AWS Startup ブログ

Vercel + AWS で実現する「Best of Breed」戦略。開発速度と持続的成長を両立した SANU 社のアーキテクチャとは

目次

はじめに
サービス拡大に伴い、顕在化したノーコードツールの課題
Vercel と AWS を組み合わせた「良いとこ取り」の技術選定
将来の選択肢を狭めない「ビルディングブロック」の思想
Vercel と AWS はスタートアップの成長を加速させるパートナー

はじめに

スタートアップにとって、インフラの技術選定は極めて重要です。その選択が、事業の成長スピードや将来的なシステムの拡張性を大きく左右します。インフラ基盤として単一のプラットフォームのみを用いる企業も多い中、「複数のプラットフォームの良い部分を組み合わせる」というアプローチを用いているのが、株式会社 SANU です。

同社はもともと、ノーコードツールでサービスを開発していましたが、技術的負債の解消と開発生産性の向上を両立させるため、Vercel と AWS を組み合わせた構成への刷新を行いました。いわゆる「Best of Breed*」と呼ばれるこの戦略は、スタートアップのプロダクト開発にどのような利点をもたらすのでしょうか。

本記事では、株式会社 SANU テクノロジー本部 責任者の竹野 創平 氏、Vercel Inc. APJ カスタマーサクセスチームリーダー 兼 日本カントリーマネージャーの石原 ニコラス 氏、そしてアマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業本部 技術統括部 ソリューションアーキテクトの大越 雄太が、技術刷新の経緯とその効果について語り合いました。

株式会社 SANU は、「Live with nature. / 自然と共に生きる」をブランドコンセプトに掲げ、会員制シェア別荘サービス「SANU 2nd Home」を展開する企業です。日本全国33拠点**に自社設計のキャビンを展開し、サブスクリプションや共同所有などライフステージに合わせた形で自然の中にもうひとつの家を持つ、新たなライフスタイルを提案しています。建築(キャビン)とソフトウェアの両面からアプローチし、スマートフォン一つで予約からチェックインまで完結する、テクノロジーを活用したサービスを提供しています。

Vercel Inc.は、開発者に優れた開発体験を提供するフロントエンド開発・デプロイメントプラットフォームです。Next.js の開発元としても知られ、ブランチごとの自動プレビュー環境生成、画像の自動最適化、SEO 最適化など、モダン Web アプリケーション開発に必要な機能を標準で提供しています。「テクノロジーの民主化」を掲げ、スタートアップでも大企業と同等の最新技術を活用できる環境を実現し、開発チームがインフラに煩わされることなくプロダクトの本質的な改善に集中できるプラットフォームとして多くの企業に採用されています。

* Best of Breed とは、複数の異なるベンダーから優れたハードウェアやソフトウェアを個別に選択し、それらを組み合わせて一つのシステムを構築するアプローチのこと。
** 2025年10月時点

サービス拡大に伴い、顕在化したノーコードツールの課題

株式会社 SANU 竹野 創平 氏

大越:初期の頃、ノーコードツールでサービスを開発・運用されていたと伺っています。当時の利用の背景や課題感を是非教えてください。

竹野:私たちのビジネスは、自然の中にあるキャビンに滞在する体験が非常に重要です。この滞在体験がお客様に受け入れられるかどうかが、プロダクトマーケットフィット(以下、PMF)の第一段階でした。最初はシステムのアーキテクチャを丁寧に作り込むよりも、PMF を達成することが優先でした。

そのため、正社員のエンジニアは採用せず、業務委託のノーコードエンジニア 1 〜 2 名という小規模な体制で開始したのが始まりです。これは、私の入社前の話になります。しかし、ノーコードツールでの運用を続ける中で、さまざまな課題が出てきました。

サービス開始当初はサブスクリプションプランのみでしたが、事業の成長に伴い、複数のプランが追加されていきました。また、会員の皆さんにとって便利なサービスを目指すため、機能修正も行っていきました。しかし、ノーコードツールでは、こうしたビジネスルールを更新する際にバグが発生しやすく、品質を担保しながら柔軟に変更を加えていくことが難しいという課題がありました。

加えて、ノーコードツールでは始めは迅速に開発できる一方で、ロジックが画面と密結合しているという特性があります。そのため、複数のサービスプランを展開しようとすると、画面とロジックを丸ごと複製するような対応にならざるを得ませんでした。全プランで共通的なビジネスルールを変更する際に、複製したすべての箇所を修正する必要があったのです。

加えて、パフォーマンスのチューニングが困難である点も課題でした。最もパフォーマンスが悪かった時期は、予約画面が表示されるまでに 30 秒ほどかかってしまう状態になりました。

