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デジタルトランスフォーメーション・フライホイール:どのようにして、AWS が Stellantis のデジタルトランスフォーメーションの加速を支援したか?

デジタルトランスフォーメーションとは、デジタル技術を活用した戦略的なビジネス施策であり、ビジネスの成果を最大化することを目的としています。このブログでは、デジタルトランスフォーメーションへの反復的アプローチ、すなわちデジタルトランスフォーメーション・フライホイールを紹介します。Stellantis社との協業(2022年のアマゾンのプレスリリースを参照)の中から厳選した事例は、このフレームワークが Stellantis のデータドリブンかつソフトウェアにフォーカスしたモビリティ企業への変革をどのように可能にしたかを示しています(2024年のStellantis社 デア・フォワード2023を参照)。

一般に、組織がデジタルトランスフォーメーションを必要とする背景には、いくつかのコンペリングイベント (差し迫った理由) があります。例えば、1/前年比の収益成長を促進する、2/変化のスピードや業界からのプレッシャーに対応するために事業ポートフォリオを最適化する、3/新しいデジタル製品やサービスを追加することによって事業やオペレーティングモデルを刷新する[2023年のHBRの記事などを参照]、4/製品開発を加速するためにビジネスの俊敏性とスピードを向上させる[2008年のHBRの記事などを参照] などがあります。このデジタルトランスフォーメーションで成功するために極めて重要な鍵は、長期におよぶトランスフォーメーションの戦略のための枠組み (ガードレール) を提供し、経営陣からのトップダウンに基づくデジタルトランスフォーメーションのためのビジネスケースを形成する企業のリーダーシップによる経営ビジョンです。

アマゾンが1994年に書籍のオンライン販売を開始し、2006年にクラウドサービスを提供して以来、デジタルトランスフォーメーションは私たちのDay 1 文化の中心であり [2024年 AWS Executive Insights を参照]、お客様を第一に考えることは不変の信念です。そのため、私たちはそれぞれの顧客のイニシアチブ (取り組み) を “Why?(なぜ?)”という質問から始めます。「Right thing (正しいもの) 」を構築することは、「Popular thing(人気のあるもの)」を構築することよりも重要だからです。デジタルトランスフォーメーションの枠組みの中では、デジタル変革の原動力となるコンペリングイベントを明確に理解しなければなりません。そのために、我々は以下の5つの質問に答えることを目的とした、一連のお客様から逆算するワークショップを実施しました [2021年 Working Backwards at AWS を参照] 。:

  1. お客様は誰か?
  2. お客様の問題や機会は何か?
  3. 最も重要なお客様の利益は何か?
  4. お客様は何を望んでいるのか?
  5. お客様の体験とはどのようなものか?

このお客様から逆算する方法論に裏打ちされた反復的な製品開発は、一つの円として循環し、一巡ごとにビジネス成果の価値をスケールアップさせます。アマゾンでは、この効果をフライホイールまたは好循環と呼んでおり[ 2012年 Youtube を参照]、アマゾンのイノベーション文化の最も古いコンセプトの一つです[2020年 Youtube を参照]。このコンセプトは、もともとジェフ・ベゾスがナプキンの上で考案したもので、お客様の体験を継続的に改善しながら顧客に執拗にこだわることで、企業の成長を実現するために用いられました。今日に至るまで AWS のイノベーション文化の一部であり続けています。

一般的にフライホイールという用語は、各構成要素がエネルギーを加えることで加速しながら回転する閉じたループのプロセスを指します。例えば、最初のループで顧客がウェブページ上で商品を返品できるようにした場合、2回目のループでは顧客が返品状況を追跡できるようにし、3回目のループでは顧客がオンラインで購入した商品をより良く評価できるようにするかもしれません。その結果、顧客返品プロセスは時間の経過とともに、より多くの機能によってより豊かになり、将来的には返品の数を減らすこともあるでしょう。

デジタルトランスフォーメーションそのものを反復的な変革プロセスとして捉えれば、同じ反復的なプロセスを継続的に適用することができます。ここでは、規模の大きな企業に対してデジタルトランスフォーメーションを開始し加速させるために、構築によって変革を進めるアプローチ (a transform-by-build approach)として「デジタルトランスフォーメーション・フライホイール」を紹介します。この新しいアプローチを図 1 に示します。デジタルトランスフォーメーション・フライホイールは、デジタルトランスフォーメーションを6つの相互に補強し合う連続した構成要素としてまとめられてます: 1/ 戦略的OKR (Objectives and Key Results 目標と主要な成果)、2/デジタル製品とサービスをスケールさせる、3/ビジネスプロセスを改善する、4/関係者をエンパワーメントする、5/組織を再構築する、6/イノベーション文化を醸成する。

