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三菱電機グループエンジニアコミュニティの新たな地平 – MAWS-UG が生み出す実務への好循環と次世代への継承
はじめに
みなさん、こんにちは。ソリューションアーキテクトの稲田です。
本記事は、2024 年 11 月に公開した「三菱電機グループエンジニアが作る新しい風 “Mitsubishi Electric AWS User Group (通称:MAWS-UG)” の軌跡」の続編です。前回記事では、三菱電機の一人のエンジニアの小さな行動から 300 人を超えるコミュニティ「MAWS-UG」へと成長した誕生ストーリーをお届けしました。MAWS-UG とは何か、どのように誕生したかについては、まずは前回記事をお読みください。
私はソリューションアーキテクトとして三菱電機グループを 4 年間担当させていただいており、MAWS-UG の成長をサポートさせていただきました。前回記事の公開から約 1 年。MAWS-UG は単なる技術交流の場を超えて、三菱電機グループの変革を牽引するコミュニティへと進化を遂げています。さらに、2025 年 1 月には AWS とデジタル領域における戦略的協業に向けた覚書を締結し、MAWS-UG の活動がより大きな枠組みの中でも重要な役割を担うことになりました。本記事は、大企業での技術コミュニティ形成や組織変革にご関心をお持ちの経営層や管理職の皆様、他社で同様の取り組みをご検討中の皆様にとっても参考になる内容となっています。
本記事では、MAWS-UG がもたらした具体的な成果と変化、そして次世代への継承に向けた新たな挑戦について深掘りしていきます。数字が物語る成長の軌跡、実務への昇華、そして経営層との対話まで。MAWS-UG が示す大企業変革の可能性を、メンバーの生の声とともにお伝えします。
扉が開いた瞬間 – 社外との出会いが変えたもの
前回記事の反響により、AWS 公式ユーザーグループ「JAWS-UG」や他社との技術交流機会が生まれました。これが、MAWS-UG にとって新たな扉が開かれた象徴的な出来事となりました。
AWS 公式コミュニティでの活動拡大
JAWS-UG 初心者支部・千葉支部合同 LT 会の企画中に、太田さん宛に「MAWS-UG の話をしてくれないか?」と打診あったことがきっかけに、MAWS-UG としてのはじめての JAWS-UG 初心者支部での登壇をすることになりました。このイベントを皮切りに MAWS-UG メンバーたちは積極的に AWS 公式コミュニティの運営側に参加するようになりました。
太田さんは「JAWS-UG 初心者支部運営として社外コミュニティ活動を続けていますが、数年前まで三菱電機は “AWS を活用する会社” としての存在感は薄かったと思います。イベント出展などの全社的な取り組みの成果もあると思いますが、今では MAWS-UG メンバの活躍や前回ブログをきっかけに三菱電機の AWS に対する取り組みに言及されることもかなり増えてきており、”AWS を活用する会社”としての認知度の向上を感じます」と語ります。
小川さんは「JAWS-UG 京都を夏から運営メンバーとして参加し、当社京都事業所メンバーも参加いただくことで、内的コミュニティから外的コミュニティへの遷移を促しています。また、本京都イベントから他社 Jr. Champion と交流が生まれ、現在では関西 Jr. Champion 会のアドバイザーを務めています」と語ります。
辻尾さんも JAWS-UG 横浜支部や E-JAWS 人材育成・クラウド推進体制分科会の運営メンバーとして活動し、「三菱電機のデジタル基盤『Serendie』の共創空間である Serendie Street で開催することで、社外と社内のエンジニアたちを繋げる場もつくることができています」と、その意義を語ります。
塚田さんは JAWS-UG AI/ML 支部で「オフラインイベントを主催するなどユーザーに対して貢献できるように対応しています。外部コミュニティ登壇の内容がきっかけで、商業誌出版なども実現しました」と、個人のキャリアにも大きな影響をもたらしています。
会社を越えた製造業の新たな架け橋
この社外への広がりで最も注目すべきは、JAWS-UG を超えて他の製造業企業との交流に発展したことです。これは日本の製造業全体にとって重要な意味を持ちます。
オムロン、村田製作所との交流では「E-JAWS をきっかけに同じ京都にある会社、3社で集まりました。製造業ならではの悩みなどを共有し、互いに刺激をもらっています」と小川さんは語り、新たな技術領域でのコミュニティ展開も計画しています。
さらに、同業他社であるパナソニック、ダイキンとの交流会も実施し、「同業他社ではありますが、同じ日本を支える製造業として一緒に日本を盛り上げていきたいと考えています。お互いの悩みやチャレンジを共有し、刺激しあっています。交流会をきっかけに関西内製化コミュニティを本格的に立ち上げ中です」と小川さんは語ります。
