AWS Startup ブログ

ユニコーン企業はこう生まれた ─ AWS と紐解く、US スタートアップ Vercel 創業者の軌跡と AI 時代の成長戦略【IVS2025】

日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS2025」が、2025 年 7 月 2 日(水)〜 4 日(金)にかけて、京都市勧業館「みやこめっせ」とロームシアター京都にて開催されました。毎年、夏に開催されている本イベント。本年は、AI/エンターテインメント/ディープテックなどの専門テーマゾーンが新設され、さらなる進化を遂げました。

本記事では、アメリカ発のユニコーン企業・Vercel の創業者 兼 取締役社長である Guillermo Rauch 氏が登壇したセッション「ユニコーン企業はこう生まれた ─ AWSと紐解く、US スタートアップ Vercel 創業者の軌跡と AI 時代の成長戦略」の模様をレポートします。ファシリテーターを務めたのは、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社(AWSジャパン) 代表執行役員社長の白幡 晶彦です。

AWS のスタートアップ支援の姿勢

本セッションの冒頭では、白幡がスタートアップコミュニティに対する思いを語りました。白幡は 2024 年 11 月に AWS ジャパンの代表執行役員社長に就任。それまでスタートアップ業界との関わりは多くなかったものの、現在は多くの起業家と日々向き合っており、「毎日がとにかく刺激的で楽しい」と語ります。

AWS は長年にわたり、スタートアップコミュニティとの接点を大切にしてきました。その象徴が、日本で 2014 年から開催している CTO Night & Day です。このイベントは昨年時点で 11 年目を迎え、これまでに延べ 1,200 人以上の CTO や VPoE が参加してきました。CTO Night & Day をきっかけに生まれたネットワークが、情報交換や協業のきっかけにもなっています。

また、グローバルにおいてもスタートアップ支援プログラム AWS Activate を通じて、33 万社以上のスタートアップが支援を受けており、総額 1 兆円を超えるクレジットが提供されてきました。こうした支援の根底には、「スタートアップはイノベーションのエンジンであり、AWS はその未来を支える存在でありたい」という信念があります。

白幡は「私たち自身も、スタートアップであり続けたい」と語り、「Still Day1(まだ始まったばかり)」の精神で挑戦を続ける AWS の姿勢を強調しました。

OSS 活動が切り拓いたキャリア

ここから、Rauch 氏が登場しました。Rauch 氏は日本のことを「第二のホーム」と感じるほど、特別な思い入れを持っていると語りました。この思いを抱くきっかけとなったのが、同氏が Vercel 社を立ち上げる以前に開発した OSS である Socket.io です。Socket.io はリアルタイムの双方向通信を実現するための JavaScript ライブラリであり、世界中の企業や開発者に広く活用されてきました。

日本の開発者コミュニティは、Socket.io をいち早く評価し、熱心に活用したといいます。Rauch 氏は、そうした日本の開発者コミュニティを「イノベーティブで未来志向」と高く評価しました。「日本の開発者が新しいプロダクトに関心を示さなければ、それは市場適合性がないということ」と、社内でも語っているそうです。白幡も「確かに、日本の開発者は新しい技術に対する関心が高く、機能の細部にまで目を配る傾向があります」とコメントし、Rauch 氏の評価に深くうなずきました。

この話の後、彼のキャリアの出発点について語られました。大学に進学せず、職歴もなかった若き日の Rauch 氏にとって、OSS こそが自分を世界に届ける手段だったといいます。OSS のコードを読み、書き、動かしながら試行錯誤を重ねました。このような「要素を分解して、模倣して、再構築する」スタイルは、Rauch 氏のエンジニアとしての根幹を形作ってきました。

JavaScript や Node.js 関連の数多くのライブラリを手がけ、コードを公開し続けたことで、次第に国際的な評価を獲得していきました。「私は“オープンソースの大学”で学んだようなものです」と Rauch 氏は表現します。

OSS 活動を続ける中で、「誰もがテクノロジーの力で世界にアクセスできるべきだ」という信念が育まれました。そうした思いから、Web フロントエンドの開発・デプロイ体験を支えるためのプラットフォームとして、Vercel(当時は ZEIT)社を創業するに至ります。

Vercel Inc. CEO Guillermo Rauch 氏

成長の転換点と「Customer Zero」の開発哲学

Vercel 社の躍進のきっかけとなっているのが、オープンソースプロジェクト Next.js の成功です。Rauch 氏の生み出した Next.js は、開発当初から「開発者体験(Developer Experience)」を最優先に設計されたフレームワークでした。数多くのフィードバックを受けながら改善を重ね、その結果、世界中の開発者から支持を集めるようになりました。

