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地方病院が生成 AI の活用環境を2日で構築し内製化へ踏み出す : 黒字経営を続ける組織力にうったまがった!

(「うったまがった!」は非常に驚くという熊本弁です)

2026年 1 月、ANGEL Dojo 2025 で内製化に挑戦された熊本中央病院様を訪問しました。その目的は2つです。電子カルテ利用端末からAWSへ接続するためのネットワーク設定を完了すること、そして電子カルテからドライバを使用し SQL でデータを抽出できることの確認です。いずれも ANGEL Dojo で構築した生成AIシステムを実際に院内で利用するために不可欠な工程でした。結果として1日目に環境構築を完了し、勢いそのままに2日目にはハンズオンを実施。医師、看護師、医療事務など様々な職種から午前と午後併せ 50 名以上が参加され、終了後のアンケートでは5名以上が「院内の生成AI推進リーダーになりたい」と手を挙げて頂きました。

病院での生成AI活用では SaaS の導入を契約するイメージが強いかもしれません。SaaSの利便性は高いものの、特定機能に特化しており文書作成やシフト作成などそれぞれのツールを導入するとコストや管理が課題となります。今回構築した環境は、院内からのクラウド接続を可能にするispec様のネットワーク機器CloudSailと AWS を組み合わせた自由度の高い環境であり、費用も使用量によるものの月額数万からと特別な大規模投資は不要です。技術面でも、ispec様またANGEL Dojo に参加いただいた株式会社アンチパターン様の支援により 2 日という短期間で構築を進めることが出来ました。「高い」「難しい」という生成AI導入のイメージは、もはや過去のものになりつつあります。

では、なぜ多くの病院で生成AI活用が進まないのか。訪問を通じて感じたのは、技術やコストよりも「組織の本気度」が成否を分けるということでした。自治体病院の8〜9割が赤字と言われる中、熊本中央病院様は黒字経営を続けています。院長をはじめ組織全体に「より良くなろう」という意志が満ちており、50名以上のハンズオン参加、5名以上のリーダー候補という数字にそれが表れていました。本ブログでは、生成 AI の活用が病院という実地で始まるまでの課題と解決策、その背景にある組織力についてお伝えします。

生成AI導入を阻む「2つの壁」

先にご紹介した通り、熊本中央病院様はANGEL Dojo 2025で医療文書作成時間の削減に取り組まれ、中間発表では投票1位を獲得されました。90 日のプログラム期間内で AWS パートナー様と生成AIを活用した文書作成支援システムを構築し、月800時間の効率化が見込めることを確認されています。
しかし、ANGEL Dojoで構築したシステムを実際の院内環境で稼働させるには、2つの壁がありました。

1つ目は、電子カルテ端末からクラウドへの安全な接続です。

医療情報ガイドラインに準拠したセキュアなネットワーク環境を構築する必要がありました。病院内のネットワークは閉域網として運用されており、外部のクラウドサービスに接続するには専用の仕組みが必要でした。

2つ目は、電子カルテからのデータ抽出です。

生成AIで医療文書を作成するには、電子カルテに蓄積された患者情報を適切に取得する必要があります。電子カルテ側の操作では患者情報を時系列かつ横断的に取得することが困難で、退院サマリ等に欠かせない情報を統合的に得るには電子カルテベンダーが提供するドライバを使ってデータを抽出する必要がありました。

これらは技術的に解決不可能な課題ではありません。しかし、電子カルテベンダーとの調整も必要であり解決策の模索に時間を要していました。ANGEL Dojoの成果を実際の医療現場で活かすためには、これらの壁を越えるパートナーとの協力が不可欠でした。

壁を越えるパートナーとの出会い

転機となったのは、2025年11月に開催された医療情報学連合大会でした。
AWSの展示ブースでANGEL Dojoにおける両病院の取り組みを紹介していたところ、多くの方から関心をいただきました。同時に、大会という多くの関係者が集う場を活かし私達は次のステップに不可欠なソリューションやパートナーとの引き合わせを実施しました。その中で出会ったのが、ispec様のCloudSailです。

CloudSailは、病院内ネットワークとクラウドサービスをセキュアに接続できるソリューションです。院内の通信を閉域に保ちつつ、外部へのリクエストについては CloudSail がプロキシとしてリクエストを代行することで安全な通信を実現する仕組みに熊本中央病院様も強い関心を持たれていました。ispec様はデジタル庁標準型電子カルテのプロダクトワーキンググループに参加された経験もあり、医療分野での知見も豊富です。

