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エージェントの習熟度とキューを使った Amazon Connect のルーティング最適化
コンタクトセンターにおける問い合わせ量とエージェントの数は、1 日の中で変動します。エージェントの対応可能数を上回る問い合わせがある場合、エージェントの応答待ちの問い合わせはキューで保持されます。すべての着信問い合わせを処理する単一のキューを構成すれば、サービスレベルを最大化でき、待ち時間を最小化できます。各エージェントがすべての種類の問い合わせを処理できるのであればこれは有効です。しかし、複雑な環境を想定すると、すべてのエージェントがすべての問い合わせを効果的に処理していくことは現実的ではありません。ですから、このような状況では、コンタクトセンターの管理者は着信問い合わせを複数のキューに分割するよう構成します。キューを分割する基準として、言語、事業部門、製品、機能、営業時間、顧客の優先順位付けなどが一般的に使用されます。
コンタクトセンターの新入エージェントは、数週間から数ヶ月にわたり研修を受け、着信問い合わせに対応するための複数のスキルを向上させます。企業は、エージェントが問い合わせ対応で活躍できるようになるまでの時間を短縮することと、新入社員にカリキュラムを修了させることとの間で苦心しています。つまり、運用管理者の観点からは、エージェントが研修期間中の早い段階でより簡単なタイプの問い合わせに対応できるよう、キューを細かく分ける必要があります。一方、過度に専門化されたキュー構成は、問い合わせタイプ間の量の変動によるルーティング制御と運用の非効率性をもたらすサイロ化された構造を作り出します。多数のキューは、IVR における問い合わせ分類のルールとロジックを複雑にします。これらのルールは時間とともに変化するので、誤った振り分けを引き起こし、結果コンタクトセンター内での不要な転送につながってしまいます。
Amazon Connect は、(コンタクトセンター単位の)キューと(エージェント単位の)習熟度を設定する機能を提供します。Amazon Connect では、キューは問い合わせのタイプに基づいてルーティング制御する方法を提供します。習熟度の設定により、そのキュー内の問い合わせに対するビジネスニーズに最も適合するスキルを持つエージェントへさらにルーティング制御します。このブログ記事では、ルーティング制御の要件と運用効率のバランスを取るための Amazon Connect におけるキューと習熟度の設計および設定のベストプラクティスを提供します。
概要
次の図は Amazon Connect のルーティングに関連するエンティティとその関係を示しています
- キューはエージェントが応答するまで問い合わせが保持される領域です。ビジネスに合わせた、サービスレベルのゴールや目標はキュー単位で設定されます
- ルーティングプロファイルは、エージェントが対応するように設定された問い合わせのキューのリストをまとめたものです
- エージェントは 1 つのルーティングプロファイルを持つことができます
- ルーティングプロファイル内の各キューには優先度(1 から 99)があり、このエージェントがキューに対応する順序を示します。例えば、エージェント A2 は、Tech Support キュー Q2 (優先度 3)の新しい問い合わせよりも、Billing キュー Q1(優先度 2)の古い問い合わせを優先して対応します
- 習熟度は、特定の属性を持つ問い合わせに対するエージェントの専門性を示します。習熟度は、事前定義された属性名、その値、習熟レベルで構成されます。事前定義された属性を作成した後、エージェントに 1 つ以上の習熟度を割り当てることができます
- 事前定義された属性の各値について、エージェントはその習熟度における専門性のレベルである習熟度レベル(1 から 5)を持ちます。エージェントは習熟度を得るために特定の学習パスを完了する必要があり、学習パスの進捗が習熟レベルに反映される可能性があります
- ルーティング条件は、 1 つ以上の習熟度要件の組み合わせに基づいてエージェントを対象とするルールをまとめたものです
エージェントに問い合わせをルーティングするためにはキューの使用が必要ですが、習熟度の使用はオプションです。エージェントの習熟度を使用したルーティングは、以下の 4 つのステップで設定します:
- ルーティングに関連する事前定義された属性を定義する
- エージェントに習熟度を割り当てる
- キュー内での問い合わせのルーティング方法を定義するために、コンタクトフローでルーティング条件を設定する
- キューに転送する
ソリューションの構成
ビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)企業の AnyCompany 社は、 1 つの Amazon Connect インスタンスで、 2 つの顧客をサポートしています。各顧客には異なるサービスレベル契約(SLA)があり、SLA を満たさない場合のペナルティが設定されています。彼らは世界中でより多くの顧客にサービスを提供するため、積極的な拡大計画を持っています。エージェントは規模による効率性を高めるために複数の顧客をサポートしています。彼らはエージェントに新しい言語のトレーニングを行わず、顧客対応に必要な言語スキル(または能力)を持つエージェントを雇用しています。また、エージェントは顧客が選択したチャネル(音声またはチャット)で対応します。他の BPO と同様に、AnyCompany はエージェントの離職率が高く、新しいエージェントのトレーニングと導入に多額の予算を費やしています。特に複雑な問い合わせタイプや重要顧客への対応に必要な高度な専門知識を身につけるためには時間がかかるため、顧客満足度が低くなっています。
両顧客(AnyManufacturer-1 と AnyManufacturer-2)は 4 種類のオーディオ機器(スピーカー、レシーバー、サウンドバー、ワイヤレス)を専門としています。各メーカーの問い合わせに対する生産性を上げるために、エージェントは各機器タイプに対して 4 日間のトレーニングと、各メーカーのサービス手順を知るための 4 日間のトレーニングを受けます。これにより、各メーカーの対応を行うためには、 4 週間のトレーニングが必要になります。
AnyManufacturer-1 への問い合わせは、北米の2つの国(米国とカナダ)の消費者からのもので、エージェントは 2 つの言語(英語とフランス語)のいずれかで対応する必要があります。BPO のエージェントは北米の営業時間中に AnyManufacturer-1 をサポートします。
AnyManufacturer-2 への問い合わせは、ヨーロッパの 3 つの国(イギリス、スペイン、フランス)のいずれかの消費者からで、エージェントは3つの言語(英語、スペイン語、フランス語)のいずれかで対応する必要があります。BPO エージェントはヨーロッパの営業時間中に AnyManufacturer-1 をサポートします。
エージェントの習熟度を使用した最適なルーティングソリューションは以下のようになります :
- メーカー × 言語 × 機種の組み合わせに基づく 20 のキューにより、問い合わせをセグメント化
- 各キューに独自のサービスレベル(SL)目標と、リアルタイムおよび履歴の問い合わせ量の測定が存在
- AnyManufacturer-1:2 つの言語 × 4 つの機器タイプ = 8 キュー
- AnyManufacturer-2:3 つの言語 × 4 つの機器タイプ = 12 キュー
- メーカー × 言語の組み合わせに基づく 5 つのルーティングプロファイルによるエージェントをセグメント化
- AnyManufacturer-1 用の 2 つの言語と AnyManufacturer-2 用の 3 つの言語 = 5 つのルーティングプロファイル
- この方法では、AnyCompany はエージェントが問い合わせ対応に参加する前に、各メーカーのすべての機器タイプについてトレーニングを行う必要があります。これによりエージェントが実際に本番の対応を行うまでの時間が長期化します
- 新しいメーカーの導入と追加言語のサポートという積極的な成長計画により、AnyCompany は将来的にさらに追加のキューとルーティングプロファイルが必要になります
エージェントの習熟度を使用した最適なルーティングソリューションは以下のようになります :
- 習熟度は事前定義された属性と値を使用して構築されます
- 事前定義された属性は、専門的な習熟カテゴリー(言語など)を指し、値には対応可能な異なる言語のリスト(例:英語、スペイン語、フランス語)が含まれます
- エージェントには習熟度とそれぞれの習熟度レベルが割り当てられます。習熟度レベルは各習熟度におけるエージェントの専門性を示します(1 ~ 5 、5 が最高)
- エージェントが持っている能力や、業務を通じて学ぶ知識と専門性の分野である、言語と機器を習熟度として扱います
以下の表は AnyCompany で採用した習熟度を示しています :
事前定義された属性 | 値 | 種類 |
connect:Language (言語) |
connect:English, connect:Spanish, connect:French | システム |
Manufacturer (メーカー) |
AnyManufacturer-1, AnyManufacturer-2 | ユーザー |
EquipmentType (機器種別) |
speakers, receivers, sound bars, wireless | ユーザー |
connect:Subtype | connect:Chat, connect:SMS, connect: Telephony | システム |
次の図は、習熟度をどのように Amazon Connect コンソールで設定するかを示しています :
習熟度を導入することで、AnyCompany は以下の改善を実現できます :
- 新入社員は 1 つの機器タイプの研修を受けた後すぐに問い合わせ対応を開始できます。これにより、エージェントの業務開始までの時間を短縮し、オンボーディングプロセスの早い段階で理論を実践に移すことができます
