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寄稿: 三菱電機が挑む製造業の商談変革 – AWS で実現した商談支援サービス「Memory Tech」

 本稿は、三菱電機株式会社 名古屋製作所が新たに開発した AI を活用した商談支援サービス「Memory Tech」について、これを主導された三菱電機株式会社 名古屋製作所 江口 貴紀様、的場 祐弥様より寄稿いただきました。

はじめに

背景・課題

 三菱電機株式会社 名古屋製作所 (以下、当製作所) は、FA (Factory Automation) 機器の開発・製造を手がける拠点です。シーケンサをはじめとする制御機器は製造業の現場で広く使われており、当製作所はこれまで製品の品質向上や機能強化を通じてお客様の課題解決に取り組んできました。

 しかし、製品そのものの改善だけではお客様の課題を全て解決できるわけではありません。当製作所では、従来の製品起点のアプローチから一歩踏み出し、お客様の業務プロセス全体に目を向ける取り組みを開始しました。製造業のお客様に対して、商談から納品までの全工程を対象に「どこに課題があるのか」を徹底的にヒアリングしました。設計者、営業、調達部門といった職種を問わず、経営層から担当者まで幅広くアンケートやインタビューを実施しています。当製作所としてこのような顧客起点のヒアリングを体系的に実施するのは初めての試みでした。

 その結果、コミュニケーションの齟齬による手戻りが深刻な課題であることが明らかになりました。手戻りによるコスト的なロスは数百万円から、最大で数億円に達するケースもあり、回答者の過半数が手戻りを課題として挙げています。さらに齟齬の原因を掘り下げたところ複数の要因が特定され、その中でも「口頭による認識齟齬」が最も優先的に解決すべき課題として浮かび上がりました。

 FA の商談現場では、億単位の高額装置であれば仕様書を作成するものの、比較的安価な装置の場合は口頭でのやり取りで済ませてしまうケースが多くあります。この習慣を変えることは現実的ではないと判断し、「現場の習慣を一切変えずに課題を解決する」という方針を立てました。喋るという行為は必ず発生するため、喋った内容をいかに正確に記録するかという発想から、商談支援サービスの開発に至っています。

 なお、競合サービスの存在も検討しましたが、多くの方が課題と認識しているにもかかわらず既存のツールが使われていないという事実から、市場にはまだ十分に浸透していないと判断しました。展示会に出展した際にも「こんなことができるのか」という驚きの反応が多く、この領域にはまだ大きな可能性があると確信しています。

開発体制

 Memory Tech の開発は、当製作所にとって複数の「初めて」が重なるチャレンジでした。アジャイル開発、Web プログラミング、クラウドネイティブなサービス開発。いずれも従来の製品開発とは異なる領域です。しかし、お客様の課題を迅速に解決するためには、従来のウォーターフォール型ではなく、仮説検証を素早く繰り返せるアジャイル開発が不可欠でした。当製作所はこの機会を、顧客課題の解決だけでなく、組織としての開発力を根本から強化する契機と位置づけています。

 開発体制はスクラムを採用しました。プロダクトオーナー (PO) を江口が務め、スクラムマスターは社内メンバーが担当しています。テックリードには KDDI アジャイル開発センター株式会社 (以下、KAG) のエンジニアに担当いただき、技術面でのリードとスクラム運営のサポートをお願いしました。特筆すべきは、KAG との協業を単なる開発委託ではなく、スキルトランスファーの場として設計した点です。KAG のエンジニアとペアプログラミングを行いながら社内エンジニアの育成を並行して進め、将来的に自社メンバーだけで開発を回せる体制を見据えています。実際に、スクラムマスターがコードも書く「半々」のスタイルで実践力を高めており、少人数でも自律的に開発を進められるチームへと成長しています。

 また、AWS からは初めてのクラウド活用ということもあり、技術選定の段階から手厚いサポートをいただきました。サーバーレスアーキテクチャの設計方針やコスト最適化に関する助言をいただき、少人数のチームでも安心してクラウドネイティブな開発に踏み出すことができました。

ソリューション概要

システム要件

 PO からの要件は明確でした。特別な機材の購入は不要とし、営業担当者が普段使っている Web ブラウザやスマートフォンだけで録音から議事録生成までを完結できること。そして、録音終了後 2 分以内に議事録を確認できること。この「その場で確認できる」というスピード感は、商談直後にお客様と内容を確認し合うために不可欠な要件でした。

採用方針

 社内エンジニアは Web 開発やクラウド、インフラ運用の経験を持っていなかったため、インフラの管理・メンテナンスに工数を割くことなく、アプリケーション開発に集中できる環境が必要でした。また、成功するかどうかまだ未知数のサービスだからこそ、スモールスタートで始めて必要に応じてスケールできるクラウドのメリットを最大限に活かす方針としました。これらを踏まえ、AWS のマネージドサービスを最大限に活用したサーバーレス構成を採用しています。コスト面でも、サーバーレス構成による従量課金モデルにより、サービス開始当初の月額コストは数万円程度に抑えられました。また、初めてのクラウド活用ということもあり、AWS から手厚い技術サポートをいただけた点も大きな後押しとなりました。

要件に対応したソリューションの特徴

 中核となるのは AWS Amplify Gen 2 です。AWS Amplify はフロントエンドからバックエンドまでをマネージドに提供するフルスタックの開発プラットフォームであり、AWS Amplify Gen 2 では AWS Cloud Development Kit (AWS CDK) ベースでインフラを定義できます。これにより、少ないコード量でバックエンド全体を構築でき、最初の議事録生成機能は約 1 ヶ月で PoC を開始できる状態に仕上がりました。KAG に AWS Amplify の豊富な実績があったことも、この技術選定を後押ししています。認証には Amazon Cognito を採用し、セキュリティの基盤を AWS に委ねることで、少人数のチームでも安全なサービスを提供できています。

