AWS Startup ブログ

経営と技術の融合を加速するスタートアップ CTO の挑戦を讃える「Startup CTO of the year 2022 powered by AWS」開催

あらゆる産業や生活の場にソフトウェアが溶け込む時代において、経営と技術の懸け橋となる CTO は、企業の成長や日本のデジタル化の未来を左右する重要な存在となっています。しかし、スタートアップの CEO や COO などビジネスサイドの人々が表彰される機会が増えている一方で、技術サイドのトップを担う CTO が表彰される場は少なかったのが現状です。

そのようなスタートアップの CTO にスポットライトを当てるため、2022 年 12 月 20 日に 「Startup CTO of the year 2022 powered by AWS」が開催されました(主催:株式会社ニューズピックス、協賛:アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社、株式会社はてな、Qiita株式会社)。今回はその模様をダイジェスト形式でレポートします。

*所属および役職等の情報については、2022年12月20日時点の情報を掲載しております

*本イベントシリーズは 2014 年より実施しております。過去のイベントダイジェストはこちらです

オープニング

イベントのオープニングでは、株式会社ユーザベース 代表取締役 Co-CEO/CTO、株式会社ニューズピックス 代表取締役 Co-CEO である稲垣 裕介 氏より開会のあいさつがありました。

株式会社ユーザベース 代表取締役 Co-CEO/CTO、株式会社ニューズピックス 代表取締役 Co-CEO 稲垣 裕介 氏

「Startup CTO of the year 2022 powered by AWS」は「経営と技術の分断をつなぎ直す 1 日」をテーマに掲げています。稲垣 氏はこのテーマをふまえ、自身のこれまでのキャリアについて述べました。ユーザベース社は稲垣 氏と梅田 優祐 氏、新野 良介 氏によって 2008  年に創業されました。稲垣 氏の当初の役割は CTO です。その後、2017 年に IPO(新規上場)をしたタイミングで体制変更を行い、CTO から CEO へと役職が変わりました。

「CEO になってビジネスサイドから会社を見たときに、CTO としての自分に足りていなかったものがわかりました。もっと、技術的な立場から経営に関与すべきだったと気づいたのです。ソフトウェアエンジニアが経営に参画して事業の未来を創ることができれば、日本はより元気になるという思いを抱くようになりました」と稲垣 氏は語りました。

そして、「Startup CTO of the year」をモノづくりや日本の未来を活性化する場にしていくことや、これまで多くの方々が築き上げてきた「Startup CTO of the year」のイベントを未来につないでいくことが自分たちの責務であると稲垣 氏は述べ、あいさつを終えました。

次に登壇したのは、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長の畑 浩史。「Startup CTO of the year」のこれまでの経緯や開催への思いについて述べました。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑 浩史

「CTO of the year」の試みがスタートしたのは 2014 年です。当時は、優れた CEO などビジネス系の人材を表彰するイベントは数多くあった一方で、CTO 関連のイベントは非常に限られていました。技術課題に取り組む CTO は、企業の成長を支える重要な存在です。そんな CTO の活動を積極的に広報するため、AWS は「TechCrunch Tokyo」関係者の方々とともに「CTO of the year」の表彰をスタートしました。

その後、毎年開催された「CTO of the year」ですが、「TechCrunch Japan」(運営:Boundless株式会社)の終了に伴い、一時はイベントが終わるかと思われました。しかし畑をはじめ多くの関係者は「『CTO of the year』の火を消してはならない」という思いを抱いたといいます。

「そんな折に、ご縁があり稲垣さんとお話をさせていただきました。そして、はてな社や Qiita 社にもご賛同いただき『CTO of the year』の再開が決まったのです。今年度からの『CTO of the year』は、エンジニア界隈だけではなくビジネスサイドの方々にもぜひご視聴いただき、技術と経営の、そしてエンジニアと非エンジニアの分断をなくすことにつながればと考えております。新しい形の『CTO of the year』を作っていきたいです」と畑は語りました。

