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株式会社村田製作所様の AWS 生成 AI 活用事例 : 3 万人利用の「Murata Coworker」を AI エージェント活用基盤へ進化させるまで

みなさん、こんにちは。AWS ソリューションアーキテクトの池田です。

AI エージェントの活用に取り組む企業が増える中、「どこまで任せるか」「どう統制するか」というガバナンスの問いは多くの企業に共通する関心事になっています。本ブログでは、村田製作所様に寄稿いただき、その実践例をご紹介します。AWS Summit Japan 2026 でも発表いただいた内容であり、同様の検討を進めている方にとって参考になるはずです。

全社 3 万人規模の生成 AI 活用から、責任ある AI エージェント活用基盤へ

株式会社村田製作所は、スマートフォン、自動車、通信機器、医療機器など、電気で動くあらゆる製品に使われる電子部品を提供する総合電子部品メーカーです。AI サーバーの普及はデータセンター向け電子部品の需要を飛躍的に拡大しており、当社は小型化・大容量化・高性能化を追求した電子部品の供給を通じて AI インフラを支えながら、自社でも AI を活用して変革を加速しています。

その中核を担うのが、生成 AI CoE がユーザー部門と共創しながら内製開発している全社生成 AI プロダクト「Murata Coworker」です。資料作成、翻訳、調査、社内データを活用した RAG/Agent などを統合的に提供するプラットフォームで、現在では累計約 3 万人が利用し、1 人あたり月約 3 時間の工数削減に加え、コミュニケーション品質の向上、知識共有の促進といった効果が確認されています。

本記事では、この Murata Coworker を「個の能力拡張」から「責任ある AI エージェント活用基盤」へと進化させていく取り組みを紹介します。

生成 AI 活用を、個の能力拡張から企業変革へ

村田製作所が目指す DX は、単なるデジタルツールの導入ではありません。当社では、ムラタ内外の人・組織・業務をデジタルでつなぎ、プロセスを短く・早く・見えるようにすることで、顧客価値と競争力の向上を継続的にドライブすることを DX と定義しています。

特に重視しているのが「デジタルツインサイクル」という考え方です。村田製作所はものづくりの会社であり、現場の力と現場の改善こそが競争力の源泉です。一方で昨今の AI は情報・サイバーの領域で急速に進化しています。当社は、このサイバーとフィジカルの 2 つの領域を結び、最適化・予測を現場に適用し、現場の知見を再びサイバーに持ち帰って次の最適化に活かす――このサイクルをいかに速く回せるかを、AI 活用における最大のミッションと捉えています。

デジタルツインをはじめとする Murata Coworker の内製開発の舞台裏や将来展望については、プロダクトマネージャーが語る、生成AIプロダクト「Murata Coworker」内製開発の舞台裏と将来展望(村田製作所 技術記事) もあわせてご覧ください。

この実現に向けて、生成 AI CoE は「独自データ × 生成 AI」によるビジネス価値創出をミッションに掲げ、戦略立案、技術開発、イネーブルメント、ガバナンス、プロダクト提供、基盤構築までを横断的に支援しています。攻め(AI 活用推進)と守り(統制)を同じ目線でバランスよく進めている点が、当社の特徴です。

知識創造プロセスを支援する Murata Coworker

村田製作所では、生成 AI を「個の能力拡張ツール」にとどめず、知識創造プロセスそのものを支援する仕組みとして位置づけています。経験者へのヒアリング、会話や議事録の要約、情報の探索・抽出・統合、関連性の発見、パーソナライズ学習など、知識の共同化・表出化・連結化・内面化の各プロセスに AI を組み込むことで、属人化、個別最適化、適応硬直化といった課題の緩和を目指しています。AI は人の業務を置き換えるものではなく、人が本質的な業務に集中できるよう知識創造プロセスを加速・高度化するものと捉えています。

Murata Coworker は、汎用的なチャット機能に加え、用途特化型の機能を継続的に拡充しています。なかでも社内で急速に普及しているのが資料作成支援機能です。リリース後、パワーポイント資料を一から作る人が激減したほど、実務への浸透が目覚ましい機能です。翻訳機能も単なる汎用翻訳にとどまらず、村田製作所の独自用語や社内略語をあらかじめ保持し、それに準拠した翻訳を実現することで、グローバル展開する当社の多言語コミュニケーションの品質向上に大きく貢献しています。このほか、ヘルプデスク支援など業務に即したアプリケーション群を提供しています。

