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【開催報告】AWS Summit Japan 2026 ― AI で加速する製品イノベーション 〜マルチエージェントで実現する製品開発

はじめに

AWS Summit Japan 2026 の流通小売・消費財・飲食ブースにて、私たちは「AI で加速する製品イノベーション 〜マルチエージェントで実現する製品開発」と題した展示を実施しました。複数の AI エージェントが専門家チームのように協調しながら、市場調査から製品デザイン、原価試算・収益予測までを一気通貫で進める体験を、来場者の皆さまに実際に触れていただきました。
デモの題材は、架空の鞄メーカー、そしてアパレルメーカーです。会場では鞄(luggage)とアパレル(apparel)の 2 つのユースケースを切り替えてご覧いただけるようにしました。たとえば鞄のシナリオでは、来場者に架空の鞄ブランド「Cloudcarry」の製品担当者になりきっていただき、「新規市場に参入し、競争力のある新製品を開発する」というミッションに挑んでもらいました。題材こそ架空のブランドですが、そこで動くマルチエージェントの枠組みは製品カテゴリに依存せず、食品・家電など他の消費財カテゴリへも同じ考え方で展開できることを示しました。本ブログでは、展示の背景にある課題意識、デモの流れ、支えているアーキテクチャ、そして会場でいただいた反応をご紹介します。

製品イノベーションが直面する「実行ギャップ」

「新しい製品を、もっと速く世に出したい」――これは多くの企業に共通する願いです。一方で、97% の小売企業がイノベーションの重要性を認識しているにもかかわらず、専任のイノベーションチームを持つ企業はわずか 22% にとどまります。認識と実行の間に大きなギャップが横たわっているのが現実です。
その一因は、製品開発プロセスそのものの重さにあります。市場調査、コンセプト設計、プロトタイプ制作、消費者テスト、製造計画――工程は多岐にわたり、従来のやり方では 6 ヶ月から 1 年以上を要することも珍しくありません。開発サイクルが長引くほど、移り変わるトレンドや顧客の嗜好を捉えきれず、需要がまだ強いうちに製品を届けられない。結果として、収益機会の逸失や競合への出遅れにつながってしまいます。スピードが売上と顧客ロイヤルティを左右する市場において、「速く反復できないこと」は静かに、しかし確実に競争力を削いでいきます。裏を返せば、この実行ギャップは、それだけ大きな機会が眠っているということでもあります。

マルチエージェントによる解決 ― 数ヶ月を数分に

本展示が提示したのは、この実行ギャップを AWS のマルチエージェント AI で埋めるというアプローチです。ポイントは次の 3 点に集約されます。

  • 半年〜1年かかっていた開発プロセスを数分に短縮する ― 各工程を担う専門エージェントが調査・生成・分析を高速に肩代わりします。
  • マルチエージェントが自律的に協調動作する ― 前工程のエージェントの成果が次のエージェントの入力になり、リサーチ → デザイン → 製造という流れが途切れなくつながります。
  • Human in the Loop で品質と信頼性を担保する ― AI が複数の選択肢を提示し、戦略的な判断は人間が下します。完全自動化も技術的には可能ですが、あえて人が舵を握る余地を残すことで、ブランド基準や現場の制約と AI の提案をすり合わせられます。

私たちは製品イノベーションのライフサイクルを リサーチ・デザイン・製造 の 3 フェーズに分け、それぞれに専任のエージェントを配置しました。人間が持つ業界知識・ビジネス知見と、大量の非構造化データを処理・分析する生成 AI の力を組み合わせることで、開発プロセス全体を通してより速く、より根拠のある意思決定ができるようになります。

デモの流れ ― 3 つのエージェントが仕事を引き継いでいく

リサーチエージェント ― 「どこを狙うか」を定める

製品イノベーションの出発点は、顧客の関心とニーズを知ることです。リサーチエージェントは、市場環境・自社のポジショニング・経営のビジョン・世の中のセンチメントといったデータにアクセスし、トレンドを分析して有望な方向性を絞り込みます。

デモは 3 つのステップで進んでいきます。まずビジネス目標の特定。リサーチエージェントが市場調査を完了し、3 つのビジネス目標の候補を提示します。ここで方向性を一つに決めると、次にターゲットセグメントの特定へ進み、その目標に基づく顧客層の候補を提案。さらに開発製品の特定として、目標とセグメントの両方に合致する製品アイデアを 3 案返します。各ステップで AI が複数の案を提示し、それを踏まえて人間が方向性を決める――ここに Human in the Loop の思想が端的に表れています。
リサーチエージェントは、Amazon Bedrock 上の Claude による推論を Amazon Bedrock AgentCore 上で動かしています。参照する知識は、Amazon Bedrock Knowledge Base に格納したディープリサーチレポートや社内データです。これらのレポートは Amazon Quick のディープリサーチ機能で、市場ポジション・トレンド・競合・自社の強み弱みといった複数の情報源を統合・分析して生成しています。

デザインエージェント ― アイデアを「触れる形」にする

デザインエージェントは、リサーチで得た洞察と具体的な製品コンセプトの橋渡し役です。抽象的なアイデアを、評価・改良できる視覚的なプロトタイプへと変換します。この工程は 2 つのステップで進みます。

第一に、デザイン案の生成です。市場トレンドや選ばれた方向性をもとに、ターゲットセグメントの特性に合わせて 3 つの異なるデザイン案をその場で生成します。各案には、ビジュアルレンダリング画像に加えて価格帯の設定や製品仕様が付与されます。従来は数週間の手作業レンダリングを要したコンセプトの可視化が、対話の流れの中で反復できるようになります。

