AWS Summit Japan 2026 Builders' Fair 人気投票第 1 位「ペン字見ます ! ~ AI Agent 先生の辛口査定 ~」の裏側 !
2026-08-03 | Author : 勝又 健登, 櫻井 良, 國部 匡志, 丹羽 拓実
はじめに
AWS Summit Japan の会場を歩いたことがある方なら、少し変わった一角に気づいたかもしれません。
整然と並んだセッションルームや展示ブースの中で、そこだけは手作り感のある展示物が並び、来場者が実際に手を動かして何かを体験している。「Builders' Fair」です。AWS のエンジニアが「自分たちで作ってみた」ものを持ち寄り、技術そのものを来場者に楽しく体験してもらう、Summit の中でも一際ほかと雰囲気の違うエリアです。
私たちはこの Builders' Fair 2026 に、「ペン字見ます ! ~ AI Agent 先生の辛口査定 ~」という展示を出展しました。
ありがたいことに、多くの来場者の方に足を止めていただき、Builders' Fair に出展したブースの中で、来場者による人気投票で第 1 位をいただくことができました。
第 1 位をいただけた理由は、最新の AWS サービスを使ったから、だけではないと思っています。私たちがこの展示でとにかくこだわったのは「体験設計」でした。目指したのは、「ゲームセンターに遊びにくる感覚でブースに来てほしい」ということ。ふらっと立ち寄って、ワクワクして、驚いて、笑って帰ってもらう。その一点を軸に、すべての演出と技術選定を組み立てていきました。
この記事では、その「ペン字見ます !」がどんな技術で動いていたのかを、体験設計の工夫とあわせて裏側を詳しく解説していきます !
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「ペン字見ます !」とは ?
来場者が書いたペン字を AI エージェントがその場で査定・添削してくれる体験型の展示です。
自分の字が上手いか下手か、大人になると客観的に見てもらう機会はなかなかありません。しかも AI が どこをどう見て、なぜその評価にしたのかまで議論として見せてくれる。ブラックボックスになりがちな AI の判断プロセスを、そのまま体験にしてしまおう、というのが狙いです。
そして最大の特徴が、この査定を 1 体の AI ではなく、性格の違う 4 体の AI エージェント (先生) で行うところです。褒める先生もいれば、遠慮なくダメ出しする辛口の先生もいる。そんな先生たちがあなたの字をめぐって意見をぶつけ合う様子が、大画面でそのまま繰り広げられます。この賑やかな査定会議こそが「ペン字見ます !」一番の見どころで、タイトルの「辛口査定」もここから来ています。
では、来場者は実際にどんな体験をするのか見ていきましょう。
1. お題が出題される、ペンで書く
体験はお題の発表から始まります。画面に、お題の 4 文字が巻物にすっと書かれて登場する。テレビ番組の「今日のお題は…」のような演出で、「何を書くんだろう」とワクワクしながらスタートを切れるようにしています。来場者はそのお題を、用紙にペンで書いていきます。
2. 書いた文字を撮影してアップロード
書き終えたら、その紙を撮影してアップロードします。あとは AI におまかせです。
3. 先生たちの紹介を見て、会議を傍聴する
アップロードが終わると、画面はこれから査定を担当する先生たちの紹介に切り替わります。査定の観点は「字形」「配置」「余白」「とめ・はね」の 4 つ。そして担当するのは、いいところを見つける褒め型の國部先生、フラットに見る勝又先生、遠慮なくツッコむ辛口の丹羽先生、そして全員をまとめる統括の櫻井主任先生。スタッフからの説明が終わったら、「査定会議を傍聴する」ボタンを押して、いよいよ査定のスタートです。
査定会議における体験設計の小さな秘密
ここに、実は体験設計の小さな秘密があります。この「先生紹介」の画面、来場者を楽しませるためだけのものではありません。この裏側では、書いた字を 1 画ずつ解析するストローク検出 (GPU を使う、そこそこ重い処理) がこっそり走っています。処理が終わるのをただ眺めて待つのではなく、その待ち時間を先生紹介にあてることで、来場者には「待たされている」感覚をほとんど与えずに、必要な処理時間を稼いでいるのです。
しかも、この「査定会議を傍聴する」ボタンは、裏のストローク検出が終わってはじめて押せるようになります。つまり、スタッフが説明を終えるころには処理もちょうど完了していて、ボタンを押せば待たずにそのまま議論へ進める、という寸法です。
裏の重い処理を、表の楽しい演出で覆い隠す。地味ですが、体験を途切れさせないための大事な工夫でした。
4. AI エージェントの議論をライブ観戦
ボタンを押すと、目の前でスッとドアが開き、背景も査定会議の部屋へと切り替わります。まるで先生たちの会議室にこっそり足を踏み入れて傍聴するような、ちょっと特別な体験です。そしてここからが本番。4 体の先生エージェントが、あなたの字について査定の議論を始めます。褒め型・バランス型・辛口型がそれぞれの視点で意見を出し合い、統括の櫻井主任先生がまとめていく様子が、大画面にリアルタイムで流れます。自分の字がどう評価されるのかを、AI が考える過程ごとそのまま観戦できる、一番盛り上がるパートです。
キャラクター設計の工夫
