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日産自動車、AWS と連携し SDV 実現に向けたソフトウェア開発を加速
このブログ記事は、AWS ソリューションアーキテクト 長谷川 仁志 が執筆し、日産自動車株式会社様が監修しています。
2025 年 12 月、アマゾン ウェブ サービス (以下、AWS)のグローバル年次イベント「re:Invent 2025」において、日産自動車株式会社(以下、日産自動車)は、AWS との連携により Software-Defined Vehicle (以下、SDV) の開発を加速する「Nissan Scalable Open Software Platform」を構築したことを 発表しました。日産自動車 は、これまでも IT、R&D など様々な領域で AWS を活用してきましたが、本記事では、日産自動車が AWS と連携して推進する SDV 開発の取り組みについて詳しく解説します。
SDV 開発における効率化の必要性
自動車産業は大変革期にあり、車両の価値の多くがソフトウェアによって決定されるようになっています。多くの自動車メーカーが SDV 開発の取り組みに注力するなか、グローバル自動車メーカーとして世界 100 カ国以上で年間 300 万台以上を販売し、常に革新的な製品とサービスを提供してきた日産自動車。同社は SDV 開発に向けた3つの目標「迅速かつ継続的な価値提供」「必要な安全性と性能の確保」「EV、HEV からガソリン車まですべての顧客への SDV 提供」を掲げており、その実現に向けた取り組みを加速しています(図表1)。
日産自動車では、SDV 実現に向けたソフトウェア開発のために、主に以下の項目への取り組みに着手しました。
- 複雑化するソフトウェアに対応する開発効率の向上
- 増加するテストケースに対応する包括的なテスト体制の整備
- 処理能力とリソースに制限のあるオンプレミス環境から柔軟性と拡張性に優れたクラウドへの移行
- グローバル開発体制の再構築
AWS を活用した Nissan SDV Platform の構築
上記4つの取り組みを推進するため日産自動車は、2023年「Nissan Scalable Open Software Platform」の開発に着手しました(図表2)。同プラットフォームは、車両ソフトウェア開発を実行する作業環境「Nissan Scalable Open SDK(以下、Open SDK)」、車両データを集約し活用するデータ基盤環境「Nissan Scalable Open Data(以下、Open Data)」が AWS 上に構築され、デジタルツインを実現するための車両 OS「Nissan Scalable Open OS(以下、Open OS)」の 3 層で構成されています。
同プラットフォームの中核となる AWS 上に構築された環境の Engineering Cloud(Open SDK、Open Data)では、ソフトウェア開発から機械学習のトレーニング、テストケースを含むソフトウェアの評価、データ処理まで、包括的な開発環境を提供しています。日産自動車の北米、欧州、日本などの地域の開発チームや、独自のアプリケーションを提供するサードパーティの開発者は、この Engineering Cloud の環境を共通基盤として利用できるので、それぞれの地域固有のニーズへのより迅速な対応ができるとともに、各チームの開発成果物を相互に利用することが可能となり、グローバル体制の再構築につながっています。
日産自動車は、この「Nissan Scalable Open Software Platform」の構築においては AWS と連携し、AWS の240を超えるサービス群の中から Platform が求める機能・性能を実現するサービスを活用し、AWS のプロフェッショナルサービスにより開発を加速しています。以下では、この連携により実現された特徴的な機能の中から、「1. CI プロセスの自動化による開発効率の向上」「2. グローバル規模での開発環境の統一」「3. 次世代コンテナ管理による開発基盤の革新」を紹介します。
1. CI プロセスの自動化による開発効率の向上
日産自動車は車載ソフトウェア開発の CI パイプラインをオンプレミスのサーバーで実行していましたが、テストに多大な時間を要していました。この課題に対し、このパイプラインをクラウドへ移行し、AWS Step Functions、AWS Lambda を活用した新しいパイプラインを開発しました(図表3)。
このパイプラインは、モデルベース開発とコードベース開発の両方に対応したソフトウェアコンポーネント SIL(Software-in-the-Loop)パイプラインと、各ソフトウェアコンポーネントを統合する統合 SIL の 2 段階で構成されています。さらに、統合SIL においては、AWS のスケールするコンピューティング環境(AWS Lambda)を活用した並列処理の実装により、車載ソフトウェアのテスト実行時間を75%削減することに成功しました。特に統合 SIL では、テストケースの実行から判定、結果のグラフ生成まで、すべての工程を自動化することで、開発者の作業効率を大幅に改善しています。
2. グローバル規模での開発環境の統一
