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エスツーアイ株式会社様の AWS 生成 AI 事例「Kiro を活用した経費精算システムの迅速な開発」のご紹介

本ブログは エスツーアイ株式会社様アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 が共同で執筆いたしました。

みなさん、こんにちは。AWS ソリューションアーキテクトの齋藤です。最近、多くのお客様から「AI コーディングツールをどう活用すればいいのか」「開発効率を向上させたい」というご相談をいただく機会が増えています。特に、生成 AI を活用した開発プロセスの改善への関心が高まっており、実際の導入事例を求める声を多く耳にします。

その一方で、「AI コーディングツールを使いたいが、何から始めればいいのかわからない」「実際にどれくらいの効果があるのか不安」「若手エンジニアへの展開方法が見えない」といった課題をお持ちの方も多いのではないでしょうか?

今回ご紹介する事例は、エスツーアイ株式会社様が AI IDE(統合開発環境)の「Kiro」を活用して、わずか 10 日間で経費精算システムを開発された事例です。ベテランエンジニアが実際の業務の空き時間を活用しながら、AI との協働により効率的な開発を実現された取り組みをご紹介します。

お客様の状況と課題

エスツーアイ株式会社様は、愛知県に本社を置き、製造業向けのシステムインテグレーションサービスを提供されている企業です。同社では、経営層が AI コーディングの重要性を認識し、毎週のように「AI コーディングをやらないと取り残される」という危機感を営業やエンジニアに伝えていました。しかし、現場のエンジニアは日々の業務に追われ、なかなか新しい技術に取り組む余裕がない状況でした。

開発効率面での課題

  • 開発期間の長期化: 従来の開発手法では、小規模なシステムでも相応の期間と工数が必要
  • 人月単価の競争力: 業界標準の 100〜110 万円程度の人月単価から、さらなる付加価値の創出が求められる
  • スキル習得の機会不足: 現場業務が忙しく、新しい技術やツールを学ぶ時間が確保できない

組織的な課題

  • AI ツール活用のノウハウ不足: 様々な AI ツールを検証していたものの、実プロジェクトでの活用方法が不透明
  • 若手エンジニアへの展開方法: ベテランエンジニアが個人的に試すことはできても、組織全体への展開方法が見えない
  • 開発プロセスの標準化: マニュアルやドキュメントの更新が追いつかず、属人化が進んでいる

ソリューション・構成内容

これらの課題を解決するため、エスツーアイ株式会社様は「Kiro」を活用して、出張経費精算システムの開発に取り組まれました。


Kiro を用いた設計画面の様子


申請された内容を確認する画面


申請された内容の月次レポートを確認できる画面

開発アプローチ

10 年選手のベテランエンジニアが、AI IDE の情報収集を行い、Kiro の存在を知ったことがきっかけでした。会社として検証チームを立ち上げ、社内の課題である「出張経費精算の煩雑さ」を解決するアプリケーションを、AI コーディングで開発することを決定されました。

開発プロセスと工夫

1. 初期段階:要件定義の試行錯誤

当初は就業規則の PDF を読み込ませて、概要設計から一気に進めようと試みました。しかし、これだけでは十分なアウトプットが得られないことが判明しました。

課題として感じられた点:

  • PDF を直接読み込めず、テキスト化が必要だった
  • 就業規則だけでは、システムの詳細仕様を生成できなかった

2. Vibe と Spec の使い分けの発見

Kiro には「Vibe」と「Spec」という 2 つの開発モードがあります。
Vibe モードは、チャット形式で AI エージェントに問い合わせができる機能です。コーディングだけでなく、ドキュメント生成など幅広いタスクに対応できます。素早いやり取りで、即座にフィードバックを得ながら開発を進められます。
Spec モードは、Kiro が提唱する「仕様駆動開発」を実現するモードです。Requirements(要件定義)、Design(設計)、Tasks(実装タスク)の 3 フェーズで構造的に開発を進めることができます。仕様と実装の同期を保ちながら開発を進められるため、ドキュメントとコードの整合性を維持しやすいのが特徴です。
お客さまが開発を進める中で、これらの使い分けが重要であることを発見されました。

お客様における Vibe の使いわけ:

  • コードの自動生成に特化
  • トランザクション的に素早く対応できる
  • ただし、監査ログやドキュメントの更新はされない

お客様における Spec の使いわけ:

  • 読み込んだ仕様書を理解・判断してコードを生成
  • マニュアルやドキュメントへの反映も可能
  • 処理に時間がかかる場合がある

最適な活用方法:

  • 現場業務の合間に Spec で処理を投げておき、本業務を進める
  • その間に Spec が処理を完了させる
  • 細かいコーディング部分は Vibe で素早く対応
  • マニュアルやドキュメントが必要な箇所は Spec を活用

この使い分けにより、ドキュメントも含めた完成度の高い成果物を効率的に作成できました。

3. 段階的な機能実装

フェーズ 1 で実装した機能:

  • 出張費用と領収書をアップロード
  • 経理担当者による承認・差し戻し機能
  • 基本的なワークフロー管理

今後の展開(フェーズ 2 以降):

  • 路線検索 API との連携による自動料金計算
  • AI OCR による領収書の自動読み取り
  • 既存経理システムとの連携

当初は路線検索 API や AI OCR の実装も検討しましたが、開発期間を考慮し、まずは基本機能に絞って完成させる判断をされました。

技術的なポイント

セキュリティへの配慮

社内の就業規則を AI に学習させるにあたり、データセキュリティへの懸念がありました。しかし、Kiro はオプトアウトの設定により、顧客データが学習されない仕組みになっていることをドキュメントで確認し、安心して利用できました。

