最初から大手顧客 10 社分のシステム資源を用意するとなれば、サービス立ち上げのための初期投資はそれなりに大きくなります。
それが AWS のマネージドサービスを利用することで、大きな投資を必要とせずに小さく始めることができるため、ビジネスのリスクを分散し、市場変化の激しい中でも素早く時流に乗ることができます。
秋山 秀行 氏 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 セキュアビジネスセンター 部長

凸版印刷株式会社は 1900 年の創業以来、原点である「印刷術」を「印刷技術」に進化させていくと同時に、事業分野の拡大に努めてきました。ここに「マーケティング力」「IT 力」「クリエイティブ力」、さらにさまざまな加工技術が融合・進化した姿を、凸版印刷では「印刷テクノロジー」と呼んでいます。この事業基盤のもと、現在では「情報コミュニケーション」、「生活・産業」、「エレクトロニクス」の 3 分野で事業を展開、社会やお客様の課題解決につながる「トータルソリューション」の提供を行っています。

凸版印刷には従来培ってきたホログラム、シリアル ID ラベルや IC タグなどのセキュリティ媒体の製造技術があり、さらに近年ではその媒体を ICT 技術と管理ノウハウでシステム開発し「ブランドプロテクション」「循環資材管理」「トレーサビリティ」などでの利活用を開始しています。凸版印刷では媒体の製造からそれらを利用するサービスの提供へとビジネスの広がりを見せています。

凸版印刷では複数の ID 利活用サービスを提供していましたが、個社毎のオンプレミスでの提供で、お客様が手軽にサービスを開始できるプラットフォームがありませんでした。

「そこで当社では、スマートフォンなどを用いてホログラムや IC タグを読み取り、商品のライフサイクル管理や真贋判定をすることができる ID 利活用プラットフォームを作り、お客様がスピーディに低コストでそれらのサービスを導入できるようにしたいと考えました。」と言うのは、凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター 部長 柳田 賢祐 氏です。さらに、情報コミュニケーション事業本部 セキュアビジネスセンター 係長 近藤 智則 氏は、「IC タグなどから得られる情報を蓄積し分析することで、将来的にはマーケティングとの連携や、ビッグデータ活用にまでビジネスを拡充したいと考えました。」と語ります。

こうした思いから、トレーサビリティやブランドプロテクション、キャンペーンなど、商品のライフサイクルを一元管理するクラウド型統合 ID 認証プラットフォーム「ID-NEX」が生まれました。凸版印刷では、ID-NEX をクラウド型のサービス群として提供しようと考えました。その仕組みを従来のように自社で用意した物理ハードウェアの上に構築し、データセンターから各お客様へ提供することも可能でしたが、「それらを自分たちで運用しながらサービスを提供するには、大きな手間とコストがかかることは明らかでした。」(近藤氏)

また、システムインフラとしては開発環境と本番環境の 2 つを用意する必要があります。さらにバグ修正の際にはパッチも当てなければなりません。そうなれば、作業用のステージング環境も必要になります。これら複数のシステム環境を自社で用意するのにも、大きなコストが発生してしまいます。

さらに ID を付与した商品は、サービスを利用するお客様が増えるにつれ、ID-NEX で管理する情報も比例して増加していきます。「さまざまな物を 1 つ 1 つ管理するようになれば、あっという間に数億もの ID 情報を管理することになるでしょう。そのためのシステムインフラは、拡張性が重要なポイントになります。」(近藤氏) もう 1 つの懸念はグローバル化への対応でした。「グローバル企業が顧客となれば、世界中で流通する物の ID 情報管理が必要になります。」(柳田氏)

このように、ID-NEX のサービスを構築するためには、運用の手間が削減でき、グローバルにも対応できる柔軟性と拡張性を持ち合わせたシステムインフラが必要でした。

「ID-NEX」を用いた真贋判定のサービスイメージ。商品の ID をスマートフォンで読み取るだけで真贋判定できます。

情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター  課長 石原 雅通 氏は、「サーバーの保守運用の手間とコストを考えれば、選択肢はクラウドしか考えられませんでした。クラウドを活用することで、我々サービス提供側が楽になるだけでなく、安定稼働とコスト低減によってお客様にもメリットを提供することができるからです。」と言います。

クラウドプロバイダーを検討した結果、ID-NEX の複数の要件を満たすシステムインフラとして選ばれたのが、AWS でした。「AWS を選択した理由は、まず他のベンダーと比較しても圧倒的な実績を持っていたことです。また、社内の他部門で AWS の利用経験が既にあったことも採用の後押しとなりました。」(柳田氏)

凸版印刷では、クラウド環境の構築についてAPN パートナーにサポートを依頼しています。当初出た案では、Amazon EC2 の上にデータベースやアプリケーションサーバーなどを導入し、その上に必要なアプリケーションを構築するといったシンプルなシステム構成を予定していましたが、AWS からさらなる運用管理の手間を削減する方法として提案されたのが AWS Lambda や Amazon API Gateway といった AWS 側で自動運用管理を行うマネージドサービスの活用でした。 さらにユーザ認証の管理の仕組みとして、Amazon Cognito の利用も提案されました。「Amazon Cognito については、まだサービスの一般提供が始まる前から利用を検討していたため、この機会に導入することに決めました。」と言うのは、情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター 白井 澄人 氏です。

