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東京海上日動システムズ株式会社様の AWS 生成 AI 事例:金融業界初 AI-DLC Unicorn Gym による開発変革への挑戦
はじめに
以前、AWS は東京海上日動システムズ株式会社様(以下同社)との生成 AI を活用したアプリケーションモダナイゼーションの取り組みについてブログで紹介しました。この取り組みでは、Amazon Bedrock を活用し、レガシーな Java アプリケーションをサーバーレスアーキテクチャへモダナイズするプロセスを効率化する方法論の基礎を構築しました。現在同社では実際のプロジェクトへの適用が進められています。
同社では生成 AI の可能性を多角的に探求されており、アプリケーションモダナイゼーションと並行して、より根本的で緊急性の高い課題である「開発生産性の抜本的向上」にも取り組まれています。本ブログでは、この継続的な先進的取り組みの一環として2025年8月に実施された、金融業界初の AI-Driven Development Life Cycle (AI-DLC) Unicorn Gym について紹介いたします。
開発生産性向上への課題とこれまでの取り組み
同社では、これまでも開発生産性向上のために様々な取り組みを実施してきました。特に注目すべきは、設計書からソースコードを生成する「コード生成基盤」の構築です。この基盤は2年間の開発期間を経て本番環境で稼働しており、プログラミング工程において約 30% の外部委託費削減を実現しています。
これらの取り組みは着実な成果を上げている一方で、同社が目指すより大きな変革には、さらなる革新的なアプローチが必要でした。同社戦略企画部の山下様は、現在のIT業界では人材不足が深刻化しており、効率的な開発手法の確立が急務であると考えられています。現在同社は、ビジネス側である東京海上日動火災保険株式会社様が抱えるシステム的課題に対して開発体制が不足しており、すべての要望に応えきれていない状況にあります。コード生成基盤などの既存の取り組みによる生産性向上は 10~20% 程度となっていますが、この構造的な人材不足とシステム需要のギャップを埋めるためには、10倍、20倍といった抜本的な生産性向上が求められています。
山下様は、この課題を5年以内に段階的に解決していく考えであり、成果を出すためには今から取り組みを開始することが不可欠であるため、1日でも早く着手したいと考えられています。従来の延長線上での改善では、このギャップを埋めることは困難な状況でした。
AI-DLC:ゲームチェンジャーとしての 新しいアプローチ
このような課題に対し、AWS は AI-DLC を提案しました。AI-DLC は、要件定義からリリースまでの開発プロセス全体に AI を深く組み込むことで、従来のアジャイル開発で2週間かかっていた1スプリントを、1日や半日の「Bolt」という単位に圧縮する開発手法です。AI-DLC の詳細については、AI-DLC のホワイトペーパーと日本語の解説ブログをご覧ください。
同社は、AI-DLC について、単なるコード生成やテスト自動化といった部分的な改善ではなく、要件定義からリリース、運用まで全工程を AI で支援するコンセプトであり、まさにゲームチェンジャーになり得ると評価されました。
お客様にAI-DLCの導入を検討いただくにあたり、AWS は「AI-DLC Unicorn Gym」というワークショップ型プログラムを提案しました。これは、AI-DLC を組織の特徴やニーズに合わせてカスタマイズし、実際のプロダクト開発を通じてその効果を検証するプログラムです。2025年8月26日と27日の2日間にわたり、金融業界初となる AI-DLC Unicorn Gym が同社向けに実施されました。
AI-DLC Unicorn Gym の実施と成果
今回の AI-DLC Unicorn Gym では、同社から4つの異なるシステム・部署のチームが参加し、システム部門の他にビジネス部門である東京海上日動火災保険株式会社様、およびパートナーの担当者が協力して実際のプロダクト開発を通じて AI-DLC の効果を検証しました。プログラムは AWS プロトタイプ&カスタマーエンジニアリング本部のシニアソリューションアーキテクト金森と福井によって実施され、各チームには AI-DLC に精通した AWS ソリューションアーキテクトがサポートとして配置されました。
1日半という短期間での開発にも関わらず、4つのチームが実際に動作するシステムの初期版を完成させ、1つのチームはテスト環境へのデプロイまで完了しました。従来であれば数週間から数ヶ月を要する開発作業が、AI-DLC により劇的に短縮されたことが確認されました。
チーム名 | 対象システム | 取り組み内容 | 参加者構成 | 期間 | 従来開発期間 |
基幹系システムチーム | 基幹系システムの周辺Webシステム | 既存システムの新規画面追加 | ビジネス部門・システム部門・パートナー(計 10 名) | 1.5日 | 2-3ヶ月 |
生成 AI プラットフォームチーム | 社内情報検索システム | 新規開発 | システム部門(計 3 名) | 1.5日 | 1ヶ月 |
