アスリートのスキル向上に貢献 – “AI コーチ” の実現を目指す山際准教授の挑戦

2020-08-03
インタビュー

山際伸一
筑波大学 システム情報系情報工学域 准教授 

膨大なデータをもとに作り上げた精緻な AI モデルによって、社会の枠組みをアップデートする動きが加速しています。それはアスリートを指導するコーチングの世界も例外ではありません。

筑波大学の山際伸一准教授は「スポーツテック」という言葉すらなかった 2002 年当時から、データとテクノロジーによるアスリートのスキル向上に貢献。コーチングの AI 化を推進してきた数少ない研究者のひとりです。かつてスーパーコンピュータの高速化に挑んでいた山際先生はなぜスポーツに惹きつけられ、AI による競技者のスキル向上に挑むのでしょうか。その面白さや難しさについて、山際先生に話を聞きました。


最速を競うスパコン研究者が、人間の動きに魅せられた理由

以前はどのような研究に携わっていらっしゃったのですか ?

山際先生 :
「20 年ほど前は、スーパーコンピュータの並列分散処理に関わる研究に従事していました。当時とくに力を注いでいたのは、コンピュータ間通信を極限まで速める研究です。ジャンボフレーム技術やハードウェアオフロード技術といった現在では多く使われている技術のはしりや、100 メガビット・イーサネットの 30 倍もの超高速通信技術を開発する研究をしていました。そこからフィジカルなスポーツの世界に飛び込んだことになります。」

ハイエンドなネットワーク技術を追究していた山際先生が、どんなきっかけでスポーツと関わりを深めることになったのでしょうか ?

山際先生 :
「筑波大学で一緒に学んでいた先輩が、設立間もない国立スポーツ科学センターに入られた関係でお声掛けいただいたのが、スポーツとの最初の接点になりました。2002 年のことです。」

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その当時の研究テーマはどういったものだったのでしょう ?

山際先生 :
「映像やセンサーデータを活用したアスリートのサポートです。スキーのモーグルやスピードスケートの強化指定選手たちのために、他視点カメラで捉えた映像をすぐにエンコードして確認できるシステムや、センサーで体の動きを捉えて記録するシステムを開発し、選手やコーチに使っていただいていました。」(参考文献 1,2,3)

専門の情報学とスポーツではずいぶん文化に隔たりがあったのではないですか ?

山際先生 :
「ええ。機械相手の研究から一転して、人間と向き合う研究に変わったのでとても新鮮でした。とはいえ、最初のころは相手の話す言葉が理解できなかったり、言葉の背後にあるコンテキストを理解したりするのにとても苦労しましたが、人間の動きの多様さ、複雑さに興味を惹かれる一方でした。」

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映像によるトレーニングサポート。停止直前の映像を追っかけ再生可能な撮影ソフトウェア yamalyzer を使って、トップアスリートのトレーニングに貢献した。 

2002 年当時は「スポーツテック」という言葉もなかったと思います。周囲の反応はいかがでしたか ?

山際先生 :
「選手やコーチにはずいぶん喜んでいただけましたが、研究仲間からは『情報学の研究者がなぜスポーツを ?』と、いぶかしがられたことはありましたね。今でこそ専門分野や学際をまたぐ研究は当たり前に行われますが、当時はまだスポーツトレーニングに計算機科学的な手法を持ち込むような研究は、少々奇をてらった研究だとみなされることが多かったんです。」

この 20 年で状況はずいぶん変わったでしょうね。

山際先生 :
「まだまだ開拓の余地がある研究領域である点は今も変わりませんが、機械学習や AI 技術の進歩によって、できる範囲がグッと広がったのは確かです。実はこの研究に携わり始めた直後から、収集した大量のデータをどう処理したら有効活用できるかが、常に悩みのタネでした。それが 2015 年に取り組んだ共同研究をきっかけに、大きな転機を迎えることになったんです。」


