AWS Startup ブログ
スタートアップ CTO が抱える課題を解決! 支援プログラム「Startup CTO Dojo」を初開催
アマゾン ウェブ サービス ジャパンは、設立当初よりスタートアップ企業の支援を行ってきました。近年、日本でも徐々にスタートアップ企業の数が増えていますが、支援先の CTO の方々などから、「創業期にノウハウを知っておきたかった」「相談できる相手がほしい」といった声を多く聞くようになりました。
そこで、私たちが蓄積してきた知識や経験を共有するための場として、創業期のスタートアップ CTO に向けた支援プログラム「Startup CTO Dojo」を、2022 年 7 月に開催。現地参加とオンライン視聴のハイブリッド方式でお送りしました。
CTO にとっての課題は、技術的なことから採用・カルチャーまで多岐にわたります。このプログラムでは「技術セッション」と「非技術セッション」をそれぞれ 2 つずつ実施しました。本記事では、その模様をダイジェスト形式でお届けします。
創業期のスタートアップのための技術セッション(基礎編)
まずは技術セッションのパートから開始。最初に登壇したのは AWS ソリューションアーキテクトの濱 真⼀です。「クラウドネイティブにサービスを開発するために」と題し、スタートアップにおける技術選定の考え方を解説しました。
濱は序盤で「スタートアップにとって最も大事なのはビジネスにフォーカスすること」という概念や、AWS そのもののサービス概要を説明。そして、シード期やアーリー期、ミドル期、レイター期といった事業フェーズごとに生じる技術課題について述べました。
それらの前提情報を伝えたうえで、スタートアップが技術選定の際に考えるべきこととして大きく 2 つのテーマを解説していきます。ひとつめのテーマは「Undifferentiated Heavy Lifting(他との差別化につながらない重労働)の排除」です。
システム運用における、各種ライブラリのバージョンアップやデータベースのバックアップ、サーバーのメンテナンスといった作業は重要ではあるものの、ビジネスの価値に直接的には結びつきません。こうした作業に多大なる人的・金銭的リソースをかけることは、スタートアップの事業成長を妨げる要因になってしまいます。
そこで、Undifferentiated Heavy Lifting を低減できる AWS の各種サービスを利用することを濱は推奨しました。たとえば、マネージドデータベースサービスの Amazon Aurora やサーバーレスコンピューティングサービスの AWS Lambda などを使用することで、運用にかかる工数を大幅に下げることができます。
ふたつめのテーマは「ある判断が One-way Door か Two-way Door かを見極めること」です。技術選定においては「一度決めると、その後の変更が難しいもの(= One-way Door)」と「あとからでも容易に変更可能なもの(= Two-way Door)」が存在します。前者の方針策定は時間をかけて慎重に行うべきですが、後者はそうではありません。変更が容易であるからこそ、時間をあまりかけずに方針策定をし、必要に応じて軌道修正を行うような形をとるべきなのです。
次に、セッションのメインテーマである「クラウドネイティブな設計とは何か」に話題は移ります。濱は「Design for Failure にすることがクラウドネイティブな設計である」と述べました。Design for Failure とは、障害が発生することを前提にシステム設計を行う考え方であり、「障害を発生させないこと」ではなく「障害が発生したときにいかに対応するか」に重きを置きます。
AWS には Design for Failure な設計となっているサービスがいくつも用意されています。その具体例として、Web アプリケーション向けのホスティングサービス AWS Amplify Hosting や、コンテナ化されたウェブアプリケーションや API をデプロイできるフルマネージド型サービス AWS App Runner、Amazon Aurora のオンデマンドなオートスケーリング設定である Amazon Aurora Serverless v2 などの活用例を紹介し、セッションを終えました。
創業期のスタートアップのための技術セッション(応用編)
次に登壇したのは AWS ソリューションアーキテクトの針原 佳貴。技術セッションの応用編として「新しい技術を取り入れる際に、何を考慮すべきか」というテーマを主軸に解説しました。コアメッセージは大きく分けて「Working Backwards」「Data-driven Decision」「Trusted Advisor: AWS Startup SA」の 3 つです。
まずは Working Backwards から。自社の開発するサービスが軌道に乗り始めると、「どういった方向性でサービスを成長させていくべきか?」という疑問が徐々に生じます。この問いに対して、私たちはどのような方法で答えを出すべきなのでしょうか。
その参考情報として、針原は Amazon の事例を提示します。Amazon ではある商品やサービスを開発する際、常に「顧客に価値を提供できるかどうか」を発想の起点としています。そして、顧客起点で考えるための「仮想のプレスリリース」を作成することを Amazon では推奨しており、これが Working Backwards といわれる手法なのです。
