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AWS re:Invent 2025:ヘルスケア・ライフサイエンスにおける変革の瞬間
このブログは、 “AWS re:Invent 2025: A transformative moment for healthcare and life sciences” の翻訳です。
今年で14回目を迎える AWS re:Invent には、6万人を超える経営陣、開発者、業界のリーダーがラスベガスに集結し、最先端のデータ・AI イノベーションを体験しました。数十の新サービス発表、数百のデモンストレーション、数千のセッションが開催される中、ヘルスケア・ライフサイエンス分野の企業が注目の的となりました。これらの企業は実際の活用事例を紹介し、Amazon Web Services(AWS)のソリューションを使って創薬を加速し、臨床業務を効率化し、患者体験を革新する取り組みを実演しました。
本記事では、AWS ヘルスケア・ライフサイエンスチームが厳選した注目セッション、重要な発表、顧客事例をご紹介します。
注目セッション
re:Invent では、ヘルスケア・ライフサイエンス企業が数多くのセッションに登壇しました。特に印象的だったセッションをご紹介します:
- ライフサイエンス分野におけるリアルワールドエビデンス創出の加速化
- 臨床時間を取り戻す:Veradigm の AI 活用による業務変革
- ノバルティスの次世代データプラットフォームがAI創薬を実現
- UC San Diego Health、Amazon Connect で患者エンゲージメントを刷新
- 研究室から市場へ:アストラゼネカの全社的 AI 成功ストーリー
- ヘルスケアの変革:生成 AI が描く未来像
- EHR の枠を超えて – AWS で実現する臨床・運用への最大インパクト
基調講演
Matt Garman の年次基調講演では、Lila Sciences、Bristol Myers Squibb、Cohere Health、Pfizerといったヘルスケア・ライフサイエンス企業が、イノベーションを牽引する業界リーダーの事例として紹介されました。開発者を「AWS の心臓部」と位置づけ、「発明の自由」を重視する Matt のメッセージは、20年間変わらない AWS の根本理念を表しています。
Swami Sivasubramanian のAI基調講演は、Allen Institute の取り組みから始まりました。同研究所が開発した、単一細胞マルチモーダル脳細胞データを解析する高度なニューラルネットワークモデルが紹介されました。Swami は講演の中で、特定の患者アウトカムを予測するモデルの学習や、分子構造とタンパク質相互作用を深く理解する AI モデルの開発など、複数のヘルスケア事例を取り上げました。
Peter DeSantis と Dave Brown は、AWS が追求し続ける6つの基本要素 – セキュリティ、可用性、パフォーマンス、弾力性、コスト効率、俊敏性 – について改めて強調しました。AI 時代においては、これらのクラウド基盤要素がこれまで以上に重要になっています。Dave Brown は、これらの要素を大規模に実現する Graviton と AWS のカスタムシリコン技術革新を紹介しました。
Werner Vogels は14年間の最後の基調講演で、「ルネサンス開発者」という概念を提唱しました。これは好奇心旺盛で、システム思考を持ち、効果的なコミュニケーション能力を備えた開発者像です。AI と開発者の進化について語った彼のメッセージは多くの共感を呼びました:「AI は私の仕事を奪うのか?そうかもしれない。AI は私を時代遅れにするのか?進化し続ける限り、決してそうはならない。」彼は開発者がオーナーシップを持つことの重要性を強調しました:「成果物はあなたのものであり、ツールのものではない。あなたが作り、あなたが責任を持つ。」
重要な発表
ヘルスケア組織のデジタル変革が進む中、今年の発表は業界が直面する根深い課題に正面から取り組むものでした:データプライバシー、臨床ワークフローの効率化、専門特化 AI 開発、セキュアなインフラ構築。
また、ライフサイエンス企業では、バリューチェーン全体で AI エージェントの活用が拡大しています。新サービスは、標的探索から個別化患者エンゲージメントまで、効率性を大幅に向上させながら市場投入までの時間短縮を実現します。