- キューの詳細な分類の一部を習熟度で管理できます。問い合わせのセグメンテーションは、各メーカーに対して 2 つのキューに分かれ、AnyCompany は各顧客に対して個別のサービスレベルを維持し続けることができます。これにより、キューの数が 20 から 2 へと 10 分の 1 に削減されます
- エージェントのセグメンテーションは 1 つのルーティングプロファイルに集約されます。これはルーティングプロファイルの数が 5 分の 1 に削減されることを意味します。大規模で複雑な顧客の場合、これにより設定が簡素化され、管理のオーバーヘッドコストを削減できます
次に、AnyCompany におけるルーティングの 2 つのユースケースについて見ていきましょう。
ユースケース 1
アメリカから英語を話す顧客が AnyManufacturer-1 スピーカーの修理を依頼するために電話をかけてきました。まず顧客は、言語および製品について最高の習熟度を持つエージェントに転送されるべきです。最高の習熟度のエージェントにルーティングできなければ、次に、習熟度レベル 3 以上のエージェントが対象とされます。最後に、そのメーカーについて何らかの経験を持つすべてのエージェントが対象となります。
エージェントのターゲティング要件は、コンタクトフローのルーティング条件の設定(Set routing criteria)ブロックを使用して、以下のルーティング基準で実装できます。
ステップ 1 | {connect:Language} connect:English >= 5 AND {connect:subType} connect:Telephony >= 5 AND {Manufacturer} AnyManufacturer-1 >= 5 AND {EquipmentType} speakers >= 5 Expire in 5 seconds |
ステップ 2 | {connect:Language} connect:English >= 3 AND {connect:subType} connect:Telephony >= 3 AND {Manufacturer} AnyManufacturer-1 >= 3 AND {EquipmentType} speakers >= 3 Expire in 5 seconds |
ステップ 3 | {connect:Language} connect:English >= 1 AND {connect:subType} connect:Telephony >= 1 AND {Manufacturer} AnyManufacturer-1 >= 1 |
このユースケースのルーティング条件は、ルーティング条件の設定ブロック内で設定されます。最後のステップ 3 にはタイマーがないため、ステップ 3 のルーティング条件が満たされるまで問い合わせは待機します。
ユースケース 2
スペインからスペイン語を話す顧客が、AnyManufacturer-2 のレシーバーのサービス状況を確認するためにチャットをしています。顧客はまず、各項目(AnyManufacturer-2、レシーバー、スペイン語)について最高の習熟度を持つエージェントにルーティングされるべきです。15秒後、レシーバーまたはスピーカーについて習熟度レベル 3 以上のエージェントが対象となります。さらに 20 秒後、任意のメーカーのチャットまたはSMSチャネルについて習熟度レベル 2 以上のすべてのエージェントが対象となります。さらに 30 秒後、このキュー内のすべてのエージェントが対象となります。
エージェントへのターゲッティング要件は、コンタクトフローのルーティング条件の設定ブロックを使用して、以下のルーティング条件で実装できます。
ステップ 1 | {Manufacturer} anyManufacturer-2>= 5 AND {EquipmentType} receivers >= 5 AND {Language} Spanish >= 5 Expire in 15 seconds |
ステップ 2 | {EquipmentType} receivers >= 3 OR {EquipmentType} speakers >= 3 Expire in 20 seconds |
ステップ 3 | {connect:subType} connect:Chat >= 2 OR {connect:subType} connect:SMS >= 2 Expire in 30 seconds |
Amazon Connect は AWS Lambda を使用して、外部からの動的なルーティング条件作成をサポートしています。Lambda 関数はルーティング条件をカプセル化した JSON オブジェクトを返します。前述の図は、外部の JSON オブジェクトにリンクする動的なルーティング条件の設定を示しています。前のユースケースとは異なり、このユースケースの最終ステップ 3 にはタイマーがあります。タイマーが終了すると、問い合わせは、ルーティングプロファイルにこのキューを持つ応答可能なすべてのエージェントに転送されます。より複雑なニーズを持つコンタクトセンターでは、ルーティング条件を実行時に生成することができます。ルーティングのルールは、エンタープライズルールエンジンやデータストアから出力できます。これらの条件は、Amazon Connect API から取得したコンタクトセンターのメトリクスのリアルタイム値に基づいて生成することもできます。
