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クラウドの1兆ドルの価値を解き放つ
クラウド移行のビジネスケース
私はこれまで、いくつかの企業がクラウドのビジネスケース(大きな投資や戦略的取り組みを行う際に、それによって組織が得られる価値や経済的利益を説明する文書のこと。実施の妥当性を判断するために利用される)を組み立てて精査するのに苦労しているのを見てきました。 直感的に、彼らはその投資が根拠のあるものであることを分かっています。しかしながら、彼らはインフラストラクチャのニーズを予測することに行き詰まり、クラウド化の推進を企業全体のより広範なROIに結び付けることに困難を感じています。幸い、クラウドから期待できる利益を明確にするためのより良い方法があります。あなたの会社の状況を、マッキンゼーのような専門家によって確立されたベースライン指標と比較することで、クラウド化による各種メリットを定量化し、それらのメリットの実現に向けてクラウド化を推進できます。
ビジネスケースを策定する際の課題の1つは、クラウドをどのように使用するかを事前に正確に把握できないことです。クラウドの価値は、クラウドが提供する俊敏性とともに、新技術や将来の技術が利用できるところにあります。もう1つの課題は、クラウドから得られる価値はクラウドをどのように使うかに依存しており、それは主に戦略とニーズに依存します。クラウドはイノベーション、レジリエンス(障害復旧能力)、そして正確な価値評価の難しいアジリティ(俊敏性)の実現手段でもあります。
さらに複雑なのは、それが固定資産ではなく従量課金されるサービスであるということです。 クラウドのビジネスケースを組み立てるのは、オフィスの電話や電気、または電子メールのビジネスケースを組み立てるのと少し似ています。それらは日常業務の一部ですから必要性は分かっていますが、それらを使って何をするのか、常に前もって言えるとは限りません。 それでも、もしそれらを使用せずに業務を行い、競合他社は使用していたとしたら、ビジネスにおいてはおそらく完全に敗北するでしょう。その電話は、つなぎ融資の重要なラウンドや重要な顧客口座をクローズしたり、ハリケーンに襲われそうな工場からの従業員の避難を手配したりするために使用するものかもしれません。あなたはそのことを知らずに、電話の採用が良い投資であるかどうか判断します。 言うまでもなく、それは良い投資です。 クラウドも同様であり、それは単に今日のビジネスのやり方なのです。
価値を推定するためのトップダウンアプローチ
そのことを念頭に置くと、マッキンゼーの最近の記事である “Cloud’s Trillion-Dollar Prize is Up for Grabs” は魅力的な読み物です。単一の企業においてクラウド移行のビジネスケースをボトムアップで作成することは難しいかもしれませんが、マッキンゼーはクラウドが可能にする価値創出機会の全体像を業界ごとに算出しました。そして、誰がその価値を享受するのかという問題を提起しました。彼らは、クラウドによって提供されるビジネス改善の価値は、2030年までに7億ドルから12億ドルの年間利益になると見積もっています。この見積もりでは、クラウドの「先駆者としての」使用と呼ばれるものは除外されています。これは潜在的に大きなメリットであり、市場をディスラプトするためのクラウドの活用に特に長けている企業が手に入れられるものです。
マッキンゼーは見積もりを算出するにあたり、クラウドから得られる価値を3つの評価軸に分けています。それは、「システムの活性化」、「イノベーション」、「先駆者となること」です。システムの活性化(Rejuvenation)は、彼らの調査によると約4,300億ドルの価値があります。 これには、ITコストの最適化、リスクの軽減、コアプロセスのデジタル化などが含まれます。イノベーション(Innovation)とは、マッキンゼーの定義ではイノベーション主導の成長、製品開発の加速、および超越した拡張性(ハイパースケーラビリティ)を意味します。 これらの属性は約7,700億ドルの価値があります。先駆者となること(Pioneering)の価値を定量評価するにはまだ発展途上ですが、クラウドテクノロジーの早期利用者になることの競争上のメリットが含まれます。
これらを重要なメリットと考える場合、今日の企業が作成しているビジネスケースの多くは、間違った価値の源泉にフォーカスしていると言わざるを得ません。たとえば、コンピューティングとストレージインフラストラクチャの総所有コスト(TCO)に基づいてビジネスケースを作成する場合、マッキンゼーがITコストの最適化と呼んでいるものの一部と、おそらく超越した拡張性に起因する価値の一部のみを検討していることになります。 「一部のみ」と言っているのは、スタッフの生産性、セキュリティの向上、および可用性(優先度の高いインシデントの削減によって測定される)のメリットを見ていない可能性があるためです。アマゾンウェブサービスの独自の調査によると、AWSのお客様はクラウドを使用しない企業と比較して、ユーザーあたりのインフラストラクチャコストを27.4%(1,000ユーザーを超えるアプリケーションの場合は42.4%)削減しています。しかし、これらのお客様はスタッフの生産性(一人の従業員が管理できるインフラストラクチャーの量)も大幅に向上しているのです。すなわち、クラウドのIT管理者は一人当たり57.9%多くの仮想マシンと、67.7%多くのストレージを管理しています。
IT部門の財務上の収益にとどまらないメリット
通常、これらのメリットはIT予算に含まれるため比較的簡単に認識できますが、他のほとんどのメリットはIT予算の範囲外に現れます。たとえば、AWSのお客様が平均してアプリケーションのダウンタイムを56.7%削減したとします。 この影響は、主に財務諸表のIT以外の部分にあります。これには、ダウンタイムによって失われなかった業務トランザクションと従業員の生産性が含まれます。