ANGEL Dojoを通じて「自分達自身で適切なパートナーを見つけ、選べる力」が培われていたこともこの出会いを主体的に判断し活用する力になったと考えています。

2日間の訪問で実施したこと

熊本中央病院様の訪問で実施した内容は以下の通りです。

1日目:環境構築

ネットワーク設定:ispec様のCloudSail機器を使用し、電子カルテ利用端末からAWS上の生成 AI アプリケーションへの接続環境を構築しました。事前に機器を病院へ送付しておくことで、当日のリスクを最小限に抑える工夫をしました。ispec様にも現地でサポートいただき、設定作業をスムーズに進めることができました。アプリケーション利用時にブラウザのバージョンに起因し適切に動作しない課題がありましたが、最新版のブラウザを別途導入頂き使い分けて頂くことで対応できました。

データ抽出確認:電子カルテベンダー様より提供頂いたドライバを使用し、電子カルテからのデータ抽出が正常に行えることを確認しました。

トラブルが全くなかったわけではありません。しかし、事前準備を入念に行っていたこと、なにより熊本中央病院様の担当の方に現場で柔軟に対応いただいたことで、1日目のうちに環境構築を完了することができました。

2日目:ハンズオン

環境が整った翌日、早速ハンズオンを実施しました。午前・午後の2回に分けて開催し、医師、看護師、医療事務など様々な職種から50名以上が参加されました。

ハンズオンでは、1 日目で実際にセットアップした端末を使って生成AIの基本的な使い方から実務課題への応用まで実践いただきました。プロンプトの書き方と生成 AI による改善方法、画像・音声の入力方法を基礎知識としてお伝えした後、実際の業務課題をテーマに演習形式で実践いただける構成としました。

参加者の方からは「なかなかイメージがつかなかったが、今回初めてできそうなことが見えたので、良かったです。」「業務の効率化に向けた取り組みには大変興味があり、スタッフとできることを考えていきたいといった声をいただきました。また主な生成AIの利用ニーズとしては、退院サマリー・看護サマリー関連を希望する声が最も多く、他にも勤務表作成や請求関連業務での効率化等様々な面での活用用途があげられました。そして、ハンズオン終了後のアンケートでは、5名以上が「院内の生成AI推進リーダーになりたい」と手を挙げられました。

黒字経営を続ける組織に見たもの 

2日間の訪問を通じて、強く印象に残ったことがあります。
自治体病院の8〜9割が赤字と報道される中、熊本中央病院様は黒字経営を続けています。その理由の一端を、今回の訪問で垣間見た気がしました。

50名以上のハンズオン参加。 病院の業務は多忙を極めるため、ハンズオンへの参加は数名と予測していたのですが、1 週間ほどという短い告知期間にもかかわらず、医師、看護師、医療事務など多職種から多くの方が参加されました。あまりの熱意に、1 日目セットアップを始める前にも今回の取り組みについて聞きたいという方向けにお話をさせて頂きました。この人数の規模から、組織全体として忙しい中でも「学びたい」「活用したい」と熱意を持つ方が多いことを実感しました。

5名以上がリーダーに手を挙げた。 生成AIの院内活用を進めていくためのリーダーを募ったところ、複数名が自ら手を挙げられました。指名ではなく、自発的にです。新しい取り組みを「誰かがやってくれる」のではなく「自分がやる」という姿勢が組織に根付いているのだと感じました。

院長をはじめとしたリーダーシップ。 ANGEL Dojoへの参加も、院長自らが強い意欲を示されたことがきっかけでした。トップが本気で取り組む姿勢を見せることで、組織全体のモチベーションが高まる。当たり前のようで、実践できる組織は多くありません。今回も、院長はハンズオンに自ら参加し職員の方とコミュニケーションを取られていました。

病院の組織力という土台があるからこそ、今回の 2 日間でセットアップとハンズオンを含め有意義な結果を残すことが出来たのだと感じています。熊本中央病院様からは次に向けた展望を次のように語っていただいています

まずは、退院時サマリーや看護サマリーの自動生成を出発点に、地方からAI活用が標準化された医療の実現を目指します。

地方病院が持つ可能性

熊本中央病院様では、環境・体制共に生成 AI 活用のキックオフができました。振り返ると、「やらなければならないこと」を着実に進めた結果でもあります。

  • 内製化へのチャレンジを通じ、システムで何がどの程度のコストでできるかを理解した
  • チャレンジを進める中で信頼できるパートナーを得た
  • トップを含め組織全体でチャレンジを推進した

生成 AI により技術的な質問も実装も迅速かつ低コストで行えるようになってきている中で、いずれもやろうと思えばできることです。地方病院だから、中小規模だからできない、という理由はありません。今後 50 年、100 年というスパンで地域に信頼される医療を維持していくには、今まさに「やらなければならないこと」をできるかが問われています。AWS では、AWS パートナー様と共にそのチャレンジを支えます。