図1:デジタルトランスフォーメーション・フライホイールは、戦略的OKR から始まる6つの相互に補強し合うドメインに沿ってデジタルトランスフォーメーションを説明します

01| 戦略的OKR (Objectives and Key Results 目標と主要な成果)

フライホイールは、戦略的 OKR から始まります。戦略的 OKR とは、企業の経営層がデジタルトランスフォーメーションによって達成したいと考えるビジネス成果です。すでに述べてきたように、デジタルトランスフォーメーションは2020年のコロナウイルスの大流行による自動車サプライチェーンの混乱など、いくつかのコンペリングイベントによって引き起こされることもあります。テクノロジーを活用したデジタルトランスフォーメーションはそれ自体が目的ではなく、むしろ具体的なビジネス成果を実現するものだからです。そのためビジネス成果は組織のビジネスモデルと密接に結びついており、ビジネスモデルは顧客と従業員のために価値を創造する方法を定義しています。なお、ビジネス成果につながる活動にはインパクトの大きな活動とそうではない活動があるため、コスト削減の可能性やその他のKPIなどビジネスへのインパクトに応じて優先順位をつけることが重要です。

Stellantis との協業が始まった当初、私たちはエグゼクティブ ビジョニング ワークショップを開催し、説得力のある目指すべきビジョン (North star) のナラティブを作りました。それは Stellantis のデジタル化のミッションに対して、ビジネス成果のリストと優先順位で説明し、AWSがどのように支援できるかを説明しています。代表的なビジネス成果の1つは、 Stellantis の VEW (Virtual Engineering Workbench 仮想エンジニアリング ワークベンチ) と呼ばれる仮想シミュレーション環境を提供することで、自動車の製品開発を加速させることがあげられます。VEW は、オープンで自動化されスケーラブルなエンドツーエンドの開発者ツールとツールチェーンのまとまりから成り立ちます。そして、それらは自動車のハードウェアとソフトウェアのコンポーネントに対する仮想シミュレーション、テスト、検証、妥当性確認、機能統合のために使用されています [2024年 AWS Blogの投稿, 2023年 AWS Blogの投稿, 2023年 Youtube を参照]。もう一つの代表的なビジネス成果は、Stellantis の DIA (Data Infrastructure Architecture データ基盤のアーキテクチャ)を通して、Stellantis にコネクテッドビークルのデータの可視性を与えることです。DIA は、一元的に管理され、高いセキュリティを備えたスケーラブルなクラウド環境のことであり、コネクテッドビークルから生じるデータを Stellantis とそのパートナーやサプライヤー間で保存、処理、分析、共有するために設計されました。それによって、データの収益化を含む新しいビジネスのユースケースの実現を支援します [2022年 AWS Blogの投稿を参照]。

目指すべきビジョンのナラティブを土台として、 Stellantis のデジタルビジョンを実現するために VEW と DIA を構築するロードマップに落とし込んだ PR/FAQ [ 2006年 Working Backwards を参照] を作成しました。この PR/FAQ は顧客のニーズ、ベネフィットおよびお客様の体験を説明するプレスリリース(PR) と呼ばれるセクションと、VEW と DIA のユーザーが考える可能性のあるよくある質問(FAQ)から成り立ちます。この特徴ある PR/FAQ の構造によって、私たちは考えのギャップを認識することができます。さらにエンドユーザーの課題に対応しながら、経営層が思い描くビジネス成果を実現するための技術的なソリューションを開発する優れた土台となりました。

02|デジタル製品・サービスをスケールする

このPR/FAQの作成で得られたインサイトに基づき、最初のプロトタイプを開発しました。そのプロトタイプによって、双方のメンバーが最適なテクノロジーのスタックを選択し、選択したクラウドのアーキテクチャが望ましいビジネス成果を提供できることを検証しました。この時点では、まだ図 1 に示すデジタルトランスフォーメーション・フライホイールのグレー部分のループにいます。プロトタイプは Stellantis からのフィードバックに基づき、価値を提供する最小限の製品(MVP)として構築され、受け入れ基準が満たされるまでフェイルファストで反復的に改良されました。独立してデプロイでき、要求に基づいて自動的に規模を拡大できるように、各プロトタイプはモノリシックなサービスではなく、セルフサービスのポータルと使いやすいAPIを備えた分散型のマイクロサービスから構成されています。デジタルトランスフォーメーション・フライホイールのこのフェーズは 「デジタル製品・サービスをスケールする」と呼ばれ、顧客中心の製品開発サイクルを完結させました [2024年 AWS Executive Insights を参照]。

