後に、現在スタートアップで働いており、これから自社のカルチャーを形成していきたい、よりカルチャーを良くしていきたいという方々にメッセージをお願いします。
松本:前提として、スタートアップは良いプロダクトを顧客に届けていくことが大事です。その目標を達成するうえで「顧客にとって良いプロダクトとはそもそも何か」「その目的を達成するにはどんなチームが存在しているべきか」をきちんと見据えて、それに合致したカルチャーを形成していくことが必要になります。
自分たちが実現すべきことを一歩引いた目で俯瞰してみると、良いカルチャーをつくるためのヒントが見えてくるはずです。みなさん、ぜひ自分たちの会社と向き合ってみてください。
畑:このセッションの内容が、スタートアップの方々が良いカルチャーをつくり、スケールし、顧客のために素晴らしいビジネスを築くことにつながれば嬉しいです。松本さん、どうもありがとうございました。
松本:ありがとうございました。