このように、新しいマネージドサービスが充実していたことも、AWS 採用の決め手となりました。また、「顧客にサービスを提案する前に、まずは自社で AWS のマネージドサービスを使ってみよう、使いこなせるようになろうと考え、いち早く取り入れることを決めました。」と、情報コミュニケーション事業本部 セキュアビジネスセンター 部長 秋山 秀行 氏は言います。

こうして凸版印刷では、2015 年 12 月頃から検討を開始し、2016 年 2 月には、AWS Lambda Amazon と API Gateway を組み合わせ、処理の結果を Amazon DynamoDB に追加する仕組みをプロトタイプとして構築しました。

凸版印刷では、事前に AWS が提供している各種データベースに数億件のデータを投入し、性能比較を行いました。「オンプレミスの場合は、用意できた環境でしかテストができませんが、AWS ならば、さまざまな環境を気軽に試すことができます。データベースを変え、サーバーのスペックを後から調整することも容易でした」と白井氏は振り返ります。

⽐較検討の結果、凸版印刷では、AWS Lambda と Amazon API Gateway を組み合わせたサーバーレスアーキテクチャで使用するデータベースとして、Amazon RDS for PostgreSQL を採⽤しました。さらに認証の仕組みに Amazon Cognito を、データを格納するストレージに Amazon S3 を、コンテンツ配信には Amazon CloudFront を、さらにドメインネームサービスに AWS Route 53 なども組み合わせ、ID-NEX のサービスインフラ環境が構築されました。

AWS のサービスを組み合わせて構築したことで、凸版印刷ではアプリケーションの開発環境についても本番と同じものがすぐに手に入るようになりました。「複数の開発者のための環境をそれぞれ用意しても、ひと月の利用料は高校生のお小遣い程度の費用で済んでしまいます。俊敏性がありその上で安価にそれを利用できる。これは、AWS ならではの大きなメリットだと感じています。」(近藤氏)

また、サーバーレスアーキテクチャの高い拡張性も、ID-NEX のサービスでは大きなメリットとなっています。ID の認証を行い、その情報を用いて行う物の真贋の判定では、判定の瞬間だけ処理が実行されることになります。顧客のマーケティングキャンペーンなどが成功し急激に商品が市場に普及すれば、その直後に真贋判定処理が一気に増えることが予想されます。Amazon EC2 をベースとしたアーキテクチャでは、拡張性は十分であるものの、ある程度はサーバー負荷のピークを予測し、どのインスタンスタイプを選択すべきか等をある程度決めておく必要があります。しかし、これに対して AWS Lambda を活用したサーバーレスアーキテクチャでは、事前に負荷予測をする必要はありません。処理リクエストに応じ AWS Lambda のプロセスが自動起動され、処理が終わればプロセスは終了するため、リクエストが 1 つでも、あるいは同時に数千のリクエストがやってきても、処理性能が劣化することはありません。

さらに、処理リクエスト数に応じた課金のため、ピークに合わせ余裕を持ったリソースを用意するコストも発生しません。「ID-NEX のようなサービスでは、ユーザーがいつどれくらい増えるかを予測するのは難しいですが、小さく始めて必要に応じて自動的に拡張することができる、これは ID-NEX とかなり相性がいいアーキテクチャだと思います。」(柳田氏)

「最初から大手顧客 10 社分のシステム資源を用意するとなれば、サービス立ち上げのための初期投資はその分大きくなります。それが AWS のマネージドサービスを利用することで、大きな投資を必要とせずに小さく始めることができるため、ビジネスのリスクを分散し、市場変化の激しい中でも素早く時流に乗ることができます。」(秋山氏)

サーバーレスで ID-NEX の仕組みを構築する際、新しい技術を学ぶために、それなりの労力と時間をかけることとなるとしても、一旦仕組みが分かってしまえば、プログラミングができる人であれば数日でキャッチアップすることができます。「サーバーレスを活用する技術は普遍的な IT の知識で、AWS 特有なところもあまりないと感じました。API を利用するデプロイ方法なども業界標準なので、学んだ技術は今後も長く活用できますし、技術者としてのモチベーションを上げることにもつながると感じています。」(白井氏)

凸版印刷では、今後 ID-NEX のサービスを拡大し、収集される莫大な量のデータ分析をするために Amazon Redshift の利用も視野に入れると共に、Amazon QuickSight を組み込めむことにより、スムースなデータ分析環境の構築を検討しています。

また、現在 Amazon RDS for PostgreSQL が利用されているため、Amazon Aurora for PostgreSQL を活用することによる、より拡張性や可用性の面でのメリットも期待されています。

凸版印刷では今回マネージドサービスを活用し、スマートフォンなどからも利用できる API ベースの仕組みを構築しましたが、今後新たなサービスを展開する際にも「習得したサーバーレスアーキテクチャの技術を応用することができるでしょう。」(柳田氏)

「凸版印刷はソフトウェアを開発したいわけではなく、顧客が便利になるサービスを提供する会社です。AWS を活用することで、自分たちはほんの少しだけ手を動かせばそれを実現できる、これは極めて重要で価値のあることだと考えています。」(秋山氏)

左から、
- 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 セキュアビジネスセンター 部長 秋山 秀行 氏
- 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター 部長 柳田 賢祐 氏
- 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 セキュアビジネスセンタ 係長 近藤 智則 氏
- 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター 白井 澄人 氏
- 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ICT ソリューションセンター 課長 石原 雅通 氏

AWS クラウドがエンタープライズ企業でどのように役立つかに関する詳細は、AWS によるエンタープライズクラウドコンピューティングの詳細ページをご参照ください。