本番環境へのデプロイ後、私たちは Stellantis のユーザーから選ばれたベータテスターに MVP を利用していただき、ユーザーからのフィードバックの収集を開始しました。このフィードバックは、パフォーマンスやユーザビリティなどの製品改良に反映されました。さらに新しい機能の開発にインスピレーションを与え、その機能がバックログに追加され、その後に実装されました。それぞれの主要なビルドや改良のステップは、Stellantis と AWS のチームによってハッカソンと呼ばれる 1 週間のスプリントのような共同のワークショップで実施されました。これによってチーム内の連携を強化し、社内外に VEW と DIA に対する熱意を伝えました [2023年 Stellantis 社のプレスリリースを参照]。また、AWS のブログ「Hackathons for Accelerated Vehicle Software Development at Stellantis」[2023年]もご参照ください。

03 | ビジネスプロセスを改善する

アジャイル開発の方法論を使ってデジタル製品やサービスを開発し本番環境にデプロイすることは、開発をサポートするさまざまなプロセス変更への圧力となりました。例えば、VEW のデプロイを成功させるために、関連するStellantis のオペレーションチームはユーザーからのフィードバックを収集し、タイムリーかつフレキシブルに対応するためにチケットシステムを導入する必要がありました。このようにチーム間の効果的なコラボレーションには、常に効率的なビジネスプロセスによってサポートされるべきです。そして効率的なビジネスプロセスとは、意思決定を行い組織のリソース(人材、予算などを含む)を配置し、合意されたビジネス成果を提供するための構造化された活動や(自動化された)ワークフローのことです。このようなプロセスは、組織内の責任や役割がデジタルトランスフォーメーションのジャーニーに沿って変化するにつれて、継続的に見直され、改善される必要があることにも注目すべきでしょう。このように効率的なビジネスプロセスを確立することは、デジタルトランスフォーメーション・フライホイールのもう1つの核となる要素です。これは、デジタル技術を活用したプロセスの合理化によってオペレーショナルエクセレンス (運用上の優秀性) を達成するために、組織のオペレーティングモデルを見直す、として表現されることもあります。

04 | 関係者をエンパワーメントする

ビジネスプロセスの改善に加えて、デジタルトランスフォーメーション・フライホイールのもう1つの重要な要素は、継続的なトレーニングと能力開発による社員の能力強化です。最終的には人が変化を起こすので、この意味は計り知れません。例えば、Stellantisの VEW と DIA が提供するサービスを利用するためには、自動車開発者やエンジニアが AWS クラウドの基本的なスキルを習得するだけでなく、AWS Cloud Adoption Framework(CAF)、Scaled Agile Framework (SAFe)、スクラム [AWS Websiteなど参照] などのアジャイルな働き方、オープンイノベーションやコラボレーションを促進する方法論に関する知識も必要となります。これらの分野で従業員を効果的にトレーニングをするために、Stellantis は AWS のトレーニングの担当チーム (AWS Training and Certification) と共同で TechXelerateと呼ばれるトレーニングプログラムを開始しました [2023年 AWS Training and Certification の投稿を参照]。このプログラムは、2024年までに5,000人以上のStellantisの開発者とエンジニアのスキルアップとリスキルを目指し、Stellantisのデータドリブンかつソフトウェアにフォーカスした企業への変革を加速させることを目指すものです [2022年 Stellantis Press Releaseを参照]。

05 | 組織を再構築する

ミラーリング仮説(コンウェイの法則としても知られています)によれば、組織のコラボレーションやコミュニケーションの構造は、その製品やサービスのアーキテクチャに反映します[2016年 HBR記事を参照]。言い換えれば、組織を横断して相互に関連するようなタスクは、エンドツーエンドのユースケースに焦点を当てた組織横断のチームによって実装されるのが最適ということになります。そのタスクには、例えば VEW における自動車ソフトウェア開発のためのエンドツーエンドのツール間連携の実装や、DIA におけるコネクテッドビークルのデータ用の自動 ETL (抽出-変換-ロード) パイプラインの構築があげられます。したがってデジタルトランスフォーメーションの成功には、ユースケースに焦点を当てたコラボレーションを確立するために組織を再構築することが必要です。革新的な VEW と DIA の機能を開発するために Stellantis と AWS の両組織の技術専門家を集めた様々な組織横断的プロジェクトチームを設立しました。これには、例えば Stellantis のSoftware Driven Experience, Global Analytics & Data Products, Information Communication & Technology, Global Security Operations、AWSプロフェッショナルサービス(AWS ProServe)のメンバーが含まれます。多くのチームは革新的な製品やサービスを迅速に立ち上げ、マイクロサービスのアーキテクチャが提供する俊敏性とスピードを最大限に活用するために、ピザ 2 枚チームの小規模な組織横断のチームで編成されています [2024年 AWS Executive Insights を参照]。