いずれにせよ、クラウドのIT中心のメリットは、マッキンゼーが特定した価値のほんの一部にすぎません。他にもコアプロセスのデジタル化、リスクの軽減、市場投入までの時間の改善、イノベーションによる成長、超越した拡張性、 先駆者となる機会といった価値があります。先に述べたように、これらはボトムアップのビジネスケースとしては定量化するのが困難ですが、マッキンゼーの見積もりは、これらを含めていないビジネスケースにはどれだけの価値認識の欠落があるのかを示しています。
例として、コアプロセスのデジタル化を取り上げます。 これは、財務上の影響が主にIT以外で認識されるもう1つの価値のカテゴリです。クラウドは、ツールとそれが提供する新しいテクノロジーの利用のために、デジタル化において重要です。 クラウドによって可能になる直近のいくつかのソフトウェア開発プロジェクトによる収益をすでに検討中だとしても、クラウドがその後に可能にする全てのデジタル化活動の価値を見積もるのは困難です。これには、大規模ソフトウェア開発プロジェクトだけでなく、ハイパーオートメーションやRPA(Robotic Process Automation)と呼ばれることの多いローコード(Low-code)自動化も含まれます。デジタル化から得られる価値は、クラウドの特性だけに基づいて計算することはできません。クラウドをどのように使用することを選ぶかによって異なります。
クラウドのビジネスケースにおいて、リスク削減の価値をどのように見積もっているでしょうか。 マッキンゼーは、レジリエンス向上の価値に基づいて1,700億ドルの見積もりを行っています。 間違いなく、これはリスクの多くのカテゴリーにわたるクラウドの計り知れない価値を、控えめに表現したものです。固定資産となるインフラストラクチャへの従来の先行投資には、ビジネスの変化に伴い、そのインフラストラクチャが不要になるリスクがあります。一方クラウドでは、インフラストラクチャの瞬時の変更が可能です。イノベーションに関して言えば、新技術の活用を必要とする新たなアイデアを、クラウドでは迅速かつ低コストで試すことができるため、リスクを軽減します。そして、クラウドインフラストラクチャのセキュリティと可用性は、控えめに言って、世界中で最も専門性の高い人々によって管理されています。
マッキンゼーは、市場投入までの時間の改善を重要な価値の源泉として挙げています。 これは、AWSのお客様が新機能の市場投入を37.1%短縮していることを示した、AWSによる調査結果と一致しています。ますますデジタル化する世界では、クラウドによって新しいコードのデプロイにかかる時間が37.6%短縮されることは、大きな助けとなります。 繰り返しになりますが、これを金額化しようとしている個々の企業にとって見積もりは困難ですが、大局的な視点では、マッキンゼーは概算の方法を提供してくれています。
クラウドのイノベーションによってもたらされる成長の機会は、どのように評価されているでしょうか。 今日、短期的にどのようなイノベーションを追求したいかについてアイデアがあるかもしれませんが、クラウドは長期的なイノベーションの環境を作り出すのに役立ちます。
マッキンゼーの鳥瞰図は、作成中のクラウドのビジネスケースにどの要素を含んでいないのかを明らかにします。そして実際、マッキンゼーの試算から、企業が一般的にビジネスケースに含める『ITコストの最適化』の影響は全体の10%に満たないことが分かります。 ボトムアップの詳細に捉われていると、全体像を見落としがちです。
真の価値はどこにあるのか、ひとつの例
マッキンゼーは、クラウドのビジネス価値がどこから来るのかを明確にする例を示しています。モデルナ社はクラウドを利用することでCOVID-19のワクチンを製造することができ、ウイルスの配列が決定されてからわずか42日でフェーズ1試験の準備を整えることができました。これは一度限りの幸運ではありませんでした。モデルナ社は、クラウドを体系的に使用して創薬パイプラインを合理化し、多くの同時実験からのデータを分析および調整しました。その結果は、会社にとっても人類にとっても劇的な価値がありました。 さらに重要なのは、その価値はITコストの最適化ではなく、イノベーション、市場投入までの時間、そして先駆者となることにあったことです。モデルナ社がクラウドの取り組みを始めたときに、「完全な」ビジネスケースを作ろうとしたら、COVID-19の出現とその経済的影響を正確に予測する必要がありました。そんなことはしていなかっただろうと思います。 しかし、パンデミックの際に劇的な形で発見されるまで、ビジネス価値はずっとそこにありました。
もちろん、コストと利益の分析による十分なデータに基づいてビジネス上の意思決定を行うことは重要です。 しかし、クラウドのメリットのごく一部のみに基づく分析は、悪くはないにしても、質の低い意思決定と大きな機会費用(他の選択肢を選んでいれば得られたはずの、犠牲となった価値)につながる可能性があります。これらの定量化が難しい要因をどのようにビジネスケースに含めることができるでしょうか。 1つの方法は、マッキンゼーの分析結果に基づいてそれらを推定し、その値を自社が活用しなければ競合他社が活用すると考えることです。
あなたの会社は、クラウドに対してモデルナ社ほど劇的なメリットを感じていないかもしれません。 しかし、急速に変化する世界では、予期しない機会と脅威が発生します。電話、電子メール、または電気が未来の特定のビジネスチャンスでどのような役割を果たすか、完全には分かりません。 しかし、それらが効果的に利用されることは間違いありません。 クラウドも同じです。
この記事はアマゾンウェブサービスジャパンの大塚信男が翻訳を担当しました。(オリジナルはこちら)