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AI-DLCで取り払った組織の壁 ― DeNAと取り組んだ分析業務領域での初事例
こんにちは、AWSの嶺、篠原、鈴木です。2026年5月、DeNAのヘルスケア事業部門のDeSCヘルスケア株式会社(以下、DeSC)の皆さまと、AI-DLC(AI-Driven Development Life Cycle)の3日間プログラム「Unicorn Gym」に取り組みました。AI-DLC は、AWS が提唱する「ソフトウェア開発に対する AI 中心の革新的なアプローチ」であり、AI の能力を開発プロセスの構造そのものに組み込む新しい方法論ですが、その方法論をソフトウェア開発ではなく「データ分析業務」へ適用しました。
AI-DLC では、要件定義や実装の主役を AI が担い、人間は「何を作るか」という意図のすり合わせと重要な判断に集中します。詳しくは AI 駆動開発ライフサイクル:ソフトウェアエンジニアリングの再構築 をご覧ください。また、この AI-DLC を座学ではなく自社の実テーマで3日間走り切る形で体験するプログラムが Unicorn Gym です。
3日間を終えて印象に残ったのは、AI の性能そのものよりも、部署をまたいでメンバーの認識をそろえていく営みに対してAIを用いるポテンシャルの大きさです。
インタビューさせていただいた DeSC ヘルスケア株式会社の皆様。 左より、嶺(AWS) 山田真里香(インダストリー統括部分析企画部)、伊藤 康太郎(製品開発統括部 統括部長) 、香村 和宏(インダストリー統括部分析企画部 部長) 、河野 愛樹(製品開発統括部プロダクトマネジメント室) 、鈴木(AWS)
1. なぜ「データ分析業務」を選んだのか
嶺: まず、AI-DLC に取り組むことになった経緯を教えてください。
河野 氏: AWS さんから「AI-DLC というものがある」とご提案いただいたのが最初です。実は、最初に話を聞いた伊藤は「これがどこにはまるのか、他の研修と何が違うのか」とピンときていない様子でした。一方で私は、これまで組織を俯瞰して見る中で感じていた大きな「壁」を乗り越えるきっかけになるのでは、という期待を感じていました。
部門間、特にビジネス側とシステム側のように大きくロールが異なる組織の間でコミュニケーションギャップが昔から各所で存在しており、認識合わせに時間がかかったり、同じ言葉を使っていても「これって実はこんな認識だった」というズレが起きている。同じベクトルを向ききれていない、一体感を作りたいのに作り切れていない、といったモヤモヤを感じていました。そこに拍車をかけたのがAIです。DeNA社長の南場が「AIオールイン」と発したのを皮切りに、ヘルスケア事業部門でも「AI活用をやっていくぞ」と掲げたものの、前のめりで使う人と、様子を見ながらゆっくり始める人とで差がある。その差がどんどん開いていっていることに危機感を感じていました。
「同じ体験を共にすることで、共通言語を持てるようになるのではないか」、「できる人がどう使っているのか、どう指示や操作をしているのかを、ちょっと隣で見せてもらうだけでも変わるんじゃないか」と思っていたところに、AI-DLC と Unicorn Gym を耳にして、「これははまるんじゃないか」と伊藤に持ちかけたんです。
嶺: 最初に検討されたテーマは、実はシステム開発だったと伺いました。
河野 氏: そうなんです。ちょうどその頃、新しい分析環境を作るプロジェクトが走っていました。分析環境そのものや運用ツールセットを作る必要があったので、そこに適用するのがテーマ的にも丁度良いのではないか、というところから始まりました。でも伊藤から「システム開発でやるなら別にUnicorn Gymじゃなくてもいい。どうせやるなら、その新しいシステム上で行う予定の分析業務にフォーカスを当てるのはどうか」とカウンターが来たんです。
伊藤 氏: できるかできないかよりも「どうせやるならペインが強いところをやった方がいい」と。参加者全員が自分事にできるテーマならば、面白い取り組みになるだろうという直感がありました。そしてもう一つ。AI活用のボトルネックは組織・部門の繋ぎ目で発生することは分かっていました。当時はデータサイエンス部とビジネス部門である分析企画部間の連携の難しさが表面化していた時期でした。私たちはハイブリッドワークで、顔を突き合わせて作業する機会が普段は多くありません。部門を跨いだ共同作業の機会や経験は特に少ない。お互いのバックグラウンドも実はよく分かっていない。一方で、新しい業務・新しいプロジェクトだからこそ「最悪、失うとしてもこの3日間だ。だったらやってみよう」と、リスクをとって動くことにしました。
嶺: まさにそこなんです。AI-DLC はソフトウェア開発の文脈で語られがちですが、本当に言いたいのは、実装を AI が担うようになると、ボトルネックが実装から「人と人の合意形成」に移る、ということなんです。別々に動いていると意思疎通がうまくいかず、手戻りが起きる。これはソフトウェアに限らず、どの業界でも起きています。だから、データ分析でも同じことが起きているはずで、そこで成立すれば AI-DLC の使いどころは大きく広がる、と考えていました。
2. 3日間で、何をしたのか
