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三菱電機グループエンジニアが作る新しい風 “Mitsubishi Electric AWS User Group (通称: MAWS-UG)” の軌跡
はじめに
みなさん、こんにちは。ソリューションアーキテクトの稲田です。AWS のソリューションアーキテクトとして三菱電機グループを 3 年間担当してきました。この記事では、三菱電機グループで生まれつつあるエンジニアコミュニティの物語をお伝えします。
日本を代表する総合電機メーカーである三菱電機。その名を聞けば、誰もが家電製品や電気設備を思い浮かべるでしょう。しかし、三菱電機グループの様々な部門の方々をご支援させていただいているうちに、私が目にしたのは、その印象とは少し異なる姿でした。
「9 つの事業部と本社組織に分かれているので、部門を超えたエンジニアの交流が難しいです。」と、DX イノベーションセンターの辻尾さんは語りました。通信システムエンジニアリングセンターの相川さんは次のように付け加えました。「クラウドに詳しくない部門では、他部門で解決済みとなっている悩みを抱えていたりすることが多いです。それぞれの部門が独自に問題解決を図っているのを見ると、もったいないと感じることがあります。」
コングロマリット企業ならではの多様性。個別生産と量産、顧客層、技術、さらには物理的な距離。あらゆる面で「遠い」存在だった各部門を、どうやって「近く」することができるのか。そこに大きな可能性が眠っていました。
IoT・ライフソリューション新事業推進センターの小川さんが印象的な言葉を残しました。「三菱電機として AWS だけでなく、事業部門や製作所を超えた技術交流に可能性があると感じています。」小川さんは続けて、「各部門には素晴らしい技術や知見があります。それらを共有し、活用できれば、三菱電機全体としての競争力が大きく向上するはずです。ただ、これはおそらくコングロマリット製造業ではよくある課題だと思います。」と指摘しました。
この小川さんの言葉は、三菱電機が直面している状況と、そこに潜む可能性を端的に表していました。各部門には確かな技術力と豊富な経験を持つエンジニアたちがいます。彼らの力を結集できれば、どれほどの相乗効果が生まれるでしょうか。
その実現への道のりは、新たな挑戦の連続でした。長年培われてきた組織文化や、部門間の距離。それらを橋渡しし、エンジニアたちを繋ぐには、何か新しい仕掛けが必要でした。そして、その答えは意外なところから生まれることになります。
私が担当してからすぐの 2022 年 9 月、エンジニアたちの自発的な動きが始まりました。それが、Mitsubishi Electric AWS User Group (通称: MAWS-UG) の誕生につながります。MAWS は、三菱電機のエンジニアたちが AWS に関する知識や経験を共有し、部門を超えて交流するためのコミュニティです。
本記事は MAWS の誕生までの道のりや、具体的な活動内容、それがもたらした変化、直面している課題、そして今後の展望について深掘りしていきます。
Viva Engage チャンネルの立ち上げ:コミュニティの芽生え
三菱電機の各部門で個別に進められていた AWS 活用。その状況を変えるきっかけは、小川さんのちょっとした行動から始まりました。
2022 年 9 月、小川さんが Viva Engage チャンネルを立ち上げました。「最初は本当に手探りでした」と小川さんは当時を振り返ります。「AWS に関するちょっとした Tips を投稿し始めたのですが、しばらくは誰からも反応がなくて(笑)。でも、諦めずに続けました。」
転機が訪れたのは、その 2 ヶ月後のことです。小川さんが AWS 主催のプライベート GameDay で優勝したことをきっかけに、社内でのプレゼンスが一気に高まりました。「優勝の報告を投稿したら、突然いろんな部門の方から連絡をもらえるようになりました。」と小川さんは嬉しそうに語ります。