ムラタ内製開発の生成AIプロダクト Murata Coworker

AWS を活用した AI エージェント基盤への拡張

生成 AI の活用が進むにつれ、企業における価値の源泉は、汎用チャットの利用から、独自データと業務プロセスを組み合わせた AI エージェント活用へと移行しつつあります。村田製作所では、Murata Coworker を AI エージェント活用基盤へ拡張し、Amazon Bedrock AgentCore を中心に、社内外データを活用した調査、ナレッジ検索、業務プロセス支援、システム連携を担う基盤として発展させています。Murata Coworker は単なるチャットボットではなく、村田製作所の知識・データ・業務プロセスを活用するための統合インターフェースへと進化しています。

AI エージェント活用基盤のアーキテクチャー

アーキテクチャ面では、AI エージェントの実行環境とツール利用の統制を中核に据え、独自データの参照、基盤モデルの活用、細やかな認証認可、ガードレール、監査・可観測性を組み合わせた構成を採用しています。基盤は AWS 上に構築し、Amazon Bedrock を通じて複数プロバイダーのモデルを用途・コスト・処理速度に応じて使い分けるマルチモデル構成としています。可観測性には Langfuse を活用し、全 LLM 呼び出しのトレース蓄積と可視化を実現しています。また、外部モデルや SaaS、社内データ基盤、Microsoft Entra ID を活用した認証基盤とも連携し、AI エージェントが業務で必要な情報やシステムに安全にアクセスできるよう設計しています。これにより、開発スピードを維持しながら、全社で再利用・拡張可能な AI エージェント活用基盤の構築を進めています。

Murata Coworker Architecture

社内外の知識をつなぐ Knowledge Hub

AI エージェント活用の重要な取り組みの一つが、社内外の知識を横断的に活用するための Knowledge Hub です。これは単なる調査支援ツールではなく、社内に蓄積された技術文書、市場調査レポート、特許情報、業務ナレッジなどを AI エージェントが安全かつ効率的に参照し、組織知として再利用できる状態にすることを目指すものです。個人や部門に閉じがちな知識を全社で活用可能なナレッジ資産として接続し、意思決定や業務遂行の質とスピードを高めることを狙っています。

1st リリースでは、OSS の gpt-researcher をベースに Deep Research Agent を構築し、社内外情報を活用した調査業務の効率化に取り組みました。しかし、利用するツールや参照先データが増えるにつれ、OSS の内部構造が複雑化し、ツールの追加・変更のたびに OSS 側の実装に踏み込む必要が生じるなど、ツール管理や安定性の面で運用上の課題が浮き彫りになりました。

そこで 2nd リリースでは、Amazon Bedrock AgentCore の一般提供開始(2025.10)を機に、フルマネージドの構成へ移行しました。AgentCore Gateway では、ツールを MCP(Model Context Protocol)経由で標準化された形で登録・管理できるため、gpt-researcher ベースでは都度必要だったツール連携の作り込みから解放され、ツールの追加・切り替えを設定ベースで安全に行えるようになりました。現在は、Web サイト検索、市場調査レポート検索、社内技術文書システム、特許システム、ITSM 検索の 5 種類を MCP サーバーとして独立したコンテナで実装し、社内外の情報を活用した調査・探索業務の効率化と、企業利用に必要な統制を両立しています。結果として、安定性、ツール利用の統制、可観測性が劇的に向上しました。

さらに、今後接続するデータソースやツールを段階的に拡充していくことを見据え、Semantic Search によるツール選択とコンテキスト圧縮を前提とした拡張性のある構成としています。ツール数が増えても、全ツール定義を毎回コンテキストに載せるのではなく、ユーザーの依頼内容に応じて必要なツールを動的に選択することで、トークン消費やレイテンシを抑えながら回答精度を維持・向上できる設計です。

ヘルプデスク業務を支援する ITSM Agent

もう一つの取り組みが、ヘルプデスク業務を支援する ITSM Agent です。Agentic RAG とオブザーバビリティを組み合わせ、社内 IT サービスに関する問い合わせ対応やナレッジマネジメントの効率化を進めています。ユーザーからの問い合わせに対し、ナレッジベースやチケット管理システムを参照しながら回答を生成し、その回答が適切だったか否かのフィードバックを日々蓄積します。

具体的には、Langfuse を活用した全 LLM 呼び出しのトレース管理、回答品質のスコアリング、データセット管理、Amazon CloudWatch によるコスト可視化などを通じて、継続改善ループを構築しています。蓄積したフィードバックとトレースをもとに、低評価だった回答や誤った参照を定期的にレビューし、原因をナレッジ不足・検索精度・プロンプト・ツール選択などに切り分け、その結果を評価用データセットに反映。プロンプトや検索設定を改善した際の回答品質を、このデータセットに対するスコアリングで回帰的に確認する運用を回しています。

