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弥生株式会社様の AI-DLC Unicorn Gym 開催レポート: 開発プロセスの再設計による生産性の限界突破への挑戦
本稿は弥生株式会社様と AWS Japan の共同執筆により、AI 駆動開発ライフサイクル(AI-DLC)Unicorn Gym の実践を通じて得られた学びと今後の取り組みをお伝えするものです。
はじめに
2025年、生成 AI の台頭により開発現場は大きな変革期を迎えました。弊社 (弥生株式会社) でも AI ツールの導入を推進してきましたが、従来の開発手法と AI のポテンシャルをどう融合させるべきか、プロダクトごとに異なる環境の中で最適な手法を模索している段階にありました。
こうした中、AWS が提唱する「AI 駆動開発ライフサイクル(AI-DLC)」が、開発プロセスを再定義する鍵になると考え、2025年12月10日から12日の3日間にわたって「AI-DLC Unicorn Gym」を AWS と共同で実施しました。本記事では、その実践から得られた学びを共有します。
これまでの課題
弥生株式会社では「AI 駆動開発」を掲げ、全社的に AI を活用してプロダクト開発の効率化を進めています。 一方で、個々のチームや個人の工夫に依存している部分がいまだに大きく、要件整理・設計・実装・テスト・運用までを一気通貫で支える “開発プロセスそのもの” の標準化にはまだ踏み込めていませんでした。
AI-DLC Unicorn Gym の実施内容
この課題に対し、弥生株式会社と AWS Japan は共同で「 AI-DLC Unicorn Gym」を開催しました。実際のプロダクトを対象として 3日間にわたって AI-DLC を実践し、その効果や導入に至るまでのギャップの検証に取り組みました。
今回の AI-DLC Unicorn Gym では、参加者が「AI チーム」と「サブスクチーム」の 2つの独立したチームに分かれ、それぞれ異なるプロダクトに対する機能の開発を通じて AI-DLC の効果を検証しました。ツールとしては AI IDE「Kiro」 を用いました。
| チーム名 | 取り組み内容 | 参加者構成 | 成果 | 開発所要期間 (推定値→実績値) |
|---|---|---|---|---|
| AI チーム | 分析用 AI チャットツール、データ連携基盤および情報受け渡しフローの実装 | エンジニア・ビジネス・デザイナー・マーケター・QA (計 12 名/ 3サブチーム) | 動作するモックの完成 (一部 API 連携を除く) | 1 ヶ月以上 → 2.5 日 |
| サブスクチーム | ユーザー登録・製品利用ライセンスの付与・認可 | エンジニア・マーケター (計 8 名/2サブチーム) | 動作するモックの完成 | 1 ヶ月以上 → 2.5 日
※品質比較未実施 |
AI-DLC Unicorn Gym の学び
実質 2.5 日という限られた時間の中で、AI-DLC を実際のプロダクトに投入することで見えてきた「理想と現実のギャップ」がありました。これらは単なる失敗ではなく、今後の開発プロセスの改善に対する重要な学びでした。参加者からは「既存製品の仕様や制約をどのようにインプットさせるかの障壁は高いですが、導入しないと時代の流れに取り残されそうな強い危機感を覚えました。」といった感想が挙がりました。
「まず会議」から「まず AI」へ:
AI-DLC Unicorn Gym の冒頭で私たちは「何を作るか」という議論で足踏みをしていました。正解のない不確実な領域で机上の議論にとどまり、多くの時間を費やしていました。この停滞に対し、「もっと早い段階から AI を活用しましょう」との助言を AWS メンバーからいただいたことが転換点となりました。自分たちだけで仕様を完璧に固めてから AI に渡すのではなく、言語化できていないモヤモヤした状態のまま AIに具体化してもらうフローへと切り替えました。
AI のアウトプットを議論の起点にすることで、不確実な状況下での意思決定が大幅に加速しました。人間だけで悩み続ける前に、AI に叩き台を作らせて判断することが会議の時間を短縮し、判断スピードを上げるための鍵となりました。
ロールの壁を越えるコラボレーション:
実装工程では、ロール(役割)の重要性を再認識しました。例としてフロントエンド実装において、デザイナーが書くプロンプトの解像度の高さには、エンジニア目線にはなかった視点が含まれていました。エンジニアでは言語化しにくい UI の勘所が、デザイナーの巧みなプロンプトによって具体化されました。同時に、ビジネスサイドが仕様の細部をその場で決断し、実装に反映させるサイクルも実現しました。並列でユニットの実装を進めることによる効率性と、上流工程における複数ロール間の協働こそが、AI-DLC を成功させるポイントであると実感しました。