この出来事を皮切りに、グループ会社との交流も始まりました。2023 年 10 月には re:Invent 事前交流会を開催。ラスベガスでの現地交流も実現し、部門を超えたエンジニアの輪が急速に広がっていきました。
AI 戦略プロジェクトグループの塚田さんは、この動きに早くから注目していました。「小川さんの GameDay 優勝のニュースを聞いて、すぐに Viva Engage チャンネルに参加しました。そこで初めて、他部門にも AWS に詳しい仲間がいることを知りました。」と語ります。
こうした動きは、AWS アカウントチームの目にも留まりました。AWS の担当者たちは、同じような悩みや課題を持つメンバーを積極的に引き合わせる役割を果たし、地理的に離れた拠点のエンジニアたちのコミュニティへの参加を実現しました。
MAWS の誕生:公式コミュニティへの進化に向けた挑戦
Viva Engage チャンネルの立ち上げをきっかけに、少しずつ交流や情報交換の文化が作られてきました。しかし、オフラインでの交流の場はまだ無く、まだ部署やグループ会社を跨いだ仲間としての意識ができづらいと感じていました。そこで、「僕らからその場を作っていきましょう!」と IT ソリューションビジネス・業務改革推進本部の紅林さんから小川さん、相川さんに話を持ちかけ、社内交流の場を作るべく動き出しました。
ここからすんなりと MAWS 設立かと思いきや、早速の壁にぶち当たります。「最初は場所を取ることすら大変でした。会議室のルールを見ると交流会の用途では借りることができなかったです(笑)。 そのため有志でひっそりと休憩スペースで集まりました。それが記念すべき第 0 回です。」と紅林さんは当時を振り返りました。
そんな中、転機が訪れました。DX イノベーションセンター長 朝日宣雄氏が MAWS のエグゼクティブスポンサーとして名乗り上げたのです。AWS Summit Tokyo 2019の基調講演や AWS Executive Insights などの多数の登壇実績を持つ朝日氏は当時をこのように振り返ります。
「AWS は、家電や設備機器のための IoT 共通プラットフォーム Linova の開発や家電統合アプリケーション MyMU 上の様々なサービス開発において、大変お世話になってきました。また、三菱電機内の AWS 活用事例を共有するための MELCO Day も開催や Working Backwards 研修などを通じて、社内の AWS 利用も広がっていく中、社内のユーザーネットワークを小川さんはじめ若手エンジニアの皆さんが自発的に拡大されているのを知り、是非とも正式な活動となるようにお手伝いをしたいと思いました。組織の壁を越えたこのような活動は、まさに DX イノベーションセンターが目指す Serendie の想いと合致していますので、私も可能な限り参加したいと思っています。」
スポンサーを獲得したことで一気に加速し、その後 MAWS-UG と命名、Amazon Bedrock を使ってキャラクターも作成し、2024 年 4 月には念願の第 1 回を開催します。
「本当に感動的な瞬間でした。これまで孤軍奮闘してきた人たちが一堂に会して、同じ悩みや課題を共有し合う。そこには確かな手応えがありました。」と小川さんは語ります。
三菱電機インフォメーションネットワーク株式会社の太田さんは「ずっとコミュニティ活動に憧れはありました。2019 年から JAWS-UG の支部運営に参加していたものの、社内へのアピールを上手くすることができず、プライベートでの個人参加を続けていました。遂に三菱電機グループ内 AWS ユーザーグループができて嬉しいです。」とコメントしました。
MAWS の誕生は、三菱電機グループのエンジニアたちにとって新たな時代の幕開けを意味します。部門の壁を越えて知識と経験を共有し、共に成長していく。そんな可能性がここから広がっていったのです。
MAWS の成長と活動:エンジニアの輪の広がり
MAWS の正式発足から、三菱電機のエンジニアコミュニティは急速な成長を遂げました。当初わずか数十人だったメンバーは、瞬く間に 300 人近くまで増加。この数字は、エンジニアたちの間で潜在的に存在していた「つながりたい」という願望を如実に表しています。