 バックエンドの処理フローは、AWS Step Functions で構築したワークフローが中心です。録音データがアップロードされるとイベント駆動でバックエンド処理が開始され、文字起こしの結果が Amazon Bedrock に渡されて生成 AI が議事録を自動生成します。AWS Step Functions と AWS Lambda、そして AWS Amplify のストレージやデータ機能を組み合わせ、全て Infrastructure as Code (IaC) で管理しています。この構成により、「ブラウザだけで完結」「2 分以内に議事録を確認」という PO の要件を実現しています。

 Amazon Bedrock の採用は、AWS のエコシステム内で全てを完結できる点が大きなメリットでした。インフラ管理なしで生成 AI の機能を呼び出せるだけでなく、ストリーミングレスポンスにも対応しているため、ユーザーへの応答速度も確保できています。さらに、Amazon Bedrock が提供する複数の基盤モデルを柔軟に切り替えられる点も重要です。実際に Anthropic Claude のバージョンアップに合わせてモデルを切り替えたり、入力トークンが大きくなるフィラー削除処理には Amazon Nova を採用してコストを最適化するなど、用途に応じたモデルの使い分けを行っています。

Memory Tech アーキテクチャ図

図 1 : Memory Tech アーキテクチャ図

アプリケーション紹介

 Memory Tech は、Web ブラウザまたはスマートフォンから利用できる、AI を活用した商談支援サービスです。ユーザーは商談や打ち合わせの音声をブラウザ上で録音するだけで、録音終了後 2 分以内に議事録が自動生成されます。特別な機材やアプリケーションのインストールは不要で、営業担当者が普段使っているデバイスだけで完結します。

 生成される議事録は、単なる文字起こしではありません。Amazon Bedrock の生成 AI が会話の要点を抽出し、構造化された議事録として出力します。商談直後にその場でお客様と内容を確認できるため、「後から送っても見てもらえない」という従来の課題を解消しています。

Memory Tech アプリケーション画面

図 2 : Memory Tech アプリケーション画面

ビジネス成果

 Memory Tech は PoC の段階から非常に高い評価を得ています。社内外合わせて多くの方が PoC に参加し、アンケートのフィードバック結果も好評でした。無償 PoC に参加いただいた企業の多くがそのまま有償に移行しており、積極的なマーケティングは行わず、口コミベースでの展開にもかかわらず着実に契約数を伸ばしています。

 社内利用はさらに急速に拡大しています。日々新たなユーザーが増加し、利用部門も FA 以外の事業部門にも広がっています。B2B の SaaS モデルとして解約率は極めて低く、安定的な収益基盤となることが期待されています。

 技術面では、1,000 名を超えるユーザーが利用する状況においても、録音や議事録生成といったコア機能はスケーリングの問題なく安定稼働しています。少数精鋭の体制で、インフラの運用管理を意識することなくサービスを提供できている点は、AWS のマネージドサービスを全面的に採用した設計方針の成果といえます。1,000 人がアクセスしても問題なく動いていることに、開発した我々自身が一番驚いています。

 また、Memory Tech はこれまで FA の主要顧客であった製造業の設計・生産技術部門だけでなく、営業や調達といった幅広い職種、さらには製造業以外の業界にも展開できる商材です。既存の取引先への新たな接点としても機能しており、当製作所の事業領域を広げるドアオープナーとしての役割も果たしています。

まとめと今後の展望

 Memory Tech は、製造業の現場で長年見過ごされてきた「口頭コミュニケーションによる認識齟齬」という課題に対し、現場の習慣を変えることなく AI の力で解決するサービスです。AWS Amplify を中核としたサーバーレスアーキテクチャにより、少人数のチームでも迅速な開発と安定した運用を実現しました。

 当製作所にとって、Memory Tech の開発はアジャイル開発や Web プログラミング、クラウドネイティブなサービス開発への初めての挑戦でもありました。KAG との協業によるスキルトランスファーを通じて社内の開発力を着実に高めており、この経験は今後の新規サービス開発の基盤となっています。

 今後の展望として、まず海外リージョンでの SaaS 提供を視野に入れています。さらに、Memory Tech を単なる議事録ツールから「ビジネス支援プラットフォーム」へと進化させる構想があります。蓄積された会話データを活用し、商談におけるアドバイスの提供や、過去のナレッジを組織横断で活用できる仕組みなど、会話データを起点とした新たな価値創出を目指しています。

 先行者として、ユーザーの声を取り入れながら AWS の開発スピードを活かし、常に一歩先を走り続けたいと考えています。

執筆者

江口 貴紀

江口 貴紀

三菱電機株式会社 名古屋製作所 ソフトウエアシステム部 エンジニアリングソフトウエア戦略グループ。Memory Tech の開発プロジェクトではプロダクトオーナー (PO) を務める。趣味の一つは旅行で、訪れた土地ならではのお酒や食事を楽しむことが大好き。

的場 祐弥

的場 祐弥

三菱電機株式会社 名古屋製作所 ソフトウエアシステム部 エンジニアリングソフトウエア戦略グループ。初めて触った AWS サービスである AWS Amplify Gen 2 に魅了される。FA (ファクトリーオートメーション) 業界の課題解決に取り組む新規事業企画に従事。Memory Tech を中核としたフルスタックエンジニアとして、企画立案からプロトタイプ、実装、運用まで一貫して担当。