辻尾さんは「MAWS-UG のような 1 つの会社を横通しできるコミュニティの他、会社間の横通しも大事だと思います。日本の製造業をグローバルで盛り上げるには、共創と競争をうまく使い分ける必要があると思います。特に AWS の活用に関しては、性質上、情報そのものよりも鮮度が大切なのでそれらを業界で共有していくことで、もっと大きな社会課題に注力できるようになると思っています」と、その普遍的な価値を語ります。
一人の記事から始まった小さな波紋が、今や三菱電機と外部コミュニティ、そして他の製造業企業を繋ぐ大きな架け橋となっていたのです。これは、日本の製造業におけるデジタル変革の新たな可能性を示しています。
信頼が生む力-コミュニティから実務への展開
MAWS-UG で培った人間関係が、ついに実際のビジネスの場で真価を発揮する瞬間が訪れました。コミュニティでの交流を通じて築かれた信頼関係が、今度は会社の重要プロジェクトを支える力となっていたのです。
コミュニティから生まれた実働チーム
紅林さんが推進する三菱電機グループ全社の IT インフラのモダナイゼーションプロジェクト。この挑戦に、MAWS メンバーたちが続々と手を挙げました。
プロジェクトチームは順調に拡大し、50 名規模のチームに成長。数字以上に驚くべきは、そのメンバーたちの姿勢でした。従来とは異なるベンチャー気質な雰囲気やスピード感の中で、メンバーからは「このプロジェクトが楽しい!」という声が聞かれます。
MAWS-UG で培われた文化—フラットなコミュニケーション、失敗を恐れないチャレンジ精神、そして何より「楽しさ」を重視する姿勢が、プロジェクト運営にも自然に活かされていたのです。月 1 回開催されるプロジェクト懇親会も好評で、メンバーが業務時間中も終業後も楽しみながら取り組んでいる様子が伝わってきます。
会社がコミュニティを認めた日 – DXイノベーションアカデミー
「まさか会社から正式に依頼が来るとは思いませんでした」と小川さんは驚きを隠しません。
2025 年 4 月、三菱電機が DX イノベーションアカデミー(DIA)を新設し、2030 年までに DX 人財 2 万人を育成する壮大な計画を発表した時、そこで MAWS-UG に白羽の矢が立ったのです。クラウド人財育成のための AWS 講座の設計と講師を、MAWS-UG が担当することになりました。
この依頼によって、MAWS-UG は単なる 「業務外の有志コミュニティ」 からひとつ進化を遂げました。「本事例は会社からコミュニティへの業務依頼であり、会社としても MAWS-UG をトップエンジニアが集まる集団として認知しているという証拠です。まさに、会社とコミュニティが融合した事例と言えます」と小川さんは誇らしく語ります。
現場を知る講師たちの挑戦
MAWS-UG メンバーが設計した研修は、従来の座学中心の内容とは一線を画すものでした。「AWS 認定 SAA レベルの知識と現場での実践力を目指して、座学とオンライン自習、チーム実践演習のハイブリッド型研修を設計し、上期に約 40 人が受講し好評でした」
特に杉村さんは講師として強い想いを抱いていました。「DIA では、現場経験がある MAWS-UG メンバーが講師を務め、実際の現場で必要なスキルを厳選して講座を作っています。受講生のセキュリティ系のスキルがちょっと足りないかも…と感じたので AWS を安心・安全に使ってほしいという願いを込めて、そのポイントを教材に盛り込みました」
現場のエンジニアならではの実践的な視点を重視する姿勢が、この発言からも伺えます。
辻尾さんにとっても、この体験は特別なものでした。「自分が AWS に対して抱いているワクワク感を伝えつつ、受講者に現場で実践してもらえるような体験や学びを提供したいと考え、より実践的な内容としました。クラウドのご経験がない方も AWS でシステム構築できるぐらい、アウトプット中心の研修にしています。私たちも講師としては素人なので AWS より研修設計ができるようになるまでご支援をいただきました」
MAWS-UG の講師活動は、より大きな枠組みの中でも重要な役割を果たしています。2025 年 1 月に締結された三菱電機と AWS の戦略的協業に向けた覚書では、「AWS 教育プログラムを用いた DX 人財育成」が協業項目の一つとなっており、MAWS-UG が培ってきた講師経験や実践的な教育ノウハウが活かされることになります。
数字の向こう側にあるドラマ – 成長の軌跡
MAWS-UG の成長は、定量的なデータからも明確に読み取ることができます。しかし、数字の向こう側には、一人ひとりのドラマが隠されています。
飛躍的な資格取得と公式プログラム選出
最も象徴的な成果が AWS 全認定資格取得者(All Certification Enginerrs)の数です。「2024 年は 11 名だったのが 2025 年は 21 名まで成長しました。自分自身も刺激を受け、All Certification Engineers の1人となりました」と紅林さんは報告します。
