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AI・ガバナンス・マルチプロダクト──注目スタートアップ 3 社の事例セッション【AWS Summit Japan 2026】

AWS について学べる日本最大のイベント「AWS Summit Japan 2026」が、2026 年 6 月 25 日(木)・26 日(金)の 2 日間にわたり、千葉県・幕張メッセにて開催されました。

基調講演をはじめ、260 を超えるセッション発表や 300 以上のブース展示を実施。AWS の最新サービスや活用事例を学べるだけでなく、参加者同士によるベストプラクティスの共有や情報交換の場としても盛況を博しました。本記事では、注目を集めたスタートアップ 3 社の事例セッションを、ダイジェスト形式でレポートします。

AI に”賭ける”: LayerX の AI エージェント基盤と活用最前線

株式会社LayerX の執行役員 CISO 兼バクラク事業部 VPoE である星 北斗 氏より、AI エージェント開発の技術基盤と活用事例が語られました。

LayerX 社の AI に対する姿勢は非常に前向きです。2025 年には従来の行動指針「Bet Technology」を「Bet AI」へと刷新。AI を「10 年に一度のパラダイムシフト」と捉え、全社で AI Native 化を進める意思決定を行いました。

AI 推進におけるガバナンスの考え方も明確です。中央集権的な統制は最小限にとどめており、顧客データなどの「絶対に守るべき場所」を重点的に管理する一方で、社内向けのソースコードなどは一定のリスクを段階的に受容するスタンスを取っています。「進化に対して、もたついていることが最大のリスク」と定義し、スピード感を最優先しているのです。

社内向けの AI 基盤は、単一の巨大プラットフォームを用いるのではなく、複数のソフトウェアを組み合わせて構成されています。AI ワークフロー自動化ツール n8n や、社内システムを MCP サーバで統合した内製デスクトップアプリを活用。これにより、Slack や Notion、Google Workspace を横断したエージェント操作を可能にしました。

また、複数モデルを統合管理するゲートウェイとして LiteLLM を導入し、個人の利用コストを Slack 通知することで、従業員のコスト感覚を養っています。インフラは少人数の SRE で運用できるよう、AWS Fargate や AWS Lambda などのサーバレス構成を徹底しています。

エージェント用の技術基盤では、AI 特有の課題である「長時間処理」への対応が鍵となります。そこで、AWS Lambda Durable Functions や、より高度な状態管理が可能な Temporal Workflow を採用し、数分から数十分に及ぶ処理の確実な完了とリトライを実現。さらに、Langfuse を自社運用し、プロンプトの改善サイクルを高速に回しています。

最後に星 氏は「生成 AI によって“作る”ハードルは大幅に下がっており、技術基盤に投資しガードレールを設けることで開発はさらに加速できる」と言及。「AWS には必要なものはおおむねそろっており、あとは適切なサービスを選択できるかどうかが重要。みんなでこの大 AI 時代を楽しみましょう」と締めくくりました。

ステーブルコイン「JPYC」を支える AWS −統制とスタートアップスピードの両立−

JPYC株式会社 執行役員・計画情報部長 松岡 慧 氏より、金融機関レベルの統制とスタートアップのスピードを両立する、AWS を活用したシステム基盤の構築事例が語られました。

JPYC株式会社は、日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還を行うフィンテック・スタートアップです。同社のサービス運営において、大きな転換点となったのは、2022 年の資金決済法改正でした。これによりステーブルコインが「電子決済手段」として法律で定義されました。

以前の「前払式支払手段(商品券に近い扱い)」から、銀行に近い送金業務を行う「資金移動業」と同等のライセンスが求められるようになり、伝統的な金融機関並みの厳格なコンプライアンスとシステム堅牢性が不可欠となりました。加えて、金融システムでは「誰が、いつ、なぜ変更し、誰が承認したか」を改ざん不可能な証跡として残す「説明可能性」が極めて重要です。

同社はこの課題を解決するため、豊富な金融システム運用実績を持つシンプレクス株式会社へ開発・運用を委託。強固な共同統制体制を敷いた上で、クラウドプラットフォームに AWS を採用しました。

理由は大きく 3 点あります。1 点目は、IaC によりスピーディに環境を構築でき、手厚い日本語サポートを得られること。2 点目は、操作ログや API コールが自動記録され、説明可能性を容易に担保できること。3 点目は、日本の金融業界での実績と当局説明用ドキュメントが充実していることです。

