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ナレッジグラフと IoT データによる生産ラインのボトルネック分析 〜AI エージェントのための製造データの構造化〜

はじめに

こんにちは、IoT Specialist ソリューションアーキテクトの新澤です。2026 年 6 月 25〜26 日に幕張メッセで開催された AWS Summit Japan 2026 の「生産ラインの未来」ブースでは、AI エージェントが生産ラインのボトルネックを検知し改善策を提案するデモを展示しました。開催前の予告ブログではデモの概要をご紹介しましたが、本記事では展示を終えた今、その実装の詳細を解説します。

このデモのテーマは、「AI エージェントに工場の「構造」をどう教えるか」です。どの製品にどの部品が必要で、どの設備で加工し、どのサプライヤーから調達しているか。こうした関係性が構造化されていなければ、AI は参照すべきデータソースを判断できず、回答が不安定になったり、必要なデータに到達するまでの試行錯誤が増えたりします。本デモではこの関係性をスキーマとして定義し、ナレッジグラフとして実装しました。一方、スキーマだけでは「今」が分かりません。設備のサイクルタイムは今何秒か、現状の設備で増産対応が可能なのか。ここに IoT のリアルタイムデータを接続することで、AI エージェントは構造を知った上で現状を踏まえた判断を行えるようになります。まず、なぜ製造業にナレッジグラフが必要なのかという課題から出発し、グラフスキーマの設計、データストアの役割分担、AI エージェントの推論フロー、全体アーキテクチャの順に解説します。

なお本記事では、製品・部品・設備・サプライヤーといった要素間の関係性をグラフ構造で表現したものを「ナレッジグラフ」と呼ぶこととします。これは OWL や記述論理に基づくいわゆるオントロジー (TBox/ABox による概念公理や自動推論)とは異なり、AI エージェントが「どのデータをどう辿るか」を判断するためのセマンティックなコンテキスト情報として活用することを目的としています。また、本記事で「推論」と呼ぶのは、記述論理(OWL など)による論理推論ではなく、AI エージェント(LLM)がナレッジグラフを文脈として複数のデータソースを横断し、回答を組み立てる処理を指します。

デモ画面:生産ラインのナレッジグラフマップ
デモ画面:生産ラインのナレッジグラフマップ

なぜ製造業にナレッジグラフが必要か

突然の増産指示「来月末までに 300 台追加で出荷できるか?」この問いに答えるには、オーダー → 製品 → 部品 → 在庫 → サプライヤー → 設備稼働と、異なるシステムに散在するデータを横断的に辿らなければなりません。難しいのは個々のデータを取ることではなく、それらのデータ間の依存関係を何段も辿り切らなければならない点にあります。さらに各データは多対多の関係を持ちます。1 つの製品は複数の部品を必要とし、1 つの部品は複数のサプライヤーから調達可能で、1 台の設備は複数の製品の工程に関与します。増産対応に限らず、このような「多段の関係性探索」は製造現場で繰り返し発生します。

特に顕著なのが BOM (部品表) の探索です。BOM はツリー構造で、増産の実現性判断では BOM を順方向に展開して必要部品を洗い出す必要があります。一方、品質問題のトレーサビリティでは逆方向に辿って「この素材を使っている全製品は」を特定します。設計変更の影響確認でも同様です。しかも構成が何階層あるかは製品ごとに異なるため、探索の深さを事前に固定できません。本デモでは以下の 3 階層の BOM を定義しました (来場者の方から「うちは 100 階層を超える」という声もいただきました) 。

SD1 圧力センサーモジュール (完成品)
├── センサーユニット (サブアセンブリ)
│   ├── セラミック圧力センサー素子
│   └── 配線ハーネス
├── 駆動ユニット (サブアセンブリ)
│   ├── ブラシレスモーター ×4
│   └── モータードライバ IC
└── フライトコントローラー

「300 台増産できるか」の判断には、部品ツリーを最下層まで展開し、在庫・リードタイム・設備の稼働状況を確認する必要があります。RDB では構成表テーブルを何段階も繰り返し結合して検索するため、部品が増えるほど処理が重くなります。一方、ナレッジグラフなら階層の深さに関わらず 1 行のクエリで記述でき、順方向・逆方向の検索もまったく同じ構文で対応できます。

// 順方向: 増産に必要な全部品を展開
g.V('PROD-SD1').repeat(out('REQUIRES')).emit().valueMap('name')