さらに、AWS 公式プログラムでも躍進が目立ちます。AWS Jr. Champion に 2 名、AWS Top Engineer に2 名、AWS Community Builders に 2 名がそれぞれ選出されました。
小川さんは「Jr. Champion および次期 Jr. Champion の熱意はすごいです。現在、関西立ち上げから月 1 回ペースで開催し、多くの若者が参加しています」と、次世代育成への手応えを語ります。
活発な対外活動と地理的拡大
外部登壇も大幅に増加しました。小川さんは「年間 20 件程度の外部登壇を行い、AWS Summit 2025 では Community ブースでの登壇、AWS re:Invent 2025 では DevChat での登壇も予定しています」 と語ります。塚田さんも「個人で取り組んだ生成 AI に関連した内容だけで 2025 年は 10 件弱登壇させていただきました。中には多くの反響のいただけたものもあり、モチベーションや自信につながっています。三菱電機としてもAWS Summit 2025 Breakout Sessionをはじめ、様々な機会といただき多くの方と交流する“きっかけ“となっています」と活発な発信を続けています。
関西 MAWS-UG も順調な発展を見せ、「関西でのイベントが多く、三菱電機モビリティ株式会社 三田事業所 で開催したときは 30 人くらい増えました。首都圏から離れた地域での MAWS-UG イベントを増やすことで、製造業でのクラウドシフトや会社全体での文化醸成を達成することができます」と小川さんは分析しています。
対等な議論が生まれた場-経営層との新たな関係
「事業部門の壁をテーマに幹部 VS MAWS-UG の構図でディスカッションを実施しました。ポスターで大分遊んでしまいましたが、幹部も面白がって企画に乗っていただけました(この遊び心が大事!普通の部門なら恐ろしくてできません!)」
小川さんが振り返るこの出来事は、MAWS-UG が達成した最も画期的な変化の一つでした。経営幹部とエンジニアコミュニティが対等に議論する場の実現—それは従来の三菱電機では考えられないことでした。
発見された視座の共通性
ディスカッションを通じて興味深い発見がありました。「MAWS-UG メンバーの意見は幹部に近いところがかなりありました。つまり、MAWS-UG 運営を通じて、共創や人財育成などのマインドセットが備わったことにより、幹部に近い視座を獲得できたといえます」
小川さんはこの体験から深い学びを得ています。「コミュニティの運営をするということは、人を巻き込むためのマネジメントをイベントを通じて経験していくということです。人として成長していくためには、こうした実践を通じた経験をどれだけ濃密に詰めるかなので、コミュニティのような小規模で経験を積んでいくのは得るものが多いと言えます」
Melco Day – 三菱電機グループ最大の技術イベント
この新たな関係性を象徴するのが、三菱電機グループ向け AWS 社内イベント「Melco Day」です。2019 年に開始されたこのイベントは、参加者が 100 名程度から 2025 年には 2100 名を超える大規模イベントに成長しました。2025 年で第 5 回目を迎えるこのイベントは、2 つの基調講演、5 つの事例セッション、8 つのライトニングトークで構成され、基調講演には三菱電機 専務執行役 CDO・CIO、デジタルイノベーション事業本部長 武田聡氏や DX イノベーションセンターセンター長の朝日宣雄氏が登壇し、事例セッションでは実際のクラウド活用事例を、ライトニングトークでは全国の製作所からクラウド利用のチャレンジ事例が発表されました。
辻尾さんは、このイベントの意義を次のように語ります。「MAWS-UG ができる前から開催してきた三菱電機内の事業や業務の AWS 活用事例やノウハウを共有するイベントとして「Melco Day」があります。この中で、MAWS-UG のメンバーも登壇や企画の面で積極的に関わっており、さまざまな事業や業務の現場リーダーと横のつながりを更に強化できたことは、三菱電機のサイロ打破に繋がっていると感じています」
「この場においても、MAWS-UGのメンバーが複数名登壇し、技術的な話題だけでなく組織横断で仲間を作ることの重要性についても多くの方に伝えられました」と紅林さんは語ります。そして何より印象深いのは、紅林さん自身の感慨です。「前回の Melco Day 2023 の懇親会で知り合ったメンバーと MAWS-UG を立ち上げ、Melco Day 2025 でこのように注目を集めることができたことは、非常に感慨深いものでした」
MAWS-UG を立ち上げた頃は「少数の AWS 好きの集まりの様に見えたかもしれませんが、今では社内でも重要なグループであると捉えていただいていると思います」と紅林さんは振り返ります。