一方でビジネスサイドやデザイナーも実作業に加わる中で、開発環境のセットアップで予想以上の時間をロスしてしまったことは大きな反省点です。また、作業が本格的なコーディングフェーズへ移行すると、エンジニア以外のメンバーがプロセスの詳細を追いきれず、議論から距離ができてしまう状況も発生しました。AI-DLC のメリットを最大化するためには、「誰もが即座にアウトプットに関与できる土台」と、「実装の進捗をチーム全員が直感的に理解できる共有の仕組み」が不可欠であることを認識しました。
AI 駆動の爆速並列開発を阻んだ「つなぎ込み」の壁:
AI チームにおいて、最大の学びとなったのは「ユニット統合(つなぎ込み)」における課題でした。
今回は開発の並列度を高めるため、一つの機能を、フロントエンド・AI エージェント・バックエンドの 3 つのユニットに分割し、サブチームに分かれて並列で実装を進めました。しかし、各ユニットを統合するフェーズでいくつかの課題が明らかになりました。
並列開発における最大の課題は、バックエンドとの最終結合まで、各ユニット間でのこまめなマージや中間共有が十分にできていなかったことです。人間同士の開発であれば、日々のコミュニケーションで補完し合えていた「認識のズレ」が、AI が圧倒的な速度でアウトプットを出し続ける環境ではコードの不一致として積み上がり、最終的な統合コストを増大させてしまいました。事前の Pact (契約テストフレームワーク) によるガードレール整備や、マージ前の取り込みが不十分だったこと、規約の不備によるコードの衝突と命名規則の不一致が主な要因でした。
AI-DLC の爆速開発を支えるのは、「自由」ではなく「規約」でした。初期段階でインターフェースを厳密に定義し、こまめな同期によって認識のズレを解消すること、この「ガードレールを敷きながら走る」開発プロセス設計の徹底が重要であると感じました。
今後の取り組み
AI-DLC Unicorn Gym で得た知見を単なる体験に留めず、実務へ還元していくために検討したいポイントをまとめました。
モブワークとスウォーミングによる停滞しない開発フローの構築:
同期的に意思決定を行う「モブワーク」と、自律的に並列実行する「スウォーミング」をシームレスに切り替える開発フローの適用を検討しています。 上流工程で複数ロールによるモブワークを徹底し、全員の認識を揃えた「ユニットオブワーク」へと落とし込みます。タスクを分解したのちに各メンバーが独立して動く「スウォーミング」へと移行することで、AI を休ませることなくフローを最大化するサイクルを構築していきたいと考えています。
AI との整合性を高める「ナレッジの資産化」:
人間と AI の協働によるポテンシャルを最大限活用するためには、AI が自律的に参照できる「共通のガードレール」の整備が不可欠です。 今後は、DDD(ドメイン駆動設計)に基づく業務知識や、TDD(テスト駆動開発)の指針などを Markdown 形式等で集約する “Docs-as-Code” の考え方を取り入れたいと考えています。AI エージェントが常に最新の設計方針や規約を参照できる状態を整えることで、人間はタスクの推奨案の提示や軌道修正といった、より高度な判断に専念できる環境を目指します。
判断のための専門スキルとマインドセットの底上げ:
AI が実装段階の大部分を担うようになることで、エンジニアの職能を「書くスキル」から「レビュー・判断するスキル」へとアップデートしていく必要があります。AI のアウトプットが正しいかを判定するには、これまで以上に深い専門知識が求められます。AI の回答を盲信するのではなく、その意図を正しく解釈し、的確に介入できるメタな視点でのスキルセットの構築を、個人・組織の両面で検討していきます。
まとめ
AI-DLC は単なるツール導入ではなく、「プロセスそのものを再設計する」意思決定が必要となるアプローチです。 机上の議論に時間を費やしてしまう前に、まずは AI と共に見えるものを高速に作り上げ、壊し、また作る。試行回数を増やすことが AI 時代の開発における重要な戦略であると感じました。
今回の AI-DLC Unicorn Gym は対面形式で行われ、チーム全員が常に画面を共有しながら意思疎通を続けるプロセスを実践しました。このワーク形式は常に脳をフル回転させ続ける、大きな疲労感を伴うものでもありました。しかし、その濃密な時間の中でその場ですぐに方針を決定し、プロダクトが猛スピードで形になっていく様子を体験できたことは、非常に大きな収穫でした。
今回の学びは個人に留まらず、チームとして AI をどう活用し、開発プロセスをどうアップデートすべきかという点に集約されています。すべてを明日からそのまま適用できるわけではありませんが、既存プロダクトや環境との違いを考慮しながら、一つずつ現場への適用を模索していきます。AI-DLC Unicorn Gym で得た新しい考え方・経験を、弥生株式会社の新しい開発文化へと繋げていきたいと考えています。



