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寄稿:関西電力送配電株式会社によるスマートメーターシステムのクラウド採用に向けた取り組みのご紹介 (後半)

本稿は、 関西電力送配電株式会社によるスマートメーターシステムのクラウド採用に向けた取り組みについて、執行役員である松浦 康雄様より寄稿いただきました。前半、後半の 2 回に分けてご紹介いただきます。本稿は、その後半となります。

第2回の記事「寄稿:関西電力送配電株式会社によるスマートメーターシステムのクラウド採用に向けた取り組みのご紹介(第2回) – 前半」も公開されておりますので、ぜひご参照ください。

現行のスマートメーターシステムにおける方向性の検討
寄稿:関西電力送配電株式会社によるスマートメーターシステムのクラウド採用に向けた取り組みのご紹介 (前半)で記載した現行のスマートメーターシステムの課題への対応として、 IT 分野における技術動向として広く進んできている AWS を中心としたクラウド技術の利用が選択肢になると考えました。クラウドを活用することで、オンプレミス設備においては避けられない、サーバハードウェアの保守切れに伴う「ハードウェアのリプレース」が、ほぼすべて不要になり、関連する業務の大幅な軽減が見込まれます。

また、システム負荷の増加に伴うサーバ増強の対応でも、クラウド活用の場合では、 GUI 上でのリソース設定だけでサーバリソースの変更ができ、また、設計次第ではオートスケール機能によりサーバのスケールアウトさえも考慮不要となります。さらに、クラウド上にデータを配置していくことで、多様なデータアナリティクスサービスも俊敏に利用できるため、柔軟かつ高度なデータ利活用の拡大も実現できます。

加えて、検討の素地として、当社の親会社である関西電力では、クラウド市場拡大の動向も踏まえてその活用に向けた調査や適用性に関わる技術検証を完了し、その結果、 AWS の標準採用を既に決定するなどクラウドの導入・利用について意思決定されていたことが挙げられます (※ 1 )

(※ 1 )
AWS Summit 2022 「関西電力のデジタルトランスフォーメーションを支えるクラウド標準化・ガイドライン策定取組と AWS 活用事例」

このような背景もあって、スマートメーターシステムにおけるオンプレミス環境の様々な課題解決に向けて、クラウド活用の調査、検討を開始することは自然な流れでした。

クラウド化に関わる社内意見交換
先述のような背景から、スマートメーターシステムのクラウド化について技術調査、検討を進めることとなりましたが、当初、社内にはクラウドに対して漠然とした不安感を感じる意見が根強くありました。オンプレミスで設備構築するとともに業務スキームを整備することで、 10 年以上にわたって安定稼働を果たしてきた状況において、敢えてクラウドを選択することに対する不安感は当然のものであり、メリット・デメリットを含めて丁寧に意見交換を進めることとしました。

漠然とした不安感については、例えば、「クラウドってセキュリティ面は大丈夫なのか?」、「基幹業務システムでも使えるのか?」、「事業撤退などの懸念は無いか?」、「外資特有の強引な値上げ懸念は無いのか?」、「品質は担保されるのか?」、「保守や技術サポートは信頼に足るのか?」などがありました。漠然とした不安や疑問に対して、クラウドサービスへの知識や業界動向に関わる情報、 AWS や各社の事例などを収集し、事実確認を進めて、情報共有を通して関係者の理解を深め、検討初期段階における不安感を払拭していきました。また、セキュリティ面やクラウド活用の基本的な妥当性については、「システム構築に当たってのセキュリティ確保はクラウド利用者の設計次第であり、確実に実現可能」であること、「金融機関や社会インフラに関連する企業における基幹業務システムでも AWS 採用事例が拡大しており、技術面での導入障壁はない」など、社内で認識共有ができ、地に足の着いた検討と意見交換ができる状況が醸成され、その後はクラウド化に関する踏み込んだディスカッションが進みました。

例えば、 「インターネットからの侵入リスクに対してクラウドでは具体的にどのように対処するのか?」、 「クラウドでは障害復旧が長時間化しないか?当社専用のハードウェアの方が、障害復旧が早いのではないか?」、「システムをクラウドに移すことでネットワークコストが高止まりし、全体として高コストにならないか?」といった様々な疑問に対して論点化し意見交換しました。各論点に対して、 AWS クラウド導入事例を参考に情報収集した上で、双方の立場の意見を丁寧に整理し、侃々諤々の議論を継続しました。

