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【寄稿】ニコンの金属 3D プリンター向けリモートモニタリングプラットフォーム開発の取り組み
この投稿は株式会社ニコンの森谷 俊洋 氏、村上 隆哉 氏より金属 3D プリンター向けリモートモニタリングプラットフォーム開発の取り組みについて寄稿いただいたものです。本寄稿は前後編の 2 回に分けてご紹介するうちの前編となります。後編の内容はこちらよりアクセスできますので、ご興味のある回をご覧いただければ幸いです。
はじめに
株式会社ニコンではレーザー加工機 Lasermeister(レーザーマイスター)シリーズを開発・販売しています。半導体露光装置で培った光計測、精密制御を応用し、レーザーによる様々な加工を高精度で行うことができ、金属積層造形からマーキング、接合、様々な材料の精密除去加工まで、材料加工分野の幅広いニーズに対応できる製品です。今回、この Lasermeister を対象にリモート監視を行う IoT 基盤として、リモートモニタリングプラットフォーム One Board を開発しました。2024 年 10 月時点で One Board に接続済みの金属 3D プリンターは数十台を超え、今後も増加する見込みです。この One Board は AWS 上に構築しています。金属 3D プリンターからのデータ収集には AWS IoT Greengrass、ユーザー認証には Amazon Cognito を利用し、また時系列データの蓄積には、時系列データを扱うための完全マネージド型データベースであり、IoT 基盤のデータ蓄積プラットフォームとして実績のある Amazon Timestream を活用しました。Timestream により、金属 3D プリンターに搭載された各種センサから発生した時系列データへの素早いアクセスを実現しています。このように AWS の各種サービスを組み合わせることで 10 ヶ月という短期間でシステムを構築でき、また構築後の運用コストも安価に抑えられています。
本寄稿では、Lasermeister シリーズや One Board の概要を述べた後 One Board のアーキテクチャを説明します。また、後編では Timestream のデータモデルといった技術面を説明します。
製品概要
レーザー加工機 Lasermeister シリーズ
レーザー加工機 Lasermeister シリーズは、金属積層造形を行う金属 3D プリンター Lasermeister 100A シリーズと Lasermeister LM300A、および、精密除去加工を行うレーザー除去加工機 Lasermeister 1000S シリーズからなります。この内、リモートモニタリングプラットフォーム One Board の現時点での対象は Lasermeister 100A シリーズと Lasermeister LM300A です。
参考1. Lasermeister 100A シリーズと Lasermeister LM300A の外観
Lasermeister 100A シリーズは、手軽に金属積層造形の技術を試していただけるよう、「誰でも簡単に使える装置」をコンセプトに開発した金属 3D プリンターです。とてもコンパクトなサイズで設置場所を選ばず、コンクリート建屋であればそのまま設置が可能でき、安全規格にも準拠、学生やデザイナーなど誰でも安心して使える装置となっています。また金属積層造形には様々な金属を金属粉体として利用可能です。
参考2. Lasermeister 100A シリーズを使った金属積層造形の例
一方、 Lasermeister LM300A は産業用途を考慮して開発した金属 3D プリンターです。主な特徴の一つとして、3D スキャナー Lasermeister SB100 と連携することで、タービンブレードなどの産業用部品向けの高精度で自動化された補修ソリューションを提供します。
リモートモニタリングプラットフォーム One Board
One Board は、Lasermeister の状態を遠隔監視するプラットフォームであり、PC だけでなくスマホやタブレットなどを使って、金属 3D プリンターのステータスや金属粉体の残量といった状態をどこからでも簡単に把握できます。金属積層造形が完了するまでの残り時間も確認できるため、金属積層造形の終了に合わせて金属 3D プリンターの設置場所に向かうといった、利用者の効率的な働き方を推進します。この他、金属 3D プリンターのイベント履歴や金属 3D プリンター内に搭載された各種センサの値の時系列変化も確認できるため、金属 3D プリンターが正常に稼働していたかどうかや、万一トラブルが発生したときの原因追及にも使用できます。
図1. One Board の導入利点
One Board の画面では所有する金属 3D プリンターの一覧が表示され、各装置のステータスや粉体残量等を一目で確認できます。
参考3. One Boardの画面イメージ
さらに金属 3D プリンターごとの詳細データとして、金属積層造形が完了するまでの残り時間やイベント履歴、各種センサ値の時系列変化を確認できます。
参考4. One Boardの画面イメージ
また、万一 金属 3D プリンターがトラブルで緊急停止したとしても、利用者にはメール通知が届くため早期に気付くことができるとともに、カスタマーサポートにも同時に通知が共有され、トラブルの早期解決に貢献します。
アーキテクチャ
One Board では以下のアーキテクチャを採用しています:
以下に、図中の①~④の処理の概要を記載します:
- 通信 SIM を搭載したゲートウェイ機器内にある AWS IoT Greengrass が定期的に金属 3D プリンターのセンサ値のデータを収集し、携帯回線を通じて Amazon S3 に送信。その後、Amazon S3 に保存されたことをトリガーに AWS Lambda が起動し、必要なデータの抽出や加工、Timestream への保存を行う。
- AWS IoT Greengrass は数秒に 1 回の頻度で 金属 3D プリンターのステータスや金属粉体の残量、各種イベント等を収集するが、各種イベントのうち、金属 3D プリンターのアラートやエラーに関するものは Amazon SES を通じて 利用者やニコンの保守要員へ即座にメール通知する。
- Amazon Timestream に保存された各種データは、Grafana と React を使って構築した Web アプリを通じてユーザーが確認できる。
- One Board の各種設定値や構成情報は Amazon RDS for MySQL に保存し、各サービスが適宜参照している。
AWS で運用する利点
One Board をお客様に初回リリースしてから2年以上が経過した現在、One Board を運用する上での AWS の利点として以下を感じています:
- 多様なサービスの情報集約
One Board は AWS が提供する多様なサービスを組み合わせて構築したが、それら各サービスのログは Amazon CloudWatch に集約されており、運用中の挙動を確認しやすい。他にもAPI の使用状況は AWS CloudTrail に、各種最適化に関する情報は AWS Trusted Advisor に集約されており、それら情報の定期的なモニタリングに便利である。 - 安価な運用コスト
遠隔地にある金属 3D プリンターの状態を常時確認でき、万一のトラブルにも備えられる価値を考慮すると、AWS のコストは安価と考えている。また、AWS Billing and Cost Management にサービスごとのコストが整理されて表示され、コスト低減活動もやりやすい。 - Timestream のスケーラビリティ
将来 One Board に接続される金属 3D プリンターの台数やユーザー数が更に増加する予定であり、蓄積されるデータ量の増加が想定されるものの、こちらについては Serverless アーキテクチャを採用する Timestream のスケーラビリティに期待している。
本稿では、リモートモニタリングプラットフォーム One Board の概要と、それを支えるアーキテクチャや AWS で運用することのメリットについて寄稿いただきました。後編については、「【寄稿】ニコンのリモートモニタリングプラットフォームにおける Amazon Timestream の活用」をご参照ください。