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Kite、AWS HealthOmics を活用し細胞治療研究向けのスケーラブルなバイオインフォマティクスを推進
Gilead (訳注: 米国バイオ製薬企業) 傘下の企業である Kite (訳注: がん治療に特化した米国医薬品企業)は、細胞治療によって治癒を実現することに注力しており、現代の研究が求める規模と複雑さに対応するため、バイオインフォマティクス基盤を進化させてきました。断片化されたプロジェクト固有のワークフローから、標準化されたクラウド対応のアプローチへ移行することで、Kite は一貫性を高め、運用負荷を軽減し、研究チーム全体で計算ツールへのアクセスを拡大しました。
この取り組みは、複雑な生物学的データを、細胞治療候補の開発に資する知見へと変換する Kite の能力を支えています。これらの変化は、プログラム横断での再現性とスケーラビリティを支えると同時に、科学者がますます複雑化するデータセットから知見を生み出すことにより集中できるようにします。この移行には、レガシーな SaaS プラットフォームから、バイオインフォマティクスのワークフローを高速化するマネージドサービスである AWS HealthOmics への移行が含まれています。
この移行により、バイオインフォマティクスの科学者にとっての効率とコスト管理が改善されると同時に、既存のラボシステムを通じて、より広範なセルフサービス型の計算ワークフローへのアクセスが可能になりました。
課題: 細胞治療のR&Dに向けたバイオインフォマティクスのスケール
Kite のバイオインフォマティクス・ゲノミクス部門は、自社ラボで生成した高次元オミクスデータと、公共リポジトリのデータの双方を活用し、治療標的の特定と新規細胞治療の設計を行っています。しかし、このミッションを支える基盤は、科学の進展に合わせて進化させる必要がありました。
プロジェクトごとに、バイオインフォマティシャンはインデックス作成、アライメント、定量化にどのツールを使うかをゼロから判断する必要がありました。スクリプトはローカルマシン、専用サーバー、 AWS Batch 環境などに散在し、プロジェクト間で一貫性がありませんでした。ロギング、実行(ラン)の追跡、成果物の登録に関する標準的なプロセスも存在しませんでした。プロジェクトが完了した際、そのメタデータを誰が所有し、どこに記録すべきかが不明確でした。
「複数のサンプルやプロジェクトにわたって、ワークフローとデータ管理に一貫性をもたらしつつ、チーム横断での再現性とアクセス性を改善できる仕組みが必要でした」と、Kite Pharma のバイオインフォマティクス ディレクターである Alexander Falk 氏は述べています。「HealthOmics 導入以前は、バイオインフォマティクスのパイプラインを実行するには、個々のバイオインフォマティシャンがそれぞれ独自のツールや手法を用いて対応する必要があり、その結果、ワークフローの不統一、高い調整コスト、コミュニケーションのサイロ化が生じていました。また、出力の保存方法や再現性のための結果の文書化についても標準化されたアプローチがありませんでした。私たちの目標は、既存の LIMS と統合された標準化パイプラインを実装し、より広範で一元化されたアクセスを可能にすることでした」
— Alexander Falk 氏、Kite Pharma バイオインフォマティクス ディレクター
これらの課題に加えて、サードパーティ製の SaaS ワークフロープラットフォームに対して多額のライセンス料を支払っていましたが、チームは十分に活用しきれていませんでした。この固定費型のライセンスモデルは、断続的・散発的にバッチ処理が発生する製薬 R&D のパターンとかみ合っていませんでした。また、科学者たちは、検体の受け入れ(アクセッショニング)や実験の追跡において、既存の電子実験ノート(ELN:Electronic Laboratory Notebook)を唯一の信頼できる情報源として使用していました。そのため、新たなコンピューティング基盤は、このシステムを置き換えるのではなく、連携できることが求められました。
Kite で最も計算負荷の高いワークロードの 1 つであるシングルセル・トランスクリプトーム解析は、スケーリングの課題を一層深刻なものにしていました。臨床試験プログラムの拡大に伴って全体の検体数が増加する中、ローカル環境での計算処理はもはや現実的な選択肢ではありませんでした。チームには、事前にキャパシティを確保することなく利用できる、柔軟に拡張できる(エラスティック)基盤が必要でした。
目標は、その場しのぎのスクリプト作成から脱却し、ELN と完全に統合された、より標準化・再現可能なアプローチへ移行し、運用の複雑さを軽減しつつ、データから知見を生み出す効率を高めることでした。
スケーラブルなクラウド型バイオインフォマティクスアプローチの実装
AWS Professional Services との協業により、Kite はオンプレミスのシーケンシング基盤とクラウドベースのバイオインフォマティクス ワークフローを接続する、完全自動化・イベント駆動型のゲノミクス パイプラインを設計・展開しました。これらはすべて、科学者が使い慣れた ELN インターフェースを通じてオーケストレーションされます。
イベント駆動アーキテクチャ
全体像として、このソリューションはシーケンサーから科学者までを結ぶ自動化されたデータフローを実行します。