マイグレーションチーム | 社内 VBA ツール | 既存VBA の Web アプリケーション化 | システム部門・パートナー(計 4 名) | 1.5日 | 1ヶ月 |
アジャイル開発チーム | 社内生成AIアプリケーション | 既存アプリの新規機能追加 | ビジネス部門・システム部門(計 7 名) | 1.5日 | 数週間 |
AI-DLC Unicorn Gym からの学び
今回の AI-DLC Unicorn Gym を通じて、参加者の皆様から多くの貴重なフィードバックをいただきました。特に印象的だったのは、ビジネス部門の参加者から寄せられた現場判断の重要性に関する気づきです。
ビジネス部門の参加者からは、「AI を用いた開発速度の速さにより、画面 UI やモックアプリが早くできる。これにより開発途中から使用者である現場社員に確認できる。迅速な判断が可能になり、生産性と品質向上につながることを実感した」という声が聞かれました。微調整や要件修正が驚くほど早くできる AI-DLC の特性により、従来のような段階的な承認プロセスではなく、現場判断による迅速な開発サイクルの有効性が確認されました。
システム部門の参加者からは、環境制約などの技術的課題を早期に検出できることの価値が指摘されました。従来であれば1ヶ月ほどかけて概念実証を行った後に判明していた制約事項が、1.5日という短期間で発見できたことで、プロジェクトの手戻りリスクを大幅に削減できる可能性が示されました。
また、AI が高度な設計手法の知識を持っているため、これまで実案件への導入の難易度が高かった、ドメイン駆動設計のような高度な設計パターンもAIと協力することで、スムーズに導入でき、全体の品質向上につながることが確認できました。これにより、より多くの開発者が高品質なシステム設計に取り組めるようになる可能性が示唆されました。
今後の展望と組織変革への取り組み
今回の AI-DLC Unicorn Gym の成果を受け、同社では組織全体への展開に向けた具体的な検討を開始されています。同社の山下様からは下記のコメントをいただいております。
IT 業界の人材不足・コスト課題が深刻化する中、AWS が提唱する AI-DLC が真のゲームチェンジャーになると確信しています。今回の実証実験を通じて、開発プロセスの根本的変革の可能性を実感しました。
その一方で、AI 駆動開発については小規模な新規システムへの適用で良好な結果を得られましたが、既存システムの改修や大規模なシステムへの適用については、トークン数の制約などの技術的な検討事項があり、さらなる検証と最適化のアプローチを模索していく必要があると考えています。
そのため、こうした様々な検討事項を解消しながら組織全体での本格的な導入を進め、数年後には飛躍的な生産性向上と競争力強化を実現したいと考えています。
金融IT業界の新たな変革期において、AWS との協業を通じてこの革新的な取り組みを牽引し、業界全体の発展に貢献していきたいと考えています。
組織変革の観点では、ビジネス部門内でも現場の意見を取り入れやすくする仕組みにし、技術チームと現場社員の橋渡しを容易にする組織的な改善の必要性も示されました。これにより、AI-DLC の特性である迅速な開発サイクルを最大限に活用できる体制の構築を目指されています。
AI-DLC の組織的な導入には、技術的な知識向上だけでなく、組織のプロセスやマインド変革、人材育成の観点からの根本的な改善や継続的な改善が重要です。今回先進的な取り組みをされた同社のように、IT チームだけではなくビジネスサイドの協力、改革も必要となってきます。
まとめ
今回の AI-DLC Unicorn Gym を通じて、金融機関のシステム開発における AI-DLC の適用可能性が実証されました。基幹系システムから社内ツールまで、システム種別を問わず効果を発揮し、既存機能のカスタマイズと新規アプリケーション開発の両方に対応できることが確認されました。
今回の取り組みについて、アマゾンウェブサービスジャパン合同会社フィナンシャルインダストリー技術本部 本部長の布目拓也は「この AI-DLC は新しい取り組みとなっている。まだ AI-DLC も実験段階ではあるが、ここまで成果を出していただいて嬉しい。この成果をもとに、ビジネスサイドとシステムサイドが相互理解を深め、有機的に結びついて迅速に変革を起こしていく仕組みとしてご活用いただけることを期待しています。今後とも AWS は貴社の信頼されるパートナーとして、AI の効果的な使用方法などについて並走していきたい。」とコメントしています。
同社のような先進的な取り組みは、同様の課題を抱える他の金融機関にとっても重要な知見を提供しています。人材不足と急速に増加するシステム需要のギャップを埋めるためには、従来の延長線上での改善ではなく、AI-DLC のような抜本的なアプローチが解決の鍵となることが浮き彫りになりました—この変革のチャンスを掴むタイミングは、今この時ではないでしょうか。
AWS は今後も、お客様の継続的な変革を支援し、信頼されるパートナーとして並走してまいります。AI-DLC の更なる発展と普及を通じて、業界全体の開発生産性向上に貢献していきたいと考えています。