// 逆方向: 不良素材の影響を受ける全製品を特定
g.V('PART-CERAMIC-001').repeat(in('REQUIRES')).emit().valueMap('name')

ナレッジグラフの利点は、探索の書きやすさだけではありません。ユーザーにとって直接的なメリットが 2 つあります。

1 つはコストです。グラフ探索は問いに関係するサブグラフだけを返すため、テーブルや文書を丸ごと LLM のコンテキストに渡す必要がなく、消費トークンを抑えられます。またグラフが「次にどこを見るべきか」を示すため、エージェントが無関係なデータソースを探索して往復する無駄も生じません。もう 1 つは回答の信頼性です。エージェントは LLM の記憶ではなく、グラフに格納された検証済みの関係を根拠に回答を組み立てます。ナレッジグラフによる知識の裏付けがハルシネーションの抑制に有効と考えられます。

ここからは、これらの利点を実際のデモでどう形にしたかを解説します。

グラフスキーマの設計

まずは、AI エージェントに接続したデータソースと、その関係性を定義したグラフスキーマの設計から解説します。

デモで用意したデータソース

AI エージェントが増産の実現性を判断するために、以下のデータソースを用意しました。

  • 生産オーダー (Amazon DynamoDB) : どの製品をいつまでに何個作るかを管理します。本デモでは「SD1 圧力センサーモジュール 300 台、納期 7/10」のオーダーを投入しています。
  • BOM — 部品表 (Amazon Neptune ナレッジグラフ) : 製品に必要な部品の構成を定義します。前セクションで示した 3 階層のツリー(完成品 → サブアセンブリ → 部品)が REQUIRES エッジとして格納されています。
  • 在庫 (Amazon DynamoDB) : 各部品の現在の在庫数量と安全在庫を保持します。例 : セラミック素子 10,000 個、ブラシレスモーター 30,000 個。
  • サプライヤー (Amazon Neptune ナレッジグラフ + Amazon DynamoDB) : 部品と調達先の対応関係は SUPPLIED_BY エッジとしてグラフに、リードタイムや最小発注数量などの値は Amazon DynamoDB に持たせています。例: セラミック素子は LT 14 日、ブラシレスモーターは LT 21 日。
  • 設備稼働データ (AWS IoT SiteWise) : 各ステーション(受入検査、搬送、自動倉庫、加工、組立、出荷)のリアルタイムなサイクルタイムと稼働率を 1 分間隔で収集しています。Amazon Neptune の Equipment ノード ID と AWS IoT SiteWise のアセット ID を共通化しているため、グラフ探索で特定した設備の最新値を、ID 変換なしにそのまま取得できます。
  • 工程設計書・FMEA (Amazon Bedrock Knowledge Bases) : 各工程の加工条件や運転手順を記述した工程設計書(Word ファイル)、FMEA(Excel ファイル)、PLC コーディング規約(Word ファイル)などのドキュメントを RAG 検索可能にしています。

グラフスキーマの全体像

本デモでは「増産オーダーの実現性診断」を頻出ユースケースとして特定し、そのグラフ探索パス (オーダー → 製品 → 部品 → 設備) を専用ツールとして事前実装しました。ユースケースに登場するエンティティをノード、関係をエッジとして Amazon Neptune に格納し、鮮度の高いデータ (サイクルタイム、在庫数量等) は IoT サービス群や Amazon DynamoDB に分離しています。静的な構造と動的な値を分けることで、レスポンス速度と回答精度を安定させることを目指しました。

しかし、現場では設備起点の問いも発生します。デモでは「オーダー起点で、影響する設備を探しに行く」パスを実装しましたが、現場ではその逆方向、設備で異常が起きたときに「何に影響するか」を知りたい場面が日常的に発生します。「焼成炉の温度が基準を超えた。この設備が停止したら、どの製品の出荷が遅れるか?」、「切削精度の劣化が検出された。同じユニットを使う他ラインの品質にも影響するか?」。これらはグラフ上の同じデータ構造を起点を変えて辿るだけなので簡単な話ですが、事前に定義した固定的な探索パスだけではカバーできません。なので実運用では頻出パターンは専用ツール (固定探索) で高速かつ安定した回答を返し、それ以外の問いには汎用グラフ探索 (LLM がノードの隣接関係を見て自律的に辿る方式) をフォールバックとして組み合わせるハイブリッド構成が現実的ではないかと考えています。