「最初は正直、これほど多くの人が集まるとは思っていませんでした。でも、蓋を開けてみれば、様々な部門から予想以上の参加があって。みんな同じような悩みを抱えているのだなと実感しました。」」と、MAWS の運営メンバーの一人、塚田さんは語ります。
MAWS の中核となる活動は、3ヶ月に一度開催されるLT 会と懇親会です。これらのイベントは、本社、横浜、関西、さらには AWS 目黒オフィスなど、様々な場所で開催されています。
「オフラインでの交流にこだわっています。」と小川さんは説明します。「確かにオンラインの方が参加しやすいかもしれません。でも、実際に顔を合わせて話すことで生まれる化学反応はやはり特別です。」
LT 会では、スポンサーによる 10 分間のプレゼンテーションと一般参加者による 5 分間の LT が行われます。テーマは多岐にわたり、最新の AWS 技術から業務での活用事例、さらには個人的な失敗談まで。「回を重ねるごとに LT の内容が濃くなっています。」と紅林さんは嬉しそうに語ります。「参加者からも『刺激になる』という声をよく聞きます。」
特筆すべきは、これらのイベントの雰囲気づくりです。「あえて『三菱電機らしくない』雰囲気を作るように心がけています。」と紅林さんは笑います。「飲み物を片手に、リラックスした雰囲気で LT を聞く。そうすることで、より自由な発想や意見交換が生まれます。」
日常的なコミュニケーションの場としては、Microsoft Teams が活用されています。ここでは、AWS に関する質問や情報共有、さらには AWS アカウントチームとの直接対話も行われています。「以前は個別に問い合わせていた内容も、ここで共有することで、みんなで知見を蓄積できるようになりました。」と辻尾さんは評価します。
もちろん課題もあり、「まだまだ社内での認知度は十分とは言えません。」と相川さんは指摘します。「特に管理職層への浸透が今後の課題です。彼らの理解と支援があれば、より多くのエンジニアが参加しやすくなるはずです。」と紅林さんは加えます。
MAWS の活動は単なる情報共有の場を超えて、三菱電機のエンジニア文化を変革する原動力となりつつあります。部門の壁を越えた知識の共有、新たな技術への挑戦、そして何より「つながる」ことの喜び。MAWS は、三菱電機の未来を担うエンジニアたちの新たな絆を紡ぎ出しているのです。
MAWS がもたらした変化
MAWS の誕生から約 1 年。この短い期間で、三菱電機のエンジニアコミュニティは目に見える変化を遂げました。その影響は、個々のエンジニアのスキルアップだけに留まらず、部門を超えた協業にまで及んでいます。「例えば、ある案件で AWS サービスの使い方で悩んでいたときに、MAWS のコミュニティで質問したところ、別の部門の方から即座に解決策を教えてもらいました。これまでだったら、何日もかけて自分で調べていたでしょうね。」と小川さんは語ります。
このような事例は、MAWS がもたらした最も直接的な効果の一つです。さらに、その影響はより深いところにも及んでいます。
「エンジニアとしての自信にも繋がっています。」と、塚田さんは目を輝かせて話します。「MAWS での LT 会で発表する機会をいただいて、最初はうまく話せるのかと悩みましたが、多くの方から前向きなフィードバックをいただきました。それが自信になって、今では社外イベントの登壇や AWSのハッカソンにも参加するようになりました。」
実際、MAWS のメンバーによる社外活動も増えています。JAWS-UG や、Bedrock Night in 大阪、AWS Summit での展示やセッション、さらには技術ブログの執筆など、三菱電機のエンジニアの存在感が、業界全体で高まっています。
MAWS が直面している課題
MAWS の活動は着実に成果を上げ、三菱電機のエンジニアコミュニティに新たな風を吹き込んでいます。しかし、その過程は決して平坦ではありません。