停滞感に風穴を開けたビッグデータと AI の活用

転機になったという共同研究の概要を教えてください。

山際先生 : 
「スポーツメーカーのミズノさんが所有する 2000 人分の詳細なランニングデータを、当時、大阪大学の河原吉伸先生 (現在、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所) と機械学習技術を使って解析し、ランナーが目標とすべき理想の動きを示すシステムを開発しました (参考文献 4)。具体的には、マラソン上級者と初心者のひじ、膝、足首の使い方や動きにどのような差異があるのか、特徴点を見つけてその影響度を得点化して見せることによって、スキル獲得を支援するというもの。私はプロジェクトのリーダーとして、スキルそのものの定義に始まり、プロジェクトの全体設計、アルゴリズムやシステム開発などを担当しました。」

どのような研究成果が得られたのでしょうか ?

山際先生 :
「一番は上級者と初級者の違いを可視化するにあたって『スキルグルーピング』という概念を取り入れシステムに実装したことですね。これまでコーチの経験や知識に基づいた指導、平均化された統計データを根拠とした指導よりも信頼性が高く、かつ選手に納得感を与えることができたと自負しています。」

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ランニングにおけるスキルグルーピング。
ひじ、ひざ、足首の動きデータに対し、マラソンタイムを色で割り付けるときれいに傾向が現れた。データ間距離を使うと、目標とするスキルへの「影響度」を数値化できる。  

今後このシステムが発展すると、どのようなことが実現するのでしょうか ?

山際先生 :
「パソコンやスマートフォンがあれば、だれでも、優秀な『AI コーチ』のサポートが受けられるようになります。だれの手を煩わせることなくコツが習得できるようになれば、新しいスポーツに挑戦したくても、なかなか最初の一歩が踏み出せない人の背中を押したり、運動機能向上による生活習慣病や認知症の予防や改善、また、伝統芸能など後継者不足に悩む分野における技術伝承にも応用できるのではないかと考えています。」

なるほど。このシステムはトップアスリートだけのものではないのですね。

山際先生 :
「はい。ただ、競技や用途によって体の使い方、動きは違いますし、選手自身が到達したいレベルも人によって異なります。競技特性や最終目的ごとにアルゴリズムや分析手法を考える必要がありますが、スキルグルーピングの概念は応用可能。今ちょうど柔道の投げ技の直前体勢が、技の成功率にどのような影響を与えるかについて研究した結果を論文にまとめているのですが、改めて競技によって必要とされるスキル特性は千差万別だということがよくわかりました。人間の動きの多様性には目を見張るばかりです。」

山際先生は、データと AI を活用してコーチングの AI 化をという新しい分野を切り拓いてこられました。研究において大切にされていることを教えてください。

山際先生 :
「プロジェクトのゴールや、あるべき姿の明確なイメージを持つことを大切にしています。『データからこんなことがわかりました』だけでは、現実を変えることはできません。データから得られた示唆から何を汲み取り、どのような意味付けをすべきか考えるのは、 AI ではなく研究者の仕事。その点があやふやなままだと、いくら研究を重ねてもいい成果は得られません。」

具体的なイメージを得るためにどのようなことをされたのですか ?

山際先生 :
「研究対象について理解を深めるように努めました。そもそも相手の話している内容が理解できなければ、プログラムに落とすことすらできません。私の場合は、研究対象である競技の特性やスポーツ科学についてはもちろん、認知科学を通じて脳や精神の働きについてもかなりの時間を割いて学びました。でもやはり一番勉強になったのは、選手やコーチと一緒に過ごす時間のなかから得たものだったように思います。選手やコーチから聞いた、本音や悩み、裏話など、信頼関係を築かなければ決して得られない情報によって、アルゴリズムやプログラムの改善に繋がったことは何度もありました。研究対象に寄り添い『同じ釜のメシを一緒に食った』人間にしか実現できない『AI』があるんです。」