嶺: どのようなメンバーで、どんな3日間だったのか教えてください。
河野 氏: Unicorn Gymには、分析企画部と、データサイエンス部を中心に、合わせて24名で参加し、部門混成・AI活用の度合い混成で4チームを編成しました。
香村 氏: 分析企画部は、ヘルスビッグデータを用いた分析の企画を行っている部署です。私たちが製薬企業様などのニーズ(ある疾患の治療実態把握など)をヒアリングし、そこで定義したお客様の問いから、どのデータをどう集計・加工すれば答えになるのかに翻訳した「要件定義書」を作成します。この要件定義書を元に、データサイエンス部が実際の集計を行います。
河野 氏: 今回のUnicorn Gymは、AIを活用した要件定義書作成をメインコンテンツにしました。初日の午前は座学の時間。AWSさんからAI-DLCの考え方を教わりながら、簡単なハンズオンを行いました。以降はチームごとに分かれ、モブワーク(1つの画面を全員で見ながら、同じ作業を一緒に進める進め方)の時間。AIをフル活用して、質の高い要件定義書をどれだけ無駄なく苦労なく作れるかを試行錯誤しました。
山田 氏: モブワークを通して、「AI にどこまで任せるか」が具体的になりました。最初は自分たちで考えた結果を AI に渡していたのですが、AWS さんから「それだと AI が待っている時間が多い。もっと AI に考えさせて」とアドバイスを貰って。全部いったん AI に投げて、その間に自分たちで議論する形に変えたら、スピードが一気に上がった。これを初日に教われたのは大きかったです。
3. ビジネス部門へ波及した影響
嶺: 実際にやってみて、いかがでしたか。ビジネス部門からの視点でお伺いさせてください。
香村 氏: 私は正直なところ、Unicorn Gymに参加して起きることの解像度が、河野や伊藤よりも更に低かったです。「参加した結果、具体的にどんな変化が起きますか」と伊藤に確認したら、「やってみないと分からない部分もあるけど、信じて飛び乗ってくれ」と。弊社メンバーとAWS さんへの信頼だけで飛び乗った、というのが正直なところです。
ですが、やってよかったと自信を持って言えます。私たち分析企画部は、データサイエンス部やエンジニアと比べるとAI 活用では一歩後ろにいました。それが、一緒に作業することで、ミーティングで話すだけでは分からない「こういうときに使えば良いんだ、という具体的な使い所」、「こういう時は、こう AI に聞けばいいのか」という手触り感まで得られました。
嶺: 分析企画とデータサイエンス、普段は分業されている両者が同じチームで動いた意味は大きかったのでしょうか。
山田 氏: 大きかったです。これまでは分業制で、私たち分析企画部が定義を決めてからデータサイエンス部にパスしていました。私たちが書く定義書は、お客様との対話に必要な情報としては十分に書けているつもりなんです。ただ、SQL の設計という目線で見ているデータサイエンス部からすると「ここはもっと細かく決めておかないと書けない」と映ることがある。
一緒に動いてみて改めて感じたのは、必要な詳細さの基準が立場によって違うということでした。私たちはお客様と向き合う立場から、データサイエンス部はデータを集計する立場から、同じテーマを見ている。その上で、お互いがどう情報を組み立てているのかを理解できたので、どこをどう補い合えばいいのかが見えてきました。「その組み立て方なら、業務フローをこう変えた方がいいよね」という気づきも生まれましたし、私たちがお客様とどう情報を組み立てているかを共有できたことで、要件定義書を作る AI をどう組み立てればいいかのヒントも見えました。データサイエンス部が普段どう AI を使っているかも学べて、お互いにいい影響がありました。
嶺: Unicorn Gymの3日間で、特に印象に残っている場面はありますか。
香村 氏: コンペ形式となった最終成果発表です。各チームがそれぞれの工夫を施したAIエージェントに要件定義書を作らせ、できあがった要件定義書を元に別のAIエージェントに集計作業を行わせました。ここでは、AIエージェントの実力を測る目的で、実業務では必ず入れる「人の目による要件定義書のレビュー」を外すルールで実施しました。
4チームそれぞれの画面を大きなスクリーンに並べ、4つのAIエージェントが動いている様子をみんなで眺めていた時が特に印象的でした。正直、最初は「AI が質の高い要件定義書を作るのは難しいのではないか」と思っていたんです。それが次々と要件定義・集計を進めていき、その光景は圧巻で素直に驚きつつ、データ分析業務の品質やスピード感を高める具体的なイメージを持つことができました。この会社に入ってから、一番ワクワクした時間だったと思います。
4. DeNAの事業への向き合い方
嶺: 今回、印象的だったのは、皆さんが「何をやるか」から自分たちで考え、全体を引っ張っていかれたことです。他のお客様ではなかなか見られません。このオーナーシップはどこから来ているのでしょうか。
伊藤 氏: 大前提として、ノープランで挑むと期待した成果は出ないと思ったので、拠り所になるベースラインは用意しました。ただ「作るけれど、出たとこ勝負になる」というのは織り込み済みでした。私たちは普段から、仮説を立てて、観察した事実から軌道修正していく進め方が体に染みついているんです。だから、計画どおりに進まないこと自体には抵抗がなかった。