第二に、仮想ペルソナによるテストです。通常は開発後期に行う消費者テストを前倒しし、ターゲット市場に基づいた複数名の仮想ペルソナを生成。製品アイデアへのフィードバックを収集し、購買意欲を高めるために追加すべき機能の候補まで提示します。物理的な試作品が存在しない段階で懸念点を表面化させることで、後工程での高コストな手戻りリスクを大きく減らせます。

こうして製品コンセプトは、市場ニーズに照らして精査され、視覚的に磨かれ、シミュレーションによる顧客テストを経てから製造フェーズへと進みます。

製造エージェント ― 「この製品は事業に貢献するか」に答える

製造フェーズでは、選ばれた製品について 3 種類の情報を生成します。部品表(BOM)として製造に必要な部品とコストの一覧を、市場分析としてターゲットセグメント・競合状況・流通チャネルを、そして収益予測として 3 つの生産規模シナリオの比較を提示します。

これらは、イノベーションの根本的な問い――「この製品を実際に製造すべきか」「本当に事業の役に立つのか」に、データで答えるためのものです。ここでも最終判断を下すのは人間です。AI が判断材料を即座に揃え、意思決定のスピードと質を同時に引き上げます。

自社データと連携すると、提案は「自社独自」になる

このデモでもう一つ強調したのが、自社データとの連携です。デモの各画面には「データアイコン」を用意し、その工程でどんな社内データをつなげば価値が高まるかというアイディアを提示できるようにしました。

たとえばビジネス目標を立てる場面では、一般的な市場データだけを見るのと、そこに自社の経営戦略資料や中期経営計画などを Knowledge Base に連携するのとでは、得られる提案の質が変わります。後者では、汎用的な市場トレンドに自社ならではの方針や制約が重なり、自社独自の提案が返ってくるのです。同様に、販売実績・顧客データ・過去の製品データを Amazon Bedrock Knowledge Base に取り込めば、自社固有のコンテキストを踏まえた分析・提案が可能になります。「一般解」ではなく「わが社の解」を、AI が数分で示してくれる――ここが実務導入を考えるうえでの大きな勘所です。

AWS サービスとアーキテクチャ

本ソリューションは、3 つの AI エージェントが Amazon Bedrock AgentCore 上で動作し、Strands Agents SDK で構築されています。テキストの推論には Claude、製品ビジュアルの生成には画像生成モデルの Stable Diffusion と、用途に応じて複数のモデルを Amazon Bedrock 上で使い分けているのが特徴です。主要な構成要素は次のとおりです。

  • Amazon Bedrock ― 生成 AI モデルを提供し、各エージェントが市場調査・デザイン生成・収益予測などの推論を実行します。
  • Amazon Bedrock AgentCore ― AI エージェントを大規模かつ安全に構築・デプロイ・運用するための実行基盤。セッション分離やトレーシングを提供し、すべてのエージェントがこの上で動作します。
  • Amazon Bedrock Knowledge Base ― リサーチエージェントが製品開発関連ドキュメントを検索する RAG 機能を提供します。前述の自社データ連携も、この仕組みを通じて実現します。
  • Amazon Quick ― 企業内データや社外の Web 情報など複数の情報源を統合・分析し、詳細な調査レポートを生成します。

これらはいずれも AWS のマネージドサービス中心の構成です。Guardrails や Observability、WAF、Cognito によるセキュリティを備えつつ、サーバーレス構成によって需要に応じた自動スケーリングが可能で、インフラ構築・運用の負荷を最小化しながら AI 活用を本番稼働まで持っていけます。


来場者の反応

会場では、多くの来場者が数分のうちにオリジナルの製品デザインが生み出される様子をご覧になりました。特に製品開発やマーケティングに携わる方々からは、「市場調査からデザイン、原価試算までを短時間で回せる」ことへの手応えの声が聞かれ、「エージェントを社員に提供し、自社のデータを能動的に活用する」という発想への関心が高まっていました。経営層・事業責任者の方からは「専任チームがなくてもイノベーションを実行できる体制を作れる」という受け止め、少人数のスタートアップの方からは「大手と同等の製品開発力を持てる、イノベーションの民主化だ」という反応もいただきました。
昨年と比べ、マルチエージェントという概念が特別な説明なしに受け入れられるようになってきていることも印象的でした。「戦略と実行の間のギャップを、実際に手を動かして数分で埋めていく」という体験は、多くの方にとって具体的なイメージを結ぶものだったようです。

まとめと今後の展望

本展示が示したのは、役割の異なる複数の AI エージェントが自律的に連携することで、製品イノベーションを大きく加速できるという可能性です。AI が多様な情報に基づいて有益なアイデアを提示して開発を前に進め、各フェーズで人間が戦略的な判断を下すことで品質と信頼性を担保する――この「エンドツーエンドの一気通貫」と「Human in the Loop」の組み合わせが、単一工程の自動化にとどまる多くの AI ツールとの差別化点です。
ここで実演した枠組みは、遠い未来のコンセプトではなく、AWS 上で今日から利用可能です。適切なデータとプロンプトエンジニアリング、そして自社データの連携があれば、鞄やアパレルにとどまらず、イノベーションの加速と新しい顧客体験の創出を目指すあらゆる業種に展開できます。「貴社の製品開発において、活用できそうなシーンはイメージいただけたでしょうか」――会場でお客様に投げかけたこの問いを、本ブログをお読みの皆さまにもお届けします。ご興味をお持ちの方は、ぜひ担当の AWS 営業までお問い合わせください。

著者について

Shingo Chiyoda

千代田 真吾は、アマゾンウェブサービスのソリューションアーキテクトです。現在は、エンタープライズの小売・消費財業界のお客様が AWS を用いてビジネスを拡大するのを支援しています。