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スギ薬局様の AWS 生成 AI 事例:業務課題に向き合う組織体制と、生成 AI による現場変革

本ブログは株式会社スギ薬局様とアマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社が共同で執筆いたしました。

みなさん、こんにちは。AWS ソリューションアーキテクトの吉田です。

「生成 AI を業務に活用したいが、一過性の PoC で終わってしまう」「成果を組織全体に広げるにはどうすればいいか」——こうしたご相談をいただく機会が増えています。

今回ご紹介するのは、株式会社スギ薬局様の事例です。現場の業務課題と技術を組織として結びつけながら、Amazon Bedrock を活用した年末調整 QA ボットと調剤医薬品在庫確認エージェントを構築されました。これらの成果が次の AI 活用を呼ぶサイクルが回り始め、AI 利活用が組織に根付いていく過程をご紹介いたします。

企業概要とデジタル変革への取り組み

株式会社スギ薬局様は、ドラッグストアと調剤薬局を全国に展開する企業です。近年、ドラッグストア・調剤薬局業界では、薬剤師不足や調剤・介護領域への事業拡張を背景に、経営統合や M&A による規模拡大が進んでいます。スギ薬局様もグループ再編により調剤薬局が合流し、店舗数・従業員数がさらに拡大しました。

こうした事業環境の変化に対応するため、スギ薬局様は DX を積極的に推進しています。各務 CDO は、DX の方針・ビジョンについて次のように語ります。

「会社の OS をアップデートし、2030年までに AI DX を外部に提供できる武器へ進化させる」ことです。デジタル技術で効率化し、創出した「可処分時間」を人間らしい接客に再投資できるようにします。組織横断の「サービス型チーム」を核に、自律的に人が成長し続ける場作りを目指しています。

組織体制:OneSUGI PJ × CTO as a Service

このビジョンを実現するため、スギ薬局様では DX・AI 推進本部のもと、業務課題の把握から技術的な解決までを組織的に推進する体制を構築しています。

  • OneSUGI PJ:現場の業務課題を集約・精査し、ソリューションのリリースまでを主導します。
  • CTO as a Service:技術アドバイザーとして、課題に対する最適なソリューションの方向性を提案します。
  • AI 推進部:CTO as a Service の技術方針をもとに実装・運用を担い、OneSUGI PJ にサービスを提供します。

この体制により、現場のニーズと技術的な実現性を両輪で回せる仕組みが確立されています。


図:スギ薬局様の AI 活用推進体制

以降でご紹介する年末調整 QA ボットと調剤医薬品在庫確認エージェントは、この組織体制から生まれた具体的な AI 利活用の取り組みです。

取り組み①:年末調整 QA ボット

課題

スギ薬局様では毎年、年末調整期間中に派遣社員6〜7名をローテーションで雇用し、人事部と合わせて約10名体制で年末調整に対する社内電話問い合わせ対応を行っていました。昨今のグループ再編により対象者が約4,000人増加し、問い合わせ件数のさらなる増大が見込まれていました。

こうした状況の中、人事部から「AI による問い合わせ対応業務の効率化を、年末調整が始まるタイミングに間に合わせたい」という要請があり、約1ヶ月後までに RAG チャットボットを用意する必要がありました。まず世間で評判の高いツールを評価しましたが、既存のデータソースに対応しておらず、別の手段を検討することになりました。

解決策:Bedrock Chat による迅速な構築

既存データソースを用いた RAG を実現したいという明確な目的と、人事部側である程度ボットを管理したいというニーズがありました。そこで採用したのが、Bedrock Chat です。

Bedrock Chat は、Amazon Bedrock を基盤とした AWS のサンプルチャットアプリケーションです。ワンクリックで AWS 上にデプロイでき、Web UI から RAG 用のナレッジ追加やボットのカスタマイズが可能です。人事部側でファイルの追加やボットの編集ができるため、運用負荷を最小限に抑えられる点が決め手となりました。

RAG のデータソースには年末調整 FAQ リストを使用し、社員1人が2日で環境を構築、人事部と連携して数日でリリースを実現しました。この際、スギ薬局様の運用要件に合わせたカスタマイズは、AI コーディングアシスタントの Kiro を活用して実施しました。