今週発表された数十の新サービス、機能、アップデートの中から、ヘルスケア・ライフサイエンス関係者が最もインパクトの大きいイノベーション領域を厳選しました。
データプライバシー・セキュリティの革新
セキュリティは最優先課題であり続けており、顧客がデータを安全に保護し、コンプライアンスを維持しながらイノベーションを推進できる複数の新サービス・アップデートを発表しました。中でも最もインパクトの大きい発表は、AWS Clean Rooms の機能拡張で、プライバシー強化合成データセット生成が可能になりました。
この新機能により、組織とパートナー企業は共有データから回帰・分類機械学習(ML)モデル学習用のプライバシー強化合成データセットを生成できます。ヘルスケア・ライフサイエンス組織にとって、このアップデートは患者情報や機密データを公開することなく、より精密で用途に特化したモデル構築を可能にします。統計的妥当性を保ちながら設定可能なプライバシー保護を追加する合成データセット生成機能は、ヘルスケア業界最大の課題の一つ – データ活用とプライバシー要件のバランス – に直接的な解決策を提供します。例えば、研究機関は HIPAA に準拠しながら統計パターンを保持する合成データセットを生成することで、希少疾患研究での協力が可能になります。また、創薬チームは患者健康情報(PHI)を公開することなく、複数の臨床データセットでモデルを学習できます。
その他の重要な発表:
- データ主権:AWS AI Factories により、ヘルスケア・ライフサイエンス組織は業界規制・コンプライアンス要件を満たしながらAIの力を活用できます。機密患者データのローカル処理が可能になり、コンプライアンス体制が強化され、PHI 要件への準拠が実現します。例えば、ヘルスケア組織は病院内や自社のデータセンター内に AWS AI インフラを導入できるようになりました。
- プロアクティブなアプリケーションセキュリティ:AWS Security Agent は、PHI を扱うヘルスケアアプリケーションに不可欠な積極的セキュリティ開発・監視を実現します。Security Agent は継続的セキュリティ評価を通じて HIPAA・GxP コンプライアンスの維持を支援し、患者・機密データに影響が及ぶ前にセキュリティ問題を特定します。
- 脅威検出:Amazon GuardDuty Extended Threat Detection は、ヘルスケア組織全体で統一されたセキュリティ可視性を提供します。多様なヘルスケアワークロード全体で患者データを標的とする高度な攻撃を特定できます。この新機能は複雑なヘルスケア IT 環境のセキュリティ監視を簡素化し、HIPAA 等の規制監査用包括的セキュリティレポート生成を支援します。
- セキュリティハブ:AWS Security Hub は重要セキュリティ問題の優先順位付けと大規模対応を支援し、応答時間を改善します。ヘルスケア組織はほぼリアルタイム分析でダウンタイム中断を最小化し、問題優先順位付け・コンプライアンスチェックを自動化できます。
AI 技術の進歩
2025年を通じて、AWS はあらゆる組織が AI の力を活用しやすくする Amazon Bedrock AgentCore などの新サービス開発に継続投資してきました。re:Invent では、この流れが数多くの発表とともに加速しました。
特に注目すべき発表:
- Amazon Connect の患者エンゲージメント向け新機能を発表。電子健康記録(EHR)との安全なリアルタイム統合により、患者・介護者のセルフサービス認証が可能になり、予約が最新かつ正確な情報でスケジュールされることを確認できます。Nova Sonic の高度音声モデルを活用した AI エージェントは、複数言語・アクセントに対応し、適切なペース・トーン・理解力で自然で人間らしい会話を実現します。
- AWS は業界最高水準の価格性能で推論機能を提供する次世代汎用モデル、Amazon Nova 2 を発表しました。
- Speech-to-speech:Amazon Nova 2 Sonic は音声間変換モデルで、開発者が音声アプリケーションを構築するための業界最高水準の会話品質、価格設定、音声理解機能を提供します。患者インタラクション・アクセシビリティ向上のため、Sonic はより自然な多言語会話と遠隔医療サービス・遠隔監視向けリアルタイム翻訳を実現します。ライフサイエンス分野では、研究者が音声でデータソースを調査し、仮説を立て、手動入力に代わって音声で実験作業を記録することで、時間節約と生産性向上を支援します。