この広がり方について、Rauch 氏は「口コミの力が大きかった」と振り返りました。彼は OSS を「無料のアイスクリームのようなもの」と表現します。つまり、本当に美味しければ自然と人が集まり、誰も手に取らないのであれば、その味に問題があるという考え方です。Next.jsは、幸いにも「とても美味しい」と多くのユーザーから評価されたプロジェクトでした。

Next.js の普及をきっかけに、Vercel 社は「マネージドサービスとして Next.js を支える」という事業の方向性に舵を切ります。この方向性は、AWS が提供するマネージドサービスのように、開発者がインフラの煩雑さに煩わされることなく、アイデアの実現に集中できる体験を目指した設計思想に通じています。

Vercel 社のサービスは、CDN やビルドパイプライン、自動デプロイなど、開発者がとにかく素早く、そして簡単にアイデアを形にできるように設計されたサービス群が一体となって提供されています。

この一貫した体験の設計が功を奏し、現時点で年間経常収益(ARR)2億ドルを突破するなど、Vercel 社は創業時から急成長を遂げてきました。こうした成長は、一見すると「一気にスケールした」ように見えるかもしれません。しかし、その背景には、継続的な準備と細かな改善の積み重ねがあったといいます。

Rauch 氏がプロダクト開発において重視するのが、「Customer Zero」という概念です。これは「最初のユーザーは自分自身であるべきだ」という考え方です。CEO である彼自身が、Vercel 社のプロダクトを最も早く、そして最も厳しく使うユーザーであり続ける。この姿勢が、プロダクトの品質を高めるうえで非常に重要だと語っています。この考えについて、白幡も「Amazon・AWS でも同じように、顧客中心の哲学があります」とコメントし、Rauch 氏の言葉に強く共感していました。

「Customer Zero」の姿勢が体現された事例が、2025 年より新たに提供を開始した「Vercel AI Gateway」です。これは、各種の大規模言語モデル(LLM)を単一のエンドポイントで扱えるようにし、複数のプロバイダのモデルを容易に統合・切り替え可能にする仕組みです。Rauch 氏は「自分がそのサービスを初めて使う開発者だったらどう感じるか?」という視点でこの機能に触れ、細部にわたってフィードバックを行いました。

こうしたプロセスを通じて、「OK」を出せない限り、原則としてリリースには至りません。ただし、それは彼一人の判断ではありません。社外の信頼できる開発者、大学生、初学者といった幅広いユーザー層の声も取り入れていく姿勢を大切にしています。「初めてその機能を使う人がどこに戸惑うか」という視点が、プロダクト改善のヒントになるからです。

開発者が特別な学習や設定なしに使い始め、スムーズに成果を得られる。そうした“魔法のような体験”を生み出すことが、Vercel 社の使命であると Rauch 氏は語ります。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン 合同会社 代表執行役員社長 白幡 晶彦

AI 時代にクラウドは再定義される

セッション終盤では、生成 AI について言及されました。生成 AI の進化が急速に進むなかで、クラウドの役割や定義そのものが見直されつつあります。Rauch 氏は、そうした潮流に対して「これからのクラウドは“AI クラウド”として捉えるべき存在」というビジョンを示しました。

Rauch 氏が Vercel 社を創業した当時、開発者が作ろうとしていたのは「Web サイト」や「Web アプリケーション」でした。しかし今、開発の主軸は大きく変化しています。現代の開発者が取り組む対象は、「AI エージェント」「MCP サーバー」「自己進化するソフトウェア」といった、より自律的で知的なアプリケーションへとシフトしています。Vercel 社はこうしたニーズに応えるため、ツールとインフラの両面で最適な環境を整えています。

さらに、Rauch 氏は「未来のクラウドは、自動運転するようになる」と表現します。従来のクラウドは、何らかの問題が発生した際に通知を出し、それに対して人間が対応するという、いわば“受動的”なものでした。しかし今後は、クラウド自らが問題を予測・検知し、最適な解決策を提示する“能動的”な存在へと進化していくと述べました。

このような未来像を描く Rauch 氏は、日本の開発者や起業家に向けて「制約こそが創造性を生む」というメッセージを送りました。日本が直面する少子高齢化や労働力不足といった社会課題が、AI 導入の正当性を強く後押しすると考えています。むしろ、制約が多い環境だからこそ、新たなテクノロジーによって社会課題を解決する意義が際立つのです。

続けて彼は、「いまはインターネットにとっての“再起動”のタイミングでもある」と語りました。過去の常識にとらわれず、何か新しいことに挑戦するには絶好の時期だということです。「Vercel や AWS といったインフラはすでに整っています。開発者が注力すべきは、その上で動くアイデアだけです」と述べました。

Rauch 氏は最後に「あとは、どれだけ“未来をつくる覚悟”を持てるかです」と語り、参加者たちに向けて力強いエールを送りました。