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小売業界の物流課題に対する AWS 活用アプローチ
こんにちは。ソリューションアーキテクトの斉藤大徳です。テーマは、小売業界の物流についてです。小売業界に属する一般小売業、メーカー、SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel:製造小売業)など、各業界で物流に関するシステムは重要な機能ですが、課題がそれぞれ異なります。本記事では、各業界の課題、システムパターンについて説明した上で、それらの持つ物流に関する課題に対して AWS を活用したアプローチについて紹介します。
はじめに:小売業界の典型的な課題
商品が作られ、実際に消費者に届くまでに、メーカー、卸売、小売といった異なる業態の企業が関わってきます。SPA 企業もまた、製造から販売まで一貫してその役割を担いますが、内部的には部門が異なったり外部の企業と提携していたりと、サプライチェーンの構造としては他の小売業と同等です。SPA 企業にはメーカーと卸売、卸売と小売といった企業間、部門間での情報連携において、リアルタイム性がなかったり、人的作業が内在することで調整負担やミスが生じ、結果として発注量や在庫の適正化ができていないという課題があります。
図1:小売業界の企業と物流の関係
日本ロジスティクスシステム協会にて行われた、自社の物流課題に対するアンケート調査によると、60.7% が「物流コストの削減、改善」に課題意識があり、人件費や外注費(工場、物流、倉庫等)が高騰し、それに対する最適化を行えていないという認識を持たれています。また 22.7% が、「ロジスティクスや SCM を経営戦略にすること」と答えており、物流はこれまで経営戦略ではなく、必要な固定費と捉えられているケースが多いようです。
それぞれの企業体が抱える、物流関連の課題について紹介します。
図2:各小売業界の典型的な課題
一般小売企業は、販売機会ロスを発生させないように卸売に多めに発注します。その結果として店舗や EC 用倉庫に余剰在庫が生じたり、新商品や季節商品の入れ替えによって返品や廃棄ロスが生じます。また EC と各店舗間の在庫情報が、それぞれ独立したシステムで管理されているためにリアルタイムには正確な在庫を把握できず、販売機会ロスが生じています。
メーカー企業は、年度計画に基づき売上確保のために商品を先行生産したり、卸売からの発注を受けて機会ロスが発生しないように余剰に追加生産するケースが多いです。これは小売の販売データを自社で持たないため、生産計画へのフィードバックが難しいためです。生産ラインが外部委託の場合、リードタイムや調整コストの負担も大きいです。飲料や食品といった賞味期限のある商品の場合、期限切れによる廃棄ロスや大幅な割引による利益率低下も課題として挙げられます。
SPA 企業は、商品の多様化、大小多品種の取り扱いにより、トラックの積載率、配送効率が低くなっています。新たな商品が絶えず作られ多様化しているため、あらゆる面で自動化の仕組みを導入しづらく、例えば倉庫における梱包などの出荷業務は人手で行なっていることも多いです。バリューチェーンが長いため、外部の物流事業者や生産ラインと契約しており、各ステークホルダとの調整コストも大きいです。
卸売企業は、メーカーと小売企業の中間に位置し最もステークホルダが多く、調整の負担や物流のリードタイムの考慮、かつ事業が外部の需要に依存するために主体的な取り組みは難しい面があります。
まとめると、メーカー、卸売、小売といった異なる業態の企業間や部門間の、コミュニケーションや情報連携による部分が課題として大きいことが分かります。こういった課題に対するアプローチとして、1) 定量情報として現状を正確に把握、分析できる仕組み、2) 事業者間および自社部門間の情報連携をしやすい仕組み を整えることが物流課題改善の一歩になるのではないでしょうか。
小売業界における物流関連システムのパターン
次の図は、小売業界の持つシステムをバリューチェーンごとにマッピングしたもので、業界ごとにバリューチェーンの川上に属するメーカー企業、川下に属する一般小売企業、川上から川下まで長いバリューチェーンを持つ SPA 企業と、業種によって自社で持つバリューチェーンやシステムは異なります。多くの場合、それぞれの部分の前後が主な連携先となり、それらのシステム間も密に連携します。逆にバリューチェーン上で離れた場所の間でのシステム間連携は少なくなります。
図3:小売業界のシステムとバリューチェーンのマッピング
しかし、ビジネスを最適化するには離れたバリューチェーン上で離れたシステムの情報も重要です。上で述べたように一般小売企業は将来開発される製品の情報が必要で、メーカー企業は自社製品の売れ行きの情報が必要です。また SPA 企業では川上と川下のそれぞれの情報を有効活用することが重要となります。しかし実際にはこれらのバリューチェーンにおいて離れた間のシステム間連携は十分でなく、メールやファイルのやり取りによって行われているケースが多い状況です。Tapestry 社は組織間でデータを相互連携するためのデータ流通基盤を整備し結果として以前の 200 倍となる 200 万回の API 呼び出しを行うことによりビジネス課題を解決しました。(AWS re:Invent 2022 – Core elements of digital transformation (RET301))
次の図は小売業界でよく見られるシステムパターンとデータを活用するにあたっての課題を示しています。フルスクラッチで独自のシステムを構築している場合、設計資料の有無、エントリーポイントの開発が課題となり、国産 ERP の場合、ベンダーとの調整などが課題になります。グローバル展開している ERP の場合、ファミリーソリューション以外との連携が難しいケースが多いですが、ブログ記事「AWS サービスで SAP データを抽出するためのアーキテクチャオプション」が参考になります。この様にシステムパターンによりそれぞれの課題はありますが、ビジネス課題を解決するためにはバリューチェーン全体からデータを集めて活用するアプローチが必須となると考えます。
図4:小売業界でよく見られるシステムパターンと課題
ソリューションガイダンスの紹介