顧客起点で生まれた機能の典型例として、針原は「パーソナライゼーション」を説明。そして、機械学習の専門知識を必要とせずにパーソナライゼーション機能を実装できる Amazon Personalize の概要や活用事例についても解説しました。そのうえで、「特定技術の採否を決める際には、その技術がプロダクトのコアな価値の向上に結びつくかを判断基準として大切にしてほしい」と述べました。
次は Data-driven Decision について。データを起点とした意思決定を行う際に、「ビジネスメトリクスとして何を見るべきか」は難しいテーマです。なぜなら、使用すべきメトリクスそのものがビジネスモデルごとに異なるからです。自社のビジネスにどういった特徴があるのかを考慮したうえで、達成すべき目的にマッチしたビジネス KPI のメトリクスを確認することが重要になります。
メトリクス取得やデータ分析の基盤構築を実現するための方法として、BI サービスの Amazon QuickSight を用いる方法や、AWS の各種サービスを用いてデータレイクを構築する方法、そして AWS の AI・ML サービスを活用してチャーン予測をする方法について紹介していきました。
最後は Trusted Advisor: AWS Startup SA について。ソリューションアーキテクトは、AWS を活用したアーキテクチャ構築のスペシャリストであり、お客様と並走しながら各種の課題を解決します。そして、テクノロジーだけではなくビジネスの課題についても取り扱います。針原は「スタートアップを成長させる方法を、その企業の方々と一緒に考える仲間として、私たちは仕事をしたい」と言及。その後は参加者との質疑応答を行いました。
創業期のスタートアップにおけるエンジニア採用について
ここからは、非技術セッションのパートに移ります。セッションのテーマは、創業期のスタートアップにおける課題のひとつであるエンジニア採用について。登壇者は佐藤 大資と野口 真吾の 2 名。2 人ともスタートアップで採用に携わった経験があり、現在は AWS のソリューションアーキテクトを務めています。
リスナーに、悩みや話したいことを Slack に投稿してもらったり、挙手制で実体験や知見を語ってもらったりするパネルディスカッション形式でセッションは進行しました。序盤では「IT 人材の採用が難しく、かつ採用活動にかかるリソースが大きい」という点について語られます。特にスタートアップにおいては、採用フローや採用手法が定まっていないケースも多く、採用担当者の負担が大きいことが課題として挙げられました。
次に採用手法が話題に挙がります。「企業の黎明期で採用するエンジニアを探す場合に、最初の数名はリファラル採用でスムーズに採れるものの、次第に人脈が枯渇してしまい候補者の探し方に苦労している」という参加者が多数いました。
対応策として、エンジニア系の求人サイトやエージェントを活用する、副業・SNS・エンジニアイベントなどで日ごろから優秀なエンジニアとの人脈を作るなどの方法が紹介されました。さらに、求人サイトやエージェントの効果的な利用方法についても、実践的な知見が語られます。
スタートアップの採用担当者の多くに共通する悩みとして、「開発組織において、どのような職種・スキルのエンジニアから優先的に採用するか」というテーマについても取り上げられました。まずは、今のチームに不足している要素を洗い出し、必要な人材を絞り込むこと。そして、スタートアップ初期では、特定領域に特化したエンジニアよりも幅広い分野に対応できるフルスタックエンジニアを採用し、まずはプロダクトを開発できる体制にするといった事例が紹介されました。
採用の失敗談についても語られます。「カルチャーフィットしているかを見極められず、入社後に他のメンバーに負担がかかってしまった」「自分の名前でスカウトメッセージを出す際に、他のメンバーに作業を任せており送付先をチェックしていなかったため、知り合いにメッセージを送ってしまった」などのエピソードが紹介されます。
応募者のスキルを見極めることの難しさについても、話題に上りました。対応策として、面接で応募者が特定領域にどれほど情熱を持っているかを確認する、あえて誤った情報を話して応募者が気づくかを見る、システムの設計について社員とディスカッションする場を設けるなどの手法が紹介されました。最も確実性の高い方法は、副業でジョインしてもらうことだとの意見もあった一方で、マネジメントコストの高さや作業要員になりがちであるといったデメリットも挙がりました。
セッション終盤では評価制度の話題に。評価制度を作るのは早ければ早いほど良く、採用時にも評価制度をもとにすると応募者のスキルやマインドを見極めやすくなるという意見が出ました。また、会社のフェーズに応じて、評価制度を見直すのも重要との指摘もありました。
エンジニア採用というテーマは、ほぼすべてのスタートアップに共通する課題であり、各社がさまざまな工夫をしています。幅広い事例について聴くことができ、課題解決のヒントを得られるセッションとなりました。
スタートアップのための企業カルチャー設計実践講座
最後に開催されたセッションは、スタートアップのための企業カルチャー設計実践講座。このセッションのゴールは「なぜスタートアップに企業カルチャーが必要なのかを理解する」「企業カルチャーの形成や見直しのヒントを得る」「企業カルチャー定着化のための Tips を得る」の 3 つです。
セッション前半はアマゾン ウェブ サービス ジャパン スタートアップ事業開発部 本部長の畑 浩史が登壇。後半はクラウド請求書受領ソフト「バクラク請求書」などの事業を展開する株式会社LayerX の代表取締役 CTO である松本 勇気 氏をゲストに迎え、畑とスタートアップのカルチャー形成についてディスカッションしました。
