Amazon Web Services ブログ
日本通運の AI 搭載型物流 Web アプリ「DCX」— AWS で実現する次世代サプライチェーンの可視化と予測
物流業界では、EC 市場の急拡大、販売チャネルの多様化、商品ライフサイクルの短期化が同時に進み、サプライチェーン全体の最適化が重要な経営課題になっています。欠品や過剰在庫は、売上機会の損失やコスト増加に直結します。だからこそ、リアルタイムな可視化とデータに基づく意思決定が欠かせません。
こうした課題に応えるのが、日本通運株式会社(以下「日本通運」)が開発・提供する AI 搭載型物流 Web アプリ「DCX(Digital Commerce Transformation)」です。AWS 上に構築された DCX は、在庫管理を中心にモノの流れの情報をつなぎ、データの可視化と AI による予測分析で、サプライチェーン全体の最適化を支援します。
本ブログでは、DCX の概要、AWS を活用したアーキテクチャ、そして最新の AI 機能を紹介します。内容は、2026 年 6 月に開催された AWS Summit Japan 2026 のブース展示をもとにしています。
DCX とは
DCX は、日本通運が提供する SaaS 型の物流ソリューションです。在庫管理システム(WMS)として在庫や入出荷を管理し、受注から配送までの工程をリアルタイムで分析・可視化します。
- 高度な WMS 機能を実装: アイテム別の入出庫履歴、日々の在庫数量、出荷先ごとの追跡番号などを一元管理。CSV や API によるデータ連携で、お客様のシステムとも簡単につなげることが可能
- リアルタイム可視化と多角的な分析: 受注から配送までの工程をつなぎ、出荷可能な在庫数量や作業進捗をリアルタイムで可視化。売上エリアの傾向や滞留在庫の推移など、さまざまな切り口で分析可能
- AI による出荷予測と意思決定支援: 時系列予測基盤モデル「Chronos-2」による出荷予測で在庫戦略の立案を支援し、Amazon Bedrock AgentCore を活用した対話型 AI で物流データからの迅速な意思決定を支援
- 導入しやすいサービス体系: 物流業務を委託する「アウトソーシングサービス」と、お客様自身で在庫管理を行う「クラウドサービス」の 2 種類を提供。初期費用はかからず月額制で利用でき、契約後 2 週間で立ち上げが可能
日本通運が培ってきた「フィジカルなオペレーション」と、最新の「デジタル技術」。この 2 つを融合させ、新たなロジスティクスの価値を届けるのが DCX です。自社 EC を運営する D2C 事業者や販売チャネルの多い企業、物流センターを短期間・低コストで立ち上げたい企業に最適なサービスといえます。AWS 上に構築された DCX は、高い拡張性と安定性を備え、AI による先進的なサービスを提供しています。
DCX のアーキテクチャ — AWS 上での構築
DCX は、在庫管理や受注・出荷を担う DCX 本体と、顧客向け分析基盤「Business Insight」(以下、BI)の 2 つのアプリケーションで構成されています。オプションサービスとして提供される BI では、需要の偏りや在庫の滞留状況を可視化・分析できます。
DCX 本体 — ECS/Fargate によるコンテナ構成
DCX 本体は、Amazon Elastic Container Service(Amazon ECS)と AWS Fargate 上でコンテナとして稼働しています。以前の運用基盤は Amazon EC2 でした。Fargate への移行とあわせてオートスケールを導入したことで、EC2 運用時に欠かせなかったサーバー台数(キャパシティ)の考慮が不要になりました。さらに、リクエストの増大に合わせてコンテナを増やすスケールアウトも容易になり、繁忙期でも快適なパフォーマンスを維持できています。
Business Insight — Redshift Serverless のデータを分析
BI も、DCX 本体と同じく ECS/Fargate 上で稼働しています。分析では大量のデータにアクセスするため、接続先には Amazon Redshift Serverless を選びました。
パイプラインファーストの開発体制
開発効率を高めるため、DCX はパイプラインファーストの開発体制を採用し、デプロイを自動化・効率化しています。新しい機能をタイムリーにリリースできるようになり、ユーザー体験の継続的な向上につながっています。