「最大の課題は、やはりコミュニティの存在や、技術的・文化的メリットをグループ内に周知していくことです」と相川さんは率直に語ります。「現在コミュニティに加入しているメンバーは、活動に関心がある人たちがメインです。しかし、グループ内には AWS をディープに利用していて困っている人や、知見を有する人たちがもっと沢山いるはずです。その人たちにも、もっと参加してほしいと考えています」
この課題に対して、MAWS は新たなアプローチを検討しています。「ついつい見過ごされがちな社内周知よりも、外部発信の方が効果的だと思い、今回のブログ化に踏み切りました」と相川さんは続けます。
もう一つの大きな課題は、新規参加者の継続的な獲得です。「初心者層に、『参加そのもののハードルが高そう』と敬遠されがちなので、定期的に社内向けに声がけを行っています」と小川さんは説明します。「特に、業務でクラウドに触っている人の参加が増えたらうれしいですね。困りごとや事例をたくさん持っているはずですから」と通信システムエンジニアリングセンターの杉村さんはコメントします。
組織文化の変革も重要な課題の一つです。「社風かもしれませんが、『とりあえずやってみよう、参加してみよう』という風潮があまりありません。この文化を変えていく必要があります。」と辻尾さんは指摘します。
MAWS の今後の展望:さらなる成長への道
MAWS の今後の展望について、辻尾さんは次のように語ります。「三菱電機のエンジニアを社外とつなげるためのコネクタになりたいと考えています。内製化やソフトウェア開発の文化が全く根付いていない現状を変えたいです。これから SaaS を展開していくためには、アジリティが大事。自分で判断して手を動かせるように、社外から直接情報を仕入れられるエンジニアを増やしたい。ソフトウェアに強くなることが重要です」
さらに、辻尾さんは具体的な目標も示します。「2030 年までに 20,000 人の DX 人財を育成する必要があります。このコミュニティで DX 人財育成の柱の一部を担いたいと考えています。できる人財がリードする、そんな環境を作りたいです。」
「MAWS は単なる技術コミュニティではありません」と紅林さんは締めくくります。「私たちは、三菱電機の未来を創造する原動力になりたいと考えています。エンジニア一人一人が自分の可能性を最大限に発揮できる環境を作り、そこから生まれるイノベーションで社会に貢献する。それが MAWS の究極の目標なのです」
MAWS の挑戦は、まだ始まったばかりです。課題は多いものの、そこには三菱電機の未来を変える大きな可能性が秘められています。エンジニアたちの情熱と創意工夫が、この巨大な組織にどのような変革をもたらすのか。その答えは、彼らの手の中にあるのです。
おわりに
本記事では、三菱電機グループにおける AWS ユーザーコミュニティ”MAWS”の誕生から現在までの軌跡をお伝えしてきました。一人のエンジニアの小さな行動から始まり、現在では 300 人を超えるメンバーを擁するコミュニティへと成長した MAWS の歩みは、大企業における草の根のエンジニアムーブメントの可能性を示しています。
部門の壁を超えた知識共有、技術交流の促進、そして何より「つながる」ことの価値。MAWS の活動は、三菱電機グループのエンジニア文化に確実な変化をもたらしています。
本記事では一部のメンバーの声しか紹介できませんでしたが、MAWSの活動は、実際にはより多くのメンバーによって支えられています。イベントの企画や運営に携わる方々、積極的に質問や情報共有をしてくださる方々、さらには静かにコミュニティを見守り支援してくださる方々など、様々な形で関わる全てのメンバーの存在が、MAWS の成長を支える原動力となっています。
課題はまだ残されていますが、それらに立ち向かう情熱と創意工夫は、このコミュニティの大きな強みとなっています。MAWS は今後も、三菱電機グループの DX 推進とエンジニア育成の重要な基盤となることでしょう。
最後に、本記事を通じて、大企業における技術コミュニティ形成のヒントを少しでも共有できていれば幸いです。MAWS の挑戦は、同様の課題を抱える他の組織にとっても、参考になる事例となるのではないでしょうか。