小売業界の物流課題を解決するために参考になるソリューションガイダンスとして「Guidance for Supply Chain Control Tower Visibility on AWS」を紹介します。ソリューションガイダンスは、課題を解決するための規範となるアーキテクチャー図、サンプルコード、技術ドキュメントです。本ブログの後半ではこのソリューションガイダンスに沿って AWS を活用したバリューチェーンの各システムからデータを取り出し活用する指針をご紹介します。
図5:Guidance for Supply Chain Control Tower Visibility on AWSのアーキテクチャー図
AWS を活用した解決へのアプローチ:物流システムをアクセス可能にする
実際のシステムはテクノロジーの変遷とともに手が加えられてきたため、各システム間の連携がそれぞれ異なるデータ連携方式やインターフェースで構成されているケースが多いです。この場合、新たに既存のシステムと連携する場合は都度異なる相手の方式に合わせる必要があります。この問題を解決するにはポイント間で個別に接続する方式から、「収集+変換」により共通のインターフェースでアクセス可能にするシンプルなアプローチが有効です。
各システムからのデータの収集については上の図5の「2」が該当します。Amazon EventBridge はソースのシステムからイベントを受け取り他のシステムへ連携することができ、また Amazon AppFlow は SAP などのシステムと簡単な設定で連携できます。ファイルベースの連携は AWS Transfer Family により SFTP、FTPS、FTP、AS2 プロトコルにてファイルを受け取り他のシステムに連携することができます。
ただし既存の全てのシステムに新たなインターフェースを増設することは、大きな作業が必要となります。そこで下図に示すように、システムを稼働させながら少しずつステップバイステップで進めるいわゆる Strangler パターンが有効となります。
図6:ステップバイステップで進めるStrangerパターン
各システムから集めたデータの変換は上の図5の「4」が該当します。次の図に示すように、利用者、利用ニーズに合わせて多様な選択肢から最適なものを選ぶことができます。
図7:データ変換に活用できるサービス
収集と変換を個別に行うのではなくデータの収集と変換の両方の機能を合わせ持つデータ連携製品もあり、これらの製品を活用する方法も有効です。
図8:データの収集と変換を併せ持つデータ連携製品
各システムから集めたデータの分析は上図の「8」の部分にあるように、Amazon QuicksightなどのBIツールを用いて可視化して分析します。QuickSightはSPICEというインメモリ型の高速データベースが内蔵されているため、データをメモリに格納して高速に分析することもできますし、上図の「7」のようにAmazon OpenSearchやAmazon Athenaを用いて分析します。他にもデータウェアハウスのAmazon Redshiftを用いて分析することもできますし、ニーズに合わせて様々な選択肢から最適なものを選択して利用することができます。
BIツール以外にも上図の「10」の様に、スケーラブルでセキュアなフロントエンドをAWS Amplifyで簡単に開発したり、Amazon Cognitoで認証・認可の管理を行ったり、Amazon CloudFrontでコンテンツ配布を行います。
AWS Supply Chain(Preview)
AWS re:Invent 2022で新しく発表された単体で利用できるアプリケーションであるAWS Supply Chain(Preview)をご紹介します。AWS Supply Chainは単体のアプリケーションであるため、今まで説明してきたAWSの様々なサービスを組み合わせてシステムを構成するのではなくAWS Supply Chain(Preview)単体で使用することができます。そのため、アーキテクチャーを自由に構成することができない反面、AWSの各サービスの知識やスキルがなくても簡単に利用することができます。
AWS Supply Chainは互換性のない異種データを理解および抽出し、統合されたデータモデルに変換して専用のデータレイクに蓄積し、インタラクティブなGUIで現在の在庫の選択と数量、および各場所の在庫の健全性を可視化することができます。また潜在的なサプライチェーンリスク (過剰在庫や在庫切れなど) に対するインサイトを自動的に生成して表示するとともに、そのリスクを改善するための推奨されるアクションを提示し、そのアクションを実行するために関係者間でコラボレーションするプラットフォームも提供します。
図9:AWS Supply Chainのスクリーンショット
まとめ
小売業界に属する一般小売、メーカー、SPAのそれぞれの持つ物流に関するビジネス課題を挙げ、バリューチェーンに属するシステム全体からデータを集めて活用することが解決策であることを述べて、そのためにデータを収集して活用するためのアプローチをAWSを活用してどのように進めるかについて述べました。
多くの企業で物流関連のシステムは歴史的な経緯でサイロ化しておりデータの取り出しと活用が難しい場合が多いかと思います。一度に全てのシステムに対して対処しようとすると長い道のりに感じるかもしれません。しかし、簡単なシステムから始めて継続的に進めていけば、ビジネスサイドの関係者もメリットを享受して協力的になり課題改善が加速すると考えます。
最後に物流課題に関連する他のブログ記事を紹介します。「動的なサプライチェーンプラットフォームを構築する方法: 入門書」では、イベント駆動型アーキテクチャを構成し、システムを他のシステムから切り離して、効率を高め、障害リスクを減らす手法や、リアルタイムなデータ収集やエンドツーエンドの可視化や分析を行う手法が紹介されています。「小売業に IT 部門は本当に必要か?」では、IT部門がITを集中的に管理してビジネス部門と切り離されている現状に対して疑問を投げかけクラウド技術の活用によるビジネス部門とITの融合について述べています。「AWS re:Invent レビュー: 流通小売・消費財のお客様へのハイライト」では、AWS re:Invent 2022で発表されたエグゼクティブキーノートに加えて、上で紹介したTapestry社の発表や流通小売・消費財業界のお客様に関連する新サービスの発表が紹介されています。
本ブログはソリューションアーキテクトの斉藤 大徳と濱上 和也が執筆しました。