以下は、今回作成したグラフの全体像です。

本デモで定義したグラフスキーマ
本デモで定義したグラフスキーマ

本デモでは、グラフの実装基盤として Amazon Neptune を採用しました。Amazon Neptune 上に以下の 8 種類のノードと 10 種類のエッジを定義しました。以下は本ナレッジグラフのスキーマ (型定義) であり、実際の工場データ (インスタンス) はこの型に沿って格納されます。

ノードタイプ (8 種類)

No. ノード 説明
1 Company 企業 AnyCompany
2 Factory 工場 Plant 02 横浜
3 Equipment 設備・ライン Production Line, Warehouse Station
4 SubUnit 設備内サブユニット Furnace Unit, Milling Machine
5 Product 製品 AnyCompany-SD1
6 Part 部品 セラミック圧力センサー素子
7 Supplier サプライヤー セラミック素材社
8 ProductionOrder 生産オーダー ORDER-2026-06-001

エッジタイプ (10 種類)

No. エッジ 関係性 意味
1 CONTAINS Company → Factory 企業が工場を所有
2 HAS_EQUIPMENT Factory → Equipment 工場が設備を保有
3 HAS_SUBUNIT Equipment → SubUnit 設備がサブユニットを持つ
4 REQUIRES Product → Part 製品が部品を必要とする(BOM)
5 SUPPLIED_BY Part → Supplier 部品の調達先
6 STORED_AT Part → Equipment 部品の保管場所
7 PROCESSED_AT Part → Equipment 部品の加工場所
8 ASSEMBLED_AT Part → Equipment 部品の組立場所
9 PRODUCES ProductionOrder → Product オーダーの生産対象
10 EXECUTED_ON ProductionOrder → Equipment オーダーの実行設備

ISA-95 との対応

本デモのグラフモデルは、製造業の国際標準である ISA-95 の設備階層モデルと以下のように対応しています。

No. ISA-95 レベル 本デモのノード 説明
1 Level 4 — Enterprise Company ビジネス計画、オーダー管理
2 Level 4 — Site/Plant Factory 工場単位の生産管理
3 Level 2〜3 — Area/Work Cell Equipment 製造実行・各ステーション制御
4 Level 0〜1 — Control Module SubUnit 個別機器の制御
5 (サプライチェーン) Supplier, Part, Product, ProductionOrder ISA-95 外のビジネスエンティティ

本デモでは簡略化を目的として ISA-95 の Level 2〜3 を Equipment ノードに統合しています。実規模の適用時には、Work Center / Production Line / Work Unit を分離し、より詳細な階層を定義することも可能です。

ここまでで、グラフに格納する「構造」の設計を解説しました。一方、「グラフの全体像」で触れたとおり、鮮度の高いデータはグラフの外に置いています。次のセクションでは、この静的な構造と動的な値の分離を、データストアの役割分担として具体化します。

データストアの役割分担

本デモでは、データの特性に応じて 4 つのデータストアを使い分けています。

No. データストア 格納するもの 更新頻度
1 Amazon Neptune 静的な関係性 (BOM、設備構成、サプライヤー依存) 構造変更時のみ
2 AWS IoT サービス群 各設備のリアルタイム稼働データ (サイクルタイム、稼働率) 1 分間隔
3 Amazon DynamoDB 業務マスタデータ (生産オーダー、在庫、BOP) 日次〜週次
4 Amazon Bedrock Knowledge Bases 非構造化ドキュメント (工程設計書、FMEA、PLC コーディング規約) ドキュメント改訂時

データの置き場所が定まったところで、次は AI エージェントがこれらのデータソースをどのような順序で参照し、回答を組み立てるのかを、実際の問い合わせを例に見ていきます。

AI エージェントの推論フロー

「300 台増産は間に合う?」への回答プロセス

AI エージェント (Amazon Bedrock AgentCore 上で動作) がユーザーからの問いに答えるプロセスを見てみます。ユーザーが「ORDER-2026-06-001 の増産 300 台は実現可能ですか?」とプロンプトウインドウに入力します。このとき、エージェントは以下の 5 つのステップを実行します。

Step 1 — ナレッジグラフ探索 (Amazon Neptune)