日産自動車は、グローバルな SDV 開発の加速に向けて、世界中に在籍する 5,000 人以上の開発者が利用できる共通の開発環境基盤が必要でした。特に、各地域の開発者が共通環境と地域固有の開発環境の両方にアクセスでき、かつ迅速に環境を展開できる仕組みが求められていました。これに対応するため、AWS 上にワークベンチポータルを開発しました。このポータルは、Backstage をベースとした UI を採用し、世界中のエンジニアが統一された環境で作業できる基盤を提供します(図表4)。
ワークベンチポータルは、AMI を活用した環境展開により、開発者が必要な時に迅速に開発環境にアクセスできる仕組みを実現しています。また、CI パイプラインにおいては AWS CodeBuild と Amazon ECR を組み合わせることで、コンテナイメージのビルドとデプロイを最適化し、Docker in Docker 機能により複雑な開発ツールチェーンも効率的に管理できます。このシステムは、今後 5,000 人以上の開発者の利用を見込んでおり、共通環境と地域固有の環境を柔軟に展開できる設計となっています。
3. 次世代コンテナ管理による開発基盤の革新
SDV 開発における重要な課題の一つが、物理 ECU、仮想 ECU、開発環境間でのシームレスな統合でした。日産自動車は、アプリケーションを頻繁に更新するという新たな要求に対応するため、革新的なアプローチとして量産車の実 ECU にコンテナ技術を採用する取り組みを進めています(図表5)。
ECU へのコンテナ採用により、柔軟なアプリケーション更新が可能となります。この実現のため、軽量コンテナ管理を目的として「Podman」を採用し、日産独自の3層構成の OS アーキテクチャを組み合わせた設計を採用しています。AWS Graviton プロセッサー上の Linux 環境から Amazon EC2 上の開発環境まで、一貫したコンテナ管理を可能にし、特に物理 ECU でのコンテナ運用において、リソースの制約が厳しい環境でも効率的な動作を実現しています。さらに、このアーキテクチャは将来の AI 駆動型車両開発を見据えたデジタルツイン環境との統合も視野に入れた設計で、革新的な取り組みとなっています。
これらの取り組みにより、日産自動車の SDV プラットフォーム「Nissan Scalable Open Software Platform」は、車両アプリケーションから電動パワートレイン、ボディ制御まで、幅広い領域での開発を効率的にサポートする基盤として機能しています。さらに、OTA システムやビリングシステムとの連携により、継続的な価値提供と新たなビジネス機会の創出を可能にしています。
今後の展望:AI活用による更なる進化
日産自動車は、今後も SDV の更なる発展に向けて、AI 技術の活用を積極的に推進していきます。次世代ProPILOT では、市街地などのより複雑な交通環境を含む一般道において、熟練ドライバーのような運転を可能とした、信頼できる安全な運転支援技術を実現します。次世代 ProPILOT は、2025 年 9 月に開発試作車の運転能力を公開し、2027年度に国内の市販車への搭載を予定しています。これらの機能を支えるため AWS と連携して構築した 「Nissan Scalable Open Software Platform」 をさらに発展させ、Engineering Cloud 上での AI 開発環境の強化を進めていく予定です(図表6)。
まとめ
日産自動車が AWS との連携により 構築した SDV プラットフォーム「Nissan Scalable Open Software Platform」は、日産自動車にとって今後の自動車産業における競争力の源泉となることが期待されます。
AWS は今後も、日産自動車の「迅速かつ継続的な価値提供」「必要な安全性と性能の確保」「EV、HEV からガソリン車まですべての顧客への SDV 提供」の実現に向けた取り組みを支援していきます。本事例は、従来の製造業がいかにしてソフトウェア主導の開発モデルへと進化できるかを示す優れた実例となっており、同様の課題に取り組む他の企業の皆様にとっても参考になれば幸いです。
日産自動車株式会社 ソフトウエアデファインドビークル開発本部 ソフトウェア開発部部長 杉本 一馬様からのコメント
日産はこれまでも AWS と連携し、車載ソフトウェア開発における CI/CD のクラウド化を 2024 年から実プロジェクトに適用し、着実に開発の効率化をしてきました。この度、「Nissan Scalable Open Software Platform」を発表できたことを大変嬉しく思います。
Software-Defined Vehicle (SDV) でのソフトウェア開発は、日産がお客様へ革新的な価値を迅速かつ継続的に提供し、自動車産業の変革期をリードするための極めて重要な戦略であり、「Nissan Scalable Open Software Platform」はそのイネーブラーとなる Key technology です。
AWS の先進的なクラウド技術と専門知識は、グローバルな開発体制の効率化と、AI を活用した次世代のモビリティ実現に向けた私たちの取り組みを強力に推進してくれると確信しています。この SDV Platform を通じて、日産は未来のモビリティを創造し、お客様に新たな体験を提供してまいります。