パイプラインは AWS CodePipeline、AWS CodeBuild、AWS CodeDeploy などの AWS サービスを組み合わせて構築しました。インフラ管理には Terraform を導入し、Infrastructure as Code も実現しています。
データ統合 — Amazon Redshift Serverless と Zero-ETL
DCX では、日々の倉庫管理業務で使うデータベースと、分析で使うデータベースを分けています。そのため、BI が大規模なクエリを実行しても、ほかの業務には影響しません。
分析用データベースに採用したのは Amazon Redshift Serverless です。データ分析は負荷の変動が大きく、ピークのタイミングも予測しにくいものです。サーバーレスを採用したことで、この課題を解決しながら、コストの最適化も実現しています。
一般に、業務システムから分析システムへデータを移すには、ETL パイプラインの開発と維持が大きな負担になります。DCX は Aurora の Zero-ETL 統合を採用し、Aurora に蓄積された業務データを Redshift Serverless へ自動で複製することで、この負担を大幅に減らしました。
AI 機能の実装 — Chronos-2 と Amazon Bedrock AgentCore
DCX が提供する AI 機能は 2 つ。時系列予測モデルによる出荷予測と、自然言語による問い合わせへの自動応答です。欠品や過剰在庫を防ぐ在庫計画をすばやく立てられるうえ、複雑な操作なしに、滞留在庫の把握から改善策の検討まで進められます。
出荷予測 — Chronos-2 の活用
DCX の出荷予測を支えるのは、Amazon Science が開発・公開した時系列予測基盤モデル「Chronos-2」です。主な特長は次のとおりです。
- ゼロショット予測: 対象データでモデルの学習を行わなくても予測が可能
- Transformer ベースのアーキテクチャ: 生成 AI と同じ Transformer 技術を時系列予測に応用
- さまざまな環境で実行可能: 仮想サーバやコンテナで実行でき、自社のアプリに組み込みやすい( DCX では ECS で実行)
- 誰でも使えるオープンモデル: オープンモデルとして公開されており、誰でも無償で利用可能
Chronos-2 の導入により、1 アイテムあたり 1〜2 時間かかっていた予測の算出時間は約 5 分に短縮されました。複数アイテムの一括予測にも対応し、日別・週別・月別で最大半年先まで予測できます。実際の出荷実績と照合すれば、PDCA サイクルを回しながら予測の精度を高めていくことも可能です。
AI チャットによるデータ分析 — Amazon Bedrock AgentCore の活用
Business Insight には、自然言語で物流データに問いかけられる「BI LLM Chat」を搭載しています。
BI LLM Chat は、各エージェントが協調してタスクを遂行するマルチエージェント構成です。Amazon Redshift Serverless に蓄積された在庫・出荷などのデータや、S3 に格納された各種ドキュメントを参照し、ユーザーの問い合わせに回答します。ドキュメントの参照に使うのは Amazon Bedrock Managed Knowledge Base。ユーザーとの過去の会話は、AgentCore Memory による長期記憶の機構で保持しています。
実装には AgentCore ハーネス を利用しました。AgentCore ハーネスなら、プログラムコードを書かずに AI エージェントを構築・運用できます。しかも、メモリやツール連携、オブザーバビリティなど AgentCore が提供する機能をそのまま活用できます。DCX では、こうして高品質な AI エージェントを短期間で開発し、新しい機能をすぐにユーザーへ届けられるようになりました。
今後の展望
日本通運は今後も、AI をはじめとするデジタル技術を DCX に積極的に取り入れていきます。国内外の拠点に蓄積される物流データと NX グループのグローバルな知見を活かし、お客様の物流現場の効率化と品質向上、そしてサプライチェーンにおける新たな価値の創造を支援していく方針です。
まとめ
本記事では、日本通運の DCX において、AWS の各種サービスがどのように利用されているのかを紹介しました。サーバーレスや CI/CD によって高度な開発・運用体制を確立し、AI やデータ分析技術によって付加価値の高いサービスを利用者に提供し続けています。これらは工夫次第で、どのような業種・企業規模でも取り入れられるアプローチです。みなさまのビジネスにも、ぜひ AWS の先進的なテクノロジーを積極的に活用してみてください。