PITCH CONTEST

いよいよ、本編であるピッチコンテストを実施。登壇するのは、事前応募のなかから厳正なる審査を経て選ばれた 6 名のファイナリストたちです。

1.FastLabel株式会社 開発統括 恋塚 大 氏

2.テックタッチ株式会社 取締役 CTO 日比野 淳 氏

3.株式会社ログラス CTO 坂本 龍太 氏

4.株式会社FLUX CTO Edwin Li 氏

5.株式会社スマートラウンド CTO 小山 健太 氏

6.株式会社ナレッジワーク CTO 川中 真耶 氏

写真左から、FastLabel株式会社 開発統括 恋塚 大 氏、テックタッチ株式会社 取締役 CTO 日比野 淳 氏、株式会社ログラス CTO 坂本 龍太 氏

写真左から、株式会社FLUX CTO Edwin Li 氏、株式会社スマートラウンド CTO 小山 健太 氏、株式会社ナレッジワーク CTO 川中 真耶 氏

最終審査員を務めるのは、グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者 / デジタル庁 CTO 藤本 真樹 氏やビジョナル株式会社 取締役 CTO 竹内 真氏、Chatwork株式会社 代表取締役 CEO 山本 正喜氏、MIRAISE Partner & CEO 岩田 真一 氏、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業本部 技術統括部 本部長 塚田 朗弘です。

FastLabel株式会社の恋塚 氏は「事業スケールを支える技術」というテーマで発表。同社は AI を活用して教師データ作成を効率化する AI データプラットフォーム「FastLabel」を提供しています。そして、プロダクトの提供だけではなく教師データ作成代行の事業も推進しているのです。この代行事業をスケールさせるため、非エンジニアであるデリバリーチームでも案件ごとに AI を制作し、教師データ作成を自動化できる仕組みを構築したことを解説しました。

テックタッチ株式会社の日比野 氏の発表内容は「プロダクトを堅実に伸ばすための大きな意思決定」です。同社の提供する「テックタッチ」のリリースから半年ほどが経った頃、度重なる各種の対応や機能追加によりコードが複雑化し、開発スピードが低下したといいます。その課題を解決するため、サービスで大きな割合を占める拡張機能をゼロベースで作り替える意思決定をしたことや、その開発を成功させるためにとった施策を述べました。

経営管理クラウド「Loglass」を提供する株式会社ログラスの坂本 氏は「お客様に徹底的に向き合うプロダクト戦略」と題して発表。100 社以上のヒアリングを通じて顧客の課題を可視化したことや、GitHub のブランチモデルをヒントにプロダクトのデータモデルを考えたことなどを述べます。最後には「自動運転が現実になる時代、企業経営は勘や経験に頼っていていいのか。人間が経営の意思決定を行う時代をログラスが終わらせる」と力強い言葉で締めくくりました。

株式会社FLUX の Li 氏の発表テーマは「高速成長を支える CTO の役割」。同社は 2019 年 1 月のプロダクトローンチから 2022 年 12 月までに、プロダクト導入数を 1,000 件以上に増やすほどの高速成長を遂げています。事業を支えるために CTO として取り組んだことを「技術優位性の確立」「優秀な人材の獲得」「エンジニアが成長できる環境の整備」という軸で述べました。

株式会社スマートラウンドの小山 氏は「前例なき課題に挑め – スマートラウンドの経営課題と挑戦」と題し、スタートアップ各社が抱える“大きな非効率”を解決するための取り組みを紹介しました。CTO は技術サイドのトップとして「プロダクト」「事業」「組織」などと徹底的に向き合う必要があります。小山 氏がそれらの課題をいかにして乗り越えてきたのか、実践的な知見と業務への熱量が伝わるピッチとなりました。

株式会社ナレッジワークの川中 氏は「規模が拡大しても耐えられる創業期のシステム・組織設計」をテーマに発表を行いました。創業期スタートアップは「PMF するために、なるべく早くプロダクトをローンチしたい」「技術的負債を蓄積しないように、初期フェーズにこそ丁寧に設計したい」という相反する思いを抱えています。それらの要件を同時に満たすために、CTO として取り組んだシステム・組織設計の手法を明かしました。

はてな × Qiita と考える。いま求められる、企業・個人の“情報発信戦略”

続いては、株式会社はてな 代表取締役社長 栗栖 義臣 氏と Qiita株式会社 代表取締役社長 柴田 健介 氏をスピーカーに迎え、株式会社レクター 代表取締役 / 一般社団法人 日本CTO協会 理事 広木 大地 氏をモデレーターとして「企業・個人の情報発信戦略」についてのトークセッションが開催されました。