今求められているのは、既存の枠組みを壊し融合できる人

山際先生は、偶然スポーツ科学に出会ってから約 20 年にわたって、情報学とスポーツの融合に取り組まれてこられました。その経験は、たとえば伝統業界のデジタルトランスフォーメーションに挑むエンジニアの仕事にも通じる部分が多そうです。

山際先生 :
「今あらゆる分野で AI の活用が期待されています。 AI と掛け合わせる分野が何であれ、『流行りそうだから』、『儲かりそうだから』という気持ちで始めると、何かのきっかけで人間関係に摩擦が生じたり、技術的困難に直面したりした時に、ブレたり、諦めたりしてしまいがちです。そうした事態を避けるには、早い段階から相手に興味を持ち、寄り添うことが欠かせません。そうした前向きな気持ちさえあれば、打開策はきっと見つかるはずです。」

なるほど。研究対象への理解が深まれば、研究の成果もよりよいものになるということでしょうか ?

山際先生 :
「はい。ビジネスの場合ですと、社命で取り組まざるを得ない場合もあるでしょうが、相手と自分の間に共通点や接点を見つけて、歩み寄ることはできるはずです。同じやるにしても他人事より、自分事として取り組んだ方が問題の本質を見つけやすくなりますし、楽しいと思えることなら、『ここまでやってみたらどうなるんだろう』と、好奇心も湧いてきます。時には相手の文化にどっぷりと身を浸してみるのもいいかもしれません。」

新しいことにチャレンジを加速するには、どんな人が求められますか ?

山際先生 :
「高い専門性を持っていることに加え、異なる分野の橋渡し役ができる人材が求められています。しかし現実には複数の分野をつなげるマルチな能力を持った人材は、まだまだ少ないのが現状です。しかし逆の見方をすれば、未知の分野に飛び込む勇気がある人、分野と分野を融合させて新しい価値を生み出したい人にとって、チャンスが多い時代と言えるかもしれません。」

最後にこれからの展望について聞かせてください。

山際先生 :
「すでに私たちの身の回りには、スマートフォンを筆頭にさまざまなセンサーを搭載した機器が存在しています。こうした情報インフラを上手に使いながら 1 日も早く AI コーチを実現させ、スポーツの普及、競技者のレベルアップに貢献することが一番の目標です。データや AI を活用した私たちの研究がスポーツ業界の革新と成長の一助になればこれに勝る喜びはありません。」

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参考文献 : 
[1] 市川浩, 太田憲, 山際 伸一, 遠山健太, 伊藤穣, "体幹部加速度・角速度から観察されるモーグルターン技術の相違", 日本トレーニング科学会 第23回大会 紀要, 2010/12/18-19

[2] 山際 伸一, 複数映像の合成プログラム作成, 第5回JISSスポーツ科学会議, 2008年12月

[3] 市川浩, 山際 伸一, 宮地力, 泳動作観察のための映像ビューアーの開発, 日本体育学会第59回大会, 東京, 2008年9月.

[4] Shinichi Yamagiwa, Yoshinobu Kawahara, Noriyuki Tabuchi, Yoshinobu Watanabe and Takeshi Naruo, Skill Grouping Method: Mining and Clustering Skill Differences from Body Movement BigData, In Proceeding of International conference on BigData 2015, pp. 2525 – 2534, IEEE, October 2015.

プロフィール

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山際伸一
筑波大学 システム情報系情報工学域 准教授

1974 年生まれ。2002 年、筑波大学大学院博士課程工学研究科電子・情報システム専攻修了。博士 (工学)。その後、ポルトガルに渡り、現地ベンチャー企業のシニアコンサルタント、ポルトガル国立研究所 INESC - ID シニア研究員、帰国後は高知工科大学准教授などを経て、2012 年から現職。クラスターコンピューティング、組込みシステムなどの研究で培った知見を活かし、ビッグデータ、機械学習を活用したアスリートのスキル向上に挑んでいる。 

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