その結果、セキュリティ面に加えて、可用性でもクラウドはオンプレミスと比べて同等以上の品質を確保できるという認識共有が図れました。ネットワークコスト面に関する検討では、クラウドとのネットワーク連携回線は単体ではコスト増になるのは明白であり、単体評価するのではなく、システム全体の TCO の観点から総合的に評価する必要性を明確にしました。次に、クラウドサービスの選択に議論が移りましたが、先述の通り関西電力で AWS を標準クラウドとして採用済であったこと、その実績評価や、市場シェア、コスト、サービス開発とその提供における顧客志向な考え方、サポート面、技術情報の入手しやすさなど総合的に検討した結果、当社も AWS を採用する方向性で認識共有されました。

以上のような、多岐にわたるクラウド化に関わる社内の意見交換も踏まえて、 AWS クラウドへの移行について、技術面を含めた社内理解が醸成され、方向性も固まっていきました。

コスト試算と経済性評価について
スマートメーターシステムの AWS 移行に関わる概算コスト算定や経済性評価時に注力して意識したことは、クラウド化に伴い「増加するコスト」「減少するコスト」の種別を洗い出すことでした。このとき、当社グループ内の先行事例と実績を参考にしています。特に、当社先行事例として、IaaS ( Infrastructure as a Service ) のみならず PaaS( Platform as a Service ) を活用することでクラウドのメリットである柔軟性、可用性の向上を実現しながら、コスト削減を実現できているという点を重要視しました。

これを支える仕組みとして、 AWS のマネージドサービスがあります。マネージドサービスを活用するメリットのもう1つの側面として、クラウド利用は従量課金(使った分だけ支払う)の考え方を享受できることがあります。従来のハードウェア一括調達のようにリソース消費量が最大となる瞬間を見据えた調達が不要となったことで、コスト削減の一助となりました。

一方、机上整理では評価しきれない項目もありました。具体的には、現環境での機能をそのままクラウドに実装することはできるものの、 AWS 移行に合わせて実装方法自体を見直すことで、コスト面でもより大きな効果が得られる可能性のある項目です。当社では、これらの項目については整理、認識したものの、セキュリティ面を含めた技術的な実現性の見極めに時間を要することから、検討の初期段階でのコスト評価対象からは一旦外すこととしました。

こうした一定の考え方に沿ったコスト概算の結果、コストメリットが必ず確保できるという見通しを立てることができました。

当初の検討結果を踏まえた大きな方向性の判断
このような、多岐にわたるクラウド化に関する調査検討や、それに基づく社内意見交換も踏まえて、2022 年 4 月に、現行スマートメーターシステムについて、「コスト削減を前提に AWS 移行を推進する」という方向性について経営判断を行うに至りました。

プロジェクト推進体制の確立と検討加速
「コスト削減を前提に AWS 移行を推進する」という前提条件に沿って本プロジェクトを推進するにあたって、「経済合理性を確実に達成する」という点は、 AWS 移行検討の深化にあたり非常に重要なテーマとなりました。

経済合理性を確実に確保可能なクラウド移行を実現するために、このフェーズから AWS Professional Services を、技術と業務の両面におけるプロジェクトマネジメントを主体的に推進する立場に招き入れ、当社と同じ立場でサブシステムを所管する各システムベンダーへの全体統括を行い、プロジェクト推進を加速させることとしました。

それ以降のプロジェクト推進にあたっては、 AWS 移行の取り組みに係る基本スタンスや実装方針を明らかにし、それを各システムベンダーに明確にメッセージングし、それに基づいてベンダー各社が検討推進することが重要と考え、基本スタンスの整理からメッセージングの内容に至るまで、踏み込んで AWS Professional Services と意見交換を重ねました。

特にクラウドへの移行方針については精力的に検討を実施しました。例えば、現行システムの AWS 移行について、検討当初はアプリケーションやミドルウェアに極力手間をかけずに、サーバを単にクラウド上に移行する考え方がコスト面でもリードタイムでも最適ではないかと考えていました。しかし、サーバを単にクラウド上に移行する “クラウドリフト” ではなく、マネージドサービスを積極活用して AWS 上の仕組みに最適化する ”クラウドシフト” という考え方で取り組む方が、クラウド固有のメリットを享受できる上に、維持運用性の向上や可用性の確保に関する投資を含めて高い経済合理性が確保可能だろうという結論に達しました。( 図 1 )

図 1 マネージドサービスの活用による構築・運用の負荷軽減

図 1 マネージドサービスの活用による構築・運用の負荷軽減

つまり、従来、オンプレミスで自らサーバ環境を整備してきたアプリケーションを AWS 上に従来同様に実装することは止め、クラウドサービスで代替できるものは積極的にサービス利用に乗り換えるという実装方針としました。

この実装方針を実現するためには、現行システムの改修が発生します。この過程において、マネージドサービスの積極採用の技術検討を加速させることに並行して、不要となった機能要件を洗い出して、それを踏まえたシステム要件の整理と見直し、次世代システムへの移行を意識したシステム改修の方向性を整理しました。このような実装対応方針を明確に打ち立ててベンダー各社とも意思統一を図ったうえで、クラウドシフトに向けた設計フェーズに踏み込むこととなりました。