今後の事業計画を踏まえると、技術的な課題はますます深刻化し、いずれはシステムがボトルネックとなり事業拡大に支障が出ることが予測されました。そこで、今後の事業展開をスムーズに進められるように、複数のアプリケーションをそれぞれ独立して成長させ、裏側のビジネスルールも柔軟に改善できる体制を構築するために、技術刷新を決断しました。

Vercel と AWS を組み合わせた「良いとこ取り」の技術選定

大越:Vercel と AWS を組み合わせたアーキテクチャを選ばれたのは、どのような理由からでしょうか。

竹野:移行前のシステムはノーコードツールで構築されていたため、部分的な置き換えは不可能であり全面刷新が必須でした。その中で Vercel を選定した理由は、優れた開発者体験を提供するプラットフォームである点にあります。限られた工数で直感的かつ迅速にアプリケーションを構築できるため、エンジニアがインフラや運用に煩わされることなく、プロダクトの本質的な改善に集中できる環境を整えられると考えました。

例を挙げると、ブランチごとに開発環境が自動で生成される「ブランチプレビュー」のような機能は、開発生産性の向上に極めて有効です。当初はフロントエンドのみ Vercel でと考えていましたが、最終的にはバックエンドも Next.js を Vercel 上で動かすことにしました。

Vercel Inc. 石原 ニコラス 氏

ニコラス:そう言っていただけてありがたいです。Vercel では「Customer Zero」という「最初のユーザーは自分自身であるべきだ」という考え方を重視しています。自社製品を徹底的に使い込むことで、ユーザーのペインポイントや課題を深く理解できるのです。この姿勢が、私たちの開発の根底にあります。そして同時に、「最も大切な宝物は、お客様からのフィードバックである」という信念のもと、フィードバックを得つつ改善のサイクルを高速に回すことを大切にしています。

竹野:加えて、Vercel とは別にセキュリティや安定稼働を実現しながら事業成長に合わせて幅広い問題にアプローチできるクラウドサービスをひとつ導入したいと考えていました。AWS を選んだ理由は、前職の経験からサポートへの相談しやすさを感じていたことと、コストがリーズナブルであったことです。運用の安定性が求められるデータベースやストレージといった基盤部分には AWS を採用し、一方で開発スピードを重視して競争力を高めたい領域では Vercel を活用するという方針を取りました。また、将来的に新たな機能開発で別の機能が必要になった場合にも、まずは AWS の豊富なサービス群から選定を検討できるため、技術選定や初期セットアップにかかる工数を大幅に削減できる点も大きなメリットと考えています。

将来の選択肢を狭めない「ビルディングブロック」の思想

大越:単一のプラットフォームではなく、複数のプラットフォームを採用する「Best of Breed」にしたことで得られた利点についても教えてください。

竹野:統合型プラットフォームの課題は、段階的な変更が難しいという点です。技術的な制約の限界に達した時、全てを置き換える選択肢しかなくなってしまいます。複数のプラットフォームを用いることで、特定の問題に対して個別最適な解決策を採用していくことが可能になります。

合理的な境界に基づいて、ある程度領域ごとに進化させていけるアーキテクチャがカギでした。フロントエンド、バックエンド、データベース、認証などはやはりそういった領域に該当しますね。またこれらの領域は相互にも依存しているため、ただ分割するだけでなく、各領域間がオープンで広く普及しているプロトコルで接続されていることも重要です。

大越:AWS の考え方で言えば、「ビルディングブロック」に近い思想ですね。用途ごとに最適なブロックを選んで組み合わせるという考え方そのものです。これは、まさに将来の技術的な選択肢を狭めないための戦略だと感じました。

竹野:おっしゃる通りで、技術領域の特性に応じて「変化の速い領域」と「安定性が求められる領域」に、バランスよく対処できています。

たとえば、オブジェクトストレージのように技術的に成熟している領域では、多くの方が利用経験のある Amazon S3 を採用しています。エンジニア間の共通認識があるため学習コストや運用負荷が低く、設計方針の合意形成もスムーズに進みます。

一方で、フロントエンドの配信技術や AI の組み込みといった変化の激しい領域は、Vercel のようなプラットフォームに任せることで、常に最先端の技術を活用できるという信頼感があります。このように領域ごとに最適なサービスを使い分けることで、結果としてコミュニケーションや意思決定のコストを低く抑えることができ、少人数チームでも生産性を高く保てています。

アマゾン ウェブ サービス ジャパン 大越 雄太

大越:今後のグローバル展開において、現在のアーキテクチャはどのように活かせるとお考えですか。

竹野:私たちのグローバル戦略には、海外からの顧客誘致と海外拠点展開という 2 つの側面があります。いずれにせよ多言語対応や CDN による高速なコンテンツ配信が不可欠になりますが、それらは Vercel と Next.js の得意領域なので、スムーズに対応できると考えています。