06|イノベーション文化を醸成する

デジタルトランスフォーメーションを成功させるためには、組織全体でアジャイルなコラボレーションに基づくオープンイノベーション文化を確立することが極めて重要であり、それはフライホイールのもうひとつの中核的な要素です。この文脈においてイノベーション文化とは、顧客と従業員のために価値を創造する組織の能力を指します。ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンはかつて、あらゆる組織に不可欠なこの文化の部分を次のように定義しました: 「文化とは、共通の目標に向かって協力し合う方法であり、それが常に守られ、成功しているため、人々は別の方法で物事を進めようとは考えようともしません。文化が形成されていれば、人々は成功するために必要なことを自律的に行うようになります」[2012年 C. M. クリステンセン他『How Will You Measure Your Life』ハーパー・ビジネス社を参照]。

Stellantis と AWSは、さらに外部パートナーも含めた自動車のエンジニアリングチームとのハッカソンを頻繁に開催することで、オープンイノベーションの文化を醸成してきました。協業の開始時に作成された目指すべきビジョンのナラティブとPR/FAQは、エグゼクティブとの Think Big ワークショップで定期的に見直され、さまざまなチーム間のコラボレーションを戦略的OKRに整合させています。また、カンファレンス [re:Invent 2022Automobil Elektronik Kongress 2023などを参照] やその他の業界イベントにおいてサードパーティの開発者、サプライヤー、独立系ソフトウェアベンダー、AWSパートナーネットワーク(APN)の外部コンサルティングやテクノロジーパートナーとも関わっています。このようにして私たちは、デジタルトランスフォーメーション・フライホイールの次の反復のための基礎となる新しいデジタル製品、サービス、機能、能力のアイデアを継続的に開発しています。

まとめ

Stellantis との協業から得られた事例は、AWS が VEW や DIA のようなクラウドネイティブの製品やサービスを構築することで、よりデータドリブンかつソフトウェアにフォーカスした組織へのデジタルトランスフォーメーションを支援していることを示しています。また、デジタルトランスフォーメーションは、1つの反復から次の反復へと加速する好循環と見なすことができることも実証しています。本ブログで紹介するデジタルトランスフォーメーション・フライホイールは、アマゾンのイノベーション文化に着想を得ており、その好循環を大規模な企業に対しても役立てることができます。また、デジタルトランスフォーメーションに対する全体的、構造的、反復的なアプローチを提供し、より現代的なデータドリブンかつソフトウェアにフォーカスした組織になるためのデジタルトランスフォーメーションのジャーニーを示しています。

本ブログはAWS Blog の “The Digital Transformation Flywheel: How AWS Helps Accelerate the Digital Transformation of Stellantis” をソリューションアーキテクトの藤井が翻訳しました。

Volker Lang

Volker Lang は、アマゾン ウェブ サービス(AWSプロフェッショナルサービス)のストラテジック プログラム リーダーです。シングルスレッド リーダーとして、彼自身、彼の顧客対応チーム、デリバリーチームは世界中の自動車業界で、私たちの最も戦略的なお客様のデジタルトランスフォーメーションの実現を可能にします。AWS入社以前は、ドイツの自動車業界において、電動化とデジタル化に焦点を当てた様々な大規模なビジネス変革をリードしてきました。オックスフォード大学で量子物理学の博士号を取得し、著書「Digital Fluency」を出版しました。

John Valent

John Valent は、エンタープライズの変革のエキスパートであり、EMEA (ヨーロッパ、中東およびアフリカ) における AWS プロフェッショナルサービス(ProServe)のオートモーティブ・プラクティスをリードしています。自動車業界に関する深い専門知識を持ち、さまざまなOEMと密接に連携してデジタルトランスフォーメーションによる課題の克服に取り組み、企業全体のビジネス成果を加速させています。ジョンは2018年7月に AWS に入社し、以前は Teradata Germany でプロフェッショナルサービス(自動車)のディレクターを務めていました。