国内の SAP ERP では大量のバッチ処理が動いており、SAPS 値 20 万(※)という大規模な処理を行っていましたが、 AWS 移行後はオンプレミス環境よりも遙かに速く、ジョブの処理時間が 40% 程度削減されました。これは期待を大きく超える結果でした。また、AWS に移行したことで、これまでのオンプレミス環境では難しかった災害対策構成も実現できました。
IT 部門の仕事は時代とともにどんどん変化し、それにあわせて技術者自身も変わっていく必要があります。AWS の活用の広がりが、IT 部門のメンバーの意識も変えている、と感じています。
土佐 泰夫 氏 住友化学株式会社 IT推進部 理事

※ 100 SAPS は 1 時間あたり 2,000 注文明細を処理できる性能を定義しています。

住友グループの中核企業である住友化学は 1913 年に創業、大手総合化学メーカーとして石油化学部門、エネルギー・機能材料部門、情報電子化学部門、健康・農業関連事業部門、医薬品部門など幅広いビジネスを展開しています。国内に複数の研究開発、製造拠点を持ち、国内外にも数多くの拠点、グループ会社を置いています。
同社は「豊かな明日を支える創造的ハイブリッド・ケミストリー」というコーポレートスローガンのもと、枠にとらわれない柔軟な発想で、長い歴史の中で培った幅広い技術を融合し、新たな価値創造を行い持続的な発展を目指しています。

2016 年 3 月、住友化学は 2018 年度までの中期経営計画を発表しました。その中では『IoT 時代の業務革新とワークスタイル変革』に取り組むという基本方針が示されており、これを実現するために、IT 部門として以下の 3 つの方針に沿って、攻めの IT へシフトする必要がありました。

1) IoT 時代の環境変化に対応したデジタル化による抜本的な業務革新を実現する

2) 制御系システムを含めたサイバーセキュリティ対策をさらに強化すると共に、システム維持運用を安定的かつ最適なコストで行い住友化学グループのビジネスを支える

3) システムを安定的に維持運用する『守りの IT』のみならず、住友化学グループのビジネス拡大、業務革新に資する『攻めの IT』を 実行するための体制整備、人材育成を行う

一方で、従来の『守りの IT』もおろそかにせず、サイバーセキュリティ面などの強化や、より堅牢で安定したシステム環境の整備も求められていました。また、住友化学には、M&A による積極的なビジネス拡大の方針もあり、その変化にスムースに対応するには IT システムを迅速に統合し企業規模の拡張にも柔軟に対応できる IT インフラ基盤が必要でした。「グローバル化への対応、そして企業としてのコンプライアンスの確保は、今や IT 無くして実現できません。」と住友化学株式会社 IT 推進部 理事の土佐 泰夫 氏は言います。

それらを実現するためには、これまで多くの時間やリソースを投入してきた『守りの IT』をより効率化する必要があります。住友化学では、効率化で得られる時間やリソースを、新たな『攻めの IT』 へ投入するためにクラウドを活用すべきだと考えました。「クラウドであれば、常に最新技術が反映されたシステム基盤を利用できるとともに IoT や AI などとの親和性も高く、新技術導入のタイミングを逃すこともなくなります。さらに、場所やデバイスを問わずセキュアなアクセス環境を利用できるため、グローバルレベルでの情報連携もスムースに実現できると判断しました。10 年前であればクラウドなどとんでもないといった意見が出たかもしれませんが、クラウドが普及してきた今日では、クラウドを IT インフラにすることは、むしろ必然でした。」(土佐氏)

住友化学では、基幹系システムとして 1997 年から SAP ERP を順次導入し、運用してきました。それが更新時期を迎え、当初はオンプレミス環境でのサーバー更新を検討していました。しかし、5 年おきに発生するハードウェア更新には大きな手間とコストがかかる上、クラウド化をさらに 5 年後の更新時期に行うのでは、時代に取り残されてしまうリスクがあるとの判断もあり、住友化学は SAP ERP の新たな IT 基盤に AWS を選択しました。

また、グローバルな情報可視化、顧客・取引先とのシステム・情報連携、事業・組織再編時にもスピーディーな対応が実現できるアプリケーション基盤として、住友化学では SAP S/4HANAを AWS 上で利用することを決定し、海外の現地法人から順次導入を開始しています。SAP S/4HANA に切り替えるまでの間は既存の SAP ERP を随時 AWS へ移設し、それらを適切なタイミングで SAP S/4HANA に更新する計画が立てられました。AWS を採用するにあたって社外にデータを置くことの是非についてよく議論されることがありますが、住友化学では「これについてはデータを預ける先の信頼性の問題であり、AWS は IT 部門として信頼できる」と判断されました。「データをどこに置いても、外部から攻撃がある可能性はあります。高度化する攻撃に対して、様々なセキュリティ認証を得ていて実績もある AWS に任せたほうが安全で、むしろオンプレミスよりもセキュリティレベルは上がると考えました。」(土佐氏)

そして、住友化学が AWS を選んだもう 1 つの理由が、SAP ERP および SAP S/4HANA を動かせる実績があることでした。さらにグローバルに拠点があり、地域ごとにインスタンスを分散配置できることも採用の大きな理由となりました。