ベストプラクティス
キューを使用する際のベストプラクティスは以下の通りです :
- サービスレベルの目標や運用時間など、固有の要件に対して新しいキューの設定を検討します
- 特定タイプの問い合わせのレポートを出力することのみを目的に、キューを作成しないでください
- キューを追加することによるキャパシティプランニング、スケジューリング、バックエンドでのレポート作成のコストを認識してください
- エージェントのグループ間で問い合わせの負荷分散を行うために、ルーティングプロファイルで優先順位と遅延を使用してください
習熟度を使用する際のベストプラクティスは以下の通りです :
- キュー内の特定のエージェントをターゲットにする追加制御を導入するために習熟度を使用します
- 同じ問い合わせタイプをサポートする際に、より高い専門知識を持つエージェントを優先し、その後他のエージェントにルーティングする必要がある場合、習熟度を使用します
- ルーティング基準のステップはタイマーを使用して設定できます。これにより段階的なエージェント選択アプローチが可能になります。最終ステップのタイマーはオプションです。最終ステップのタイマーが期限切れになると、このキューをルーティングプロファイルに持つすべてのエージェントがターゲットになります。最終ステップがタイマーなしで設定されている場合、ルーティング基準が満たされるまで問い合わせは待機します
- ルーティングの変更のために習熟度レベルを変更しないでください。習熟度は、エージェントの専門知識の増減の実態に沿って変更すべきです
- 習熟度は、エージェントが特定タイプの問い合わせを処理する経験を学び、発展させた能力を実証する方法です。エージェントのモチベーション向上や報償として、学習進度に基づいて習熟度を自動設定することを検討してください
まとめ
この記事では、架空の企業 AnyCompany の管理者が、単一の Amazon Connect インスタンス内で異なるルーティング要件を持つ 2 つの顧客向けにキュー、習熟度、ルーティング基準を設定する方法を説明しました。まず、習熟度を含まないキュー構造について詳しく説明しました。その後、設計に習熟度を導入し、習熟度によってキュー内の特定のエージェントをターゲットにする追加のコントロールが可能になることを説明しました。キューと習熟度を使用する際のメンタルモデルに関する考慮事項とベストプラクティスをいくつか挙げました。この記事を参考に、キュー設計を簡素化し、ルーティングエラーや誤送信を減らし、最適なエージェントへのルーティングとコンタクトセンターの効率性のバランスを取るエージェント選択アプローチを開発することができるでしょう。
Amazon Connect は、使用した分だけお支払いいただく従量料金を採用しています。前払い、長期契約、最低月額料金は必要ありません。設定にサポートが必要な場合は、AWS プロフェッショナルサービスからサポートを受けることができます。また、世界中の Amazon Connect パートナーからもサポートを受けることができます。
Amazon Connect でカスタマーサービス体験を変革する準備はできましたか?お問い合わせください。
筆者について
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Parind Poi は、AWS プロフェッショナルサービスのシニアプラクティスリーダーです。AWS におけるカスタマーエクスペリエンス(CX)に関する深い専門知識を持つ専門チームを率いています。Parind は、クラウドによるカスタマーエンゲージメントに関するワークロードのモダナイゼーションの支援に情熱を注いでいます。 |
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Prashant Desaiは、AWS プロフェッショナルサービスのプリンシパルコンサルタントで、大規模なコンタクトセンターのクラウドへの設計と移行の経験を持っています。従来型およびクラウド型のコンタクトセンターにおいて合計 25 年以上の経験を有し、顧客ワークロードの最新化と顧客体験の簡素化のための革新的な方法を常に追求しています。 |
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Balkrishna Nadkarniは、Amazon Connectのプリンシパルテクニカルプロダクトマネージャーです。Amazon Connect の顧客の毎日をよりよくするため、Amazon Connectのルーティングソリューションの構築を支援しています。 |
翻訳はテクニカルアカウントマネージャー高橋が担当しました。原文はこちらです。