- マルチモーダルデータ:Amazon Nova 2 Lite (*)と Nova 2 Omni は拡張推論機能を備えた費用対効果の高い AI を提供します。強力な機能の一つがマルチモーダルデータ統合で、医用画像、テキストレポート、研究文献、患者データの統合解析を可能にします。100万トークンのコンテキストウィンドウにより、Lite は患者の全履歴を処理してより的確な推奨を提供できます。臨床試験・遠隔監視では、ウェアラブルから在宅監視機器まで複数のデータストリームを処理できます。
(* 訳者注:Nova 2 Lite は現在、日本国内に限定したクロスリージョン推論に対応しています。) - 専門ドメインモデル開発:Amazon Nova Forge は専門ドメイン向けモデル開発を簡素化します。分子特性を予測する創薬アシスタント開発から、放射線学・病理学・ゲノミクス向けカスタムモデル構築でドメイン専門知識を深く組み込むヘルスシステム支援まで、ヘルスケア・ライフサイエンス業界で特に有用です。
- 反復作業の自動化:Amazon Nova Act は、電子カルテデータ入力、請求処理、フォローアップ調整などの反復的ワークフローの安全な自動化を実現します。

- AWS EC2 Trainium3 と P6e UltraServers は、専門的ヘルスケア・ライフサイエンスモデル訓練のための価格性能向上オプションを提供します。医用画像、ゲノミクス、デジタル病理学などの複雑で大規模なデータセットでの訓練時に特に効果を発揮します。
データ管理・分析
安全でスケーラブルなデータ基盤は、AI 成功の原動力であり続けています。re:Invent で AWS は数多くのデータ管理・分析サービスを発表しました。ヘルスケア・ライフサイエンス顧客向けの注目機能は、ベクトルスケーラビリティとレプリケーションです。
Amazon S3 Vectors は、ベクトル保存・クエリのネイティブサポートを持つ初のクラウドオブジェクトストアで、Amazon S3 に保存されたコンテンツの AI エージェント、AI 推論、セマンティック検索向けに目的特化・コスト最適化されたベクトルストレージを提供します。ゲノム解析では、研究者はコストを抑えながら数十億のゲノムベクトルを効率的に保存・クエリできます。医用画像分野では、S3 Vectors は膨大な画像リポジトリ全体での高速類似性検索を可能にします。創薬では、類似分子構造の迅速特定により化合物スクリーニングを加速できます。
Amazon S3 Tables レプリケーションサポートは、データレジデンシー要件・災害復旧のコンプライアンスを簡素化します。マルチリージョンコンプライアンスでは、ヘルスケア企業が多様な規制要件を満たすためにリージョン間で患者データを簡単に同期維持できます。研究者にとっては、一貫したガバナンスを維持しながら研究拠点間でのデータ共有が簡素化されます。
戦略的提言
re:Invent での業界向け発表を踏まえ、ヘルスケア・ライフサイエンス組織のリーダーは以下の検討を開始しましょう:
- データ戦略の見直し:AWS Clean Rooms と S3 Vectors がプライバシーを維持しながら新たな共同研究イニシアチブをどう実現できるかを評価
- AIロードマップの加速:Nova Forge と Nova 2 による専門モデルが特定の臨床・研究ドメインをどう変革できるかを検討
- 業務プロセス自動化の機会:Nova Act の自動化機能から恩恵を受ける大量管理プロセスを特定
- インフラ計画:AWS AI Factories が、これまで AI 導入を制限していたデータ居住・推論レイテンシの懸念に対処できるかを評価
- セキュリティ強化:機密ヘルスケアアプリケーション・データ保護強化のため新しい AWS Security Agent を導入
まとめ
AWS re:Invent 2025 は、ヘルスケア・ライフサイエンス組織にとって大きな転換点となりました。プライバシー保護協力、専門 AI モデル開発、ワークフロー自動化、セキュアインフラへの注力は、業界が直面する最も差し迫った課題に直接対応しています。既に AWS を活用しているヘルスケア組織には、患者ケア向上、研究加速、運用効率改善の即座の機会を提供します。クラウド導入初期段階の組織には、AWS がヘルスケア・ライフサイエンス固有のプライバシー、セキュリティ、専門ドメイン専門知識要件にどう具体的に対応しているかを説得力を持って示しました。
このブログは、Senior Solutions Architect の松永が翻訳しました。