住友化学では、サービス停止やメンテナンスなどのサーバー運用の必要性と、EU 地域における個人情報保護法対応などを考慮し、世界中のタイムゾーンをヨーロッパ、米国、アジアパシフィック(日本)の 3 つの地域に分け、本番環境のインスタンスを分散配置することにしました。その上で、全体のコントロールと監視を日本で集約できる体制を実現しています。本社である日本の住友化学および日本国内のグループ会社 31 社が共同利用する SAP ERP については 2016 年 4 月から AWS 移行のプロジェクトが開始され、また一部の国内グループ会社や北米、ヨーロッパ、インドのグループ会社を対象としたグローバルテンプレートを活用する SAP S/4HANA on AWS の導入も並行してスタートしています。

住友化学では、2015 年秋から AWS 移行の検討を開始し、まずはヨーロッパ地域のグループ会社の SAP ERP を 2016 年 5 月に AWSへ移行、運用を開始しました。住友化学が国内で運用している SAP ERP は、SAPS 値が 20 万を超える世界でも最大規模のものです。利用しているモジュールは、人事、会計、サプライチェーン、設備保全、さらに分析ツールの SAP BW まで及び、国内システムだけで約 5,700人のユーザーが利用しています。

「当初、このシステムの AWS 移⾏は、ハードウェア更新タイミングを考慮して 2017 年 8 ⽉に予定していました。しかし、IT インフラを AWS へ移⾏することで、最新技術の迅速な導入、自由でセキュアなデータ共有、ビジネスの変化への迅速な対応、セキュリティレベルの向上等ビジネス上の様々なメリットがあると判断でき、加えてランニングコストが下がり⼗分なコストメリットもあるため、結果的に移⾏時期を 8 ヶ⽉前倒し、SAP 本体を 2016 年 12 ⽉、周辺を 2017 年 7 月に⾏うことになりました。」(土佐氏)

移行作業は 12 月 23 日からの 3 日間の連休を使って行われることになりました。短時間で移行を完了するために、現行サーバーのデータベーストランザクションログを AWS 側に定期的に転送し、データベースレベルの同期をあらかじめ行うログシップ方式でのデータ移行を実施しました。さらに、移行時に十分なネットワーク帯域を確保するため AWS Direct Connect の帯域を一時的に 1Gbps まで拡張したり、さまざまな AWS サービスを適宜活用することで、3 日間という短時間での移行が完了し、2016 年 12 月 26 日より、AWS 上で世界最大規模の SAP ERP の本番稼働が開始しました。

「国内の SAP ERP では大量のバッチ処理が動いており、SAPS 値 20 万という大規模な処理を行っていましたが、 AWS 移行後はオンプレミス環境よりも遙かに速く、ジョブの処理時間が 40 % 程度削減されました。これは想定していたサーバースペックを少し落とした上での結果であり、期待を大きく超えるものでした。また、AWS に移行したことで、これまでのオンプレミス環境では難しかった災害対策構成も実現できました。」(土佐氏) この災害対策構成では、Amazon AMI および Amazon S3 を使ったリージョン間コピーの機能を利用し、本番環境とは異なる遠隔地のデータセンターに災害対策環境を構築しています。

「AWS からの技術的な支援には満足しています。プロフェッショナルサービスの利用は、移行に際し大きなプラスになりました。また、今回はエンタープライズサポートからのタイムリーなアドバイスや、AWS の TAM(テクニカルアカウントマネジャー)からリザーブドインスタンスの提案などもあり、短期間でかつコストを下げた移行プロジェクトを実施することができました。」(土佐氏)

また、住友化学では、実際に運用管理の業務を行うグループ会社の住友化学システムサービスのメンバーも含め、AWS の教育プログラムに 10 名以上の技術者が参加しています。これは AWS の仕組みを理解することが、今後 IT の方針を検討する上で重要だと考えてのことです。 「IT 部門の仕事は時代とともにどんどん変化し、それにあわせて技術者も変わっていく必要があります。AWS の活用の広がりが、IT 部門のメンバーの意識も変えている、と感じています。」(土佐氏) 

住友化学では、ヨーロッパ、日本での SAP ERP の AWS 移行と並行して 2016 年 10 月には日本の子会社 1 社で、2017 年 11 月には北米のグループ会社で、グローバルテンプレートシステムを利用する SAP S/4HANA on AWS の稼働を開始しており、今後は ヨーロッパ、インドにおいても順次 SAP S/4HANA on AWS の稼働を予定しています。

「今後は、IoT や AI、RPA を使わないと、競争に遅れることになるでしょう。そのため住友化学では、すでにいくつかの PoC の取り組みを始めており、本格展開に向けた検討も進めています。その際に全てを自前で用意するのではなく、クラウド上に良いサービスがあれば積極的に利用していきたいと考えています。今後もクラウドファーストへの対応とともに、新しい技術の活用においても AWS の大きなサポートを期待しています。」(土佐氏)

- 住友化学株式会社 IT推進部 理事 土佐 泰夫 氏

AWS クラウドがエンタープライズ企業でどのように役立つかに関する詳細は、AWS によるエンタープライズクラウドコンピューティングの詳細ページをご参照ください。