- バイオインフォマティシャンがシーケンシングの実行をトリガーし、データセンター内でデマルチプレックスを行って FASTQ データを生成します。AWS DataSync が、Kite のオンプレミスのファイル共有から Amazon S3 へ、自動スケジュールで FASTQ ファイルをコピーし、手動でのファイル転送を不要にします。
- FASTQ ファイルが S3 に到着すると、AWS Lambda 関数がファイルヘッダーを解析してシーケンシングのメタデータ(機器 ID、ラン ID、フローセル ID、サンプル識別子)を抽出し、REST API を介して ELN に構造化されたレコードを作成します。
- ELN インターフェースから、バイオインフォマティシャンが FASTQ エントリ(レコード)を特定の HealthOmics ワークフローに関連付け、パラメータを設定します。
- この操作により、ELN が持つ Amazon EventBridge とのネイティブ統合を通じてイベントが発行されます。これが前処理用の Lambda 関数をトリガーし、入力ペイロードを構築して、AWS HealthOmics のプライベート ワークフロー実行を開始します。
- 次に AWS HealthOmics が、コンテナ化された Nextflow パイプラインを、フルマネージドかつエラスティックな計算リソース上で実行します。プロビジョニングや保守が必要なインフラはありません。ワークフロー出力は、処理済みデータ用のAmazon S3 バケットに生成されます。
- ワークフローが完了すると、HealthOmics はステータスイベントを EventBridge に発行します。これが後処理用の Lambda をトリガーし、結果、品質メトリクス、出力ファイルの場所を ELN に書き戻します。
- 障害処理専用のLambda 関数が Amazon SQS のデッドレターキューをポーリングし、失敗したトランザクションを再処理することで、データの損失がないようにします。
図:Kite Pharma のイベント駆動型アーキテクチャ。Kite のオンプレミスストレージ、Kite の ELN、および AWS サービスの統合を示しています。AWS への自動データ転送を実現し、エンドユーザーからはインフラを抽象化して、ELN をインターフェースとして AWS 上でオミクスデータを処理できるようにします。
研究者の体験
研究者から見ると、クラウド基盤は目に見えません。バイオインフォマティシャンは、自分のワークフロー用にあらかじめ用意された ELN テンプレート(例:「nf-core による scRNA-seq」)を開き、サンプルのエンティティや、参照ゲノム・コア数といったパラメータを入力し、ワークフロー実行を登録します。登録すると、CLI やコンソールへのアクセス、インフラの知識を一切必要とせずに、自動的に実行が開始されます。実行ステータスは進行に応じて ELN 上で動的に更新され、完了すると出力ファイルは親のワークフロー実行に自動的にリンクされ、完全な来歴(プロベナンス)と追跡可能性(トレーサビリティ)が維持されます。
「残された課題の 1 つは、チーム横断で標準化されたワークフローとパラメータについて足並みをそろえることです。これは逆に言えば、技術的な複雑さの多くが日常利用から切り離されて意識されていないことを物語っています。」と、Kite Pharma のバイオインフォマティクス エンジニアリング担当アソシエイト サイエンティストである Tanner MacPhee 氏は述べています。「このプロジェクトの目標は、スケーラブルなバイオインフォマティクス ワークフローを実行する手段を提供することだけでなく、Kite の広範な科学コミュニティ全体でメタデータの取得、モニタリング、アクセス性を改善することでもありました。ELN を入口とすることで、ユーザーは基盤となるインフラを直接管理することなく、自身の ELN エントリとワークフローを直接統合できます。」
— Tanner MacPhee 氏、Kite Pharma バイオインフォマティクス エンジニアリング担当アソシエイト サイエンティスト
主要な設計上の判断
この設計は、Kite の研究および運用上のニーズに沿ったいくつかの優先事項を反映しています。呼び出しごとに課金の Lambda 関数とワークフローの実行ごとに課金される HealthOmics を用いた「サーバーレス ファースト」のアプローチは、アイドル状態のインフラコストを削減するのに役立ちます。双方向の ELN 統合により、メタデータは REST API を介して ELN に書き込まれ、一方で ELN は EventBridge を介して AWS 上のワークフローをトリガーします。プライベート ワークフローにより、Kite はコンテナ化された Nextflow パイプライン、ツールのバージョン、パラメータを完全に制御できます。ソリューション全体は再現性のために Terraform でデプロイされ、すべての Lambda 関数はネットワークレベルのセキュリティ分離のために Kite の VPC 内で実行されます。
成果: 効率化とスケーラブルなアクセス
