AWS Startup ブログ

IPO 支援セミナー第3弾 @ Startup Loft – IPO の最大の悩み予実管理どうする? 技術部門が意識すべきポイント –

アマゾン ウェブ サービス ジャパンは IPO(新規上場)に関する悩みを抱えるスタートアップ企業の方々に向けて、2022 年 8 月に「上場を目指すスタートアップ必見!『上場準備で技術部門が取り組むべきセキュリティ対策と内部統制(IT 統制)』」を実施。2023 年 3 月には第 2 弾として実践編のセミナーを実施しました。

今回はその IPO 支援セミナーの第 3 弾として、2023 年 10月 11 日に「IPO の最大の悩み予実管理どうする? 技術部門が意識すべきポイント」と題したイベントを、アマゾン ウェブ サービス ジャパンの本社である目黒オフィスの AWS Startup Loft にてリアル開催。開発の予算管理や工数管理、プロダクトの資産計上など、上場準備に伴い必要となるタスクにどのように対応するかといった知見をお届けしました。そのレポートを掲載します。

<スピーカー>

ブリッジコンサルティンググループ株式会社 執行役員 本田 琢磨 氏

FiNX株式会社 代表取締役 後藤 敏仁 氏

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 Solution Architect 柳 佳音

IPO 準備会社が取り組むべき予算管理・工数管理

ブリッジコンサルティンググループ株式会社 執行役員 本田 琢磨 氏

ブリッジコンサルティンググループ株式会社 執行役員 本田 琢磨 氏

最初に登壇したのは、ブリッジコンサルティンググループ社の本田 氏。同社は、公認会計士人材の知見・経験を活用した経営管理支援サービスを展開するプロフェッショナルファームです。本田 氏はアジェンダとして、「1. IPO 全体スケジュールでの(予算管理・工数管理の)位置づけ」「2. 取引所からの要請事項」「3. クラウドサービス企業の論点」の 3 つを挙げ、順に解説しました。

まずは「1. IPO全体スケジュールでの(予算管理・工数管理の)位置づけ」について。企業が IPO を行う場合には、上図のようなスケジュールで各種の対応を進めていくことになります。このうち、今回のセミナーで取り扱うテーマは「資本政策(事業計画)作成」「資本政策(事業計画)アップデート」「証券審査対応」に関連する業務です。図に記載されたスケジュールから、IPO を行うよりもかなり前の段階から資本政策(事業計画)の作成や各種バリュエーション・ストックオプションの評価などをしていることが見て取れます。

上場審査には大きく分けて、引受審査(主幹事証券会社による審査)と公開審査(取引所による審査)があります。一般的には、引受審査が実施されるタイミングは直前期の第 3、4 四半期ごろで、審査期間は 5~6 カ月程度。その引受審査を経て上場申請がなされた後、取引所によって公開審査が実施されるタイミングは申請期の第 2、3 四半期ごろで、審査期間は 2 カ月程度です。

審査に通らない代表的な理由は以下が挙げられます。このうち、今回のテーマに関連するのが「業績の未達成」です。

・関連当事者取引、反社会的勢力との関係

・システム上のリスクに関する不備

・会計や開示の不適切な運用(誤り、不正、不祥事)

・内部統制、ガバナンス体制の不備

・業績の未達成(予実・業績数値の変動などの具体的な要因を注視)

本田 氏は次に「2. 取引所からの要請事項」について解説しました。上場審査の内容としては、上表の項目が挙げられます。このうち「(4)事業計画の合理性」の審査項目として「相応に合理的な事業計画を策定しており、当該事業計画を遂行するために必要な事業基盤を整備していること又は整備する合理的な見込みのあること」と記載されています。

上場審査で事業計画の合理性を検証する際には、上表のチェックリストに記載されているような要素を確認していきます。チェックリストの 1 – ④にある「立案した事業計画を遂行するために必要となる事業基盤(営業人員や研究・開発人員等の人的資源、事業拠点や設備等の物的資源、投資資金等の金銭資源など各種経営資源等)は整備されていますか」という記載からもわかるように、上場準備にあたって企業は予実管理の方針を定めておくことやその運用を適切に行うことが重要なのです。