年末調整のやり取り例_2-retouch
図:実際の年末調整 QA ボットの利用イメージ。従業員が年末調整に関する質問を入力すると、FAQ を検索する様子。

成果

年末調整 QA ボットは年末調整の期間中、約40日間の稼働で以下の成果を上げました。

定量的な成果:

指標 結果
問い合わせ処理件数 期間を通して約2万件
人事工数の削減 1件10分換算で3,000時間以上
入電率の変化 1.21% → 1.08%(対象者が約4,000人増加したにもかかわらず低下)
電話対応体制 昨年と同じ約10名体制で問題なく対応
コスト SaaS 製品では1,200万円かかる想定だったところを、AWS のマネージドサービスを活用して社員1人が2日で構築し運用費は約10万円程度に収まった

定性的な成果:

年末調整 QA ボットは現場から好評を得ました。ボットのクローズ後には、人事全般の問い合わせサポートツールとしての利活用検討が開始されたほか、他部門からも問い合わせ対応に AI エージェントを活用したいという要望が上がるようになりました。

また、年末調整シーズンの終了後には本ボットのリソースを削除しています。必要な時に立ち上げ、不要になれば停止できるクラウドの従量課金モデルを活かし、迅速かつコストを最小限に抑えた運用を実現しました。4万人を超える従業員が利用対象となる一方、一人あたりの利用頻度は限定的です。こうした利用パターンには、ユーザ単位で課金される完成型のサービスよりも、Amazon Bedrock のトークン単位の課金をはじめとする AWS の従量課金モデルがマッチしていました。

今回構築した環境は役目を終えましたが、「AI でここまでできる」という体験が社内に広まり、次の取り組みを加速させることになります。

取り組み②:調剤医薬品在庫確認エージェント

課題

年末調整 QA ボットの好評も追い風に、OneSUGI PJ への次の AI 活用案件として調剤医薬品在庫確認エージェントが舞い込みました。

調剤薬局のグループ統合直後、在庫管理システムは会社間で統合されておらず、調剤薬局の薬剤師が近くのスギ薬局店舗に電話をかけて在庫を確認していました。電話がつながれば数分で済む作業ですが、実際には「相手が忙しくて対応できない」「忙しいだろうから遠慮して電話しづらい」という心理的な課題を抱えていました。

薬剤には使用期限があるため過剰に在庫を置くことはできず、普段の消費ペースにない薬剤は欠品になりやすい状況です。患者様に必要なお薬をお渡しできなければ、他の薬局に足を運んでいただくことになり、患者様への負担は大きくなります。

解決策:基幹システムデータを活用した AI エージェント

まず年末調整 QA ボット同様 Amazon Bedrock による RAG を検討しましたが、構造化された在庫データに対しては毎回結果が異なり、期待する回答を得られなかったため、別のアプローチを模索しました。

最終的に採用したのは、Text2SQL のアプローチです。エージェントフレームワークには Amazon Bedrock Agents を選びました。フルマネージドで運用負荷が低く、モデル呼び出しと Lambda の実行費用のみで済むため、限られた時間の中でツール開発という本質的な価値提供にフォーカスできる点が決め手となりました。自然言語の問い合わせを SQL に変換し、データウェアハウスである Amazon Redshift に集約された在庫データを検索する構成としました。

在庫確認エージェントのアーキテクチャ
図:調剤医薬品在庫確認エージェントのシステム構成

この構成の肝は、基幹システムに蓄積されたエンタープライズデータ(在庫データ・店舗マスタ・医療薬品マスタ)を AI エージェントから直接活用できることです。AWS 上にデータ基盤と AI 基盤が共存しているからこそ、お客様ご自身で迅速かつ手軽にデータ活用を実現することができました。なお、データへのアクセス制御については、全店舗共通で参照可能なカラムのみを対象とし、Lambda 関数の中でアクセス範囲を制限する設計としています。