嶺: 通常の Unicorn Gym では、チームごとの進行はお客様が、全体を束ねる役割は AWS が担うことがほとんどです。その全体を束ねる役割まで、お客様側が担われたのは珍しいことでした。
伊藤 氏: AI 活用や開発生産性の話は、トップマネジメントのコミットメントが決定的に重要だと考えています。組織にとっての未知の経験はリーダーが前に立ってリスクを取らないと物事は進まない。「よく分からないだろうけど、まず信じて3日間を賭けてくれ」と言えるかどうかです。失敗を許容できない組織だと、このやり方は取りづらいと思います。
5. AI-DLC Unicorn Gymを経た変化
嶺: 3日間を経て、業務にはどんな変化が出ていますか。
香村 氏: Unicorn Gymで各チームが作成したClaude CodeのSkills(業務の手順やノウハウをまとめてAIに読み込ませる仕組み)から厳選したものを、実業務にも取り入れて活用しています。また、分析企画部内でもSkillsを新たに作成・部内で共有される光景が日常的なものとなりました。今年に入ってUnicorn Gymの前までの5か月間では1件だったのが、その後2か月で6件が共有され、今後もこの流れは加速する見込みです。Skillsの共有を通して、属人化していた勘所や専門性が組織の資産となり、我々が提供するサービス品質の安定・向上に寄与し始めています。
山田 氏: ビジネス側は GitHub に馴染みがないところからのスタートでしたが、Skills を GitHub で共有して使う、という動きが浸透しました。「これは自分でやるしかないか」と思っていた課題を「AI で解けるかも」とスキル化する発想も増えました。そして何より、データサイエンス部とのやり取りが円滑になりました。以前はお客様と合意した要件定義書を渡すだけだったのですが、「顧客面談に同席しませんか」と声を掛けることが増えました。要件定義書が決まり切る前段階でのコミュニケーションが増えたことで、よりスピード感を持った対応ができるケースも実際にありました。
伊藤 氏: この流れは社内で連鎖しています。AI-DLC で手応えがあったので、続けて業務プロセスをAIで革新する「AI-BPR」も進めていて、次回は参加人数が40名規模になりそうなほど期待が高まっています。参加した人が手応えを持ち帰り、役職関係なく周囲を巻き込んで、あちこちで動きが広がっています。
6. 製薬・ヘルスケア業界へのメッセージ
嶺: 最後に、AI 活用を検討されている製薬・ヘルスケア業界の方々へメッセージをお願いします。
香村 氏: 私たちはサービスを通じた生活者の健康増進を目指していますが、データを分析するだけでは、その実現にはつながりません。製薬・ヘルスケア業界の皆さまとヘルスビッグデータを活用し、生活者の健康増進に繋がるエビデンスを創出し、社会に還元していきたい。AIについても、それを加速させるために、皆さまと活用方法を学び合っていけたらと思います。
伊藤 氏: 近年は、1社だけでは解けない課題が増えています。医療機関、自治体、健康保険組合、そして私たちのようにデータソリューションを提供する立場と、それぞれに得意・不得意がある。健康寿命の延伸も医療費の適正化も、各社の強みを持ち寄らないと解けません。AI はあくまで手段です。どの会社にもある組織の壁を、モブワークで取り払って初めて課題解決が進む。それを社内だけでなく、業界全体に広げていきたいと考えています。
まとめ
AI-DLC の中心にあるのは、人と人が認識をそろえていく営みです。「何を作るか」、「どのように人と人の合意形成をするのか」という命題に対して、AIを介在者として活用する威力を大いに実感した3日間でした。今回はデータ分析ドメインでのAI-DLCの活用でしたが、ソフトウェア開発におけるAI-DLCについての記事もぜひご覧ください。現在DeNA様はAI-BPRも推進されておりますので、そちらについての記事もお待ちください。
著者自己紹介
伊藤 康太郎
DeNA の主要子会社であるDeSCヘルスケアの最高技術責任者兼製品開発統括部長。彼はDeSCヘルスケアが提供するデータヘルス関連サービス及びデータ利活用サービスの製品・技術・データサイエンスを統括しています。
香村 和宏
DeSCヘルスケア株式会社インダストリー統括部分析企画部部長。健康・医療データの利活用を推進する事業において、製薬企業、アカデミア、生命保険会社のお客様を中心に、DeSCデータベース等のリアルワールドデータを用いた分析のニーズヒアリングから要件定義、結果のご報告までを担当しています。
Developer TransformationチームのスペシャリストSAとして、主にAI-DLCを中心に、お客様の開発チームを支援しています。
デジタル・エンターテインメント領域のお客様を担当するAccount Managerです。趣味は旅行と身体作りです。
ゲーム企業を経て AWS に入社。ソリューションアーキテクトとしてゲーム業界のお客様を担当し、ゲームバックエンドの設計や生成 AI の活用をご支援しています。好きな AWS サービスは Amazon Bedrock、Amazon S3 です。趣味はリズムゲームと VR ゲームです。










