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株式会社リネア様の AWS 生成 AI 事例:GraphRAGで実現するサプライチェーンリスク検知と管理への取り組み

みなさん、こんにちは。AWS ソリューションアーキテクトの古屋です。

企業のESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みが重視される中、サプライチェーン全体の透明性確保と人権リスク管理は喫緊の課題となっています。特に2023年以降、企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令など、人権問題に関する法規制が厳格化され、企業はより効率的かつ高頻度なリスク分析手法を模索しています。

本記事では、 Amazon NeptuneAmazon Bedrock を組み合わせた GraphRAG(Graph Retrieval-Augmented Generation)技術を活用し、サプライチェーン上のリスク検知の実現に向けた 株式会社リネア 様の取り組みをご紹介します。

リネア様の状況と経緯

株式会社リネア様は、すべての業界の企業が容易に自社サプライチェーン上の多様なリスクを検知・分析できる仕組みを提供するサービスの開発に取り組まれています。その一例として、人権リスクにフォーカスしたユースケースの構築を行いました。以下はプロダクトの利用イメージです。

近年、多くの企業が自社の直接取引先だけでなく、その背後にある調達先や委託先を含めたサプライチェーン全体の人権リスク分析を求められるようになってきました。
しかし、特に間接サプライヤーの情報取得には大きな困難があり、サプライチェーン全体のリスク分析は時間と費用がかかるため、実施している企業であっても、年に1回程度にとどまっています。理想的には、サプライチェーンのリスクは年に数回の定期チェックに加え、構成変更や関連企業のニュースが出た時点で臨時に再評価すべきです。しかし、従来のやり方では頻度やスピードに限界がありました。

こういった課題に対して、リネア様は、Amazon Neptune と Amazon Bedrock を組み合わせて GraphRAG を実装し、サプライチェーンのリスク検知サービス開発に着手しています。Amazon Bedrock の長文処理で自然言語問い合わせを可能にし、Amazon Neptune のグラフ分析で多段の取引関係を効率的に探索することで、定期分析に加え、構成変更や関連ニュースなどのイベント発生時にも迅速に臨時評価が可能となります。リレーショナルデータベース(RDS)では非効率ですが、Amazon Neptune はノードとエッジで関係を自然に表現でき、多段依存のリスクを早期に把握できます。

このような理由から、Amazon Neptune と Amazon Bedrock が採用されました。

ソリューションと構成

このソリューションでは、GraphRAG を実現するために Amazon Neptune と Amazon Bedrock を組み合わせたアーキテクチャを採用しています。
この構成の特徴は複雑なグラフ検索アルゴリズムをユーザーが意識することなく、自然言語での質問だけで容易に分析が可能な点です。
以下の図は、利用者が任意のタイミングで検知・分析を行う場合のアーキテクチャです。

このアーキテクチャでは、まず情報配信ベンダーから取得した企業情報、取引関係情報、不芳情報、ニュース情報などのデータを生成 AI によって成形し、Amazon Neptune でグラフデータベースとして企業間の複雑な関係性を格納します。ユーザーからの自然言語による問い合わせに対しては、Amazon Bedrock で生成AIモデルである Anthropic 社の Claude 3.7 Sonnet を活用することで、自然言語から複雑なグラフクエリに変換を行い、Amazon Neptune に問い合わせを行います。

それにより、ユーザーが複雑なクエリやグラフ探索アルゴリズムを意識せずに、文章で質問を投げるだけで分析可能なシステムを実現しています。

なお、当該システムは現在開発段階であり、今後の開発推進とともに全体最適化の観点から構成を変更する可能性があります。

導入効果

サプライチェーン上の人権リスク検知サービスの導入により、以下の効果が期待されています。

1. 業務効率化

サプライチェーンリスク調査作業の工数を大幅に削減します。

  • 関連サプライヤーを含む関連先調査整理: 5 日(国内企業のみの場合)または数か月〜半年(海外企業や 4 次サプライヤー以降も調査する場合)→ 0 日(完全自動化)
  • リスク特定・データ収集・調査: 5 日 → 0 日(完全自動化)
  • リスク評価・優先順位付け: 3 日 → 1 日(一部自動化)

合計で、従来 13 日〜半年程度かかっていた作業を、1 日程度に短縮できます。特に整理するのが困難だった関連サプライヤー情報を自動的に整理できるようになり、調査工数が 90% 以上削減されています。

2. 高頻度な人権リスク分析の実現

  • 本システムにより、以下のような高頻度な人権リスク分析・報告が可能です。
  • 既存サプライヤーの定期再評価(年に 1 回程度から高頻度化)
  • 新規サプライヤー契約時の人権リスクチェック
  • 重大ニュース・アラートによるオンデマンド分析(不定期・即時対応)
  • 監査対応時の分析(年 1〜2 回)
  • NGO・メディア指摘時の証拠提示
  • CSR/ESG レポート作成・取締役会報告、社内研修・説明資料の根拠データ取得(月 1 回程度、最新事例へ容易に更新)

3. 業界へのインパクト

また、以下のような業界全体へのインパクトが期待されています。

  • 企業のリスク評価体制の強化

欧州だけでなく北米やアジア各国でも法規制が始まっており、人権リスク分析は義務化されつつある中、企業の人権リスク対策の強化は必須となっています。サプライチェーン上の分析を容易にすることで、リスク評価頻度を増やし、企業の人権リスク分析体制の底上げが期待できます。

  • テロ資金供与対策への取り組み強化

FATF(Financial Action Task Force/金融活動作業部会)から、日本の AML/CFT 対策(マネーロンダリング・テロ資金供与対策)は国際基準と比較して不十分と評価されており、特に企業の実効性のあるアプローチが不足していると指摘されています。サプライチェーン上から人権問題を起こす可能性のある組織との取引を検知できるようになることで、日本の AML/CFT 対策の強化に繋がることが期待されます。
また、本取り組みは、アマゾンウェブサービスジャパン合同会社 広域事業統括本部主催の「ビジネスをグロースする生成AIコンテスト2025」決勝において、総合1位となる「Gold Award」を受賞獲得されました。

今後の展望

リネア様では、2027年度の本システムの本格導入に向けてさらなる開発に取り組まれています。
開発スケジュールとしては、2025 年 7 月から簡易的な GraphRAG デモ機の開発を開始し、グラフデータベース開発、リスク評価機能開発、リスク可視化・アラート・問い合わせ機能開発と段階的に進めていく計画です。

まとめ

本事例は、企業が自らの得意分野であるサプライチェーン管理に対して、生成 AI とグラフデータベースを組み合わせた GraphRAG 技術を活用し、新たなサービス開発を実現した好例です。リネア様の新技術への積極的な姿勢と、AWS が提供する使いやすい生成 AI サービスとグラフデータベースの組み合わせが、革新的なソリューション開発につながりました。
リネア様の GraphRAG によるサプライチェーンリスク検知サービスは、Amazon Neptune と Amazon Bedrock を組み合わせることで、従来は困難だったサプライチェーン上の人権リスク調査業務を強力に支援し、高頻度での実施を可能にしました。即日対応が可能となる本システムにより、企業は人権リスク管理体制を強化し、社会的責任を果たすことができるようになることが見込まれます。

今後、このようなシステムが普及することで、企業が簡単にサプライチェーン上での人権リスク評価をできるようになり、世界における日本の人権問題、金融犯罪対策の底上げ・強化につながることが期待されます。

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ソリューションアーキテクト 古屋 楓
アカウントマネージャー ク シイ