ITSM のように対話の品質が重要な領域では、単に回答を返すだけでなく、フィードバックを継続的に溜めて改善し続ける仕組みこそが重要です。AI エージェントの企業導入では、回答の正確性だけでなく、監査性、トレーサビリティ、継続的な改善ループが不可欠であり、Amazon Bedrock AgentCore と Langfuse を組み合わせたオブザーバビリティ基盤を活用することで、開発・運用の省力化と品質改善を同時に実現しています。

責任ある AI エージェント活用を支えるガバナンスとガードレール

AI エージェントは、従来の RAG やチャットボットとは異なり、タスクの計画、ツール利用、外部システムとの連携、メモリ活用、複数エージェントの協調といった要素を持ちます。そのため企業利用においては、意図しない権限行使、許可していないサイトへのアクセス、想定外のツール利用、高コスト化、低品質な出力、機密情報漏洩、メモリ汚染、破壊的挙動、責任分界の曖昧化といったリスクへの対応が不可欠です。

AIエージェントの独自リスクと対策

AI エージェント特有のリスクを体系化したガイドライン

村田製作所には、もともと RAG をベースとした生成 AI ガバナンスガイドラインが存在していました。しかし AI エージェントの活用を本格化させる中で、既存ガイドラインが AI エージェント特有のリスクをカバーしきれていないことが明らかになりました。そこで AWS Generative AI Innovation Center のアドバイザリー支援を活用し、まずガイドラインの不足点を洗い出し、AI エージェントの知見を持つ AWS と協働して観点ごとにリスクと対策を体系化しました。

このガイドラインでは、自律性と権限委譲、AI エージェントの評価、Input リスク、推論プロセスリスク、メモリリスク、マルチエージェントおよび自律実行リスク、ツール利用リスク、業務プロセスへの影響リスクなどを体系的に整理しています。AI エージェントは推論を行い、短期・中期など複数のメモリを活用し、複数エージェントが協調して動作します。それぞれの段階にリスクが存在し、対策が必要だからです。あわせて、リスクレベル判定基準、HITL(Human-in-the-Loop)の実装方針、評価データセット設計、モニタリング・監査体制、Must-Not 行動の定義なども整備しています。

策定・展開にあたっては、いくつかの苦労もありました。当初はリスクを網羅的に洗い出したことで対策項目が膨大になり、そのまま現場に適用すると活用のハードルが上がりすぎてしまうという課題に直面しました。そこで、リスクレベル判定基準を導入し、リスクの高いユースケースに対策を重点配分する形へ整理し直すことで、すべてのリスクに一律で対応するのではなく、必要最低限の対策を絞り込む考え方を採用しました。また、ガイドラインを一度に完成させて配布するのではなく、実際に AI エージェントを開発・利用する社内ユーザーに使ってもらいながら、現場のフィードバックを受けて継続的に改訂していくアプローチを採ることで、実効性と現場の納得感を両立させています。

このガイドラインは AI エージェントの活用を制限するためのものではなく、安全に広げるための共通ルールです。生成 AI CoE では、各部門が自律的に活用を進められるようにしながら、最低限必要なガードレール、認証認可、モニタリング、評価、HITL の仕組みを共通基盤として整備し、全社統制と現場の自律性を両立する「ミドルアウト」の推進を目指しています。

二重構造で柔軟性と堅牢性を両立するガードレール

ガードレールについても、企業活動の多様なユースケースに対応するため、柔軟性・堅牢性・冗長性を備えた多層設計を重視しています。汎用ガードレールだけでは業務固有のセキュリティ要件に対応しきれないという課題から、当社は Amazon Bedrock のガードレール機能と NVIDIA NeMo Guardrails を組み合わせた二重構造を採用しています。NeMo Guardrails ではプロンプトで検査対象を調整できるため、ユースケースごとに逆質問ポリシー、回答ポリシー、ツール呼び出し制限などをエージェント単位で細かく制御しています。

この二重構造には、チューニングコストを抑える狙いもあります。基盤モデルは月次以上の頻度でアップデートが発生し、そのたびに単一のガードレールだけで安全性を担保しようとすると、モデル特性の変化に合わせた細かな再調整が必要になります。Amazon Bedrock のガードレール機能でモデルに依存しない共通的な安全対策を担保しつつ、業務固有の制御は NeMo Guardrails 側でプロンプトベースに調整できる構成とすることで、モデル更新時に一方の層だけを見直せばよくなり、チューニングの手間を分散・軽減できます。結果として、モデル更新に振り回されずに安定したプロダクト提供を実現しています。