まずは前半の模様をご紹介。畑は、ジェフ・ベゾスが設計した Amazon の企業カルチャーとその定着化の方法を伝えます。Amazon の企業カルチャーを構成する重要な要素は、Mission・Leadership Principle・Mechanism の 3 つです。
Amazon の Mission は「地球上で最もお客様を大切にする企業」であり、創業から現在に至るまで、すべての活動の基本になっています。
Leadership Principle は、Amazon の全社員に求められるリーダーシップを明文化したものです。事業開発・採用・フィードバックなど、社員一人ひとりが主体性・自主性を持って行動するための指針であり、スタートアップのスケールに不可欠なものです。
Mechanism は、カルチャーを定着させるための仕組みを指します。Amazon での事例を挙げると、同社では採用面接において、価値観を共有できる人材を採用するために、採用する部門とは直接関係のない部門の社員が参加します。その社員はカルチャーフィットしているかのみをチェックすることで、採用の意思決定に関わっているのです。
その他にも、「特定の組織を大きくしすぎないこと」「経営陣やマネージャーが率先して Leadership Principle を日常会話のなかで使うこと」など、カルチャー定着のために必要な工夫が語られます。最後に「Amazon のカルチャー設計や定着化の手法は再現性が高いため、実際に多くのスタートアップが参考にしています。ぜひ、みなさんも自社の企業運営に取り入れていただければ幸いです」と結び、前半が終了しました。
後半は松本 氏とのディスカッション。LayerX の Mission は「すべての経済活動を、デジタル化する」です。「1 つの事業でカバーできる範囲は狭いため、Mission を達成するには複数の事業を連続的に立ち上げる必要がある」と松本 氏は言及。Mission が事業の在り方と密接に関係していることが述べられました。
次に、複数ある行動指針の“掲載順序”について。同社のコーポレートサイトには合計 5 つの行動指針が掲載されていますが、企業の黎明期には「Be Animal」を最上位に掲載していました。ですが、今は「徳」が最上位に来ています。その背景として、松本 氏は「長期的な視点で社会に良いものを提供していくことの重要性が増した」と説明。さらに「行動指針は事業や会社のステージに合わせて、定期的に見直していくもの」と述べました。
松本 氏は企業カルチャーについて「メンバーが同じ目的を持って進み、そして各種の課題に対して合理的な行動を取るために必要なもの」と語ります。そして、LayerX ではカルチャーを定着させるために、各種ミーティングなどで社員に対して判断基準と取るべき行動を丁寧に説明していること、人事評価にも活用していることなどが語られました。
セッション終盤には、企業拡大期に発生しやすい「メンバーが増えることによるカルチャーの薄まり」がテーマとして挙がりました。LayerX では、1on1 ミーティングを積極的に行い、企業にもともと所属しているメンバーと新しいメンバーとの認識を合わせたり、信頼関係を築いたりしていることが言及されました。
最後に参加者との質疑応答を行い、セッションは終了。世界規模の企業である Amazon とスタートアップである LayerX。異なる事業フェーズでありながらも、ともに企業カルチャーを大切にする 2 社の事例から、組織運営の秘訣が伝わりました。
参加者からの声
当日、会場にいらっしゃった方々からイベントの感想を伺うことができました。ここではその一部をご紹介します。
株式会社Yuimedi 取締役CTO 井上 真吾 氏
「CTO の業務を担う過程で『相談する相手がほしい』と思うことが多々あるため、横のつながりを作るためにも今回のイベントに参加しました。特に、非技術セッションは学びが多かったです。自社の課題や改善すべき点が明確になりました」
株式会社Parame 開発責任者 高橋 倖平 氏
「自社と近い事業フェーズにある企業の方々と話したいと思い、オンライン視聴ではなく現地参加を選びました。参加してみて感じたのは、各セッションの質の高さです。技術セッションでは AWS の活用方法について深く学ぶことができました。また、会場で AWS のソリューションアーキテクトの方々に相談できたのも良かったです」
株式会社M−INT CTO 宮川 潤 氏
「技術面や採用面で CTO としてどのようなことをやっていけば良いか、各セッションで具体的なノウハウを聞けるのがありがたかったです。同じような事業フェーズの他社の CTO の話を聞き、自社と比較して考えられる場はとても貴重だと思います」
Deltan株式会社 CTO 山口 太樹 氏
「開発組織の課題について相談できる相手が身の回りにいないため、こういったイベントが開催されたことを非常に嬉しく思います。技術セッションでは、AWS の各種サービスなどの情報をわかりやすくキャッチアップできました。また、実際に会場へと足を運んだことで、他の参加者と知り合えたことに、とても意義があったと感じます」
おわりに
これからもアマゾン ウェブ サービス ジャパンは、スタートアップにとって有益な知識や経験を共有するための場として「Startup CTO Dojo」を開催してまいります。ぜひ次回のイベントにご参加いただき、より良い経営活動や開発組織の改善に生かしていただければ幸いです。
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