オーダーを起点に、ノードタイプごとに異なる情報を収集しながら関係性を辿ります。

ProductionOrder (ORDER-2026-06-001)
│  → 数量: 300台、納期: 7/10
│
├─PRODUCES→ Product (AnyCompany-SD1)
│  │
│  ├─REQUIRES→ Part (セラミック素子)
│  │   ├─SUPPLIED_BY→ Supplier (セラミック素材社, LT:14日)
│  │   ├─STORED_AT→ Equipment (Warehouse Station)
│  │   └─PROCESSED_AT→ Equipment (Production Line)
│  │
│  ├─REQUIRES→ Part (ブラシレスモーター)
│  │   ├─SUPPLIED_BY→ Supplier (モーター工業, LT:21日)
│  │   └─ASSEMBLED_AT→ Equipment (Assembly Line)
│  │
│  └─REQUIRES→ Part (フライトコントローラー)
│      ├─SUPPLIED_BY→ Supplier (エレクトロニクス社, LT:30日)
│      └─ASSEMBLED_AT→ Equipment (Assembly Line)
│
└─EXECUTED_ON→ Equipment (Production Line, Assembly Line)

1 回の探索で以下が判明します:

  • 部品 3 種 とそれぞれの所要数・リードタイム
  • サプライヤー 3 社 と最小発注数量
  • 関連設備 3 台 の ID(= AWS IoT SiteWise アセット ID)

各ノードに到達するたびに、次のステップで必要な情報 (ID、属性値) が揃います。Part ノードからは在庫確認 (Step 3) に進み、Equipment ノードからはリアルタイムデータ取得 (Step 2) に進みます。グラフが「次にどのデータソースを見るべきか」を教えてくれる構造です。

Step 2 — リアルタイムデータ取得 (AWS IoT SiteWise)

Step 1 で特定した設備の ID (= AWS IoT SiteWise アセット ID) を使い、各設備の現在のサイクルタイムと稼働率を取得します。Amazon Neptune のノード ID と AWS IoT SiteWise のアセット ID に同じ UUID を使用しているので、Amazon Neptune のグラフ探索で特定した設備のノード ID を、そのまま AWS IoT SiteWise の API パラメータとして渡しています。別途マッピングテーブルを参照する必要がなく、グラフの探索結果が即座にリアルタイムデータの取得キーになります。関係性は頻繁には変わりませんがサイクルタイムは 1 分ごとに変わり、在庫数量は日々変動します。こうした鮮度の高いデータはそれぞれに適したデータストアに置き、必要なときに ID をキーにして参照するようにしています。

AWS IoT SiteWise 側のアセット階層:

AnyCompany (企業)
  └── Plant 02 横浜工場
        └── Line A
              ├── DSI  (受入検査)        assetId: d0754657-...
              ├── VGR  (搬送ロボット)    assetId: 787a70d9-...
              ├── HBW  (自動倉庫)        assetId: 58f6c640-...
              ├── MPO  (加工機)          assetId: 2b326756-...
              ├── FA   (最終組立)        assetId: 2c26ccc0-...
              └── DSO  (出荷)            assetId: d38bb203-...

各アセットは avg_mct (平均サイクルタイム) と Availability_Pct (稼働率) のプロパティを持ち、1 分間隔で更新されます。Step 1 で特定した設備の ID で問い合わせた結果、HBW のサイクルタイムが目標値 (60秒) の 3 倍に達していることが判明します。

Step 3 — 在庫照合 (Amazon DynamoDB)

Step 1 で特定した部品の ID を使い、Amazon DynamoDB の在庫テーブルから現在の数量を取得します。BOM の所要数 (×300 台) と比較した結果、在庫は充足していると判断されます。

No. 部品ID 部品名 在庫 所要数 (×300台) 判定
1 PART-CERAMIC-001 セラミック圧力センサー素子 10,000 300 ✓ 十分
2 PART-MOTOR-001 ブラシレスモーター 30,000 1,200 ✓ 十分
3 PART-FC-001 フライトコントローラー 10,000 300 ✓ 十分

Step 4 — 統合判定

Step 2 (設備) と Step 3 (在庫) の結果を突き合わせ、生産能力を評価します。

  • ボトルネック: VGR + HBW (実測 CT 254.2 秒。タクトタイム 60 秒の約 4.2 倍、稼働率 35%)
  • 在庫リスク: なし (全部品十分)
  • 問題の所在: 部品は足りているが、HBW の処理能力がライン全体のスループットを制約している