Text2SQL の精度は、LLM の性能だけでは決まりません。既存のデータマートスキーマの正確な理解、業務用語のプロンプトでの伝え方、生成された SQL の評価方法——これらを短いサイクルで試行錯誤しながら求める回答精度へとチューニングしていくことが重要でした。また、短期間で評価・改善を繰り返すために、近隣店舗の検索には Amazon Location Service を活用し、フロントエンドには年末調整 QA ボットでも利用した Bedrock Chat の Agent 連携機能を用いて迅速に構築しています。

在庫確認エージェントの画面
図:実際の在庫確認エージェントの利用イメージ。薬剤師が店舗名と薬品名を入力すると、対象店舗および近隣店舗の在庫数と位置関係が返されます。

成果

約1ヶ月で構築し、200店舗に公開。2026年4月初旬から本番展開を開始しています。
現場では AI エージェントに対する抵抗感はなく、年配の方もスムーズに問い合わせができています。

最も大きな変化は、業務フローそのものの転換です。

Before After
在庫確認の方法 近くの店舗に電話 AI エージェントに問い合わせ
心理的な障壁 「忙しいだろうから遠慮して電話しづらい」 自分のタイミングで気兼ねなく検索
情報の範囲 電話した1店舗の情報のみ 近隣店舗の在庫と距離を一覧で把握

お客様の声

各務様コメント(取締役 / DX・AI推進本部長 兼 CDO):

今後も AI の本質を理解し、そこに対応をできる組織力が勝負になると考えています。何故ならばその組織力は1日ではできないためです。AI がその組織力強化にも一役買ってくれると考えており、その視点で使い倒していく予定です。

有路様コメント(DX・AI推進本部 AI推進部 課長):

技術選定では、世の中の事例にある製品を実際に利用して比較しました。その結果、AWS が最も精度が高く、導入とランニングコストが一番安いと判断しました。日々アップデートがある中で安定して業務に利用するには苦労もありますが、評価の結果安定していると判断したら導入メリットは高いので、今後も積極的に試行錯誤して業務改善へと活用していきたいと思っています。

高階様コメント(DX・AI推進本部 OneSUGI PJ リーダー):

AI を特別なものではなく、店舗や本部の日常業務に溶け込む当たり前のツールとして浸透させることを重視しています。現場起点での活用と小さな成功体験の積み重ねを通じて、主体的に AI を使いこなす文化の醸成を進めています。今後も現場に寄り添いながら、変革を着実に推進していきます。

今後の展望

スギ薬局様では、在庫確認エージェントを調剤薬局の全店舗に展開し、現場からのフィードバックをもとに改善を進めていく予定です。

また、数年後には数百の AI エージェントを本部メンバが自ら構築できるようになることをゴールとしています。その基盤として Amazon Bedrock AgentCore の活用も検討いただいています。

まとめ

今回は、スギ薬局様が組織横断のチームで現場業務課題と技術を結びつけ、Amazon Bedrock を活用して年末調整 QA ボットと調剤医薬品在庫確認エージェントを構築した事例をご紹介しました。

特に注目すべきは、以下のサイクルが組織として回っている点です。

  1. 組織体制の確立:業務課題と技術をつなぐ体制を整備する
  2. 現場課題の集約:OneSUGI PJ が現場の声を拾い上げる
  3. 技術による迅速な解決:CTO as a Service が最適なソリューションを短期間で選定する
  4. 成果が次の取り組みを加速:成功体験が社内に広まり、新たな AI 活用の要望につながる

AI 活用を成功させるには、技術だけでなく、業務課題と技術をつなぐ組織体制が鍵です。スギ薬局様の取り組みは、AI を組織に根付かせたいと考えている多くの企業にとって、参考になる事例ではないでしょうか。

AI 活用推進の体制づくりを含め、生成 AI の業務利用や、業務データを活用した AI エージェントの構築にご興味・ご関心のあるお客様は、ぜひ AWS までお気軽にご相談ください。

著者

吉田

吉田 英史は、東海地方を中心に小売・消費財業界のお客様を支援しているアマゾンウェブサービスのソリューションアーキテクトです。身の回りの生活に欠かせない様々なビジネスをクラウドで加速するお手伝いができることを、何より嬉しく感じています。