ここでも、ひとつ体験設計の仕掛けがあります。この 4 人、実は単に役割を割り振っただけではなく、思わずクスッとくるような濃いめのキャラクターを一人ひとりに設定しています。元ネタは…ここでは内緒ですが、「いかにも実在しそうな、おなじみの語り口」を意識して、口調や性格をプロンプトに作り込みました。役割 (褒める・辛口・バランス・統括) に加えて話し方のクセまで指定することで、同じ査定結果でも「その先生が言いそうな言い回し」で話してくれる。査定が無機質な講評ではなく、人情味のある会話劇になっているのは、この味付けのおかげです。
5. ランクの発表
議論が決着したら、いよいよ総合ランクの発表です。ここは結果をパッと出さず、スロットのようにランク (A・B・C・D) がくるくると回転し、数秒じらしてから「ピタッ」と止まる演出にしています。「A が出るか、それとも…」という、あの当たりを待つ瞬間のドキドキを、あえて作っています。
6. 査定結果
議論がまとまると、総合ランクと書いた字のどこをどう直すとよいかを示した赤ペン風の添削も返ってきます。また4 軸 (字形・配置・余白・とめ・はね) のレーダーチャートと櫻井主任先生からのお言葉が表示されます。「なるほど、ここが弱かったのか」と、その場で振り返れるのがポイントです。
赤ペン添削のこだわり
ここにも、体験設計のこだわりがあります。この赤ペン添削、実は「いかにも人間の先生が手で添削したように見せる」ことにかなり気を使っています。
AI が出したコメントをそのまま貼り付けると、位置が重なったり、指し示す線がぐちゃぐちゃになったりして、機械的で冷たい印象になってしまう。そこで、コメントは文字まわりの余白を探して置き、対象の画へは矢印で結ぶ。しかもその矢印は、隣のコメントとぶつからないように向き (上向き・下向き) を自動で調整し、コメント同士が重なりそうなら反対側やさらに外側へ置き直します。色も、機械的な純赤ではなく温かみのある赤にして、線には少しだけ手書きのゆらぎを加えています。
こうした地味な処理の積み重ねで、「AI の出力」ではなく「先生に赤ペンで直してもらった一枚」に見えるようにしているのです。
7. シェア画像のお持ち帰り
査定結果を見て終わり、ではありません。結果画面には QR コードが表示され、スマートフォンで読み取ると、その場で SNS 共有用のシェア画像をダウンロードできるようにもしていました。会場を離れたあとにゆっくり結果を振り返ったり、そのまま共有できることを想定していました。
アーキテクチャ
技術の細部に入る前に、全体像をさくっと押さえておきましょう。「ペン字見ます!」は、大部分をサーバーレスで構成しつつ、重い GPU 推論だけコンテナ (Amazon ECS on Amazon EC2) を組み合わせたハイブリッド構成になっています。
アーキテクチャのおおまかな流れ
大まかな流れは次のとおりです。
- フロントエンドは Amazon CloudFront + Amazon S3 (SPA) で配信。撮影した画像は S3 にアップロードされる。
- S3 へのアップロードをトリガーに、AWS Lambda Durable Functions がパイプライン全体を起動。
- パイプラインは「ストローク検出 (ECS on EC2 の GPU) → マルチエージェント査定 (Amazon Bedrock AgentCore + Strands Agent) → 結果生成」と遷移。
- 各ステップの進捗は Amazon API Gateway WebSocket 経由でリアルタイムに画面へ push。
体験を支える裏側の技術
ここからは、「ペン字見ます!」を支える 4 つの技術を紹介していきます。
パイプラインのオーケストレーション — AWS Lambda Durable Functions
「撮影 → ストローク検出 → 査定 → 結果生成」は、GPU 推論やマルチエージェントをまたぐ長時間ワークフローです。これを 1 本の AWS Lambda Durable Functions で管理し、状態の保持やリトライ・途中再開を任せることで、素直な順次処理として書けます。
選んだ一番の理由は「待つ」の扱いやすさでした。先生紹介の裏で走るストローク検出や「会議をはじめる」ボタン待ちなど、いつ終わるか読めない「待ち」が何度も登場します。ここで効くのが waitForCallback で、パイプラインを待機させ、コールバックが届いた瞬間に再開できます。待機中の Lambda は停止状態になり、その間コンピュートの課金は発生しません。
AWS Lambda Durable Functions の基本的な仕組みや API は、 AWS 公式ブログ を参照してください。
ストローク検出 — ECS on EC2 (GPU) + Amazon SageMaker AI セグメンテーションモデル
来場者の字を査定するには、まず「どこにどの画 (ストローク) が書かれているか」を認識する必要があります。ここは自前のセグメンテーションモデルで処理しています。汎用モデル 1 つで全文字をこなすのではなく、文字ごとに専用モデルを Amazon SageMaker AI で学習させ、お題の 4 文字にそれぞれ担当モデルを当てる作りです。
複数の学習済みモデルを同時に GPU に載せて推論するにはパワーが要るため、ここだけはサーバーレスで割り切らず、ECS on EC2 の Python コンテナで動かしています。お題の画像を 1 文字ずつに分割し、担当モデルでセグメンテーション → 特徴量計算 → Amazon DynamoDB 保存、という流れです。数十秒かかるこの検出こそ、「先生紹介」で覆い隠していた待ち時間の正体です。