Step 5 — 自然言語で報告

エージェントが上記を統合し、以下のように自然言語で回答します。

思考過程

・ユーザーは「ORDER-2026-06-001 の増産 300 台は実現可能ですか?」と聞いています。これは増産指示の実現性診断を求める質問です。

・生産オーダー情報を取得します。製品名、数量、納期、ステータスを返します。
・get_production_order 完了 (0.2s)

・Neptune ナレッジグラフを探索して、指定オーダーの影響範囲とボトルネックを検出します。オーダーから製品→部品→設備→サプライヤーの関係性を辿り、在庫不足やサイクルタイム超過を自動検出します。
・neptune_impact 完了 (0.3s)

・Production Line のリアルタイム稼働データを一括取得
・get_production_line_metrics 完了 (3.5s)

・部品の在庫情報を取得します。在庫数、安全在庫、リードタイム、サプライヤーを返します。
・get_inventory 完了 (0.1s)

回答

■ 影響範囲 (サプライチェーン探索結果)
・対象オーダー: ORDER-2026-06-001(AnyCompany-SD1 ドローン用圧力センサーモジュール 300台、納期 2026-06-13)
・製品: AnyCompany-SD1 ドローン用圧力センサーモジュール
・生産工場: 横浜工場
・既存バックログ: 200台(合計処理必要数: 500台)
・必要部品と数量: セラミック圧力センサー素子×300、ブラシレスモーター×1,200、フライトコントローラー×300

■ ボトルネック検出(リアルタイムデータ)
・VGR+HBW(搬送+自動倉庫): CT 254.2秒(タクト60秒を194.2秒超過、424%)、稼働率 35.0%
・ライン実効CT: 254.2秒/個(ボトルネック律速)
・日産能力: 39台/日
・5日間生産可能数: 195台 → 横浜工場ダッシュボードで確認

■ 在庫状況
・全部品充足(セラミック圧力センサー素子 10,000個、ブラシレスモーター 30,000個、フライトコントローラー 10,000個)

■ 実現性判定
・間に合いません:5日間で195台しか生産できず、300台に105台不足
・既存バックログ200台を含めると合計500台必要。達成には13日(約2週間)必要
・ボトルネックの搬送+自動倉庫工程(VGR+HBW)がタクトの4.2倍、稼働率も35%と低い

改善策を提案しますか?

参照データソース
・DynamoDB: 生産オーダーテーブル(ORDER-2026-06-001)
・Neptune: ナレッジグラフ(オーダー→製品→部品の関連)
・IoT SiteWise: 横浜工場 Production Line のリアルタイムデータ(サイクルタイム、稼働率)
・DynamoDB: 在庫テーブル(部品在庫状況)

(グラフ上で6ノードをハイライト中)

なお、この後に続く改善策の提案 — 工程設計書や FMEA を根拠とした運転方法の変更案、PLC プログラムの修正案の生成 — も本デモの見どころですが、紙幅の都合により本記事では割愛します。

全体アーキテクチャ

ここまで、ナレッジグラフの設計と AI エージェントの推論フローを解説してきました。このセクションでは視点を引いて、工場の設備からデータを収集し、エージェントが推論するまでを支えるシステム全体の構成を説明します。

本デモは、エッジ (工場) ・IoT データ収集・AI エージェントの 3 レイヤーで構成されています。工場側では 2 系統のデータ経路を持ちます。設備データは PLC → OPC UA サーバー → AWS IoT Greengrass → AWS IoT SiteWise という経路で収集されます。OPC UA は設備のリアルタイム値だけでなくアセット階層(設備間の親子関係や型定義)も標準化された形で公開するため、AWS IoT SiteWise 側でデータストリームとアセット階層の両方を構造化して管理できます。カメラ映像は別系統で、ONVIF 対応カメラ → Raspberry Pi 上の AWS IoT Greengrass → Amazon Kinesis Video Streams に送信されます。カメラの PTZ 制御は AWS IoT Core 経由の MQTT で行い、AI エージェントから操作可能です。

AI エージェントレイヤーでは、Amazon Bedrock AgentCore 上で Strands SDK ベースのオーケストレーターが動作し、問いの種類に応じて専門サブエージェントに処理を委譲します。本記事で解説した実現性診断のフロー (Step 1〜5) は Production Analyst が担当し、カメラ映像による現場確認は Camera Inspector、FMEA など品質文書の参照は QA Manager、制御プログラムの変更案生成は PLC Engineer が担います。各サブエージェントは Amazon Neptune (ナレッジグラフ探索)、AWS IoT SiteWise (リアルタイム値取得) 、DynamoDB (BOP・在庫・オーダー) 、Amazon Bedrock Knowledge Bases (工程設計書・FMEA) 、Amazon Kinesis Video Streams (映像フレーム取得) にアクセスします。