本番稼働以降、このソリューションはコスト効率、ワークフロー実行、科学者のエクスペリエンスにわたって運用面での改善をもたらしてきました。ソリューションは 18 か月以上にわたり本番環境で稼働しており、AWS HealthOmics 上に 20 種類のバイオインフォマティクス ワークフローが展開され、シングルセル RNA シーケンシング(scRNA-seq)、バルク RNA-seq、全エクソームシーケンシング、タンパク質構造予測、その他の次世代シーケンシング ワークロードを処理しています。
このアプローチはまた、研究ニーズに沿った計算リソースの効率的な利用を可能にし、従来のワークフローにあった非効率を排除しました。「この統合により、解析を実行するために必要だった手作業のステップと依存関係の数が削減され、効率が向上し、チームがデータから知見へとより速く進めるようになりました」と Falk 氏は述べています。
バイオインフォマティクスの科学者たちは、その場しのぎの解析に費やす時間が大幅に減ったと報告しています。インフラのプロビジョニングからメタデータの登録に至るまでの手作業のステップを削減したことで、チームは新規の開発や科学的な業務により多くの時間を割けるようになりました。
現在、100 名を超える研究者が ELN 統合を通じてバイオインフォマティクス ワークフローにアクセスできるようになっています。ワークフローテンプレートに Wiki のような補足情報が付与されているため、たとえば分子生物学者が「タンパク質構造予測(protein structure prediction)」を検索すると、利用可能な AlphaFold Multimer ワークフローを直接発見でき、バイオインフォマティクス担当者を介さずにチーム間の壁(サイロ)を解消につながります。展開済みの 20 種類のワークフローのうち 5 種類は、セルフサービスでの実行のために ELN と完全に統合されており、さらに継続的に追加が進められています。
シーケンサーから直接取得されるデータから、前処理、ELN への登録、そしてクラウドベースのワークフロー内での解析実行に至るまでのフロー全体が、バイオインフォマティクス担当者の介在なしに動作します。このエンドツーエンドの自動化は、18 か月以上にわたって継続的に本番稼働しています。
今後の展開
Kite は AWS HealthOmics を含むクラウド活用型バイオインフォマティクスツールの利用をさらに広げています。デプロイ済みの 20 個のワークフローすべてを ELN からセルフサービスで実行できるようにし、管理されたオントロジーやバリデーション要件との整合も図る計画です。パイプラインの数が増えるのに合わせて、継続的インテグレーションとデプロイの仕組みも強化し、ワークフローのバージョン管理にかかる手作業を減らしています。
さらに先を見て、パイプラインの作成、バリデーション、更新を速めるための AI ベースのツールやエージェントも検討しています。汎用コンピューティング、データカタログ、マルチモーダルな研究データセットでのチーム間コラボレーションに向けた追加ツールの評価も進めています。
「Kite のバイオインフォマティクス&データサイエンスの領域では、AI によって、バイオインフォマティクスのパイプラインをより迅速かつ一貫して構築、反復、テスト、デプロイできるようになっています。運用のオーバーヘッドを削減し、開発者にかかる時間とコストの負担を軽減しつつ、ワークフロー全体の標準化と検証プロセスを改善しています。HealthOmics により、トランスクリプトミクスからタンパク質・RNA のフォールディングや構造予測に至るまで、計算負荷の高いオミクス解析を、インフラの深い専門知識を必要とせずに実行できます。バイオインフォマティクス データの生成と取り込みが増え続ける中で、効果的なメタデータの取得、登録、検索性の重要性が一層高まっています」と MacPhee 氏は述べています。
— Tanner MacPhee 氏、Kite Pharma
まとめ
Kite の経験は、同様の課題に直面する製薬・バイオテクノロジー企業に向けた、バイオインフォマティクス基盤の近代化に関するより広範なアプローチを映し出しています。すなわち、科学者のワークフローを妨げることなく、いかにしてバイオインフォマティクス基盤をモダナイズするか、という課題です。既存のラボシステムとの緊密な統合を維持しながら、効率性、標準化、ワークフローへのアクセス性を改善することで、Kite は患者に細胞治療を届けるというミッションに、より多くのリソースを集中できます。
「私たちは、HealthOmics と AWS のサービス群を引き続き活用し、研究者が次世代の治癒的細胞治療を患者のために構築できるよう、革新的な方法を開発していけることに大きな期待を寄せています」と Falk 氏は述べています。
— Alexander Falk 氏、Kite Pharma
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参考資料
- AWS HealthOmics の機能と料金
- AWS for Health and Life Sciences
- AWS HealthOmics と Amazon EventBridge を使ったバイオインフォマティクスワークフローのイベント駆動アーキテクチャ設計
Kite は Gilead 傘下の企業で、CAR T 細胞療法における世界的なリーダーです。詳しくは kitepharma.com をご覧ください。
原文はこちらです。
著者について
この記事は Solutions Architect の Masahiro Imai が翻訳を担当しました。