マニュアルの自動生成

Spec を活用することで、コードだけでなくマニュアルも自動生成されました。完成度は約 70% でしたが、ドキュメント化の工数を大幅に削減できたことは大きなメリットでした。

導入効果

Kiro を活用した開発により、以下の効果を実現されました:

1. 開発期間の大幅短縮

  • 実働約 10 日間で基本機能を実装: 1 日あたり 1〜2 時間の作業時間で完成
  • ゼロから完全新規開発: 既存システムの改修ではなく、0→1 からの開発を実現
  • 従来手法と比較して、大幅な期間短縮が見込まれる(具体的な比較は困難だが、体感として数倍の効率化)

2. ドキュメント品質の向上

  • マニュアルの自動生成により、ドキュメント作成工数を削減
  • 監査ログの自動記録により、開発プロセスの透明性が向上
  • ドキュメントとコードの同期により、メンテナンス性が向上

3. AI コーディングツールの実践的な知見獲得

  • Vibe と Spec の使い分けノウハウを獲得
  • 現場業務と並行した開発手法の確立
  • 若手エンジニアへの展開に向けた具体的な課題が明確化

4. 今後の展開への足がかり

  • 本格的な AI コーディングツールの導入に向けた実績作り
  • 経営層の期待に応える具体的な成果の提示
  • 他のプロジェクトへの横展開可能性の確認

開発における発見と課題

ポジティブな発見

  1. 空き時間での開発が可能: Spec に処理を投げておき、本業務を進める間に処理が完了するため、効率的に開発を進められた
  2. ドキュメント管理の自動化: コードとドキュメントが連動して管理される利点を実感
  3. 段階的な学習: 実プロジェクトで試しながら、ツールの特性を理解できた

今後の改善課題

  1. テスト自動化の理解深化: 単体テストや結合テストの自動化について、さらなる理解が必要
  2. チーム開発への適用: 今回は一人での検証だったが、チーム開発でどう活用するかの検討が必要
  3. CI/CD との統合: GitLab などのバージョン管理やリリース管理との統合方法の検討
  4. 若手への展開方法: 組織としてどのように若手エンジニアに展開していくかが最大の課題

今後の展望

エスツーアイ株式会社様では、今回の成功を踏まえ、さらなる展開を計画されています。

短期的な目標

  • 経費精算システムの機能拡張: 路線検索 API、AI OCR、経理システム連携の実装
  • 他プロジェクトへの適用: 顧客向けシステム開発での Kiro 活用
  • 若手エンジニアへの教育: ベテランの知見を活かした組織的な展開

中長期的なビジョン

  • 開発プロセス全体の改革: CI/CD パイプラインの構築と AI コーディングツールの統合
  • 人月単価の向上: 開発効率化により、130万円、140万円、150万円といった高付加価値サービスの提供
  • 競争力の強化: AI 活用により、2〜3割の工数削減を実現し、市場での競争優位性を確立

特に注目すべきは、AWS 上での総合的な開発環境の構築です。GitHub、AWS CodeBuildAWS CodeDeploy などを組み合わせた CI/CD 環境に、AI コーディングツールを統合することで、開発から保守運用までを一貫して効率化する構想を持たれています。

お客様の声(エスツーアイ株式会社様)

弊社は、製造業を中心とした IT コンサルティングからアウトソーシングまでシステム開発を行ってきました。そんな中で昨今の AI コーディングツールの進化を目の当たりにしています。そんな中で我々自身も進化すべく、AI IDE として Kiro を試してみることとなりました。

弊社エンジニアの所感として「ツールの利用方法を正しく理解することで開発生産性の向上は見込めそうだ」という感触を得るに至りました。今後は AI IDE の活用範囲を広げていく計画もあり、コンサルティング段階での利用なども視野に入れてお客様へのサービス提供価値向上に向けて取り組んでいきたいと考えております。

お問い合わせ・資料請求 | エスツーアイ株式会社 – S2I – 愛知県 東浦町

まとめ

今回は、Kiro を活用して、わずか 10 日間で経費精算システムを開発されたエスツーアイ株式会社様の事例をご紹介しました。

特に注目すべきは、以下の 3 点です:

  1. 現実的なアプローチ: 本業務の空き時間を活用し、無理のない範囲で AI コーディングツールを試せることを実証
  2. 実践的な知見の獲得: Vibe と Spec の使い分けなど、実際に使ってみないと分からないノウハウを蓄積
  3. 組織展開への示唆: 個人の検証から組織全体への展開に向けた、具体的な課題と方向性の明確化

AI コーディングツールは、適切に活用すれば開発効率を大幅に向上させる可能性を秘めています。しかし、その実現には「まず試してみる」ことが重要です。エスツーアイ株式会社様の事例は、中小企業でも AI コーディングツールを活用して成果を出せることを示す、貴重な先行事例となっています。

同様の課題をお持ちのお客様、特に「AI コーディングツールの導入を検討している」「開発効率を向上させたい」「若手エンジニアのスキルアップに課題を感じている」といったニーズをお持ちの方には、非常に参考になる事例だと思います。

また、AWS では、生成 AI を活用したソリューション開発を支援するさまざまなイベントやプログラムを定期的に開催しております。技術セッションやハンズオンを通じて実際に技術に触れることができますので、ぜひご参加ください。

https://aws.amazon.com/jp/events/

ご関心のあるお客様は、ぜひ AWS までお問い合わせください。本事例の詳細や、AI コーディングツールの導入支援につきましては、AWS ソリューションアーキテクトまでお気軽にお問い合わせください。

著者について

齋藤 拓巳

ソリューションアーキテクトとして幅広いお客様の AWS 導入支援を担当しています。AWS Lambda や Amazon API Gateway などのサーバレスのサービスが好きです。