以上が本デモの技術的な全体像です。最後に、実際にブースで来場者の方々と対話する中で見えてきた、実運用に向けた課題を考察します。

全体アーキテクチャ
全体アーキテクチャ

お客様の声と課題

AWS Summit Japan 2026 のブースで製造業のお客様から得たフィードバックのうち、特に多かった 3 点と現時点での見解を共有します。

  • 「関係性を最初に定義するのが大変だ」 — 本デモでは生成 AI にグラフスキーマの定義を依頼し、一括で生成することで対応しました。「増産診断」というユースケースが明確だったため、必要な関係性の範囲を絞れたことが大きいです。ただし、対象範囲やノード数が拡大した場合に同じ手法でスケールするかは検証が必要です。
  • 「グラフのメンテナンスが大変では?」 — ブースでは「BOM 階層が 100 近くある」という声も戴きました。本デモは数十ノード程度の規模であり、そうした現実のスケールでの変更管理、例えば ERP マスタ変更をイベント駆動で Amazon Neptune に反映するパイプラインなどは今後取り組む必要があります。
  • 「そもそもデータが揃っていない」 — AI エージェント活用デモの多くは参照先データが整備済みの前提で構築されており、本デモも例外ではありません。ただ、本デモは全データをグラフに集約せず、グラフ・IoT・DynamoDB・ドキュメントをそれぞれ別のツールとしてエージェントに持たせる構成にしています。この形だと、新しいデータソースが用意できたときに既存の構成を作り直さず、ツールを 1 つ足すことで対応できます。全体が揃うのを待つのではなく、まず 1 ユースケースに必要なデータから始めて、揃った分だけ段階的に足していく進め方も、選択肢としてあり得るのではないかと考えています。

まとめ

本記事では、AWS Summit Japan 2026「生産ラインの未来」ブースで展示したデモの技術詳細として、製造ドメインのグラフスキーマの設計と、そこに IoT データを接続する方式を解説しました。取り組んだのは「AI エージェントに工場の構造をどう教えるか」というテーマです。製品・部品・設備・サプライヤーの関係を型とエッジとして定義し、Amazon Neptune 上のナレッジグラフに実装しました。サイクルタイムや在庫といった鮮度の高いデータはグラフに持たせず、AWS IoT SiteWise や Amazon DynamoDB から必要なときに参照します。変わりにくい構造と、刻々と変わる値を分けることで、エージェントの回答を速く安定させることを目指しました。一方で、本デモで定義したのは、型(ノード)と、型の間にどの関係が張れるかまでで、その関係自体が従うルールは定義していません。次のステップとして考えられるのは、こうしたルールを RDF/OWL のような形式で記述し、オントロジーへと発展させることです。明示的にリンクを張らなくても不良素材から影響製品を辿れたり、データの矛盾を自動で検出できたりと、対応できる範囲を広げられると考えています。本記事が、製造業のお客様が自社のデータを AI エージェントで活かすための一歩として、参考になれば幸いです。

使用サービス

  • Amazon Neptune — 製造ドメインのナレッジグラフ
  • Amazon Bedrock / Amazon Bedrock AgentCore — AI エージェントの推論基盤
  • Amazon Bedrock Knowledge Bases — 工程設計書のドキュメント検索
  • AWS IoT Greengrass — エッジゲートウェイ
  • AWS IoT Core — デバイス接続
  • AWS IoT SiteWise — 設備稼働データの構造化・蓄積
  • Amazon Kinesis Video Streams — 工場カメラ映像の管理
  • Amazon DynamoDB — 生産オーダー・在庫・BOP の格納

著者

新澤 雅治 新澤 雅治 (Masaharu Niizawa) — IoT Specialist Solutions Architect。製造業、IT 企業を経て AWS に入社。現在は IoT スペシャリストソリューションアーキテクトとして、主に製造業のお客様の Industrial IoT 関連案件の支援に携わる。
松永 充弘 松永 充弘 (Mitsuhiro Matsunaga) — Senior Solutions Architect。製造業のお客様を担当するソリューションアーキテクト。クラウド × データ × AI でお客様のビジネスを支援。前職では製造業にて、機器の IoT 化、AI 活用を担当。

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