“お節介おじさん”たちの想い – 次世代への継承
「やや愚痴ですが、後継者がいません」- 小川さんのこの言葉には、MAWS-UG を築いてきた先駆者たちの切実な想いが込められています。成功を収めた MAWS-UG が直面する最大の課題。それは、この文化と情熱をどう次世代に引き継いでいくかということでした。
“お節介おじさん”としての覚悟
小川さんは関西 Jr. Champion 会での体験を振り返ります。「なんてキラキラした若手がいるんだ!と毎回感動してしまいます。でも彼らに話を聞くと、『先輩に連れてこられた』『先輩に薦められて登壇した』という人が多く、早くから Top Engineer や先輩 Jr. Champion に触れる環境が大切だと言えます」
この気づきが、小川さんに新たな使命感を与えました。「正直、だいたい頭の中にあった自分のやりたいことは概ねできました。ここからは次の世代につなげることが大事です。メンバー数をやみくもに増やすことはせず、しっかりとした三菱電機の新しい文化として次の 100 年に向けて確立していくことが必要です。そのためにも、若手を MAWS-UG の場に引きずり出す”お節介おじさん”としての役割を担っていくこととします」
この”お節介おじさん”という表現に込められたのは、単なる世話焼きではありません。それは、若い才能を見出し、背中を押し、機会を作り出す。そんな積極的な関与への意志でした。
好循環の設計図と門戸開放
紅林さんも、同じような想いを抱いています。「ユーザーコミュニティができたことで、社内の横のつながりが拡大してきています。このつながりを活かして、技術的な相談をもっと活性化させたいと考えています」
そのビジョンは具体的でした。「相談が活発になれば、相談を受ける側はスキルアップでき、相談する側は悩みが解消されて前に進めます。そこから新たな社内事例が生まれ、社内外で発表する機会につながります。発表を通じてメンバーのモチベーションが上がり、コミュニティがさらに活性化する。このような好循環を作りたいと考えています」
また、紅林さんは初心者への配慮も忘れません。「まだまだクラウドに触れたことが無い方も多く社内にはいますので、最初の一歩を踏み出しやすい環境・雰囲気作りができればと思います。楽しい雰囲気を伝えること、また自分たちも楽しいと感じることが重要だと思います」
技術レベルに関係なく、「やってみたい」という気持ちを大切にする文化—それこそが、次世代への最大の贈り物なのです。
最後に辻尾さんは、日本の製造業の変革について語ります。「日本の製造業も時代に合わせて変化していく必要があると考えています。従来はリソース効率にとらわれすぎていましたが、いまは社会やお客様の課題解決につながる活動が必要です。そのためには、広範囲のスキルセットに対する学びの場と、個性やスキルを発揮できるビジネスの場が重要です。MAWS-UG のようなコミュニティは、個人レベルで広範囲に学びはじめるきっかけの場として機能し、製造業におけるリソースマネジメントの変革につながると考えています」
最後に、三菱電機 専務執行役 CDO・CIO、デジタルイノベーション事業本部長 武田聡氏から MAWS-UG への期待のメッセージをいただきました。
「MAWS-UG の皆さんの活動を見ていて、まさに『変革は現場から始まる』ということを実感しています。技術への情熱を持った一人ひとりのエンジニアが、部門の壁を越えて自発的につながり、学び合い、そして実際のビジネス成果につなげている姿は、まさに私たちが目指す DX 人財の理想の形です。皆さんには、これまで培ってきた横のつながりと実践的なノウハウを活かして、より多くの仲間を巻き込み、三菱電機グループ全体のデジタル変革を牽引していただきたいと思います 」
おわりに
前回記事から 1 年、MAWS-UG は単なる技術コミュニティを超えて、三菱電機グループの変革を牽引する存在へと進化しました。50 名規模のプロジェクトでの実働、経営層との対等な議論、他社との連携拡大。認定資格全冠保有者の倍増、AWS 公式プログラム選出者の輩出、年間 20 件を超える外部登壇—これらの成果が語るのは、一人ひとりの情熱が組織全体を変革する力となったドラマです。
しかし、真の価値は数字の向こう側にあります。部門の壁を越えた協業、失敗を恐れないチャレンジ精神、そして「楽しさ」を重視する文化。これらは単なる AWS の技術習得を超えて、三菱電機の働き方そのものを変革する力となっています。若手を MAWS の場に「引きずり出す」”お節介おじさん”たちの想いが、次の 100 年に向けた新しい文化として根付こうとしています。
他の大企業や組織で同様の課題を抱える皆様にとって、MAWS-UG の軌跡は一つの道標となることでしょう。「一人のエンジニアの小さな行動」が「組織全体の変革」へと発展する可能性—それは、”お節介おじさん”たちの情熱があれば、どこにでも実現できるのです。ぜひみなさんも一歩踏み出してみてください。