ニコラス:Vercel と Next.js の根底には、「ビジネスにとって普遍的に変わらない価値」を大切にする思想があります。たとえば、ページの表示速度は速い方がいいし、画像は高品質な方がいい。そして、自社のサイトが検索結果の上位に表示されて困る企業はありませんよね。

Next.js には、こうした普遍的な価値を実現するための機能、画像の自動最適化や SEO に必要なタグ設定、リソースの事前読み込みによる高速化などが、すべて標準で組み込まれています。この機能は、Vercel の CTO である Malte Ubl が前職の Google で検索順位に関するプロジェクトを率いていた知見にも基づいており、非常に強力です。

竹野:ニコラスさんのお話にあった画像の最適化は、特に当社のビジネスで役立っています。SANU では、ブランドの世界観を伝えるために写真一枚一枚に強くこだわっています。そのクオリティを損なわずに、国内外のユーザーへ魅力を届けられるのは Next.js のおかげです。

今後は、海外の方に向けた特別な Web ページを設けることも計画しており、検索からの流入がより重要になります。Vercel と Next.js が持つ強固な機能が、これからさらに活きてくると確信しています。

大越:AWSならではのグローバル展開支援についても補足させていただくと、(2025年10月現在)世界38のリージョンと700以上のエッジロケーションを活用したインフラ基盤が大きな強みとなります。例えば、Amazon CloudFront を利用することで、世界中のユーザーに対してミリ秒レベルでの低レイテンシコンテンツ配信が可能になり、海外からのアクセスでも国内と変わらないユーザー体験を提供できます。

また、データベース層では Aurora Global Database を活用することで、複数リージョン間でのデータ同期をミリ秒レベルの低レイテンシで実現できます。これにより、海外展開時にも現地ユーザーに高速なデータアクセスを提供しながら、災害復旧やコンプライアンス要件にも対応できる堅牢なアーキテクチャを構築できます。

そして、AWS のグローバルスタートアップ支援プログラムでは、技術面だけでなく、各国の規制対応や現地パートナーとのマッチング支援も提供しています。技術アーキテクチャと事業展開の両面から、スタートアップの海外進出を包括的にサポートできる点が、AWS の特色だと考えています。

Vercel と AWS はスタートアップの成長を加速させるパートナー

大越:本日は、各社の視点からスタートアップの成長戦略について有意義な議論ができました。締めくくりとして、それぞれの立場から読者のみなさまへメッセージを述べましょう。

竹野:Vercel や AWS のようなサービスを活用し、アーキテクチャや技術選定を工夫することで、目の前の開発スピードを犠牲にすることなく、持続的な事業成長を行うことが可能です。Vercel は規模の大きなプロダクトの本番環境への適用も十分可能なので、この事例を読んで利用してくださる方が増えたら嬉しいです。

スタートアップは急速に成長する過程で、常に新しい課題に直面します。成長とともに解決すべき問題の難易度は上がり続けます。だからこそ、アーキテクチャは早い段階から未来を見据えて設計すべきだと考えています。短期的な要件だけでなく、次の課題に対応できる構造を持つことが、社会に大きなインパクトを与えるサービスを創出するための土台になります。

大越:AWS の持つ「技術的な選択肢の豊富さ」は、スタートアップのみなさまにとっての大きな利点になると考えています。その選択肢は AWS のサービスに限らず、Vercel のようなパートナー企業のプロダクトも含まれます。また、私たちソリューションアーキテクトとの議論を通じて、技術選定に留まらないサポートを提供できる点も、スタートアップの方々にとっての価値となるはずです。ぜひ、お気軽にご相談いただければと思います。

ニコラス:日本全国には、非常にクリエイティブで素晴らしいアイデアが数多く眠っています。しかし、多くのアイデアは、インフラ構築やコーディングといった実装段階で壁にぶつかり、形になる前に消えてしまいます。これは、社会にとって大きな損失であり、非常にもったいないことです。

Vercel の CEO である Guillermo Rauch が掲げる「テクノロジーの民主化」というコンセプトは、まさにこの課題を解決するためのものです。Vercel のような企業は、巨額の投資と年月をかけて研究開発を行い、その成果をサービスとして提供しています。これにより技術の民主化が進みます。例を挙げると、最近では Vercel AI SDK を通じて最先端の AI チャットボットや対話型インターフェースを迅速に開発することが可能になっています。

Vercel を用いることで、スタートアップでも大企業と同じ土俵で、最新の技術を活用できます。その上で、AWS が提供する優れたプリミティブ(基本的な構成要素)も取り入れ、両者の長所を組み合わせることが重要だと考えています。

AWS と Vercel は、プロダクトや企業のあらゆるフェーズを一貫してサポートできるパートナーです。これからも、あらゆるプロジェクトの成功を支援し、みなさまと共に業界を盛り上げていきたいです。