次世代システムにおける当社の検討スタンス
現行スマートメーターシステムでの AWS 採用検討と並行して、次世代スマートメーターシステムの検討も進みました。システム開発観点において、現行システムで AWS 採用検討が進む中で次世代でもこれを否定するのではなく、より一層のクラウドメリットを享受する方向で検討を進めました。特に、次世代スマートメーターシステムではカーボンニュートラルに向けた環境変化に対応すべく、スマートメーターから得られるデータを柔軟に高度利活用した電力レジリエンスの強化、再エネ大量導入に資する配電網の更なる高度化を実現し、お客さまサービスのさらなる向上が必達であるため、これら要件へ着実に対応できる柔軟なシステム開発が必須と考えています。(図 2 )

図 2 次世代スマートメーターを活用した電力DXの推進

図 2 次世代スマートメーターを活用した電力DXの推進

次世代システム開発の方向性
次世代スマートメーターシステムの開発スタンスを実現するために、システム開発ではより近代的なアプローチを採用する方向で社内議論を進めました。スマートメーターシステムとして要求される堅牢なセキュリティ対策と送配電事業継続を支える高いレジリエンスを着実に実現しながら、将来予想される追加業務や要件へ対応できる仕組みを作り上げる必要があります。この思想を実現するためにも、当社の次世代スマートメーターシステムでは、マイクロサービスの考え方を導入し各コンポーネントを疎結合にしながら、機能拡張と障害発生時の影響範囲の極小化を目指しています。

加えて、マイクロサービスを着実に実現するためにも、サーバレスアーキテクチャを導入すると共に、現行システムよりも積極的にマネージドサービスを活用し、運用負荷軽減も狙う方向を打ち出しました。(図 3 )これら方針を着実に実現しながら、クラウドサービスの最先端技術を余すことなく活用していくことで、より一層堅牢かつ柔軟なスマートメーターシステムの実現を目指しています。

こうした思想と方針に基づき、当社の次世代スマートメーターシステム開発は現在もプロジェクトが進んでいます。

図 3 当社スマートメーターシステム開発の方向性

図 3 当社スマートメーターシステム開発の方向性

現行システムと次世代システムのマイグレーション
最後に、現行システムと次世代システムの今後の展望について言及します。当社スマートメーターシステムは 2025 年度時点では、現行システムと次世代システムの並行稼働を予定しています。これは、それぞれに求められる特性が異なることや、次世代スマートメーターをいち早く活用してお客さまサービスの向上を狙うことなどを踏まえて方向付けしたものです。一方、運用負荷を含めた TCO 削減なども思慮し、早い段階で現行システムの次世代システムへのマイグレーション実現を図っていきます。

マイグレーションの方向性検討においても、現行システムを ”クラウドリフト” ではなく、マネージドサービスを積極活用することで AWS 上の仕組みに最適化する “クラウドシフト” という考え方を取り込んで検討してきたことで、次世代システムへの移行を見据えた現行システムの円滑な縮退も視野に入れた仕組みの実現性が見えてきました。

おわりに
今回の寄稿では、当社スマートメーターシステムにおけるクラウド活用の議論の全体像をご紹介しました。

第2回の記事「寄稿:関西電力送配電株式会社によるスマートメーターシステムのクラウド採用に向けた取り組みのご紹介(第2回) – 前半」も公開されておりますので、ぜひご参照ください。


執筆者

Yasuo Matsuura

松浦 康雄
関西電力送配電株式会社 執行役員(配電部、情報技術部)

2000 年代初期より、次世代配電網に適用する通信メディアの技術開発に携わり、 2010 年よりスマートメーターシステムの開発・導入プロジェクトを担当。
この経験を踏まえ、 CIGRE (国際大電力会議)にてスマートメーターのデータ利活用に関するワーキンググループを立ち上げて報告書をまとめるなど、スマートメーターシステムの全体像からデータ利活用にかかる論点を国内外の場で調査・発表し、脱炭素社会の実現、レジリエンス向上や効率化の実現に欠かすことのできない重要なキーデバイスとして、日本におけるスマートメーターの認知度向上に貢献。
2020 年には、資源エネルギー庁の声掛けのもと再開された次世代スマートメーター制度検討会に委員として参画し、次世代スマートメーターに求められる構造、機能や性能などについて、現行スマートメーター導入の経験や諸外国調査の知見を活かして議論をけん引。
2022 年度には、同社の現行スマートメーター全数導入を成し遂げるとともに、データプラットフォームとなり得る次世代スマートメーターシステム構想を描き、同社における検討を推進。
現在に至る。