本田 氏は最後に「3. クラウドサービス企業の論点」についても述べました。IT 企業が各種の研究開発やソフトウェア制作を行う場合、どのような性質のプロジェクトなのかによって計上する勘定項目の分類が異なります。

たとえば上図のように、新技術の研究開発は費用(研究開発費)として計上されます。ソフトウェア制作において、機能追加を行う場合には資産として計上されますが、対応内容がバグ修正の場合には費用として計上されます。システム開発の予実管理を行う場合には、こうした分類方法の定義を知っておく必要があるのです。

企業の CFO や各種の監査法人は、分類を行う際に「研究開発費等に係る会計基準」(1998 年公表)や「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(1999 年公表)など 20 年以上前に作成された会計基準をもとに判断しています。まだ、現行の会計基準が実務に追いついていない状況なのです。

これらの会計基準が現代のシステム開発の実態と乖離していることから、現状に即した指標として 2022 年に「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX 環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」という研究資料が公表されました。セッション終盤ではこの研究資料の内容をベースとして、汎用的なソフトウェアを SaaS として提供している企業 26 社についての分析が語られました。最後に、企業における予実管理のポイントについて本田 氏は述べ、セッションを終了しました。

技術部門が押さえるべき時価総額を最大化する予算管理

FiNX株式会社 代表取締役 後藤 敏仁 氏

FiNX株式会社 代表取締役 後藤 敏仁 氏

次に登壇したのは、FiNX 社の後藤 氏です。後藤 氏はかつて上場企業で CFO を務めていました。そして、FiNX 社ではクライアント企業の IPO 支援などを担当しています。本セッションでは、企業の時価総額を最大化するために、技術部門が予算管理において押さえるべきポイントを解説しました。

多くの場合、企業の上場時における時価総額の算定には「当期純利益 × PER」で計算する PER マルチプルという手法が使われます。そして、PER の数値は「類似」と「期待値」をもとに決まります。類似とは業種・業態・ビジネスモデルなどが他のどの企業に近いのかを、期待値とは将来的な利益の大きさとそこにたどり着くまでの事業の成長速度を意味しています。

財務諸表で扱う利益には複数の段階があります。売上総利益ならば「売上 – 原価」を算出した値、経常利益ならば「営業利益 + 営業外損益」を算出した値です。そして、投資家は特定企業の利益の内訳を分解して見ています。たとえば営業利益をもとに事業(経営)の実力値を確認し、当期純利益をもとに分配可能な利益額を見ているのです。

自社の時価総額を最大化する際には、これらの内訳のうちどの種類の利益を大きくするべきなのかを意識しておく必要があります。この前提情報をベースとして「世の中に存在する上場企業各社はどのような収益項目の内訳になっているか」「それが企業の業態・業種やビジネスモデルとどのように関係しているか」などを、いくつかの具体的な企業名を挙げて後藤 氏は解説していきました。そして、ここまでの説明内容を踏まえて「時価総額を最大化させるためには、利益計画が可能な限り順調に伸びるように設計することが大切」と述べます。

ここからは、エンジニアの活動費がどのように会計処理されるかについて説明しました。大まかに分けると「製造原価」「販売費および一般管理費(人件費、通信費)」「販売費および一般管理費(研究開発費)」「仕掛り/ソフトウェア仮勘定」「ソフトウェア」などの区分が存在します。

それぞれの活動費の区分は以下の通りです。これらの内容を頭に入れておくことで、システム開発の予算管理がしやすくなります。

<製造原価に含まれるもの>

・受託案件にかかった人件費、交通費、通信費等活動経費

・収益が出ている自社プロダクト等のソフトウェア減価償却費

・収益が出ている自社プロダクトの保守メンテ作業、AWS 費用等、通信費、セキュリティ関連サービス利用料、ソフトウェア費用等、エンジニアチーム用 Slack、Notion 等の利用料

<販売費および一般管理費(人件費、通信費)に含まれるもの>

・営業段階での提案活動

・経営会議等の打ち合わせ(請負案件等の進捗会議は原価)