写真左から株式会社はてな 代表取締役社長 栗栖 義臣 氏、Qiita株式会社 代表取締役社長 柴田 健介 氏

株式会社レクター 代表取締役 / 一般社団法人 日本CTO協会 理事 広木 大地 氏

多くのエンジニアはブログなどを通じて、自分たちの解決した事業課題や書いたソースコード、プロジェクトのなかで得た学びなどを情報発信します。そうした知見が他のエンジニアに届くことで、コミュニティ全体が活性化するという好循環が生まれるのです。ひいては、その情報発信が企業の技術ブランディングやエンジニア採用の成功につながります。

積極的に情報発信を行うための考え方として、栗栖 氏ははてな社のエンジニアのバリューズである「学びとオープンネス」を提示。これは、学び続けることとその過程で得た情報を社内外にオープンにし続けることが、エンジニアの成長を促すという概念です。「だからこそ、企業側は業務時間内にブログを書くことを許可するなど、アウトプットを促す施策をとっていくことが重要」と言及しました。

また柴田 氏は「アウトプットを継続すると業界内での認知度が上がり、書籍の執筆やイベントへの登壇など、その人のキャリアにとってプラスになるチャンスが舞い込んできます。情報発信は巡り巡って自分のためになると意識しましょう」と推奨しました。

またセッション内では「スタートアップで働くエンジニアは事業成長のための開発にフルコミットしなければならない。そうした多忙な状況のなかで、いかにして情報発信と向き合うか」といったテーマも語られました。

終盤で広木 氏は「文章を書く習慣が身につくと、ものごとをロジカルに考えたり、より良いソースコードを書いたり、人にわかりやすくものごとを伝えたりすることの訓練になる。まずは気負わずに、自分のために情報を整理して書き留めておくところから始めましょう」と総括し、セッションを終了しました。

なぜ、経営と技術の融合が必要なのか?ビジネスとテクノロジーの関係性を学ぶ 50 分

次はトークセッション「なぜ、経営と技術の融合が必要なのか?ビジネスとテクノロジーの関係性を学ぶ 50 分」を実施。グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者 / デジタル庁 CTO 藤本 真樹 氏とビジョナル株式会社 取締役 CTO 竹内 真 氏、株式会社一休 代表取締役社長 榊 淳 氏、株式会社PKSHA Technology 代表取締役 上野山 勝也 氏をスピーカー、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑 浩史をモデレーターとして、「テクノロジーが変える、ビジネスの未来」「経営と技術の理想の関係性とは?」「求められる思考法やスキルとは?」などのテーマに基づいて議論しました。

写真左からビジョナル株式会社 取締役 CTO 竹内 真 氏、グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者 / デジタル庁 CTO 藤本 真樹 氏

写真左からアマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑 浩史、株式会社一休 代表取締役社長 榊 淳 氏、株式会社PKSHA Technology 代表取締役 上野山 勝也 氏

1 つ目のテーマである「テクノロジーが変える、ビジネスの未来」に関連して、上野山 氏は“Software is eating the world”という有名な格言を挙げます。世界中のほとんどの業界がソフトウェア産業化しており、今後もその傾向は続いていくこと。さらに、大多数のソフトウェアが AI 化していく可能性があることを上野山 氏は述べました。

竹内 氏は「だからこそ逆説的に、ソフトウェアや AI では実現できないことの価値が相対的に高くなっている」とも言及。ソフトウェアや AI によって効率化・価値創出する領域が増えていく一方で、そうではない部分に“人間らしい付加価値”を出していくことの重要性も残り続けると話しました。

2 つ目のテーマである「経営と技術の理想の関係性とは?」に、藤本 氏は「Google のように海外のテック企業では多くの場合、テクノロジーに精通する人間が経営者を務めている。前提として、経営と技術は一体であるべきで、それが理想だと考えています」と述べました。

また、榊 氏は自社が運営する高級ホテル・高級旅館専門予約サイト「一休.com」がまさに、経営と技術が結びついた事例であると解説します。「現在、各種の宿泊施設予約サイトで扱っている商品にはほぼ違いがないため、ユーザーエクスペリエンスが競争力の源泉になる。ユーザーエクスペリエンスの違いを生み出すのは技術であり、つまりは技術力そのものが経営力につながっていく」と説明しました。

3 つ目のテーマである「求められる思考法やスキルとは?」について、上野山 氏は「ソフトウェアはこれまで、人間の五感や思考を拡張してきた。人間とテクノロジーとを相互補完して共進化させるモデルを、いかにして設計するかが重要」と言及。

最後に総括として、パネリストたちは「CTO もしくはテックリードなど、企業の技術的な責任を担う人々が、この先どのような思考や行動をすべきか」についての意見を述べ、セッションを終了しました。