「人 → Agent → ツール/データ」の認可チェーンを設計する

AI エージェント活用において、もう一つ重要なのが認証認可の設計です。従来の基幹システムでは「ユーザーからデータ」または「ユーザーからシステム」への認証認可を設計すれば足りましたが、AI エージェント時代には「人 → Agent → ツール/データ」という認可チェーンを考慮する必要があります。エージェントがユーザーに代わって処理を行い、さらに別のツールやシステムを呼び出す際には、権限が段階的に受け渡されていきます。加えて、あるエージェントが別のエージェントやツールを呼び出す再委任も前提となるため、単一の認可判定ではなく、権限委譲が連鎖する経路全体を「認可チェーン」として設計することが不可欠です。

村田製作所では、Application Load Balancer の OIDC 認証(ALB OIDC)と Microsoft Entra ID を組み合わせた認証基盤の上に、業務固有の細やかな認可設計を実装しています。Amazon Verified Permissions によるポリシーベースの認可判定を導入し、アプリケーションへのアクセス可否や編集権限など、アクション単位での制御を実現しています。RBAC(ロールベースアクセス制御)と ABAC(属性ベースアクセス制御)を組み合わせ、Cedar Policy Language を用いて認可ルールを記述。Microsoft Entra ID が保持する会社・部署などの属性、アプリ固有のユーザー属性、データ属性、例外許可、システム固有ロジックを Amazon DynamoDB で管理し、これらを組み合わせてユーザーが特定データへアクセスできるかを判定します。

こうした属性ベースの判定を、単発のアクセス制御としてではなく「人 → Agent → ツール/データ」の各ホップで評価することで、エージェントが処理を再委任する場面でも、その時々の主体と対象に応じた最小権限を適用できます。人の権限を単純にコピーするのではなく認可チェーンとして扱うことで、最小権限、職務分掌、条件付き許可、監査説明性を確保しやすくしています。エンタープライズ向け AI エージェントアーキテクチャにおいて、こうしたきめ細かな認証認可は必須の要件と考えています。

セキュリティと AI 活用を両立する「Trade-on」へ

村田製作所の取り組みの特徴は、AI 活用とガバナンスを対立関係として捉えていない点です。セキュリティを理由に活用を止めるのでも、活用を優先して統制を後回しにするのでもなく、両者を同時に高める「Trade-on」の考え方を重視しています。

その実現を支えているのが AWS のマネージドサービスです。Amazon Bedrock AgentCore による実行基盤、Amazon Verified Permissions による認可判定、Amazon Bedrock を活用した基盤モデル利用、Amazon CloudWatch によるオブザーバビリティを組み合わせることで、開発スピードを落とすことなく、企業向け AI エージェント活用に求められる安全性・拡張性・運用性を両立しています。

村田製作所では、Murata Coworker を単なる社内向け PoC ではなく、全社で日々利用される生成 AI 中核システムとして運用しています。内製開発を選択しているのは、アーキテクチャの設計、ガバナンスの運用、ユーザーとの共創を通じて蓄積される技術・業務ノウハウが、そのまま企業の競争優位につながると考えているからです。

今後は、Murata Coworker を AI エージェント活用基盤としてさらに拡張し、社内外システム連携、オペレーション再構築、そしてデジタルツインの実現へとつなげていく構想です。将来的にはフィジカル AI との接続・拡大も視野に入れており、サイバーとフィジカルの融合によって知識創造サイクルをさらに加速させることを目指しています。

当社が目指すのは、人と AI の好循環による創発型の経営変革です。人が価値ある問いを立て、Murata Coworker が全体最適を支援し、共創によって新たな価値創造につなげていく――生成 AI の活用を、個人の能力拡張からチーム、組織、企業全体の変革へと進化させる取り組みが進んでいます。村田製作所は AWS とともに、生成 AI と AI エージェントを安全かつ実践的に活用するための基盤づくりを進め、企業知性のデジタルツイン化に向けた挑戦を続けていきます。

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執筆者

鈴木 健太

株式会社村田製作所 データ戦略推進部 / 生成 AI CoE シニアマネージャー
総合電機メーカーを経て村田製作所に入社。データサイエンティストとして業務に従事する傍ら、生成AI CoEの立ち上げとリードを担当。現在もその推進を担いながら、生成AI関連プロダクト開発組織のマネジメントを務め、社内のAI活用高度化に取り組んでいる。

小金井 雄貴

株式会社村田製作所 データ戦略推進部 / 生成 AI CoE プロダクトマネージャー
大手食品メーカー、AIベンチャーを経て、2024年5月に村田製作所に入社。食品・エンタメ・消費財・広告・電子機器など様々な業界におけるデータ・AI戦略の策定から実行までをリード。現在は、内製開発生成AIプロダクトMurata Coworkerのプロダクトマネージャーを務める。