・提案資料作成用のイラストレーター利用費、業界動向を知るための有料ネットコンテンツ

<販売費および一般管理費(研究開発費)に含まれるもの>

・企画段階やテストマーケティングフェーズなど、収益見通しが確かではない段階のソフトウェア開発

・新規開発ソフトウェアの実現可能性を調査したり検証したりする活動、プロトタイプを作成する段階のソフトウェア開発

・上記を目的として利用した AWS 費用、検証用端末費用

<仕掛り/ソフトウェア仮勘定に含まれるもの>

・受託案件の納品前のソフトウェア開発に係る人件費

・リリース前の(収益が見込める)自社プロダクト開発

・上記を目的として利用した AWS 費用、検証用端末費用

(開発中のソフトウェアは、P/L には一切影響はない。完成してから丸ごと原価計上されるか、ソフトウェア資産として減価償却される)

後藤 氏は最後に「ぜひ企業の CFO とうまく連携を取りながら、開発リソースのコントロールを計画してください」と結び、セッションを終えました。

パネルディスカッション・Q&A

ブリッジコンサルティンググループ株式会社 執行役員 本田 琢磨 氏(写真左)
FiNX株式会社 代表取締役 後藤 敏仁 氏(写真右)

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 Solution Architect 柳 佳音

ここからはアマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 Solution Architect 柳 佳音がモデレーターとして参加し、本田 氏と後藤 氏をスピーカーにパネルディスカッション・Q&A を実施しました。

まずは議題として「プロジェクトの人件費の管理」について語られます。IPO の準備を始めるにあたって、監査法人から「どのプロジェクトにどれくらいの人員が稼働しているのかを管理してほしい」と求められるケースは多いです。しかし、社員が複数の事業を担当していてプロジェクト単位で人員を案分することが難しかったり、日次で社員がプロジェクトごとの勤怠情報を付けることの負担が大きかったりという課題があります。

このテーマに対して、本田 氏は「コンサルティング業務でご支援をするなかで、複数のプロジェクトが並行して走っている場合には月初のタイミングで特定のメンバーが各プロジェクトにそれぞれ何%ずつ関与するかのアサイン計画を立てていただいた。実績に大きな乖離がなければ、その情報を一旦正しいものとして扱うところから始め、徐々に精度を上げていきました」と解説。

後藤 氏も同様に「技術部門のキーマンの方々と相談して、どのような活動をどれくらいの割合で取り組んでいくか、2 カ月くらい先のスパンまで決めていた。それにより、プロジェクトの利益と費用を調整していました」と述べました。

そうした方針でプロジェクト稼働状況を算出する場合には、計画と実績に乖離が出ないようにすることや、現場で働くメンバーから勤怠管理についての不満が出ないようにすることも重要です。

そのための対応策として、本田 氏は「計画と実績がなるべく一致するように社内の各ステークホルダーと連携を取りながら、なるべく計画通りになるように進めていくことが大事であり、大幅に乖離する場合にはモニタリングが必要」と述べます。後藤 氏は「普段からメンバーとの信頼関係を築いておくことで、勤怠管理の方針について協力してもらえる体制を実現することが重要」と解説しました。

セッション中盤以降は、会場の方々から質問を受け付け、本田 氏と後藤 氏がそれに回答していきました。

「アジャイル開発においてカンバンを用いてプロジェクト管理をしている場合、開発工数を各種勘定項目に計上する際の分類のコツはありますか」「現在、上場準備中なのですが、開発工数のデータ入力値と社員の勤怠データ入力値の不一致が多いため、主幹事証券会社から多くの指摘を受けています。どうすれば不一致を減らせるでしょうか」など、今まさに IPO の準備を進めている企業からの質問が多数。

また、「IPO を目指す場合、どのくらいの段階から IPO 関連の準備事項を調べておいたほうがよいですか」「IPO を行う何期前から、実績をチェックされますか」など、今後のことを見据えた質問も寄せられました。

各セッション終了後は、会場の方々が参加するネットワーキングパーティーも開催しました。他の参加者と談笑しながら有益な議論を交わす場は、リアルイベントならではの醍醐味です。課題や疑問について相談することで、相手から解決のためのヒントをもらえることもあります。また、会場で生まれたネットワークが、新たなビジネスのきっかけになることもあるのです。

アマゾン ウェブ サービス ジャパンは今後も、スタートアップ企業で働く方々にとって有益なセッションを実施してまいります。ぜひこの記事を読まれたあなたも、次回のイベントにご参加いただければ幸いです。


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