審査結果 – Startup CTO of the year2022 の発表

イベント最終盤には、いよいよピッチコンテストの審査結果を発表します。

オーディエンス賞に輝いたのは、ログラス社の坂本 氏です。審査員の塚田は「坂本さんは熱いピッチをされており、かつ顧客と徹底的に向き合う姿勢が印象的でした。ビジネスモデルを深く掘り下げていく姿勢や、他の方々にそれを広めていく過程が素晴らしかったです」とコメントしました。

坂本 氏は「オーディエンス賞はたくさんの方々に支持していただいたからこそ獲得できるものであり、非常にうれしく思います。弊社の技術的な優位性やオリジナリティーなどをどうすれば伝えられるかと試行錯誤し、100 回近くピッチの練習をしました。その甲斐もあり、視聴者のみなさんにログラスの熱意や事業の意義をお伝えできたと思います」と受賞の喜びを語りました。

続いて Startup CTO of the year2022 に輝いたのは、スマートラウンド社の小山 氏です。審査員の藤本 氏は「これは毎年言っていることですが、『Startup CTO of the year』は開催するごとに登壇者のレベルが上がっています。今回もその例に漏れず、いずれもレベルの高いピッチでした。経営というハイレイヤーの部分からプログラムの詳細に至るまで、すべてを見通して泥臭く仕事に取り組む小山さんの姿勢が評価できました」と感嘆の気持ちを述べます。

小山 氏は「このたびは業界の先輩方に評価していただき、本当にうれしいです。スマートラウンドはスタートアップ業界全体を変えるようなチャレンジをしていますので、事業のことを多くの方に知ってもらえる機会をいただけてありがたいです。先日、弊社はシリーズ A を迎え、これまでとは全く違う事業フェーズに入りました。経営課題を解決していくのが自分の仕事ですから、これからも引き続き頑張ります」と結びました。

こうして「Startup CTO of the year2022」の全プログラムは終了。最後に、審査員の方々がイベントの感想や将来の CTO へ向けたメッセージなどを述べました。


MIRAISE Partner & CEO 岩田 真一 氏

「経営的な観点を持っておられる CTO がとても多い印象でした。そうした方々は会社のミッションを深く理解し、CEO とタッグを組んで事業を推進されているのでしょう。日本から世界へと羽ばたくスタートアップがなかなか出てこない大きな理由のひとつは、経営陣に技術的なバックグラウンドがない点にあると考えています。だからこそ、経営視点を持った CTO がこのイベントに登壇されるようになったことを感慨深く思っております」


Chatwork株式会社 代表取締役 CEO 山本 正喜氏

「各社それぞれ、強みを持つポイントが異なっていました。さまざまなタイプの CTO を見ることができたのは、貴重な機会だったように思います。こうした形で切磋琢磨できる場があることで、CTO のレベルが大きく向上するきっかけになります。登壇者のみなさんは、CTO が表舞台に立って技術や経営のことを発信していく、素晴らしいロールモデルになってくださいました」


ビジョナル株式会社 取締役 CTO 竹内 真氏

「大変な選考だったのですが、その過程を通じて審査員のなかで『CTO of the year』の評価基準を明確化できたように思います。一つひとつの事業課題をいかにして泥臭く乗り越えたのか、そしてその過程や意義をどれだけ表現できたのかを問われるピッチとなりました。テクノロジーを扱う人間が経営やビジネスに寄り添わなければ、事業の未来はありません。登壇者の方々のピッチからは、まさに経営と技術の融合が感じられました」


アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業本部 技術統括部 本部長 塚田 朗弘

「先ほど登壇者の方々からお話をお聞きしてうれしかったのは、『登壇者 6 人の横のつながりができた』ということです。基本的に会社のなかに CTO は 1 名しかおらず、とても孤独な存在です。だからこそ、人と人とのつながりは本当に貴重ですし、イベントを通じてネットワーク形成に貢献できたらと思います」


グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者 / デジタル庁 CTO 藤本 真樹 氏

「今日、私たちは審査員という立場で『Startup CTO of the year 2022』にいますが、ひとたびこの場を離れれば、みな競争相手であり、お互い学び合う仲間であり、ともに切磋琢磨していく存在です。私よりも登壇者のみなさんが優れている部分がたくさんあると思います。だからこそ、これからも良い仲間として、一緒に頑張っていきましょう」