Amazon SageMaker AI のセマンティックセグメンテーションアルゴリズムついては AWS 公式ドキュメント を参照してください。
マルチエージェント査定 — Amazon Bedrock AgentCore + Strands Agents
検出したストロークの特徴量をもとに、性格の違う 4 体のエージェント (褒め型・バランス型・辛口型・統括) が査定を議論します。
各エージェントの役割や性格は Strands Agents で実装し、 その協調 (swarm) を Amazon Bedrock AgentCore のランタイム上でオーケストレーションしています。推論エンジンは Amazon Bedrock の Claude Opus モデルです。褒め型・バランス型・辛口型が 4 文字 × 4 観点 = 16 セットを評価して意見を出し合い、最後に統括エージェントがまとめて総合ランクを決定します。
この議論ログをそのまま大画面にストリーミングしているのが、「AI が考える過程を観戦できる」体験の裏側です。
Strands Agents については Strands Agents 公式サイト を参照してください。
Amazon Bedrock AgentCore については Amazon Bedrock AgentCore 公式サイト を参照してください。
開発を支えた道具 - Kiro
最後に、開発そのものの話です。この展示は、AWS CDK、複数の Lambda、GPU コンテナ、React フロントと多岐にわたるスタックを、AI 開発環境 Kiro で作りました。Spec (要件 → 設計 → タスク) で機能ごとに設計・実装を進め、Steering に命名規則や規約を書いておくことで、言語やコンポーネントをまたいでも一貫したコードを保てました。結果として、4 人・3 ヶ月でフルスタックを作り切れました。
Kiro での仕様駆動型開発については AWS公式ブログ を参照してください。
まとめ
「ペン字見ます ! ~ AI Agent 先生の辛口査定 ~」は、書いたペン字を 4 体の AI エージェントが辛口に査定する、という一見シンプルな展示です。ですがその裏側では、たくさんの技術が体験を支えていました。
この記事を通して一番お伝えしたかったのは、私たちがこだわり抜いた「体験設計」と、それを支える技術がぴったり噛み合っていた、ということです。「ゲームセンターに遊びにくる感覚でブースに来てほしい」。この一点から逆算して演出を積み重ね、それを成立させるために技術を一つずつ選んでいきました。体験の工夫と技術の工夫は、どちらか片方では成り立たない両輪だったと思っています。
しかもこだわったのは、機能そのものだけではありません。画面のデザイン、要所で鳴る効果音、来場者の迎え方やブーススタッフの立ち位置まで。細部の一つひとつが、すべて「遊びにきた人に楽しんで帰ってもらう」ためのものでした。
本展示が、AI エージェントや体験設計を組み合わせた「作ってみた」のヒントになればうれしいです。みなさんもぜひ、面白いアプリケーションを作ってみてください !
筆者プロフィール
勝又 健登
リーダー/フロントエンド・演出担当
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
クラウドアプリケーションアーキテクト
2023 年にサポート部門のクラウドサポートエンジニアとして入社。主にフロントエンド・サーバーレスサービスの技術支援を担当させていただきました。2024 年 8 月からはプロフェッショナルサービス部門パブリックセクターチームのクラウドアプリケーションアーキテクトとして、主に公共機関のお客様中心に生成 AI・サーバーレスアーキテクチャを用いたシステムの設計・構築に取り組んでいます。
スキーが趣味で冬はほぼ毎週末友人と雪山にいます。
櫻井 良
サブリーダー/AI Agent担当
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト
2023 年にサポート部門のクラウドサポートエンジニアとして入社。主にサーバーレス・IoT サービスの技術支援を担当させていただきました。2024 年 8 月からはソリューションアーキテクトとして、主に小売・流通・消費財業界のお客様に対して基幹システムの AWS 移行や AI ソリューションの導入支援に取り組んでいます。
趣味は温泉巡りで、週末は何処かの温泉に出没しています。
國部 匡志
ストローク検出・赤ペン画像生成モデル担当
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
クラウドサポートエンジニア
2023 年にサポート部門のクラウドサポートエンジニアとして入社。普段は ECS や AWS CloudFormation, AWS CodePipeline など、コンテナ や IaC, CI/CD に関連する技術支援を担当しております。
日課は愛犬のお世話です。
丹羽 拓実
オーケストレーション・アーキテクチャー担当
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
クラウドサポートエンジニア
2023 年にサポート部門のクラウドサポートエンジニアとして入社。普段は EC2 や Amazon WorkSpaces など、Windows OS に関連する技術支援を担当しております。
ボードゲームを嗜んでいます。
当日ブースサポートスタッフ
大平修慈、堀田真由、野島正就、鈴木絢芽、幾島直哉、野沢充彦、岡部瑞稀