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成田空港におけるドーリー動態管理システム「DOLYS」をAWSに構築
はじめに
本稿は、日本航空株式会社デジタルEX企画部 空港オペレーショングループの橋本様よりご寄稿いただいた、成田空港でのドーリー運用効率化を目的とした動態管理システム導入プロジェクトの取り組みをご紹介します。
開発の経緯
空港内では、航空機に搭載する貨物や手荷物の入ったコンテナを運ぶために、『ドーリー』と呼ばれる台車を利用しています。
ドーリーは動力を持っておらず、牽引車で複数台連結して使用されます。航空機からコンテナを降ろすときも、航空機にコンテナを搭載するときも、必ずコンテナと同じ台数のドーリーが必要となります。
航空機からコンテナを降ろし、ドーリーに載せ替える
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使用中のドーリー(コンテナあり) | コンテナ搭載前のドーリー | ドーリーに設置されたIoT機器 |
しかし、成田空港では以下のような課題に直面していました。
- ドーリーの利用は、複数のグループ会社にまたがるため、各社で連絡を取り合いながら、利用するドーリーをそれぞれ確保している。
- 未使用のドーリーが空港内のどこに何台あるのか把握する手段が無く、利用の度に各社の現場作業者が捜索をしている。
- ドーリーの稼働状況が分からず適正数が配備されているか不明。
成田空港内には多くのドーリー置き場や貨物上屋が点在しており、場合によっては移動に30分以上を要することもあります。そのため、ドーリーを見つけるだけでも多大な時間と労力がかかり、業務の効率性を損なう原因となっていました。
これらの課題を解決すべく、IoTデバイスとクラウド技術を活用した「DOLYSプロジェクト」を立ち上げました。
DOLYS導入の目指すもの
本プロジェクトの核となるのは、成田空港内の約3,040台のドーリーに装着したIoTデバイスを活用することで位置情報をリアルタイムに管理し、これを可視化するシステムです。このシステムにより以下の具体的な改善目標を掲げました。
1.ドーリー捜索時間の削減
IoTデバイスでリアルタイムに位置を管理することで、ドーリーを探す時間を削減し、業務効率を向上。
2.ドーリー稼働率の向上による台数削減
効率的な運用管理により、必要な台数を最適化し、ドーリーおよびカートの台数の削減。
プロジェクト体制とアプローチ
本プロジェクトでは、成田空港におけるドーリーの運用を効率化するシステムを低コスト・短期間で構築することを目指し、アジャイル開発を採用しました。この手法により、現場の課題や要望を迅速にシステムに反映しながら、稼働までのリードタイムを最小化しました。
特徴的なポイントとして、本プロジェクトでは、JALのグループ企業であるJALグランドサービス、JALカーゴサービス、JALスカイといった複数のグループ会社の現場からの意見を広く取り入れ、現場と開発チームとの連携を密接に構築。現場スタッフを主要ステークホルダーに位置付け、ユーザー目線のシステムを実現しました。
また、プロジェクトは「必要機能のみに絞る」という方針を掲げ、シンプルかつ実用性重視のシステム設計を行ったことが特徴です。
システムのアーキテクチャ
AWSを基盤にしたサーバーレスアーキテクチャを採用しています。
システムの規模やデータ量に応じたリソースの自動スケールが可能となり、運用コストを最小化しました。また、サーバーレスの特性を活かし、迅速な開発と変更対応も可能になっています。
また、本システムはJALグループの統合クラウドプラットフォームであるCIEL/S(※)上に構築することで、AWSの柔軟性を活用しつつ、同グループに求められるITガバナンス要件と高いセキュリティ基準を満たしました。
※リンク先の資料内におけるJALインフォテックは2025年4月、JALデジタルに社名変更しています。
IoT技術とAWSのクラウドサービスを組み合わせることで、IoTデバイスからのリアルタイム位置情報を効率的に収集し、ドーリーの位置情報可視化および運用の最適化を実現しました。
※DOLYS画面(成田空港の概略図にリアルタイムでドーリー台数を表示)
また、現場作業者はiPadなどのタブレット端末を活用し、直感的にドーリーの場所を検索・確認できます。ダッシュボードでは「エリア・スポットごとのドーリー配置台数」や「各会社の必要数」をリアルタイム表示し、機材の種類やコンテナ搭載の有無など細かい条件による検索機能も備えているため、現場の即時対応力と業務効率を大幅に向上させています。
※アーキテクチャ概略図
想定効果と今後の展望
本システムの導入により、以下の効果が見込まれます。
1.稼働率の向上に伴い、新規購入台数および点検費用の削減が可能となります。具体的には、年間で56台(約7%減)の更新台数削減により、約7,170万円のコスト削減が期待されます。
2.所在の見える化により、捜索時間と燃料消費の削減が実現します。年間で約14,157時間の捜索時間が削減され、燃料も約66,361リットル(約760万円相当)が節約されます。
加えてCO2排出量は年間約171トン削減され、環境負荷の軽減にも寄与します。
※CO2算出方法:66,361[ℓ]×0.00258[t-CO2/ℓ]=171[t]
現在は成田空港で運用が進んでいますが、同様の仕組みを羽田空港にも展開する計画が進行中です。これにより、複数の主要空港でのドーリー運用効率が向上し、さらに標準化された管理体制が構築される見込みです。
現行のDOLYSは主に「ドーリーの現在位置」と「利用可否ステータス(積載検知)」を確認する機能で活用されていますが、将来的には以下のようなデータ分析機能の追加が構想されています。
稼働率の分析:ドーリーの使用頻度や運用状況を可視化。過剰な配備や不足を是正。
リソースマネジメント:人だけでなく、設備などのリソースを最適化し、全体の運用効率を最大化。
これらのデータ分析機能により、コスト削減と業務改善をさらに推進します。
まとめ
本稿でご紹介した「DOLYSプロジェクト」は、成田空港におけるドーリー管理の課題を起点に、IoTとクラウド技術を融合させた革新的なソリューションを実現しました。AWSを活用したサーバーレスアーキテクチャにより、低コストかつ迅速なシステム構築を可能とし、現場のニーズに対応したシンプルで使いやすい管理環境を提供しています。
導入効果として、稼働率向上による更新台数の削減や捜索時間・燃料消費の大幅な削減が想定されており、コストメリットだけでなく環境負荷の低減にも寄与しています。今後は、羽田空港への展開をはじめ、データ分析機能の充実によるさらなるリソース最適化を目指し、運用効率化に貢献してまいります。
本プロジェクトは、現場を中心に据えたアジャイル開発の好例であり、デジタル化推進における成功モデルとして、今後のさらなる業務改革の礎となることを期待しています。