特に、金融 IT の安全性指標である「FISC 安全対策基準」への対応において、AWS は大きな力を発揮しました。300 を超える項目すべてにスタートアップが対応するには膨大な時間がかかりますが、AWS は「責任共有モデル」に基づき、インフラ層の対応状況をリファレンスとして公開しています。また、AWS Artifact を利用することで、SOC レポートや ISO 認証などに必要なエビデンスを即座に取得でき、本来なら 1〜2 年かかるはずの準備期間を大幅に短縮できたといいます。

技術面では、外部接続の出口対策として、プライベートサブネット内の Amazon ECS からの通信を NAT Gateway でパブリック IP 化し、接続先でのホワイトリスト登録を可能にする事例を紹介しました。さらに AWS Network Firewall を導入し、許可されたドメイン以外への通信を遮断することで、万が一マルウェアに感染しても外部へデータを持ち出せない多層防御の構築を提案しています。

システム運用時のアクセス制御では、Okta、AWS IAM Identity CenterAWS Systems Manager を連携させたゼロトラストモデルの採用を紹介しています。エンジニアに常時権限を与えるのではなく、メンテナンス時のみ申請を行うワークフローの構築を提案しました。そして、全操作ログは Amazon S3 や Amazon CloudWatch Logs へリアルタイムに転送される仕組みです。

最後に「AWS を活用することで、スタートアップ特有のスピードを損なうことなく、金融機関に求められる高度な統制を実現可能になります」と松岡 氏は総括しました。

スタートアップに Amazon EKS は早すぎる?マルチプロダクト戦略を加速する Platform Engineering の実践

株式会社ログラス クラウド基盤チーム SRE 中井 綾一 氏より、急速なマルチプロダクト化に伴い、同社がどのように Amazon EKS を導入し、Platform Engineering を実践してきたかが語られました。

かつて同社がシングルプロダクトだった時代は、少人数の SRE チームがインフラ構築や CI/CD 設定、セキュリティ対応をすべて引き受けていました。しかし、マルチプロダクト戦略へ舵を切ったことで、従来のやり方は限界を迎えました。採用難易度の高い SRE をプロダクトごとに増やすことは現実的ではなく、また担当者ごとに構成がばらつくことで品質にブレが出るリスクも懸念されたのです。

この課題を解決するために同社が選んだ道が、Platform Engineering への転換でした。開発チームが SRE に過度に依存せず、自律して開発を進められる仕組みを提供することを目指したのです。そこで、まだエンジニア 50 名弱、プロダクト数も 2 つという時期に、Amazon EKS を採用しました。

一般的なスタートアップとしては導入が「早すぎる」と判断されるようなタイミングです。しかし、プラットフォーム構築には時間がかかるため、問題が顕在化してから着手するのではなく、将来の事業戦略から逆算した投資としてこのタイミングでの導入を決めました。

Amazon EKS の構成としては、限られた SRE リソースで運用するために「シングルクラスタ」を採用し、管理コストを最小化しています。一方で、セキュリティと権限管理の観点からは「マルチアカウント」構成をとり、アカウント境界でリソースを明確に分離しました。実行モードについては、セキュリティ設定の一括適用やネットワーク制御の要件を満たすため、AWS Fargate や Amazon EKS Auto Mode ではなく、現時点では Amazon EKS on Amazon EC2 を選択しています。

開発者体験の設計においては、Helm を活用することで SRE が管理するテンプレートと開発者が管理する設定値(values)を分離しました。これにより、開発者は Kubernetes の深い知識がなくても、values を編集するだけで簡単にインフラを構築できます。

導入から 1 年が経過し、現在は 5 チーム・約 20 のサービスが Amazon EKS 上で稼働しています。開発速度は劇的に向上しました。最後に中井 氏は「Amazon EKS の導入判断は『今の規模』ではなく『数年後の事業にフィットするか』という視点が重要」と説明。ログラスにとってはマルチプロダクト戦略を加速させるための不可欠なステップとなったのです。


各社のセッションでは、スタートアップの最新の取り組みや AWS の各種サービスの活用方法など、有益な知見が語られました。ビジネスの成長スピードを損なうことなく、高度なセキュリティやガバナンス、開発者体験をいかに確保していくかという実践的なアプローチは、多くの企業にとって参考となるはずです。また、来年に開催される「AWS Summit Japan 2027」にも、奮ってご参加いただければ幸いです。